ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

自動敬遠は「予定調和」だ!

5月21日の阪神VSヤクルトは、5-4でタイガースが勝ったのですが、この決勝の1点というのが、7回にヤクルトのルーキ投手が敬遠で投げた球が暴投になって、3塁ランナーが生還したというものでした。敬遠なので、ヤクルトの中村捕手は立ち上がっていたのですが、そのはるか頭上、ジャンプしても届かない球を投げてしまったのです。
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同じようなケースで、一番強烈に僕が覚えているのは、すでに阪神に移籍していた小林繁投手が敬遠球を大暴投して3塁からランナーが生還したゲームです。こちらは9回で、サヨナラ負けになったので印象が鮮明です。しかも、開幕戦じゃなかったかなあ。「開幕戦・敬遠暴投・サヨナラ・ゲーム」という肩書がつくゲームって、他にないような気がします。調べていませんが。解説者の方が、「キャッチャーに立たれると、投げにくいものですよ」と言っていたのも思い出しました。たしかに、普段は座って構えたキャッチャーのミットめがけてストライクを投げる練習をしているわけですから、わざとはずすというのは難しいかもしれませんね。中途半端にバットの届くところに投げれば、打たれちゃう可能性もあるし。そういえば、新庄選手(阪神時代)が敬遠の球を打ってサヨナラ・ヒットにした試合もたしかありました。
メジャーリーグでは、今年から、敬遠のときは、その旨を申告すれば投手が4球投げる必要はなく、自動的に打者は1塁に歩くことが出来るというルールになったので、メジャーではこういった「敬遠のつもりが大暴投」も「敬遠球を強引に打っちゃう」なんて場面にはお目にかかれないわけであります。
野球に限らず、お金をとって見せるプロ・スポーツは、ハプニング性というか思わぬことが起きたり、そこに働く微妙な心理のあやみたいなものに面白みがあるので、この「敬遠申告で1球も投げずに打者1塁」というのは、いわば「予定調和」よりにもっていくわけで、何だかなーと感じます。
何でも、試合時間の短縮というのが理由のようですが、きっと次は、ホームラン打っても打者はベースを回らなくてもよくなるんじゃないですかね。ゆっくり回っている時間がもったいないとか言って、やりそうです。そうなったら、かつての長嶋選手みたいにベースを踏み忘れてアウトになるなんてシーンもなくなるわけで、エピソードとしての野球という点で魅力は半減するように思います。時間短縮したいなら、もっと他にやることあるだろといいたいですね。   (ジャッピー!編集長)
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「渡り鳥」エピソード・ゼロの奇跡

「南国土佐を後にして」(1959 斎藤武市監督)および、そこから派生した「渡り鳥」シリーズ(1959~1962)のヒットしたのは、ちょうど、高度経済成長期にさしかかって、地方から労働力が都市に多く流入してきたことも関係があるでしょう。集団就職を描いた「一粒の麦」(1958 吉村公三郎監督)
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なんて作品もちょうど同じころだし、地方の中学を出た若者が集団就職列車に乗ってきて、上野駅で雇い主たちが待っているなんて光景は、時代的にはちょっと後の朝ドラ「ひよっこ」でも描かれていました。
「ひよっこ」のように、東京だと、墨田区とか荒川区といった下町の工場の労働力として、地方から出て来た多くの若者たちが「渡り鳥」シリーズを観て、めったに帰れない故郷の風景や祭りなどを思い出していたのだろうと思います。まだ日本の中に「遠く」があったから、小林旭さん扮する渡り鳥は、あちこちに現れ、そして去っていったのでしょう。「南国土佐を後にして」の高知に始まって、「渡り鳥」シリーズになってからも、函館、宮崎、佐渡、会津、摩周湖、長崎、函館、高松と各地を舞台にしています。9index
中には「波濤を越える渡り鳥」(1961 斎藤武市監督)という香港、バンコクまでロケに行った作品もありますが。
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さて、結果的に「渡り鳥」シリーズのエピソード・ゼロになった「南国土佐を後にして」は、旭さんの役は凄腕の賭博師ということで、撮影に入る前にダイスを扱う猛特訓をしたそうです。ダイスの妙技を見せるシーンでは、一応その道のプロを「吹き替え」で呼んでいたらしいのですが、監督もワン・カットで見せたいし、旭さんも「吹き替え」より自分でやりたがる人だったそうです。
そして、そのシーン。テーブルにダイスを5個並べて、カップを右・左と振って1個ずつ拾っていき、カップを開けるとダイスが5個、縦に重なって立っているという技です。斎藤監督が「2000フィートのフィルムを1本丸ごとやるから、出来るまでやっていいよ」と言って、カメラが回ります。1回目、失敗。そして何と、2回目のトライで見事成功、5個のダイスが見事にタワーになっていたそうです! このシーンで共演の二本柳寛さんと西村晃さんの驚いた顔は、演技じゃなく、マジに驚いた表情だそうです。カットの声がかかった後、拍手が起こったそうですが、そりゃあそうですね。フィルムも時間も節約できて、見事なカットが撮れたのですから。奇跡のようですが、その裏には
旭さんの猛練習があったからなのです。「渡り鳥」シリーズの「正式な」第1作となった「ギターを持った渡り鳥」(1959 斎藤武市監督)のときも、それまで旭さんはギターを弾けなかったけれどやはり猛練習したとのこと。主役をはるスターとして、プロの自覚があったのですね。       (ジャッピー!編集長)
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地方観光と郷愁をさそう「渡り鳥」

ペギー葉山さんの唄う「南国土佐を後にして」が爆発的なヒットになった年に、日活が小林旭さん主演で「南国土佐を後にして」(1959 斎藤武市監督)を作りました。ペギー葉山さんも本人役で出ています。(刑務所に慰問に来て唄います) 原作は「月光仮面」で知られる川内康範さんで、斎藤監督とともに脚本も書いています。ちなみに斎藤武市監督は、当ブログ4月22日に書いたように、西河克己さんに誘われて中平康さん、鈴木清太郎(清順)さんとともに松竹から移ってきた人です。皆、それぞれ日活でいい仕事をしてわけです。さらに言うと、助監督も松竹京都から移籍してきた神代辰巳さんで、こちらは遥かあと、ロマンポルノになってから注目されます。
小林旭さんが演じる主人公は、腕の立つ賭博師で、刑務所を出て故郷(もちろん高知です)に帰ります。母親や、父の借金を背負っている恋人(浅丘ルリ子さん)のために仕事に就こうとしますが、前科者ゆえに受け入れられません。旭さんは、東京に出てカタギの仕事を探しますが、うまくいかず、借金のために高知の地元のボスに結婚を迫られているルリ子さんのためにまた賭博の世界に戻ってしまう……というストーリーです。644690fe03dd1ad6c0d2414dff3eb3dd
この映画の旭さんは決して流れ者ではないですが、地方都市に現れ、悪者にいたぶられているルリ子さんを助けるという点で「渡り鳥」シリーズ(1959~1962)の原型になりました。nimages
最初からシリーズを考えていたわけでなく、歌謡映画の1本として単発で作られた作品から、シリーズが生まれたというのは、もちろん興行的にヒットしたからです。小林旭さんも一気に日活のローテーションを担うスターとなりました。
それは、このシリーズが地方都市を舞台にし、そこの風物をたっぷり映し出したことにも理由があるでしょう。「南国土佐を後にして」にも、「よさこい祭り」のシーンがありますが、以後の「渡り鳥」シリーズでも各地のお祭りシーンは定番になりました。nangoku3
「もはや戦後は終わった」とか言っても、一般庶民はまだ簡単に旅行なんて出来なかっただろうし、交通機関的にも、「地方」は文字通り遠かったと思います。今だったら、テレビの旅番組でどこの風景もつぶさに観れますが、当時は映画で観るしかなかったのですね。地方から出て来て、スクリーンに映る故郷を懐かしく眺めた人も多かったことと思います。そういう意味では「南国土佐を後にして」という郷愁をそそる歌がシリーズの起点になっているのは必然だったかもしれません。
また、旭さんが高知に帰ると、特攻隊で戦死した兄がいたことが回想で示されます。(←旭さんの二役) ここで戦闘機を見送る兄の婚約者(南田洋子さん)が「よさこい節」を口ずさみますから、まだ戦争の傷跡が残っていた時代相がうかがえます。その点でも、昨日の当ブログに書いた「南国土佐を後にして」の原曲(戦地で作られた)に繋がるものがあります。      (ジャッピー!編集長)

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拓ボンが唄う「南国土佐を後にして」

昨日の当ブログで、ペギー葉山さん出演の「お転婆三人姉妹 踊る太陽」(1957 井上梅次監督)を紹介しました。1957年のお正月に公開されたこの作品の2年後、1959年に空前の大ヒットになった曲が「南国土佐を後にして」です。元々は、戦争中に中国戦線で従軍していた土佐出身の兵隊さんたちが作り、唄われていたもので、原曲は♪南国土佐を後にして~戦地へ来てから幾年ぞ~ だったようです。「戦地」を「都」に変えるなどして戦後も歌い継がれたわけですが、遠く離れた場所から故郷を想う気持ちが込められているのは同じです。歌の途中に「よさこい節」が入るのも、郷愁のあらわれですね。
大ヒット曲ですから、もちろん映画になりました。小林旭さん主演の「南国土佐を後にして」(1959 斎藤武市監督)で、これも大人気。
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「渡り鳥」シリーズ(1959~1962)の原型になったことでも知られています。
映画の中で、この「南国土佐を後にして」の歌が印象的に使われたものに「狂った野獣」(1976 中島貞夫監督)があります。
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銀行強盗に失敗したドジなチンピラがバスジャックすると、その路線バスには宝石泥棒をした元・テストドライバー(渡瀬恒彦さん)が乗っていて……という日本映画史上、もっとも面白い映画のひとつです。この映画のために大型免許を取得して、スタントなしで実際にバスを横転させるという渡瀬さん狂気に近い役者魂が目撃できます。また、渡瀬さんは、宝石をバスに残してしまったため、一度降りたバスを走って追い、自転車をこぎ倒し、ラストは湖を泳ぐ、という一人トライアスロン状態で、まさに体を張った熱演です。
そして、負けずに熱のこもった演技を見せるのが、バスジャックのチンピラ・コンビの川谷拓三さんと片桐竜次さんです。行きあたりばったりにジャックしたものの、警察にも追われ、もう逃げきれない状況になり、川谷さんは「なあ、もうやめようや、俺たち今まで何もエエ目みてないんやから……」と言い、ほとんど半泣きで搾り出すような声で「南国土佐を後にして」を唄います。
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この高知出身のチンピラという役を越えて、自身も土佐っぽである川谷さんの長い下積み時代の思いが叩きつけられているようでした。役のチンピラと、拓ボン本人の郷愁がシンクロし凝縮したような「南国土佐を後にして」で、忘れられない名シーンでした。
明日から池袋の新文芸坐では「追悼・渡瀬恒彦 銀幕に刻まれた不死身の役者魂」(←僕がタイトルをつけました!)という特集がスタートします。初日の明日20日は「狂った野獣」と「暴走パニック・大激突」(1976 深作欣二監督)の2本立て。そして、中島監督と片桐竜次さんのトーク・ショーがありますので、是非おいでください。
(ジャッピー!編集長)
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追悼・ペギー葉山さん

歌手のペギー葉山さんが、4月12日に亡くなりました。ジャズから、歌謡曲、唱歌まで幅広く数々の歌で楽しませてくれ、誰でも知っている「ドレミの歌」の歌詞、♪ドはドーナツのド~ でも知られています。心よりご冥福をお祈りいたします。
わりと最近、と言っても、昨年ですが、ペギーさんが出演された映画を観ました。神保町シアターで「芦川いづみアンコール&リクエスト」という特集をやっており、僕のアモーレ、芦川さんの未見の作品をやっていたので観に行ったのです。「お転婆三人姉妹 踊る太陽」(1957 井上梅次監督)です。つい昨年なので、内容もよく覚えています。
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井上監督らしいミュージカル風のコメディで、轟夕起子さんが、三人の娘と暮らしています。その三姉妹を演じるのが、ペギー葉山さん、芦川いづみさん、浅丘ルリ子さんで、お母さんが「冬子」、長女のペギーさんが「春子」、次女の芦川さんが「夏子」、末っ子の浅丘さんが「秋子」と四季の名前がついています。亡くなったお父さんは有名なミュージカルの作曲家だったので、裕福そうで、いつも音楽にあふれた暮らしです。でも、「お母さんが寂しいだろうから、新しいお父さんを探してあげましょうよ」と三人は考え、その候補を見つけようという話になります。
そして、三人が目をつけたのが、秋子の高校に新しく赴任してきた先生で、さっそく秋子が仮病をつかって先生が家庭訪問するように仕組みます。お母さんを美容院にやったり、三人の気持ちはほとんどお見合いです。この先生を演じているのが、何と!安部徹さんなのです。そういえば、昔の他の映画でも二枚目の役を観た記憶がありますから、昔は違和感なかったのでしょうが、さんざん後年の悪役を見続けた現在から観ると、何だか妙な気持ちです。ちなみに、井上梅次監督は新東宝、日活、東宝、大映、松竹、大映と各社で撮った職人監督ですが、ほとんどの作品にもれなく安部徹さんが出ております。
映画は、三姉妹のお父さんを偲ぶショーが開催され、春子がヒロインに抜擢されます。ペギーさんが美しい歌声を披露するステージをお母さんと安部徹先生が仲良く観ているというハッピーエンドです。SKD出身の芦川さんも劇中、歌と踊りを披露しますし、ちょっとこまっしゃくれた末っ子役の浅丘さんはメガネっ子(今だったら「萌え」の対象ですかね)で登場します。他にも、顔を見せる程度ですが、石原裕次郎さんや岡田真澄さん、南田洋子さん、フランキー堺さん、葉山良二さんなど当時の日活スターが大挙して出ています。(井上監督夫人で先日亡くなった月丘夢路さんも出ています) 封切が1957年1月1日という作品なので、顔見世興行的なものだったのでしょう。
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こんな風に豪華な顔ぶれなのに、安部徹さんの二枚目役がいちばん印象に残ってしまいました……。    (ジャッピー!編集長)
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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
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