ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

「新宿タイガー」さんのドキュメンタリー

当ブログ一昨日の「追悼・ザ・デストロイヤーさん」、昨日は「ミラクルA」のことを書きました。「覆面」で思い出したのですが、少し前にテアトル新宿にて「新宿タイガー」(2019 佐藤慶紀監督)を観たのです。「新宿タイガー」は、虎のお面をかぶり、ド派手なコスチューム、飾りやぬいぐるみをつけて新聞配達している人で、もう50年近く、このスタイルなので新宿の有名人です。街中で遭うとちょっと驚きます。僕も、大昔、新宿の路地の角を曲がったところでタイガーさんと出くわしたときはかなりビックリした経験がありますが、知らない人が映画館に行ったことのある方なら街中で遭うとちょっと驚きます。そんなインパクトのある人ですが、路上よりも遭遇する確率が高いのが「映画館」です。僕は新宿のあちこちの映画館で見かけました。何しろ、タイガーさん、一年中この格好なので目立つし、いつも最前列のド真ん中に座っておられるのです。そういえば、「新宿昭和館地下」でのエピソードを、俳句雑誌「塵風」(西田書店)の2018年小春号でハピイさんが書いておられています。(この雑誌については当ブログ2018年10月14日参照)
そんな新宿タイガーさんのドキュメンタリー映画、タイガーさんの拘る3つ「シネマ」「美女」「ロマン」の章だてで構成されています。「映画がない人生は考えられない」というタイガーさん、休みの日は映画館に入り浸り。このドキュメンタリーの中でも「PARKS」(2017 瀬田なつき監督)を観にテアトル新宿に入るシーンがあり、今観ている映画館がスクリーンに映るので妙な感じでした。タイガーさんお気に入りの映画は「ローマの休日」(1953 ウィリアム・ワイラー監督)で、「12回は観たよ」とおっしゃっていました。ラスト近くでスクリーンに映し出されるオードリー・ヘップバーンさんを見つめる夢見るような表情、本当にいい表情でした!
あ、今、「表情」と書きましたが、新宿タイガーさん、このドキュメンタリー開始早々、あっさり覆面をとって素顔をさらします。映画を観るときはもちろん外すし、「美女」「ロマン」の部ではゴールデン街でお酒を飲む場面が多いので優しそうなお顔が拝見できます。タイガーさんと酒を酌み交わす女友だちが何と多いことか! そんな美女のひとり宮下今日子さんのご主人、八嶋智人さんとも仲良く「俺たちは‟傷だらけの天使”だからな」と言って肩を組んだり、街中で偶然会った渋川清彦さんにも気さくに話しかけられます。もうタイガーさんは「新宿」という街そのものみたいな存在です。
「なぜ、こういう恰好を」という問いには明確に答えていないのですが、1967年に大学に入り69年中退のタイガーさん、学生運動という団体行動から離れての、ひとり「ラヴ&ピース」という感じでしょうか。そういう意味では、時代とか外的な要素に関係なく「自分」を生きているという点で真に「自由」なんだと思います。ドキュメンタリーの中で、田代葉子さんが「時代は変化していくけれど、切れずに続いているものでもあるのよ」という言葉が印象的でした。
今、新宿タイガーさんと会って一緒に写真を撮るといい事があるという伝説もあるそうで、映画上映後、ロビイに出ると、何と本物の新宿タイガーさんがいて、観終わったお客さんが一緒に写真を撮るために列を作っておりました! また、売店には「新宿タイガーお守り」なんてグッズも販売されていて、昭和の男が平成も終わろうとしている時期にプチ・ブームの予感でした。(ジャッピー!編集長)
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覆面投手が主人公の「ミラクルA」

昨日の当ブログ「追悼・ザ・デストロイヤーさん 覆面と4の字固め」で、「柔道一直線」にもなぜか覆面の外人選手が登場した話を書きました。プロレスとは違ってアマの柔道で「なぜ、覆面をつけている?」と当時、観ていて子供心にも疑問に感じましたが(笑)、デストロイヤーさんの影響か、スポーツ漫画でおなじみのアイテムとなった「覆面」を用いた野球マンガもありました。
僕の家では父が土曜日、仕事帰りに「少年サンデー」を買ってきてくれて、貧しい子ども時代のささやかな楽しみでした。(「少年マガジン」「少年キング」は床屋で読んでいました) その「少年サンデー」に連載されていた「ミラクルA」の主人公が黒い覆面をつけたピッチャーでした。貝塚ひろしさん(のちの「柔道讃歌」や「父の魂」も有名)によるこのマンガも、当時の野球漫画の多くと同じように主人公は「読売巨人軍」に在籍しています。「郷姿郎」という投手が忍者みたいな黒い覆面(口のところはあいている)をつけて活躍するのですが、何で覆面するんだっけかなあ……。よく覚えていませんが、一度、肩か何かを痛めて退団、覆面をつけてカムバックするような話だったと思います。背番号は16で、それをもにって名前も「ジュウロク・バンタ」(漢字を失念)という偽名でした。
川上哲治さんの永久欠番16を背負う所など、後発の「巨人の星」の星飛雄馬と同じです。また、この覆面投手、いろいろ魔球を開発するのですが、マウンドからジャンプして快速球を投げるのは、後の「侍ジャイアンツ」の番場蛮のハイジャンプ魔球の原型に思えるし、右か左かどっちから投げてくるのか分からない「スイッチ投法」は、のちに水島新司さんも使ってますね。「ドカベン」のわびすけが両投げで打者を困惑させたし、「男どアホウ甲子園」の鬼塚投手が「陰陽球」と称して、長い髪で右か左か投げる寸前まで隠して投げました。これらを読んだとき、「あれ、『ミラクルA』でやったじゃん!」と思った記憶があります。そういえば、「男どアホウ甲子園」には「剛球仮面」という投手が出て来ました。甲子園大会にも出て、実況アナは「仮面投手、投げました!」と放送しているので本名も明かしていませんが、よく高野連でこんなこと許したなあ。(笑) 
それはともかく、後発の野球漫画に出てくるネタは既に「ミラクルA」に出ているんですよね。のちの野球マンガに与えた影響は多大なものがある「ミラクルA」、熱中して読んだ
けどほとんど覚えていないのは、やはり「巨人の星」などがテレビ・アニメにもなって全国区の知名度を持って語り継がれたからでしょうか。僕は死ぬまでにもう一度「ミラクルA」を読んでみたいなあ。(ジャッピー!編集長)
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浪花千栄子さんと東山千栄子さんのヌードシーン

一昨日の当ブログ「佐々木すみ江さん『おとし穴』と『ゴンドラ』」に、『ゴンドラ』(1987 伊藤智生監督)の劇中、孤独な少女と一緒にお風呂に入るシーンで佐々木すみ江さんがヌードになっていることに触れました。監督の伊藤智生さんは今村昌平さんが設立した「横浜放送映画専門学院」(=現在「日本映画大学」)の出身で、入学して最初に観せられたのが「にっぽん昆虫記」(1963 今村昌平監督)で、出演されていた佐々木すみ江さんの演技が印象に残り、そのときから「僕が監督をやるようになったあかつきには、どうしても一緒に仕事がしたい」と熱望していたそうです。そんな監督の熱意もあって、佐々木すみ江さん59歳のヌードだったのかもしれません。
そんなベテラン女優さんの意外なヌードというと、まず「浪花千栄子」さん。大阪南河内出身で元々は松竹家庭劇で舞台を踏んでいましたが、映画に移り溝口健二さん、小津安二郎さんなど数々の名監督の作品に出演された名傍役です。その浪花さんが「裸体」(1962 成沢昌茂監督)でポロッと見せてます。主演の瑳峨三智子さん(実母の山田五十鈴さんも出演されています)が奔放な女性を演じた作品で、瑳峨さんが銭湯に入る場面があります。そこで、後方にいる浪花さんの乳首が映ります。ただ、これは「狙った」というのではなく、つい映っちゃったという感じです。このとき、浪花さんは55歳。当時だともう「おばあちゃん」の年代で、「まあ、ええわ」と言って(←想像です)撮り直ししなかったのでしょう。
もう一人あげると、何と「東山千栄子」さん。日本映画史上の名作「東京物語」(1953 小津安二郎監督)で笠智衆さんの妻を演じた大女優です。その東山さんが「東京物語」の2年後、「沙羅の花の峠」(1955 山村聰監督)という映画で両乳房を丸出しにしています! 俳優の山村聰さんが監督した無医村をモチーフにした社会派映画で、ハイキングにやってきた学生グループ(メンバーは宍戸錠さん、南田洋子さん、そして超絶に可愛い芦川いづみさんなど)が、地元の子どもが激しい腹痛を起こしたのを見て、医者に連れていこうとします。しかし、この村は医者がおらず、今までも病人が出ると薬草をとったり、祈祷師にお祓いしてもらうという前近代的なことをしていたので、学生グループは村人たちを何とか説得する……というものです。東山さんは女祈祷師の役で、苦しみ横たわる少年の前で上半身脱いで祈祷をします。ポロリした浪花さんと違って、こちらは確信犯です。このとき東山さん65歳。おそらく、この頃はまだ、乳房を赤ちゃんにお乳をあげるときなど、人前でも乳房を出すことはそんなに珍しくなかったように思います。「ストリップ」とかはあった一方、特に(この映画のような田舎では)乳房を出すことにそれほどセクシャルな意味はないことは多かったのでしょう。この東山さんもお色気シーンではなく、牧歌的な因習を表すためのヌードだったのだと思います。でも、初めてこの映画を観たときはちょっと驚きました。 (ジャッピー!編集長)
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追悼・ザ・デストロイヤーさん 覆面と4の字固め

プロレスラーの「ザ・デストロイヤー」さんが今年の3月7日に亡くなりました。88歳です。僕の世代の方なら知らない人はいませんね。教室の後ろで、友だちに必殺技「4の字固め」(このネーミングがいいですね)をかけたりした人は多いと思います。また、この「4の字固め」は裏返しになると、逆にかけた側が痛くなっちゃうので、何とか反転して逆襲したなんてこともしたでしょう。これは、「力道山」さんが「4の字固め」をかけられたのを耐えて反転、逆にデストロイヤーさんの脚を痛めつけた伝説の試合から知れ渡りました。(結果はレフェリー・ストップで引き分け) 「デストロイヤー」さんの訃報を伝えるスポーツ新聞も多くがこのときの「4の字固め」の応酬の写真を使っていました。
のちに「金曜10時! うわさのチャンネル」では、よく徳光和夫アナウンサーが「4の字固め」をかけられ苦悶していましたね。(マギー・ミネンコさんは今、どうしているんだろう?)
デストロイヤーさんといえば、「覆面」ですが、なぜ「覆面」レスラーになったかは諸説あるようです。僕が子どもの頃に聞いたのは、契約外のリングにのぼるときにバレないように覆面して出たという話ですが、ちょっと盛ってる感じですかね。それよりは、素顔は優しい顔をしているのでそれを隠すためというのが信憑性が高いと思います。最初は素顔で試合に出ていたデストロイヤーさんが、覆面をつけるのと「ヒール」(悪役)になったのが同じ時期だったことも裏付けになっています。
ともかく、これで「覆面」が醸し出す「謎の素顔」「怪しさ」というものがミステリアスな悪の魅力をもたらしました。梶原一騎さん原作、永島慎二さん作画でテレビドラマにもなった「柔道一直線」にも、外人の覆面選手が出ました。柔道は「アマ」なのに、なんで「覆面」するのか必然性が分かりませんでしたが、主人公・一条直也(桜木健一さん)に立ちはだかる悪役度は強化されましたね。デストロイヤーさんみたいな覆面(色は青だったかな?)をかぶった選手が外人訛りの日本語で「イチジョー、オレとショーブしろ!」みたいな台詞を吐く場面は今でも鮮明に覚えています。
プロレス界を盛り上げ、「うわさのチャンネル」でも楽しませてくれた「ザ・デストロイヤー」さんのご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)
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黒澤明監督と今村昌平監督 巨匠たちの狂気

昨日の当ブログ「ショーケンと黒澤明監督」に書いたように、萩原健一さんが「影武者」(1980 黒澤明監督)に出演した際、完璧を求める黒澤監督のムチャぶりに頭がおかしくなりそうだったという話です。
馬に乗って海岸を疾走する撮影で、黒澤監督は馬が前脚を上げてのけぞる、いわゆるウイリーを撮りたかったようですがうまくいかず、何度も繰り返してもOKがかかりません。そのうち、馬が跳ねてショーケンは海へ飛ばされてしまいます。切り落としになっている海で、下手したら溺死です。やっとの思いで上がってきたら、黒澤監督の第一声は「おい、馬は大丈夫かあ?」だったそうで、こんなことが続くうちに、自分でも目つきが変わっていくのが分かったといいます。
こんなこともあったそうです。ショーケンが「これは何なんだよ、映画の撮影か、本当の戦(いくさ)なのか……」と思った合戦シーン、ショーケン扮する武田勝頼が命令し、歩兵たちが一斉に槍を突き上げ上り坂を進んでいくる場面で、一本の槍の切っ先が後ろにいる歩兵の目に突き刺さってしまったのです。その歩兵に扮していたのが阿藤海(のちに「快」)さんです。すさまじい悲鳴をあげてうずくまる阿藤さんを見たショーケンはすぐに「待った、待った! 救急車だ!救急車を呼べ!」と叫んだのです。すると、黒澤監督、「馬鹿野郎!何でおまえがカットをかけるんだ!」と怒鳴りつけたそうです。阿藤さんは眼球が飛び出し、今にも落ちそうになっていたそうです。ショーケンが撮影を止めなければ、阿藤さんは失明していたでしょう。
このエピソードで思い出したのが、今村昌平監督の現場の話です。「にっぽん昆虫記」(1963 今村昌平監督)で、北村和夫さんが沼に入り鎌で雑草を刈るシーンを撮ることになりました。底なし沼を前にたじろぐ北村さんに「重要なシーンなんだ。さあ、いこう!」とせきたてる今村監督。おそるおそる入った北村さんに「もっと真ん中に入って」と容赦しません。「これ以上入ると、オレ沈んじゃうよ」と言っても「沈んだっていいんだ」と平然と答えたといいますからスゴイです。
黒澤さんにしても、今村さんにしても、自分の思ったとおりの「画」を撮るためには人も殺しかねません。それだから、「巨匠」と呼ばれる仕事ができたのかもしれません。さらに、この話にはオチがあって、手足にヒルが吸いつき、顔にアブがまとわりつきながら胸まで沼に浸かった北村さんが死ぬ思いで演じたこのシーン、完成後の本編を見るとカットされ使われていなかったそうです! 
(ジャッピー!編集長)
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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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