ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

1997年のヤクルト優勝は開幕戦で決まった!

昨日の当ブログで書いたように野村克也さんは「言葉」の人でした。1997年の開幕戦の巨人戦で斎藤雅樹投手から「3連発」を放った小早川毅彦さんは、広島カープに入って1984年新人王を獲って、以後レギュラーとなって活躍していました(4番も打っていましたね)が、10年目を越える頃から次第に出場試合数も減り、1996年に球団からも「現役引退→コーチ就任」を打診されました。現役にこだわった小早川さんは自由契約を選びヤクルトに移籍したわけです。

前の年にカープでわずか8試合の出場、放ったヒットはわずか1本。完全に「終わった」選手と見られても無理ありません。もうベテランですから体力、技術面で劇的に進歩するわけではありません。まず、野村監督は「お前は1年目は活躍するんだ」と、法政大学の一年目から4番を打っていたことや、プロでも新人王を獲得したことなどをあげて、自信を持たせました。環境が変わり活躍するということはよく言われますが、そこに「大学」「プロ」といった根拠もつけることで、ある種の自己催眠をかけたような効果があったと思います。しかも、それまでにも「野村再生工場」と言われ、何人もの崖っぷち選手が復活した例がありますから、小早川さんも「俺もいけるかな」と思ったことでしょう。

この「言葉」によってまず自信を持たせ、そこに「ID野球」のデータで裏打ちするのです。斎藤雅樹投手という当時の大エース(しかも開幕戦に強く3年連続完封勝利中)に対し、徹底的に分析、「左バッターに1-3になると次はカーブ」という解を見つけ、ミーティングで小早川さんに示したのです。たしか、2本目のホームランがバッチリ当たって、ダイヤモンドを周りベンチに戻った小早川さん、「監督! カーブが来ました!」と興奮して叫んだといいます。僕もテレビでこの試合を観ていて興奮したなあ! 中継の解説が元。カープ監督の山本浩二さんが驚いていたのもよく覚えています。無敵のエース斎藤雅樹さんからの3連発。結果的にはこの開幕戦で勢いがついて、ヤクルトはこの年、ぶっちぎりの独走、優勝を果たします。

この年、小早川さんは「大活躍」かというと、そうともいえず、次第に調子を落とし12本塁打に終わりました。しかし、そのうち3本を開幕戦に打ったことだけでも特筆すべきことです。「小早川さんが打った! ある意味、この1試合だけでも小早川さんを獲得した意味があるといっても過言ではないでしょう。この3連発で「やっぱり野村監督についていけば間違いない」「今年はやれるぞ」という意識が広がったと思うのです。開幕戦がただの1試合とは違う意味を持っているということをまざまざと見せつけた一年でした。大きな補強もなく、この1997年を独走で優勝したヤクルトは、まさに野村監督の「言葉」による小早川選手の覚醒に始まったのでした。

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「言葉」の人・野村克也監督と正反対のボンクラ総理

2月11日にお亡くなりになった野村克也さんは「言葉」の人でありました。南海ホークスで監督兼捕手をやっていたとき、リリーフ転向を嫌がっていた江夏豊投手に「お前とワシで野球界に革命を起こしてみないか」と説得、「新選組」好きの江夏さん、この「革命」というワードで心をつかまれて救援専門になったのは有名なエピソードですね。

ヤクルトで監督になってからは、キャンプでの「ミーティング」が有名でした。キャンプの夜、食事が終わったあとといえば、若手選手は大広間でバットを振るとか、ピッチャーはタオルでシャドーピッチングをするとか「夜間練習」をするのが定番だった時代に、全選手を集めて毎日、1~2時間のミーティングを行っていたのです。野村監督のホワイトボードを使っての話はまさに「講義」といっていいものでした。選手たちは必死にノートをとり、今、指導者になっている人でその「野村ノート」が役だっているという方もたくさんいます。(この「ミーティング」のとき、ただひとりノートひとつとらずにボーッとしていたのがヤクルト時代の長嶋一茂さん)

その「ミーティング」は、野球の技術や作戦について触れる前、まず「人生」や「仕事」といったことについて説くことから始まったそうです。いわば、「人間教育」的なことをやっていたのです。プロ野球選手は引退してからの方が人生が長いし、別の世界に行っても通用するような人間であれと「言葉」を駆使して大事なことを教えていたのです。

僕は野村さんの本は文庫や新書になったのはほとんど読んでいて(何冊かは前に勤めていた高校の野球部に残してきました)、なるほどと思うことが多々ありました。また、あとになって分かることもあります。当時のヤクルトの選手でも「そのときは分からなかったが、ノートを見返してとても重要なことだと分かるようになった」と言っている人もいますから、「言葉」の力というものはすごいものだなあ。ボディ・ブローのように後から効くこともあるし、責任を伴うとつくづく思います。野村監督は「ミーティング」で話す内容をまとめるために朝方まで勉強していたといいます。リーダーとして「言葉」の重要性を分かっていたのでしょう。

一方、我が国のリーダーはというと、「言論の最高機関」である国会で「何とかの勘ぐり」だとか、質問者を罵ったり、野次を飛ばしたり、まるで居酒屋でクダ巻いているおっさんみたいな言葉を吐いています。

辻元清美議員が追及した日、別の議員が「信用してほしければ、首相もホテルから書面の回答をもらうべきだ」と言ったら、このインチキ総理、「私が言ってることを信用できないなら予算委員会は成立しないじゃないですか」と言い返したけど、本当に掛け値なしのボンクラ野郎です。「モリカケ」以来、今まで散々、「真摯な」説明をすることなくウソと誤魔化しで通してきたから、「信用できない」んじゃないか。アベ晋ゾー、お前だから「信用できない」んだよ! 

野村克也さんは「監督としてチームをまとめる上で一番大事なことは何でしたか」ときかれて、「信は万物の基をなす」という言葉をあげて、「信頼、信用がないことにはチームはうまく機能しないものなんだ」とおっしゃっています。アベ晋ゾー、ノムさんの本を読んで出直してこい! いや、アベ晋ゾーは漢字が読めないからノムさんの本は無理か。まずは「うんこ漢字ドリル」からやり直したらいいと思います。 (ジャッピー!編集長)

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隠れた傑作!『第三次世界大戦 四十一時間の恐怖』

今年早々、1月はアメリカとイランの間に緊張関係が高まりました。トランプがイランのソレイマニ司令官を殺害したことに端を発し、イラン側も報復を宣言するなど一時は「第三次世界大戦」というワードが沸騰しましたね。

「第三次世界大戦」で思い出した映画はずばり『第三次世界大戦 四十一時間の恐怖』(1960 日高繁明監督)です。韓国上空で米軍機が爆発、核を搭載していたために、「北」に対する挑発ととられ、一気に「世界大戦」に突き進んでしまいます。日本の基地からはどんどん米軍の戦闘機が飛んでいき、日本の国民たちは恐怖でパニック状態になります。物不足になると怖れてお店に殺到、買い占めようとする人々でデパートなどは暴動状態、治安が一気に悪化します。今、日本はマスク不足ですが、中には何箱も買い占めして高く転売している不届きものがいるといいますから、パニックになるといつこんなことが起こるか分かりません。

だいぶ前に観たので細かいところは曖昧ですが、はっきり覚えている場面があります。東京にいると危ないというので、都民は車に荷物を詰め込んで我先に逃げようとします。道路は大渋滞、もう交通ルールもなにもあったもんじゃありません。ある一家もあわてて車を走らせ、人をはねて死なせてしまいます。たしか、運転している一家には高校生の息子がいて、はねられたのは、その息子の親友のお父さんだったかと思います。映画の冒頭、この高校生たちが仲良くしているところから始まるので衝撃も強かったです。普段は立派な人間でも自分さえ助かればいいという状況になると、鬼畜になってしまうのだという怖ろしさを感じました。

主演は梅宮辰夫さんで、デビュー2年目。まだジゴロやスケコマシ役などやる前、正統二枚目の頃で新聞記者役です。三田佳子さん演じる恋人は看護婦で入院患者や負傷した子どもなどを助けるため、必死に救護活動をしています。そんな人もいるのですが、無情にも東京にも核爆弾が落とされ、壊滅してしまいます。記者の使命感から残っていた梅宮さんが捜し出すと、三田さんは瓦礫の下で亡くなっています。東京タワーや議事堂、ビル群が姿を消し、廃墟となった東京の光景だけでなく、パリやニューヨーク、モスクワなどの世界の大都市も壊滅し、映画は終わります。

この映画が公開された1960年というと昭和35年、戦争が終わってからまだわずか15年しか経っていません。米ソの冷戦構造が深まっていましたし、この2年後には「キューバ危機」も起こるなど、いつまた戦争が起こるかもというリアルな緊迫感をはらんでいたと思います。当時、暮らしている人たちにとっては切実な恐怖だったのです。「週刊新潮」に掲載された記事を基に作られていますが、同じネタを東宝が得意の特撮を駆使して映画化しようとしたのですが準備が間に合わず、第二東映に先を越された形になります。モノクロでまだ若手の梅宮さん&三田さん主演(おふたりはコンビで売り出されデビュー当時、共演が多かったのです)の『第三次世界大戦 四十一時間の恐怖』が先行、なかなかどうして特撮もちゃんとしていました。東京タワーが倒壊する場面とかよく出来ていたと思います。

東宝は翌1961年にほぼ同じ内容で『世界大戦争』(1961 松林宗恵監督)を公開、こちらはカラー映画だし円谷英二さんの特撮大作とあって語られることが多いと思いますが、この『第三次世界大戦 四十一時間の恐怖』は、群集ドラマとしてしっかり作られていて観るべき映画だと思います。池袋は「新文芸坐」にて、あさって2月20日(木)からスタートの「追悼・梅宮辰夫」の初日に上映されますから、是非おいでください。 (ジャッピー!編集長)

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ワカメちゃん、アベ晋ゾーに注意してください!

昨日は大変悲しいことがありました。我が国の総理大臣が大ウソつきだということが明らかになったのです。いや、もう何年も前から分かっていたことですが、辻元清美議員の質問に対し回答した「ANAインターコンチネンタルホテル」の文書によって、クソ首相・アベ晋ゾーのウソが白日のもとに晒されたのです。それでも、まだゴチャゴチャ言い訳していましたが、もう完全に「ウソつき」の顔をしていましたね。

以前、「ノーベル平和賞」を受賞した環境活動家、ワンガリ・マータイさんが「MOTTAINAI」=もったいないという言葉を世界中に広めてくれましたが、一国の首相が大ウソつきというこのままでは、「みっともない」という言葉が世界に広がってしまうのではないでしょうか。まさに国辱ものです。「美しい国」を標榜する本人が日本の恥さらしとなっているのです。嘆かわしいという言葉では足りません。小沢一郎さんが言うように「万死に値する」と思います。

また、このボンクラ首相、冒頭に先週12日に「意味のない質問だよ」とヤジを飛ばしたことを謝罪しましたが、ただ「紙」を読んでいるだけ。「不規則な発言をしたことをおわびする」云々(←「うんぬん」ですよ、アベちゃん)と言うだけで、内容に関しては触れないのはどういうわけだ。法案や予算案を審議してもらう立場が質問権を否定するようなこと言っていいと思ってんのか。

このところ、当ブログで江利チエミさんが主演した映画『サザエさん』を何回か取り上げましたが(20191230日、2020年2月2日、2月4日など)、シリーズ3作目(この作品からカラーです)『サザエさんの青春』(1957 青柳信雄監督)では、家族会議のシーンが出てきます。フネ(清川虹子さん)がサザエに家事全般を受け継がせようというのです。こういったことでも、ちゃんと家族がちゃぶ台の周りに集まって「会議」をするのです。何かあると「会議」をするのが常態のようで、このシーンでは「今日はワカメが議長だ」と始まります。フネが、サザエももう年頃だし、ちゃんと主婦修業しないといけませんと主張し、「家計のやりくりは無理だよ」とか、いろいろ意見が出るのですが、お父さん(藤原釜足さん)はつい勝手に口をはさんでしまい、議長のワカメ(松島トモ子さん)に「意見を言うときには手をあげて指名されてからにしてください」とたしなめられてしまいます。磯野家だって、ちゃんと議会のルールを遵守し、「不規則発言」をすれば一家の長のお父さんだってワカメに注意されるのです。なのに、2020年の国会でれっきとした首相がそんな「基本」もできなくてどうする。

さらに、映画でいえば石原裕次郎さんが主演した『陽のあたる坂道』(1958 田坂具隆監督)なんかも、裕次郎さんが自分の出生の秘密も含め家族が抱えていることを広い応接間で話し合う場面が印象的でした。その場に居合わせた北原三枝さんが感心するように、こういった「民主的」な姿勢が、戦争を経験し新しい社会を築いた戦後の日本でどれほど大切なものだったかが分かります。『サザエさん』や『陽のあたる坂道』といった映画の時代に生きた人たちが大事に育んだ「議会制民主主義」を破壊しようとしているのがアベ晋ゾーです。さらに、血税は私物化するは、お友だちのレイプ犯の逮捕を助けるは、あげくは検察人事のゴリ押しで「三権分立」を壊した極悪人であります。早く、この「アベノウィルス」を撲滅しないと日本が危ないです!  (ジャッピー!編集長)

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非常識な大人がいたもんだ

昨日はたいへん不愉快なことがありました。
知り合いのNさんのツイッターを見ていたら、そこにOという人物が投稿(というんですか)していて、僕の顔写真を載せていたのです。このOというのは、僕は全く知らない人物です。もちろん、僕にことわりもなく勝手に人の写真を載せているのです。僕はスマホも持っていないし、ツイッターもやっていないので、どうしたらいいか分からず、まずNさんに連絡し、「このOという奴に連絡して削除するよう」にお願いしました。その後、削除されましたが、数時間、全く僕の知らないうちに自分の顔が世界中にさらされてしまったのです。僕は「公人」でも「芸能人」でもありません。「一般人」なのです。これは「暴力」といっていいと思います。
このOという奴に僕は面識ないのですが、Oの方は僕のことを知っていたのでしょう。おそらく常連のように通っている映画館で見かけていたのだと思います。この件があって、このOという奴のツイッターを見ると、他にもいろいろやらかしているようでした。名画座によく出かける人なら容易に「特定」できるおばあさんの観客のことを、「ばばあ」と記していたり。このOという奴、古い日本映画好きらしく、名画座で行われるトークショーには欠かさず参加してサインをもらったり、ベテランの年をめされた俳優さんに対してはリスペクトを示したりしているのに、現実生活では年配の方をディスっていて気持ちが悪いのです。口では「名画座ファン」のようなことを言っているけど、そこに映画を観に来るお年寄りに対してはこういったことを平気で書いている。古い映画を好む「同士」のようには思えないのでしょうか。こんな奴「名画座ファン」を名乗っているのは悲しいですね。
何より、自分は本名も顔もさらさず、映画館で見かけた人を揶揄したり、勝手に顔写真を載せたり、卑怯、非常識です。ロクな奴でないことは間違いないです。今までもけっこう他人を不快にさせていたらしく、削除させられたことが何度かあった模様で、あるときは「自分という人間を直接知っていたら、愛ある冗談だと分かるのに」みたいな言い訳を書いていましたが、お前はアホか。ツイッターを読む人はお前を知ってる人だけじゃないってことも分からないのか。呑み屋で話しているのと勘違いしているんじゃねーよ。多くの人はお前なんか知らないし「文章」だけで読んで、不快になってんだよ。
このOという人物が何歳ぐらいの奴か知らないですが、それなりの歳のいい大人だと思います。ネット社会の発展とともに「個人情報」というのが言われるようになって久しいですが、こんなのが横行しているのが実態ですか。このOのような奴が他にもいるのかもと思うと、映画館に行くのも怖くなります。 (ジャッピー!編集長)

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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
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