ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

「血税」でファンクラブ活動するクソ野郎

昨日、近所のスーパーに行ったら、今月精米の「新米」が発売されたためか、ちょっと前のお米が割引で売っていたので買いました。ちょうど家のお米が少なくなっていたのでちょうどいいタイミングと思わずレジに持っていきました。得した気分で家に帰ってから、気づきました。そのスーパーの5%割引の券があったのです。それを使えば、さらに安く買えたのに……。すっかり忘れていたのです。ああ、損した~と一日明けた今日もまだくよくよしています。我ながら小っちゃいなあ……と情けなくなりますが、消費税も上がり、10円、20円でも大きな問題なのです。

こんな庶民の苦しみの一方で、新宿御苑で桜を見ながら(いや、ろくに見ちゃいないか)酒やお菓子を大盤振る舞い、その前夜は「ホテルニューオータニ」で高級寿司店「久兵衛」の寿司だってさ、「アベ晋ゾー・ファンクラブ」。こちとら「新米」も買えないからね、一生食えない「寿司」だよ。こういったものを「血税」でふるまっているというんだからな、ふざけんなと言いたい。国会で追及が始まる前、既に当ブログ11月2日「消費増税から1か月 税金の行方」で指摘しましたが、今年は1700万円の予算を4000万円もオーバーしていたんだそうで、今年は5200万円もの予算を申請したっていうんだからな、調子のってやがる。国民をコケにしているとしか思えません。東日本大震災で、元の生活に戻れない人もたくさんいるというのに。毎年、災害に見舞われるのに。このアベ晋ゾーという奴はテメエのことしか考えていないのです。国のトップにふさわしくないという以前にこいつには人間の血は通っていないのでしょう。腐れ切った「魔物」です。

この魔物、国会で首相席から下品な野次を飛ばすくせに、自分の都合が悪くなると、国会に出てこなくなったり、「ご飯論法」でゴニョゴニョ言ってごまかしたり、本当に卑怯な野郎です。「卑怯」という言葉はこいつのためにある言葉ですね。これから国語辞典を作る際には、「卑怯」の説明に「アベ晋ゾーの言動のさま」と書くと分かりやすいと思います。

追求が始まった頃に、招待客に関する書類を処分したといいますが、いろんなところにある証拠を今頃必死に処分しているんでしょうね。そういえば、「ニューオータニ」で5000円での宴会は無理だろう、少なくともおひとり1万1千円はかかるという野党の調べに対して、スガ官房長官が「5000円でできると思いますよ。それ、本当にホテルのしかるべき人に聞いたんでしょうか」とか言っていたから、きっと「ニューオータニ」の上層部に口止めしているだろうね。毒まんじゅう食らわせているかも。

国民から徴収した税金で「ファンクラブ」活動されちゃたまりません。憲政史上最長在任だって? それこそこの日本の不幸ですね。国難とは何か。アベ晋ゾー、お前のことだよ!  (ジャッピー!編集長)

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「モダンカルタ」の10年後には、戦時一色になった映画雑誌界

当ブログの11月9日に「「国立映画アーカイブ」で開催中の企画展「映画雑誌の秘かな愉しみ」に行って、展示されていた「活動写真雑誌」の1918年(大正7年)1月号の附録だったという「活動写真撮影寿語録(すごろく)」を見た話を書きました。「すごろく」といえばと「人生ゲーム」の話も書きました(当ブログ1112日参照)が、「すごろく」と並んで、昔のお正月のインドア遊びに「かるた」もありました。

企画展「映画雑誌の秘かな愉しみ」の展示には、「かるた」もありました。「映画と演芸」という雑誌の1931年1月号の附録で「モダンカルタ」という名前がついていました。展示を見ると、それぞれの札にスター(いや、この時代だから「スタア」と書いた方がいいか)のイラストが描いてあり、読み札の方は、そのスタアの出た映画の惹句や台詞が五七調で書いてあり、思わず声に出して読みたくなりました。例えば、「うまれは遠州 濱松荘」の絵札は「『白波五人男』の幸四郎」とか、「よらば斬るぞ 血が飛ぶぞ」の絵札は「林長二郎」とあります。(のちの長谷川一夫さんです)「男 沓掛時次郎」では「大河内伝次郎と酒井米子」とカップルの絵札になっています。やはり、時代劇のものが多いですが、そんな中に、「波よ 若者 なぜ泣く 

か」というのがあり、この絵札はやはりカップルが描かれていて「『若者よ、なぜ泣くか』の鈴木傳明と田中絹代」とあります。田中絹代さんと、学生スポーツ界で鳴らした鈴木傳明さんがコンビで出演した青春メロドラマ。当時の若い人たちは熱狂したといいます。田中絹代さんといえば、僕などにもリアルタイムでは「おばあさん」のイメージが強いですが、当時は国民的アイドル女優です。滝花久子さんなんかも優しそうなおばあちゃんとして浮かびますが、「紅屋の娘の言うことにゃ」の絵札で「『紅屋の娘』の滝花久子」と堂々の「一枚」で登場です。

そして、こういった日本映画だけでなく、この「カルタ」には「テキサス無宿 ゲイリー・クーパー」とか、「のらくら チャーリー サーカス団」、「ジャズよジャズジャズ ホワイトマン」といった洋画を取り上げたものもあります。(でも、読み札はどこまでも七五調なのがいいですね) 「ホーリーウッドは映画のメッカ」なんてのもあり、当時は「ハリウッド」を「ホーリーウッド」と言ってんですねと興味深いです。

「カルタ」の最後は「今日も明日も 『映画と演芸』」と自誌を宣伝しているのも微笑ましいです。1931年は昭和6年です。日本映画の時代劇も現代劇も、そして洋画も楽しんでいたのでしょう。しかし、どんどん日本は軍部の力が強くなり日中戦争に突入、1941年にはとうとう第二次世界大戦に発展してしまいます。雑誌もタイトルから「スタア」や「キネマ」という文字は消え、内務省によって出版統制がなされ、国の指導で「日本雑誌協会」の下に株式会社2社の系統(「映画出版社」と「映画日本社」)が作られ、そこからの発行に限られてしまいます。この辺、当時の映画会社の統合政策と同じですね。今回の企画展には、最終号となった「キネマ」194012月号が展示されていましたが、表紙は宇佐美淳さんでバックには「日本、ドイツ、イタリア」の三国の国旗が並んでいます。そして、1941年1月創刊の「映画之友」の表紙は「李香蘭」さんです。ご存知のように“中国人”として国策に利用されたのちの山口淑子さんです。

こうして「モダンカルタ」という楽しい附録がついていた映画雑誌も10年後には戦争一色になってしまうのです。もちろん、ゲイリー・クーパーさんやチャーリー・チャップリンさんの映画なんて「敵性映画」として観ることはできなくなります。権力が映画や文化に介入するというのは本当に怖ろしいことです。何だか、今、「表現の自由」に口出ししたり、あるいは忖度して引っ込めたり……日本よ、大丈夫か。そんなことを戦時中の映画雑誌の展示を見て思ったのです。 (ジャッピー!編集長)

 

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横文字だらけの「紅白歌合戦」出場者

14日(木)に今年の「紅白歌合戦」の出場歌手が発表されました。初出場組には菅田将暉さんも入っていました。映画にも引っ張りだこだし、歌手としても活躍されてすごいです。菅田さん含め、初出場は8組。そのうち菅田将暉さんと乃木坂46以外の6組は、全部「横文字」入り。FoorinLISA Official髭男dism Kis-My-Ft2 King Gnu GENERATIONSの6組です。僕のような年寄りにはもう何が何だか分かりません。僕は昭和歌謡とかよく聞いていた人間で、若い頃から「きっとこうして歌謡界や音楽界の最先端を聴き続けていくんだろうなあ」と思っていましたが、もうついていけない感じになりました。もう新しい音楽はいいやという感じです。これが年取ったということですかね。映画に関しては、相変わらず新作にも興味があってけっこう観ているんですがね。

そんな「横文字」だらけの出場者が多くなった「紅白」ですが、今から50年前、1969年はどうだったかというと、アルファベット表記の出場者はひとりもいません! 「横文字」的な名前の人、グループは出ていますが、みんな「カタカナ」表記です。この年、初出場の「カルメン・マキ」さん、「キング・トーンズ」、「内山田洋とクールファイブ」のように。他にも「ザ・ピーナッツ」、「ピンキーとキラーズ」とか「ダーク・ダックス」と、皆「カタカナ」です。こうして、出場歌手の名前だけ見ても、「昭和」が遠くなったなあ……と思わざるを得ません。今年の出場歌手で「昭和」にも出ていたのは、五木ひろしさん、石川さゆりさん、郷ひろみさん、坂本冬美さん、松田聖子さんの5人だけとなりました。

そういえば、今日は新駅「高輪ゲートウェイ」の開業に向けた工事のため、山手線が一部運休になるんだそうですが、本当にこんなダサい駅名にするんですか。しかも、公募して断然1位の「高輪」を無視して、130位の「高輪ゲートウェイ」ってどういうことなのか。当ブログ2019年1月30日「ダサすぎるネーミング『高輪ゲートウェイ』」にも書きましたが、この出来レース、「ゲートウェイ」を入れることで儲かる奴がいて、その利権に絡んだ政治家とかいるんじゃないのかね。そういう意味じゃ、「桜を見る会」や「大学共通試験」の映画テストに民間導入とか、国民も受験生も知らないところで一部の利益のためエライ人たちが動いているこの国の象徴みたいなネーミングです。これからこの「高輪ゲートウェイ」みたいな駅名が増えていくのですかね。ああ、「昭和」は今や遠い霧の彼方です。 (ジャッピー!編集長)

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「人生ゲーム」と「上級国民」

伊藤晴雨 撮影所絵画
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月9日の当ブログで「「国立映画アーカイブ」で開催中の企画展「映画雑誌の秘かな愉しみ」に行って、展示されていた「活動写真雑誌」の1918年(大正7年)1月号の附録だったという「活動写真撮影寿語録(すごろく)」を見た話を書きました。伊藤晴雨さんという「責め絵」で有名な絵師が描いていたのでちょっと驚きましたが、当時の絵師といえば、今のイラストレーターみたいなものかと思いました。

「すごろく」といえば、昔の月刊少年雑誌の1月新年号の附録の定番でした。切り抜いて組み立てるサイコロなんかもついていました。あと、「すごろく」タイプのボード・ゲームといえば、「人生ゲーム」ですね。僕は持っていませんでしたが、友だちの家にあって、行くとよくやりました。こちらはサイコロではなく「ルーレット」を回すというのが、当時としては新しく感じましたねえ。別の友だちの家には「バンカース」があって、これもよくやりました。「バンカース」もアメリカ発祥のボード・ゲームですが、地名は「大手町」とか日本の地名になっていましたね。

元々は、アメリカで作られたという「人生ゲーム」、日本では1968年に発売されました。小さな車の形をしたコマにピン(自分の分身)を差し込み、ルーレットで出た数だけ進め、そこに書いてある指示に従っていく「すごろく」ですが、進んでいくうちに学校を出て、就職し、結婚し、(←ここでコマの上に伴侶のピンを立てます)子どもが生まれるとコマの上は賑やかになっていきました。家を買ったり、時には「ギャンブル」とい札を引いてルーレットを回して、設けたり、損したり……。たかがゲームですが、そこには当時の平均的なキャリア・プランとか人生航路が提示されていたわけです。僕も子供心に何となく、そんな「就職して、結婚して、子どもを作って……」みたいな未来を描いていたと思います。まさか、独りぼっちで、淋しく貧しい生活を送ることになるとは思ってもいませんでした。「咳をしてもひとり」なんて感じです。

あの頃、「人生ゲーム」で何度も遊びましたが、破産して「貧乏農場」行きになったことはなかったなあ。友だちにも「貧乏農場」行きはいなかったように思います。きっと、子どもの遊ぶものなので、容易に「貧乏農場」行きにならないように作られていたのだと思います。「バンカース」では、一回、銀行が破産してしまったことがあったのを覚えています。

「人生ゲーム」は1968年の発売以来、その時代の世相や流行を取り上げて、いろいろなヴァージョンを生み出し、今も続いているロングセラー商品です。僕は子どものときにやった元祖?の「人生ゲーム」しかやったことありませんが、時々トピック・ニュースなどで見ると、「バブル時代」を反映したもの、逆に「バブル崩壊」を背景にしたヴァージョンなんかもあったようです。たしか1999年頃には「世紀末」ヴァージョンもあったと記憶しています。平成になってからは「貧乏農場」じゃなくて「難民キャンプ」とか「強制収容所」とか生々しくなったと聞いたこともあります。

毎年のように色々なヴァージョンが出ているみたいですから、きっともう「令和版・人生ゲーム」というのも出ているのでしょうね。見たことありませんが、今だったら

ゴールは「上級国民」と「こんな人たち」に分かれているんでしょうかね。新聞によると、東池袋で車を暴走させ母子を死亡させた元通産相の男が書類送検だって。何の

罪もない母子の命を奪って人生を奪っていながら、厳罰が下されないとは……。この国の格差はここまで来ているのです。  (ジャッピー!編集長)

 
* 上図は「絵すごろく展ー遊びの中のあこがれ」 平成10年江戸東京博物館発行より

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高倉健さんの命日に願うこと

今日、11月10日は高倉健さんの命日です。あれからもう5年も経ったのか……全く時のたつのは早いものです。この5年間で、日本の劣化は加速度的に高まったように思います。狂った首相が我が物顔でお友だちを優遇し、格差を助長し、放言、暴言、インチキ、ズルにまみれた政治をすすめ、何一つ責任もとらずに居座っています。「健さん」に叩き斬ってもらいたい奴ばかりがはびこっています。
今日は丸の内TOEIで『鉄道員(ぽっぽや)』(1999 降旗康男監督)が特別上映されました。木村大作カメラマンや共演の大竹しのぶさん、広末涼子さんもゲストとなっていました。僕は行けませんでしたが、きっと多くの健さんファンが集まって銀幕の健さんと再会したことと思います。 そして、この没後5年というタイミングもあるでしょう、「高倉健、その愛。」という本が出版されました。小田貴月という健さんの養女となった女性が書いたものです。(なぜか、「貴」から「貴月」という名前になっています) 健さんが亡くなったときに明らかになったこの小田貴月という方、戸籍上は「養女」となっていますが、実際は後妻ということになるのでしょう。この本の帯にも「人知れず2人で暮らした17年の日々。孤高の映画俳優が最後に愛した女性による初めての手記」とあります。たしかに、ほとんどの人に知られていなかったようで、健さんの親族もお二人の関係を知らなかったといいます。 今回の出版のプロモーションでしょう、版元の文藝春秋社の「文藝春秋」に「高倉健 二人だけの十七年」という、本のダイジェストみたいな文章が出ていましたので、本屋さんでパラパラと立ち読みしました。また「週刊文春」にも阿川佐和子さんによる小田貴月インタビューが出ていましたので、読んでみました。何だか、スピリチュアルな感じの物言いで、結局、どういう風に健さんと愛し合うようになったか細かいことは分かりませんでした。阿川佐和子さんもインタビュー後記で「お話を伺えば伺うほど、納得できたりできなかったりの繰り返しで、もやもやとした余韻がいまだ片隅に残っている……」と語っています。版元として、小田貴月さんをフォローするべき「週刊文春」ですから、阿川さんは忖度して控えめに言っていると思いますが、やっぱりスッキリしない話ぶりなんですよね。さすがのインタビューの達人、阿川佐和子さんでも突っ込めない何かがあるような。 一方、ライバル誌の「週刊新潮」には、健さんの実妹が取材に答えていて、貴月さんと東映関係者の全部で4人でさっさと火葬にしてしまい、健さんの死に顔を見れず、しかも遺骨にさえ対面させてもらえなかったという理不尽を訴えています。もちろん、当事者でないと分からない部分は多々あると思いますが、僕も含めファンが今まで健さんの本や記事を読んだ限りでは、親族を大事にした健さんがそんなことを望むかなあとやっぱり疑わしく思ってしまいます。江利チエミさんとの間の流産した子どもを弔うための水子供養の墓も含めて健さんのお墓も更地にされてしまったというのも、江利さんを深く愛していたといわれる健さんのイメージとは遠いものを感じます。健さんの妹さんは、ファンの方から「どこにお参りすればいいのか」という声がたくさんあがり、健さんのお仲間と一緒に新たな場所を作ったそうです。 今回、この本を出すのも健さんの意向だったという小田貴月という人、本当に謎が多すぎます。どのような意図があって、健さんの親族や友だちを遠ざけているのか、真相は分かりませんが、天国の健さんが悲しんでいるようなことになってほしくないと願います。  (ジャッピー!編集長)
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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
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