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昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

政権にグッドタイミングの薬物逮捕

槙原敬之さんが覚せい剤取締法違反で逮捕されました。過去にも逮捕、有罪になったことがありましたので、やはり断つことができなかったのか……と残念です。もちろん法を犯したわけですから、罰を受けるのは当然のことです。責任あるひとりの大人として言いわけできないと思います。

しかし、報道を見ると、逮捕は2年前の薬物所持に関してとのこと。なぜ、「今」なのか? もっと早く逮捕しなかったのはどうしてなのかというのは疑問です。やはり、これは、沢尻エリカさんと同様、政権の都合による「そらし」逮捕だと思います。(当ブログ20191118日「沢尻エリカさん逮捕とアベ晋ゾーの陰謀」をご参照ください)

甘利が大臣室で金銭を授受した一件が明るみになったときに、清原和博さんの逮捕がありました。また、ピエール瀧さんが逮捕されたときは、ちょうど沖縄で「県民投票」があり、辺野古基地反対が圧倒的多数だったあとです。共産党の宮本徹議員が「桜を見る会」の招待者名簿の開示を請求したのに、「その日」に内閣府がシュレッダーで破棄、内閣府幹部が「すでに廃棄した」と答えたのが5月21日。その翌日22日に田口淳之介さんと小嶺麗奈さんが逮捕されたのです。その「桜を見る会」をめぐる問題が大きく取り上げられた時期に沢尻エリカさんの逮捕。これらのタイミング、あまりにも出来過ぎです。政権がピンチになると、国民の関心をそらすように芸能人を薬物違反でパクる。これだけ続くと、何かあると思うほうが自然であります。

そして、通常国会が始まり、依然「桜を見る会」の追及が続き、IR汚職、ポンコツ大臣のしどろもどろ答弁、ウソつき首相・アベ晋ゾーも感情的になって暴言を吐いたり

……いよいよ政権の「不都合」が沸騰してきたときに、槙原敬之さんの逮捕……もう間違いありませんね! 権力という奴は自分たちを守るためには手段は選びませんから。しかも、脱法総理のアベ晋ゾーです。検察をベッタリくっつけている暗黒政権ですから、タイミングをはかって逮捕なんてお手のものでしょう。アベノウィルス(🄫週刊新潮)は日本中を覆ってしまっているのです。全く怖ろしい国になったものです。 (ジャッピー!編集長)

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大ウソつき・アベ晋ゾーと小津安二郎監督の名言

2月10日に小沢一郎さんが講演会で、アベ晋ゾーの「桜を見る会」などをめぐる発言について、「アベは平気でウソをつく。しかも、子どもの悪ガキと同じで、悪いことをしているのに自分でそう思わないことが一番の問題だ」と評したそうです。同感ですが、「悪ガキと同じ」というフレーズについては、全国の「悪ガキ」たちに謝罪したほうがいいですね。いくら何でも、こんな脱法首相と一緒にされたら、「悪ガキ」くんたちが可哀想です。(当ブログ2月5日「一緒にされたら全国のポチに失礼」をご参照ください) 

「悪ガキ」くんたちは、これから成長して、反省したり更生したりという可能性がありますからね。それにひきかえ、アベ晋ゾーはもうそんな見込みはないでしょう。「悪ガキ」じゃなく「悪」そのものなんです。もう直しようがないのです。日本映画の名匠、小津安二郎さんは、こういう名言を残しています。「品行は直せても品性は直せない」と。その通り、アベ晋ゾーは品性が腐れ切っているから、もう手の施しようがないのです。品性の末期状態なのであります。

というわけで、小沢一郎さんは「悪ガキと同じ」というフレーズは撤回なさるといいでしょう。しかし、このあとに述べられた「総理がウソをついているので僕だっていいだろうという空気を生んだことがアベ総理最大の罪悪だ。精神的な歪み、崩壊はそう簡単に直らない。日本、日本民族に大きな弊害を与えたアベは万死に値する」というのはいいですね! 特に「万死に値する」というところが最高です。数々のえこひいき、血税の私用などの公私混同、バレそうになると恫喝、改ざん、ウソにゴマカシ、詭弁にご飯論法、ありすぎて書ききれないですが、括って言うならば「みっともない」んです。「みっともない」ことを当たり前にしてしまったのが、このアベというクソ野郎の罪でしょう。

こいつにいくら反省を求めたってムダなことはもう日本中の人がお分かりだと思います。昨日も予算委員会でまたヤジを飛ばして紛糾させましたよね。「こんな奴」が一国の総理でございと居座っている……僕たちは何と不幸なんだろう! ♪おー神様、神様、助けてパパヤ~ (←「老人と子供のポルカ」のメロディで唄ってください。当ブログ2月10日参照)  (ジャッピー!編集長)

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野村再生工場創世記1973 0勝から27勝へ

ひとつ前の当ブログで書きましたが、ヤクルト時代の野村克也監督の代名詞となった「野村再生工場」ですが、それは既に南海で兼任監督をされている頃に始まっておりました。

野村克也さんといえば、捕手というポジションながら戦後初の三冠王であり、ホームラン王9回、打点王7回というまぎれもない名選手であり、名監督でもあるというレジェンドです。その両方を兼務していた1970年代の南海時代が思い出されます。1973年見事にパ・リーグ優勝を果たしたのですからスゴイ!と思いました。

そしてこの1973の優勝は間違いなく山内新一投手が20勝あげたのが大きかったです。当時、パ・リーグは2期制で南海は前期優勝、山内さんは前期だけで14勝あげたと思います。この山内投手は前年ジャイアンツで0勝。通算でもジャイアンツにいた5年間で14勝でした。その投手がいきなりブレイクしたのですから驚きました。しかも、山内さんのトレード相手は富田勝さん。田淵幸一さん、山本浩二さんと「法大三羽烏」と称されたスター選手でもちろんドラフト1位です。1968年のドラフトで、指名順全体1位の東映が亜大の大型内野手・大橋譲さん(のちに阪急のショートで活躍されましたね)、続く広島が山本さん、続いて阪神が田淵さん、その次の南海が富田勝さんを指名ですから、全体でも4番目。この年のドラフトは「大豊作」と言われ、その他の1位選手も山田久志さん(阪急)、東尾修さん(西鉄)、有藤通世さん(ロッテ)、野村収さん(大洋)など入団後活躍する選手が目白押し。巨人が島野修さんを指名、ジャイアンツを熱望していた星野仙一さんが「島と星の間違いじゃないのか!」と吼えた年です。そんな豊作の年の全体4番目の六大学のスター選手で南海でも既にサードのレギュラーでもあった富田勝さんをあっさりトレードに出すというのは驚きました。1対2のトレードですが、交換相手の山内新一さんは故障あがりで前年0勝。さらに松原明夫さんもそれまで0勝のピッチャーです。そもそも、「長嶋の後釜のサードが欲しい」とジャイアンツ側から持ち掛けられたトレードと言われていましたし、当時、「プロ野球ブック」なる雑誌をひとりで作っていた少年時代の僕もさすがに「これは巨人に騙されたな……」と思いました。

しかし、フタをあけてみれば、山内新一さんは20勝をあげる大活躍。オールスター戦の人気投票でも、それまで3年連続パ・リーグ1位だったプリンス、太田幸司投手を上回り1位で選出、大ブレイクを果たしたのです。山内さんは故障のため、肘が曲がりナチュラル・スライダーになるのを、野村捕手兼監督が「それが武器になる」と指摘してピッチングを組み立てたのです。ちょっとした「気づかせ」で成績が急向上したのですが、技術面だけでなく、メンタルな部分も大きかったような気がします。名捕手でしかも監督がそう言っているのだから自信を持てたと思うのです。

この1973年のオールスター・ゲーム第1戦で、ロッテの成田文男投手が野村さんとバッテリーを組み、セ・リーグを0に抑える好投を見せたあと、「野村さんがキャッチャーだと何となく安心して投げれる気がしますね。山内がここまで14勝もしたのは野村さんのおかげですよ」とコメントしたのをはっきり覚えています。また、第2戦で先発した山内投手が3イニングを0に抑え、見事に勝ち投手になり、負けたセ・リーグ監督の川上さんが「うちにいた選手が野村くんという良き指導者の下で活躍するのは嬉しい」と語ったのも覚えています。川上さん、大人のコメントだけれど、内心悔しかったんじゃないかなあ。(ちなみにポスト長嶋として獲った富田勝さんはわずか3年後、長嶋政権によって張本勲さんを獲得するために高橋一三投手とともに日本ハムにトレードされます)

また松原明夫投手(のちカープでも活躍する福士投手ですね)も7勝をあげ、山内さんと合わせて0勝→27勝を生み出したトレードになったのでした。誰もが「損した」と思ったトレードで大成功、前年1972年の江本孟紀さんが東映で0勝→南海でいきなり16勝もあったし、野村さんの「見る目」と「再生」手腕が炸裂したのでした。90年代に注目された「野村再生工場」は既に70年代前半に稼働を始めていたのです。(ジャッピー!編集長)

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追悼・野村克也さん さらば月見草

2月11日に野村克也さんが亡くなりました。84歳です。足元がおぼつかないお姿も多くなってはいましたが、最近もけっこうテレビにも出ておられたし、まだまだ元気そうだったので驚きました。(昨日「徹子の部屋」が追悼で緊急放送していましたが、収録は先月、1月20日だったそうです) 特に奥様の沙知代さんが亡くなってからは、

急速に年老いた感じでしたが、「虚血性心不全」という死因まで同じとは……。(当ブログ20171211日「追悼・野村沙知代さん 野球をとるか女をとるか」参照) 

僕はプロ野球を長年観続けていますが、その中でもっとも「監督」として興味を持ったのが野村克也さんです。引退されたあと野球評論家になり、テレビ解説に「野村スコープ」を導入、ズバズバ配球を当てていたのを「すごい!」と見ていたファンとしては、早くどこかで監督やらないかなあと思っていたのです。1990年にようやく「ヤクルト・スワローズ」の監督に就任となりましたが、たしか当時の球団社長も、野村さんの「テレビ解説」を視聴して「この人に任せたい」と決断したと記憶しています。本当に、何で9年間も野村さんのような「野球」頭脳、知識、経験を持った人間を現場がほっといたのか理解できませんでした。南海解任の際のトラブルのイメージで、各球団が二の足を踏んだのでしょうか。だとしたら、プロ野球界は自らその発展を遅らせたと言わざるをえません。

ともかく、野村克也さんがスワローズの監督になって、僕は俄然応援しました。ONに対して、自らを「月見草」と称した野村さんの反骨精神が、当時から「財力」にまかせて選手をかき集め巨大戦力を備えていたジャイアンツにどう立ち向かうかが大きな興味でした。就任3年目1992年にセ・リーグ優勝、1994年は連覇して日本シリーズも制し、1995年、1997年も日本一になりました。「弱者の兵法」「ID野球」が「金満野球」に見事に勝ったのは胸がすく思いでした。ノムさんのそういったジャイアンツの愚かさを皮肉るコメントも爽快だったなあ。

特に、ジャイアンツが次々にポジションがかぶろうと「大砲」を獲り、それで優勝できると思っているのに対し、他球団でピークを過ぎたと思える選手、芽が出ないでくすぶっている選手などを獲ってきて上手く使う手腕は見事でした。いわゆる「野村再生工場」ですが、そういった選手たちに目を配っているのは、ご自身が「テスト生」から這い上がってきたということもあるでしょうし、南海を解任されたあと、「生涯一捕手」としてロッテ、西武と渡り歩いた経験もあるでしょう。「ひまわり」の長嶋茂雄さんなど、常に陽のあたるエリート街道を歩いてきた人とは違って、片隅で頑張っている選手や、引退がちらついてもまだまだ食らいつく思いが分かるのだと思います。そう、ノムさんの監督術の根本にあったのは「情」だったのではないかなあ。それじゃなければ、ミーティングで「人生とは……」「人とは……」といったことを説くことはできないと思います。今の監督で、そういった野球以外の「お話」ができる人っているでしょうか? そういった意味で「監督」らしい「監督」は、野村克也さんが最後のように思います。「ID野球」とか理論派という部分がクローズアップされますが、「情」のある人間くさい「監督」だった野村克也さんが亡くなり、本当に、ひとつの時代が終わったという感じです。

名選手であり、偉大な監督であった野村克也さんのご冥福を心よりお祈りいたします。 (ジャッピー!編集長)

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「キネマ旬報ベストテン表彰式」での荒井晴彦さんのスピーチ

92回アカデミー賞で、外国語の映画で初めて作品賞を獲得した『パラサイト 半地下の家族』(2019 ポン・ジュノ監督)、その効果もあり、昨日あたり劇場はほぼ「満席」だそうです。僕は1月半ば、公開されてすぐに観ましたが、観客の入りはまあまあといった程度(それでも普段よりは入ってましたが)でしたから、やはり「カンヌ国際映画祭パルムドール」より「アカデミー賞作品賞」の方が、一般的にアピールするのでしょうね。

そんな「アカデミー賞」より歴史が古いのが「キネマ旬報ベストテン」という映画賞です。今年で「第93回」と本場の「アカデミー賞」より1回多いのであります! 昨日、その「第93回キネマ旬報ベストテン表彰式」が文京シビックホールで行われ、観に行きました。

今回、日本映画1位に輝いたのは『火口のふたり』(2019 荒井晴彦監督)です。荒井晴彦さんが編集長をつとめる「映画芸術」誌も当然ながら?1位なのですが、今年は何と、2位の『半世界』(2019 阪本順治監督)、3位『宮本から君へ』(2019 真利子哲也監督)も同じでした。「キネマ旬報」と「映画芸術」の両誌のベスト3が全く同じ

というのは史上初ではないでしょうか。正統と異端のボーダーがなくなったのか、ある意味、すべてが一種のカウンターになったのか、良いのか悪いのかよく分かりませんが、今回のベスト3になった3作は、どれもアナログ的な手ざわりを持った作品という印象があります。皆が下を向いてスマホの画面をいじっている時代が求めているのかもしれません。

式は「作品賞」に輝いた『火口のふたり』に対して、荒井晴彦さんへの表彰から始まりました。スピーチを求められた荒井さん、「神代辰巳と組んだ『赫い髪の女』が1979年の4位、翌年前田陽一さんの『神様のくれた赤ん坊』も4位、次の1981年、根岸とやった『遠雷』が2位……」と、ご自分が脚本を書きベストテンに入った作品を延々と列挙し始めました。何も見ないで挙げて公開年度と順位を正確にずらずら挙げていく記憶力がすごい! と同時に、『遠雷』(1981 根岸吉太郎監督)は「1位を狙いに行ったら、子どもを使ったモノクロ映画に負けた……」(←『泥の河』(1981 小栗康平監督)のことですね)とか、「澤井信一郎と組んだ1984年の『Wの悲劇』は伊丹十三の『お葬式』に負けた」など、ところどころに「惜しかった」結果をはさみながらスピーチを続ける、荒井さんけっこう「キネマ旬報ベストテン」を気にしていたんだなあと思いました。

そして、一通り、作品を挙げていって「もう俺の作風ではキネ旬1位は獲れないと思っていたら、今回獲れて、ようやく映画を作る人の仲間になれたかなと思う」とおっっしゃいました。あれ、憎まれ口もきかず荒井さんらしくないなあと思っていたら、今回、「ベスト1」は獲ったものの、「監督賞」「脚本賞」といった個人賞を逃したことが悔しかったのか、「どちらの賞も獲れなかったので……監督賞の白石和彌と脚本賞の阪本順治に教えてもらって、またこの式に呼ばれるよう頑張ります」とかましてくれました。

荒井晴彦さんの「ホメ殺し」に名指しされたお二人は苦笑い。この後、受賞に立った白石和彌監督(若松プロ出身。荒井さんの後輩ですね)は「いつも荒井さんと吞みに行くと、お前の作品はダメだと言われまくっているし……僕が一昨年撮った『止められるか、俺たちを』なんか「映画芸術」でワースト1ですよ! 今年の『ひとよ』だってワースト3位だし……」と恐縮しきり。阪本順治監督も「今日このあと、荒井さんに新宿の酒場に呼び出されている」と笑いを誘いながら登場。池脇千鶴さんの助演女優賞受賞について「女性を撮ることに定評がある阪本監督は……」と話を振られると「いやいや、荒井さんの前でえらそうなことは……」と言ったり「何か、斜め後ろが気になるなあ……」とスピーチの最中もしきりに気にされておりました。荒井さんの圧力を感じながら、なごやかに笑いをとっていた阪本順治監督さすが関西人です。最後に「尊敬する監督は野村克也さんです!」と言ったのもキマっていました。 (ジャッピー!編集長)

 

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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
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