ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

粟津號さんの名演が忘れられない『俺の拳銃』

大阪の吹田市で起こった拳銃強奪事件、犯人が逮捕されました。不安だった近隣の住民の方々はまずは一安心ですが、犯人に刺された巡査の方は意識不明の重体とのこと、何とか助かってほしいです。このところ、こういった事件が多いので怖くなります。
警官や刑事が拳銃を奪われてしまうというのは、『野良犬』(1949 黒澤明監督)をはじめ、映画にはよくあるシチュエーションです。中でも、僕が一番印象に残っているのは『七つの弾丸』(1959 村山新治監督)です。この映画については、当ブログ2018年8月28日「菅井きんさんの名演が忘れられない傑作『七つの弾丸』」に書きましたのでお読みください。本当に傑作です!
また、テレビドラマで忘れられない作品がありました。渡哲也さん主演の刑事ドラマ『大都会PARTⅡ』の一篇、『俺の拳銃』です。『大都会PARTⅡ』は石原プロ製作で、『大都会 闘いの日々』に続く刑事ものですが、前シリーズが人間ドラマとして秀逸な作品が多かった(倉本聰さんが何本か脚本を書いていました)のですが、視聴率の関係か、『PARTⅡ』の方はアクションを強化し、キャストに松田優作さんも加わりました。演出も舛田利雄さん、蔵原惟繕さん、小沢啓一さん、長谷部安春さん、澤田幸弘さん、村川透さん……と日活系の名だたる顔ぶれで狂喜したものです。テレビで毎週、プログラム・ピクチャーを観ているという感じで、僕は毎週楽しみで全話欠かさずに観ました。
『俺の拳銃』(舛田利雄監督)は粟津號さん演じる平原刑事がメインの回で、事件を追っている中で「犯人を知っている」という呼び出され、拳銃を奪われてしまいます。犠牲者が出て、平原刑事(愛称は「ヒラ」)は辞職を申し出しますが、黒岩刑事(渡哲也さん)に「辞めて解決するか!自分で取り戻せ!」と叱責され何とか自力で拳銃を取り戻そうとします。
犯人(梅野泰靖さん)は無差別犯ではなく、狙う相手が決まっているので、そのターゲットを張りこむと犯人がやって来ます。ヒラはそのターゲットを守るように前に出て銃弾を浴びます。弾丸がなくなるまで自分の体に撃ちこませ、もうフラフラになりながら手を差し出し「お、俺の……俺の拳銃……」と犯人に近づいていくシーン、粟津さん最高の名演だったと思います。今でも忘れられません。
刑事ドラマの殉職というと、『太陽にほえろ!』の若手刑事の登竜門?的なものがお決まりですが、レギュラーでいちばん地味な刑事の粟津さんが殉職するというのもちょっと驚きでした。しかも、この回はまだ番組が始まって間もない頃(ワン・クールぐらいだったかな?)でした。
と思っていたら、次の回から城西署の刑事に神田正輝さん、苅谷俊介さんが加わりました。このお二人石原プロ所属。ああ、この二人を使いたくて粟津さん演じる「ヒラ」を殺したのか……とすぐ分かりました。実際、後年、粟津さんもそんなことを書いておられ、松田優作さんがそういう石原プロのやり方に腹をたてたというエピソードも紹介しておられました。
粟津號さんは、日活ロマンポルノ初期に『濡れた唇』(1972 神代辰巳監督)や『白い指の戯れ』(1972 村川透監督)で世に出た俳優さんなので、そのラインでキャスティングされたのでしょうが、「石原プロ」の意向には従わざるを得なかったのでしょう。刑事「ヒラ」の銃弾を何発も受けての最期も悲惨でしたが、現実の「番組途中」でレギュラーからカットされる悲哀も重なります。
粟津號さんは、2000年に54歳の若さで亡くなっています。いい役者さんでした。
(ジャッピー!編集長)



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健さん、こいつらを叩き斬ってくれ!

老後に「2000万円必要」という試算が発表されて国民に不安が広がった途端、今度は「そんな報告書は受け取らない」「報告書はもうない」ときたから、呆れました。明らかに「選挙」を視野に入れた強引な幕引き。政府に都合が悪くなると、役人に責任を押し付けるやり口は、近畿財務局の職員に押し付けたまさに「モリ・カケ」問題と同じ。「公文書改ざん」「議事録紛失」なんてとんでもないことが起きても、政治家は責任のひとつもとらないんだからなあ。本当に、これはもうこの政権の腐った体質が明らかになっています。だいたい、アソウが自分で指示して作成させて、その報告書が「選挙」に不利だとなるとハシゴをはずして「金融庁に猛省を促す」だって。仲間や部下を裏切るというのは、悪の中でも特Aクラスのゲスだと思います。さらに、「不都合」になると、それを「なかったこと」にするというのは、すぐ「フェイク」だとわめくトランプ大統領と同じですね。さすが、トランプに忠犬ぶりを発揮したアベ晋ゾウ、飼い主にますます似てきましたね。
「100年安心の年金制度」と豪語していたのはどうなったんですか、アベさんよ。何でも、老後資産の対応として「投資」などを勧め、タンス預金を出させようという思惑があるようですが、「投資」なんて地道に生きて来た高齢者、高齢者予備軍にはハードルが高すぎます。リスクもあるんだから、一種のバクチですよ。とうとう、この国ついには国民に「バクチ」を勧める博徒国家になりましたか。
『昭和残侠伝 死んで貰います』(1970 マキノ雅弘監督)では、高倉健さんの実家である老舗料亭が悪玉(諸角啓二郎さん)に乗っ取られそうになります。健さんの義弟(松原光二さん)は甘言にのって、相場に手をだし失敗、権利書を悪玉にとられてしまいます。こういう図式は、東映の任侠映画にお馴染みのパターンでした。日活の無国籍映画、小林旭さんの『渡り鳥』シリーズ(1959~1962)なんかでも、牧場を乗っ取ろうとする悪玉(たいてい金子信雄さん)が牧場の息子を博打に引き込んで借金を背負わせ、権利書を奪うという展開がよくありましたねえ。政権のやっていることはこれに近いです。かつては、文句なく「悪」と観客に認知されていたような組織が今や国家です。
さすが、「人生100年時代、政界引退後にやってみたいのは?」と聞かれ、「映画プロデューサーやってみたいね。任侠映画を作ってみたい」と答えるアベ晋ゾウですね! (当ブログ2018年9月29日、30日をお読みください) 任侠映画の悪者みたいなことして、一方ではトランプから戦闘機を爆買いしたり、血税を何だと思ってんですか、アベさんよ。
1年におよそ2000万円もバーで使っているアソウなんて、毎日、「こっちのスーパーのが安い」とか必死で家計のやりくりしている国民の気持ちなんか想像もできないでしょう。そりゃあ、あんたは年金もらってるかどうかなんて関心ないだろうよ。健さん、蘇って、アベ、アソウという極悪コンビを叩き斬ってください!  (ジャッピー!編集長)

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ショーケンと倉本聰さんの共闘関係

6月11日の当ブログで、倉本聰さんが自身のシナリオを撮影にあたって一字一句たりとも直させないため、『冬の華』(1978 降旗康男監督)の監督が交代となった話を書きました。萩原健一さんは『前略おふくろ様』であえて、倉本聰さんに縛られる形を自分に課したことも書きました。(当ブログ6月12日「ショーケンと倉本聰さんの完璧シナリオ」参照) 
完成したシナリオを直したり、口出しすることを許さなかった倉本さんですが、書く前はいろいろ周りの人の話からアイデアを得たりしていたようです。大河ドラマ『勝海舟』で萩原さんが演じた人斬り以蔵が坂本龍馬にゲイ的な思いを抱くという設定も、ショーケンがふと提案したと倉本さんが回想していますし、『前略おふくろ様』も、萩原健一さん初のソロ・アルバム『惚れた』に入っていた『前略おふくろ』という曲を倉本さんが聴いてインスパイアされたという説があります。
当時、ショーケンと倉本さんはよく電話で話し込んでいたそうで、そういうときに雑談したことが、よくシナリオに反映されたそうです。ショーケンと桃井かおりさんがプライベートで話したやりとりなんかも倉本さんに話すと、そのまま使われたりしたこともあったそうです。倉本さんにしてみたら、実際に体験したことや喋ったことを取り入れて、劇中の役を演じる俳優の個性をさらに際立たせようとしたのでしょう。ショーケンは「自分が言わないことを言ったり、やらないことをやるから芝居なんだ」と、倉本さんのこの手法にはちょっとシラケた感じもあったという感想をもらしています。でも、脚本家としては、街や電車の中で人間観察するのと同様に、俳優も観察対象としていたのだと思います。実際、パーティなどで、倉本さんはいろいろな俳優の話を聞いていたそうです。
しかし、倉本さんがいろいろ話をきいてくるので、ショーケンの方が煮詰まってしまったそうです。それでも「面白い話、エピソード」を求められるので、ショーケンも「倉本さんに受けよう」と、話を盛ったり、嘘をつくようになってしまったといいます。ショーケンにしたら、自分を俳優として認めて大切にしてくれた倉本さんに尽くしたい気持ちだったと思います。しかし、そのあまり嘘をつき始めたことに自分でも「危険」だと思ったショーケンは倉本さんと距離を置くようになったといいます。(それだけではないでしょうが)
ともかく、ある時期、ショーケンと倉本聰さんは共闘関係という感じでドラマの地平を拓いていったのです。その後、疎遠になってしまいましたが、倉本さんは萩原さんの訃報に「観察力、吸収力、表現力、三拍子そろった天才だった」とコメントしておられました。 (ジャッピー!編集長)
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ビートルズのカヴァーを集めた「青盤」「赤盤」

昨日の当ブログに書きましたが、これから今日の夜、FM東京でオンエアされる「村上RADIO」第6回がビートルズ特集ということで楽しみです。そういえば、村上春樹さんの『騎士団長殺し』で、主人公が東北を彷徨しているとき、ファミレスに入るとストリングスが演奏する「フール・オン・ザ・ヒル」が流れている場面がありました。主人公は「その曲を実際に作曲したのがジョン・レノンだったかポール・マッカートニーだったか、どちらか思い出せなかった。たぶんレノンだろう。私はそんなどうでもいいことを考えていた。他に何を考えればいいか、わからなかったからだ」と思うのです。「フール・オン・ザ・ヒル」はポールの曲で、村上さんが知らないはずはないし、どうしてこういったモノローグを主人公にさせたのか、何か意図があるのかと読みながら考えてしまいました。ハルキ学者の人たちはすでに解析されているかもしれませんが。
ともかく、この番組では今までオリジナルよりレアなカヴァー。ヴァージョンをかけることが多いので、今回、村上さんがどんなレアものをかけてくれるか期待です。「村上さんのところ」(村上春樹 新潮文庫)の中でも、ジョギング用のi-podに何を入れてますかという読者の質問に「僕はトリビュート・アルバムから抜粋して入れることが多いです。たとえば、オリジナルのビーチ・ボーイズとかビートルズなんか、もう『耳だこ』になっていますよね」と答えていますし。
僕はビートルズ大好き人間でもちろんオリジナル・ファーストで聴いてますが、カヴァーを聴くのも好きで、よく聴くCDが「レノン=マッカートニー・ソングブック」です。青いジャケットの「Vol.1」がR&B、ジャズ・ヴォーカル系、赤いジャケットの「Vol.2」がポップ、ロック、カントリー系のアーティストによるビートルズ・ナンバーを集めたコンピ盤です。かなり前に2枚一緒に買って甲乙つけがたいのですが、「青盤」の方が気に入っているかなあ。特に、エラ・フィッツジェラルドさん、アレサ・フランクリンさん、サラ・ヴォーンさん、チャカ・カーンさんなど黒人女性ヴォーカリストの表現力には圧倒されます。サラ・ヴォーンさんが歌う「フール・オン・ザ・ヒル」、「ゲット・バック」、チャカ・カーンさんがファンク調で歌う「恋を抱きしめよう」など素晴らしすぎです。他にも必殺のレイ・チャールズさんの「レット・イット・ビー」もあるし。「赤盤」にもリンダ・ロンシュタットさん歌う「グッド・ナイト」やエミルー・ハリスさん歌う「ヒア、ゼア、アンド・エヴリホエア」など捨てがたい味がありますが、やや「青盤」の方が分が
いいかな。「赤盤」で面白いのは、「オール・アイヴ・ガット・トゥ・ドゥ」をルイーズ・ゴフィンさんが歌っているヴァージョン。ルイーズさんは、キャロル・キングさんとジェリー・ゴフィンさんの娘さんですが、かつて「チェインズ」などゴフィン=キング作品をカヴァーしたビートルズ、この名コンビ「ゴフィン=キング」のようになりたいと「レノン=マッカートニー」というコンビで曲作りを始めたのは有名な話です。両親を目標にした「レノン=マッカートニー」の曲を、その娘さんがカヴァーするという一周まわった連環であります。
(ジャッピー!編集長)
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山本浩二選手の「サイクルヒット」を掛布選手がアシスト

エンゼルスの大谷翔平選手が、6月13日のレイズ戦で「サイクルヒット」を達成しました。メジャーリーグで日本人初です。左投手が苦手と言われてきましたが、それも見事に克服、どんどん進化している感じですね。多くのバッターが海を渡っていますが誰も成し得なかった「サイクルヒット」、あのイチロー選手もあと一歩までいったことは何度もありましたが達成できなかった(イチロー選手の場合は「三塁打」以上に「ホームラン」がネック)のを、メジャー移籍2年目で達成ですから、スゴイ! 今年は手術の影響でシーズン出場は出遅れましたが、バッターに専念しているので相当、数字を残しそうです。
「サイクルヒット」で思い出したのは、1983年、広島カープの山本浩二さんが達成したときです。阪神タイガース戦でした。何でよく覚えているかというと、サードの掛布雅之選手が「ゆるい」タッチをしたからです。山本浩二選手はこの日、ヒット、二塁打、ホームランを打っていて(順番は失念)、残すは「三塁打」だけとなっていました。「サイクルヒット」で一番難しいのはこの「三塁打」であることは言うまでもありません。特に、このとき(1983年)の山本浩二さんは選手としては晩年です。ホームランは30本以上打っていましたが、若い頃は毎年二けた盗塁を決めていた走力も衰えていました。「三塁打」も2、3年なかったと記憶しています。
そして、終盤、これが最終となる打席が回って来て、ライナーで右中間を破ります。山本浩二さんは当然、二塁を回ります。そしてボールが返ってきて、タイミングは「アウト!」という感じでした。しかし、タイガースの三塁を守っていた掛布選手は何だか、ふわーっとした動きでタッチをして「セーフ」になったのです。返球を受けてバシッと走者にタッチするところを、明らかに山本選手の「サイクルヒット」をアシストするようなプレイでした。「プロ野球ニュース」の映像で観たのですが、このプレイの後、掛布選手は山本選手の方に顔を向けてニヤニヤしていました。僕は、それまで掛布選手は好きな方でしたが、この試合ですっかり嫌いな選手になってしまいました。たしか、大差がついていた試合だったと思いますが、それでも全力でプレイを見せるのが「プロ」だと思います。オープン戦でもオールスター戦のようなお祭りでもないんです。公式戦で、敵の手助けをするなんてのはある意味、八百長というか、敗退行為じゃあないかと感じましたね。当時、この掛布選手による「サイクルヒット」補助は話題になり、野球ファンから多くの批判があったと記憶しています。
思えば、このあたりから球界の「仲良し」グループ的なムードが高まってきたような感じがします。他球団の人と自主トレしたり、アドバイスしたり……自分のチームの選手だってライバルだからピリピリていた時代には考えられません。(当ブログ2017年8月10日「江本さんと晩年の米田さん」ご参照ください) 国際大会でナショナル・チーム「侍ジャパン」なんてやっていることもあって、ますます「仲良し」化が進んでしまったように感じます。やはりオリンピックとかは「アマ」でチームを組む方がいいんじゃないかなと思います。 (ジャッピー!編集長)
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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
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