ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

追悼・角替和枝さん

今年の10月27日に女優の角替和枝さんが亡くなりました。
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まだ64歳という若さですし、最近も「リングサイド・ストーリー」(2017 武正晴監督)や「犬猿」(2018 吉田恵輔監督)など、ちょこちょこ映画で元気な姿を見たばかりだったので驚きました。
角替さんはその多くが脇役ですが、威勢の良い元気なおばちゃんといった役がわりと多く、チラッと出るだけでも映画のいいスパイスになっていたと思います。僕の印象では大林宣彦監督の作品によく出ていた印象で、初めて「あ、出てる」と思ったのは「異人たちの夏」(1988 大林宣彦監督)(←この映画については当ブログ2016年8月16日をご参照ください)ですが、映画出演のキャリアはもっと古く、「ヒポクラテスたち」(1980 大森一樹監督)に既に出ています。どの役で出たのか覚えていないのですが……この医大生の青春を描いた映画には柄本明さんが医大生の一人で出演していますから、このあたりで出会って結婚されたのでしょうか。それとも、角替さんは既に「東京乾電池」に入っておられたのか、僕は演劇に詳しくないのでちょっとさだかでないのですが、角替さんはたしか元は「つかこうへい」さんの所にいたと記憶しています。
柄本さんとの間には3人のお子さんがおられて、長女の柄本かのこさんは映画関係のお仕事されています。(よくスタッフの中にお名前を見かけます)そして、長男の柄本佑さん、次男の柄本時生さんは俳優として大活躍されています。ジャッピー!25号では佑さんにインタビューを行っていて、子どもの頃から映画を観まくっていた佑くんが「ポルノ映画」まで観ていることに、父の明さんが「いくつだって関係ない。観た方がいいものは観た方がいいんだから」と放任だったのに対し「でも、うちの母ちゃんは、『一応決まっているから、18歳までは』というんで、一応、和枝さんには内緒で」というエピソードを紹介してくれました。
その佑さんと結婚されたのが、奥田瑛二さんの娘・安藤サクラさんです。サクラさんは現在、朝ドラ「まんぷく」のヒロインとして好演してますが、お子さんを産んだばかりのサクラさんはオファーに対し逡巡したそうです。そんなサクラさんに、角替さんは「やらないなら、一生仕事やめな!」と強い調子でサクラさんの背中を押したそうです。今日の放送でも、劇中「国への訴えを取り下げない」と意地になる夫(長谷川博己さん)に福子(安藤サクラさん)が説得するシーンがありました。何だか、サクラさん自分を励ました角替さんを思い出しながら演技をされているんじゃないか……という風に思いました。今後の展開でも、福子が夫や家族を支えることが多いでしょうが、そこには角替さんの肝っ玉母さんぶりが投影されているかもしれません。
多くの作品に出演され味のあるキャラクターで楽しませてくれた角替和枝さんのご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)
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追悼・バート・レイノルズさん

今年の9月6日に俳優のバート・レイノルズさんが亡くなりました。burt-reynolds_ec
82歳です。頑健な体でヌードを披露したり、セックス・シンボルと言われていましたから82歳のバートさんというのは想像できませんが、誰でも歳をとるのだという当たり前のことを思い知らされました。
バート・レイノルズさんといえば、まず思い出すのは、何といっても「ロンゲスト・ヤード」(1974 ロバート・アルドリッチ監督)です。
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(←当ブログ2018年5月31日もご参照ください)バートさん自身、大学でアメフトをやっていたのでまさにハマリ役でした。ロバート・アルドリッチ監督お得意のスプリット画面を駆使した試合シーンも良かったなあ! (スプリット画面の名手は、日本では長谷部安春監督です)僕はこの映画を友だちと今はなき「渋谷全線座」に観に行きました。大きなキャパの名画座でまさに昭和の映画館という感じでした。
観た映画館の記憶とシンクロするのか、バートさんは外国人ですが僕の中では「昭和の」俳優というイメージです。まぎれもなく「スター」なんだけど、スマートというより何だか泥臭い感じ。その後もカトリーヌ・ドヌーブさんと共演の「ハッスル」(1975 ロバート・アルドリッチ監督)とか、「トランザム7000」(1977 ハル・ニーダム監督)などを観ました。しかし、1980年代後半あたりになると、バートさんのマッチョな魅力は時代に合わなくなってきたのでしょう、だんだん作品も小粒なものになっていきます。僕が最後に観たバートさん主演作は「マローン」(1987 ハーレイ・コークリス監督)で、これは「池袋ジョイシネマ」で観ましたがお客さんの入りは淋しいものでした。p9983_p_v8_aa

公開作も少なくなり、私生活でも借金で訴訟起されたり、低迷したバートさんが過去の人になりかけた頃、ポルノ業界を舞台にした「ブギ―・ナイツ」(1997 ポール・トーマス・アンダーソン監督)に出演。ポルノ映画製作者を演じたバートさん、ゴールデングローブ賞の最優秀助演男優賞を受賞するのです! 
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それまで最低映画を表彰する「ゴールデン・ラズベリー賞」のノミネート常連だった(1994年度には受賞)バートさん、見事に復活したのです。僕は、バートさんの出世作である「脱出」(1971 ジョン・ブアマン監督)の中で、バートさんの「機械も組織もいつかはダメになるんだ。問題は誰が自力で生き残れるかだ」という科白を思い出したのでした。
精悍な男を演じて多くの映画で楽しませてくれたバート・レイノルズさんのご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)
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追悼・古川卓巳監督 和製ハードボイルドに傑作

今年の10月4日に映画監督の古川卓巳さんがお亡くなりになりました。220px-Takumi_Furukawa
101歳ですから大往生といってもいいかもしれませんが、古川さんが日活に入ったのは1941年(昭和16年)ですから戦前の日本映画界を知る人がまたひとりいなくなるというのは淋しいことです。
訃報を伝える新聞記事も『「太陽の季節」の古川監督が~』という書き方をしていました。芥川賞をとって話題の小説の映画化というだけでなく、石原裕次郎さんが俳優になるきっかけになった作品ですから、この肩書きになるのは当然かもしれません。「太陽の季節」(1956 古川卓巳監督)は長門裕之さん主演ですが、石原裕次郎さんがチラッと出ているのです。本当に湘南で遊んでいる裕ちゃんにリアル「太陽族」の言葉使いや振る舞いのアドバイスしてもらうために撮影に呼んだところ、一目でそのオーラを見抜いた古川監督、急遽シナリオに登場シーンを書き加えた……という風に伝わっています。images (1)
(実際には、すでに水の江滝子プロデューサーに認められてスクリーン・テストとして出たという説もあり)ともかく、裕ちゃんを銀幕に最初に映し出したことで「太陽の季節の古川監督」と言われるわけですが、僕はこの方はハードボイルドなノワール映画の資質があったと思います。
古川監督の代表作は断然「拳銃残酷物語」(1964 古川卓巳監督)です。仮出所した宍戸錠さんが、依頼され現金輸送車強奪グループの雇われリーダーになります。集められたのは小高雄二さん、井上和文さん、草薙幸二郎さんで、この4人が計画を話し合うのをロングで撮った画面など、ちょっと洋画っぽくてワクワクしました。「日本ダービー」で金が集まる競馬場からの輸送車を襲撃、1億2千万円もの現金を奪いますが、仲間割れ、依頼主の裏切りなどが展開されます。と、こう書くと賢明な読者諸兄はお気づきでしょうが、犯罪映画の名作「現金に体を張れ」(1956 スタンリー・キューブリック監督)を焼き直した作品です。
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札束が風に舞うショットもあるし、苦いラストも同様です。しかし、元ネタがあるとはいえ、硬質な映像に漲る緊迫感、錠さんの見事なガンさばきもあって楽しめる作品になっていました。他にも「太陽の季節」の主役コンビ・長門裕之さん&南田洋子さんを起用した」「麻薬3号」(1958 古川卓巳監督)も神戸の無国籍な雰囲気を見事に活かしたノワールの傑作でした。
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日活アクションの中でも、ハードボイルドな匂いがする作品で楽しませてくれた古川卓巳監督のご冥福を心よりお祈りいたします。 (ジャッピー!編集長)
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追悼・常田富士男さん 「野良猫ロック 暴走集団’71」のフーテン

今年の7月18日に、俳優の常田富士男さんが81歳で亡くなりました。
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常田さんというと、僕は「巨泉・前武ゲバゲバ90分!」のレギュラーで名前を覚えた記憶がありますが、その後、名画座で古い映画を観ると、「あそこに出ていた」と気づくことも多かったです。
「ゲバゲバ」の後では、「野良猫ロック 暴走集団’71」(1971 藤田敏八監督)が印象に残っています。
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この映画については当ブログ2017年10月24日「モップスが登場! 野良猫ロック暴走集団’71」にも書きましたが、新宿西口に荒野のように広がる淀橋浄水場跡に廃バスをねぐらにしている集団が登場します。ドテラを着た原田芳雄さんを中心に男女混合でコミューンみたいに暮していて、60年代末のカリフォルニアあたりのヒッピーを思わせます。この中のひとりが常田富士男さんで、いかにもフーテンという佇まいがピッタリです。集団の中にひとりの小さな子どもがいて、常田さんはその子の父親ということになっていますが、男たち全員が関係を持った女が産んだらしく、女の父親が出したお金につられて常田さんがとりあえず自分の子としたのです。でも、常田さんが「本当はオレはあの時、勃たなかったんだよ……」と告白、原田さんに向かって「最近、この子、あんたに似てきたぞ」と言うと、原田さんがギョッとするのが面白いです。DibscBMVQAA7pOE

そんなトボケた常田さんですが、仲間と街を歩いていて道路工事の削岩機を見つけ、それを作動させるとその振動で恍惚となり、あっけなく死んでしまうのです。(心臓麻痺?) このあと、グループは拉致された仲間の梶芽衣子さんを取り返しに地方のボスと闘う展開になるので、物語が本格的に転がる前に常田さんは退場するわけです。でも、この常田さんの死は、ガンガンと高層ビルを建てていきフーテンたちの居場所が追いやられることを何だか象徴しているように見えました。「荒野の流れ者」(1970 サム・ペキンパー監督)のラスト、主人公(ジェイソン・ロバーズさん)が車に轢かれて死ぬのが、馬に代わって車という「文明」がやって来て「西部の終わり」を表したのを思い出させるのです。削岩機による常田さんの死はヒッピーという「土着」の終焉を暗喩するようでした。
この常田さんの「土着」イメージが、のちに、「日本むかし話」のナレーターとして味わい深い声を聴かせるのも繋がっているように感じます。
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数々の映画(特に市川崑監督の後期作品には欠かせない役者でしたね)で楽しませてくれた常田富士男さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
(ジャッピー!編集長)
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相撲界の新風だった「輪島」関と「貴ノ花」関

18日の当ブログで、今年の10月に亡くなった元・横綱「輪島」さんのことを書きました。「輪島」関と同時期に人気があったのが元・大関「貴ノ花」関でした。takano_03
のちの若貴兄弟のお父さんですが、その人気は息子たちにも劣らないものがあったと思います。僕が昭和の少年の頃は、友だちとよく「相撲」をとっていたという話も書きましたが、その好敵手?のひとりU君は熱狂的な「貴ノ花」ファンで取り口も左四つ、吊り寄りとか、真似していました。「輪島」関と同じく左下手投げが得意だった僕とはよく熱戦をしたものです。U君の家の隣りにはO君が住んでいて、「相撲」中継の時間になるとU君の家から「貴ノ花~!」と応援する声が聞こえてきたと言ってました。彼らの住んでいたのは、日本でも有数の家の密集地帯で、当時の家の普請は、声や生活音は筒抜けでしたからねえ。
ともかく、それぐらい熱狂的なファンもいた「貴ノ花」関は、1972年「輪島」関と同時に大関昇進。相撲界に新しい風が吹いたという感じでした。たしか、それまで君臨していた横綱「大鵬」関が貴ノ花関に敗れて引退を決心したというのも象徴的でしたね。お二人ともそれまでの相撲取りのイメージを覆す現代的?タイプでしたし、その「カッコ良さ」で子供や若い人にも人気が拡大したのです。お二人は引退後、資生堂の男性化粧品のCMに揃って出たりもしました。これがキマっていたなあ!
貴ノ花さんは幕内で2回優勝しながら(このときのU君、まさに狂喜でした)横綱にはなれませんでしたが、元・女優の奥さん(藤田憲子さんについては当ブログ2018年2月28日をご参照ください)を持ち、「二子山部屋」の親方として後進を育て、息子2人は横綱となりました。しかし、その「若・貴」兄弟は仲違い、憲子夫人とは離婚、そして55歳という若さで亡くなってしまいます。輪島さんも名門「花籠部屋」を潰してしまい、プロレスに転向(あまり活躍できませんでしたね……)、病気で声が出なくなったり……と、波瀾万丈の晩年を送ることになってしまいましたが、お二人が「相撲」の新しい地平を拡げたのは間違いないですね。今、「相撲界」は大揺れですが、やはり「土俵」でいい相撲を見せるしかないと思います。新しい風を吹かすスター力士が出てほしいものです。 (ジャッピー!編集長) 
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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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