ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

日本アカデミー賞『新聞記者』に登場した恐怖の組織

3月9日の当ブログで『新聞記者』(2019 藤井道人監督)が「日本アカデミー賞」の作品賞を獲得したことについて書きました。

この『新聞記者』の中では、内閣情報調査室(通称・内調=ナイチョー)が、政権の意向に沿って暗躍する様が描かれます。もちろん個人情報なんて全く考慮しないし、政権に不都合な真実を隠すためには手段を選びません。人の命も何とも思っていません。主人公の松坂桃李さんのかつての先輩(高橋和也さん)も投身自殺してしまいます。医療大学の新設にからむ疑惑に目を向けた松坂さんにもじわじわと……。劇中に出てくるナイチョーの部屋、ズラリと並んだパソコンに向かってカチャカチャとキーボードを打って、情報収集している映像は本当にブキミです。この連中には人間の血が流れていないような気がしてくるのです。毎日、来る日も来る日も、どこかに政権に楯突いている奴はいないかと見張っているのです。

このナイチョーが実際に動いたのではと思われる一件が最近ありました。コロナウィルスが感染拡大し、各ワイドショーが連日、話題を取り上げる中、「羽鳥慎一モーニングショー」の3月4日に放送された内容に厚生労働省がツイッターでクレームをつけたのです。それも番組名を「名指し」で。きっと、ナイチョーのチェックに引っかかったのでしょう。というか、この「モーニングショー」には、玉川徹さんとか青木理さんといった、政権に対して批判的な意見を述べる方が出ているので、マークされているのでしょう。何のときだったか、玉川さんが「自民党の人が観ていたらいいたい。いや、きっとチェックしてるだろうけど」とおっしゃっていたので、ブラックリストに載っていることは「モーニングショー」側も先刻承知なのでしょう。しかも、クレームをつけた発言を述べた岡田晴恵さんはそれまでも番組内で「国立感染症研究所」を痛烈に非難するコメントを発するなど「権力」を批判したことへの仕返しでしょう。この番組を狙い撃ちしたのは明らかです。

「名指し」でディスるなんて子どものケンカみたいですが、そんなコトを国の省庁が行うということが本当に怖ろしいです。それも、国民が大いに不安になっていることについて(に乗じて?)「権力」の都合のいいように反論するって、言論統制に他ならないし、「権力」の誇示です。「圧力」そのものではないでしょうか。そこに今回の「特措法」です。当ブログ3月7日「国難に乗じるアベ晋ゾーと『シン・ゴジラ』」にも書いたように、それこそ現行の「インフルエンザ等対策特別措置法」の「等」の解釈で済むところを、やけに拘ったのは、ひとたび「緊急事態宣言」を出すと、テレビや新聞なども統制できるからです。もう、「治安維持法」が廊下の角まで来ている感じです。不安が高まっているときにズルズルいきやすいのは歴史を見れば明らかですね。

なんてことを書いている間もナイチョーはコツコツと反政権的な情報に目を光らせているのでしょう。『新聞記者』で描かれたナイチョーなんて生温いぐらいかもしれません。もはやディストピアです。  (ジャッピー!編集長)

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アベ晋ゾーを守る議員、官僚に『リチャード・ジュエル』のセリフを

アベ晋ゾーの提灯持ち、クロカワ検事長の定年延長という前代未聞の特例を認めたことについて問われたモリ雅子法相はずっと「個別の人事を……」をオウムみたいに繰り返していました。「従来お答えをひかえていまして……」と答えると、福島瑞穂さんから「従来にないケースだから訊いているんです」と突っ込まれたときも繰り返していました。理屈が通らないから、もう答弁のしようがないですよね。この辺からもう「壊れる」ことは予想できました。

そして、9日の参院予算委員会で「政府の法解釈の変更」の理由としてあげた「社会情勢の変化」を説明するように求められると、「例えば、東日本大震災のとき、検察官は真っ先に逃げた」とか「その時に身柄拘束している十数人を理由なく釈放した」と発言。まったく意味不明。どうやったら、求められた質問につながるのか、文脈も何も無視された発言です。僕は、これを聞いたとき、この人、薬物でもやっているんじゃないのか!? と思ってしまいました。それか、もう頭のネジがどこかにすっ飛んじゃったとしか思えません。精神を病んだとしたら、ある意味、アベ晋ゾーによる犠牲者といってもいいかもしれません。

モリ雅子という人、歌手の森昌子さんと同じ名前(漢字は違うけど)なので、前に興味本位で新聞に載っていた記事を読んだことがあるのですが、たしか、子どもの頃に家が破産したときに弁護士にとても助けられたのが切っ掛けで、自分も弁護士を志したとか語っていたように覚えています。その話を信じれば、きっと、貧困や生活苦に陥っている人、弱い立場にある人の力になろうというのが弁護士になる初期衝動だったはずです。そして弁護士になり、議員に転身し、カワイ大臣の辞任により法務大臣の座が巡ってきて、政権=アベ晋ゾーを守るために無理くりな答弁を重ね失態をさらしているのです。弁護士だったのですから、いかに自分が言っていることがムチャクチャで理屈が通るわけないって分かっているでしょう。それなのに、組織の論理に従って国民を愚弄するような「解釈変更」を容認する手助けをしなければならない。このとき、彼女の中の「初期衝動」とか「理念」といったものと、どうやって折り合いをつけているんですかねえ。アベ晋ゾーという悪魔に仕えるときにもう魂は売り払ってしまったのか、それとも何とか自分を納得させるために自分を偽っているのか。

彼女に限らず、政権の言いなりになっている議員、官僚の人たちに問いたい。あなたの「初心」というのはどこにいってしまったのかと。国民のためにとか、誰かのためにという気持ちがかつてあったなら、晋ゾーのために奔走している自分は恥ずかしくないのかと。あなたたちに『リチャード・ジュエル』(2019 クリント・イーストウッド監督)の冒頭、サム・ロックウェルさんが、「法執行者になりたい」と言うリチャードにおくったセリフを。「権力は人をモンスターに変える」 (ジャッピー!編集長)

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『拳銃(コルト)は俺のパスポート』と『狙撃』

コロナウィルスの影響で、いろいろなイベントが中止になっています。池袋・新文芸坐でも、毎年この時期に恒例となっている「東京アニメアワード・フェスティバル」が今日から開催の予定でしたが、主催者の方針で中止になってしまいました。楽しみにされていた方は本当に残念なお気持ちだと思います。いて

急遽、中止となってしまったので、新文芸坐では今日からの4日間は「追悼・宍戸錠 日活アクションを縦断した男」のプログラムを追加上映となりました。明日の14日(土)は、10日(火)に上映した『拳銃残酷物語』(1964 古川卓巳監督)と『拳銃(コルト)は俺のパスポート』(1967 野村孝監督)の二本立てのアンコール上映です。火曜日に見逃したという方は是非、おいでください! 

『拳銃残酷物語』については当ブログ3月9日に書いたので、今日は『拳銃(コルト)は俺のパスポート』のことを……といっても、日本映画史上、ハードボイルド作品の最高峰といわれる傑作ですから、今さら説明の必要はありませんね。錠さんの演じる「殺し屋」が、依頼を受けて「仕事」を成功させます。ある組織の親分(嵐寛寿郎さん)を狙撃し、みごと成功するのですが、その後、親分を殺された組織と依頼した組織が手打ちしたため、直接手を下した錠さんは双方から狙われるハメになります。そんな窮地に立っても、錠さんが冷静に対処するのがまさに「プロフェッショナル」という感じで、本当にスキのない緊迫感あふれる作品です。殺しの「仕事」に取り掛かる前の準備や、銃のメカニックなど、ディテールに拘った描写、錠さんと弟分のジェリー藤尾さんが潜伏する簡易ホテルの佇まい、そこで働く薄幸の女性・小林千登勢さん(美しい!)とのかすかな交流、何よりも硬質な映像の冷え冷えとした感触が忘れられません。

この傑作の脚本は、山田信夫さんと永原秀一さん。特に、永原さんはこれがデビュー作で、以後、数々のアクション映画の脚本を手掛けていきます。特に、東宝で60年代末に突如、狂い咲いた「東宝ニューアクション」の嚆矢となった『狙撃』(1968 堀川弘通監督)は有名です。この映画の主役、加山雄三さんが演じるのも凄腕の殺し屋。この作品も「銃」に対する拘りが凄くて、本物そっくりのモデルガンを集めて使用、リアリティにうるさいガンマニアも納得していたそうです。そんな加山さんに同業の殺し屋、森雅之さんが立ちはだかり、死闘を繰り広げるのですが、冷徹で、笑顔どころか顔色ひとつ変えない加山さんは『若大将』シリーズとは全く違うハードな魅力を出しています。

実は、この『狙撃』は『拳銃(コルト)は俺のパスポート』の続篇のような形で、宍戸錠さんで映画化されることになっていたのです。それが、『拳銃(コルト)は俺のパスポート』があまり観客が入らなかったので企画がボツになって、永原さんは浮いた脚本を、翌年、東宝に持ち込んだということのようです。加山さんVS森雅之さんの『狙撃』ももちろん良かったですが、錠さん主演ヴァージョンも観たかったなあ。相手のベテラン殺し屋は誰が演じただろうなあとか妄想は広がるのでした。(ジャッピー!編集長)

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3.11に、酷い映画を観てしまいました

昨日、3月11日は9年前「東日本大震災」があった日です。なので、関連のある映画を観ようと、近所のシネコンに『Fukushima 50』(2020 若松節朗監督)を観に行きました。「事実に基づいてる」というテロップで始まった映画は、所々に「津波が家などを押し流す」映像などが挿入され、あの日に受けたショックが甦り、年月の中で忘れがちになってしまいそうな記憶と思いを呼び起こすことになりました。それはいいのですが、中身はとんでもない代物でした!

タイトルの「Fukushima 50(福島フィフティ)」とは、震災時に「福島第一原発」に残って作業にあたっていた50人の職員のことで、海外でこう呼ばれているとのことです。地震による津波を受けた「福島第一原発」は電源がすべて喪失してしまい、制御不能になりメルトダウン、チェルノブイリの10倍の規模の事故になるところだったといいます。そんな危機的状況で、渡辺謙さん演じる所長は、「本店」と呼ばれる東電の首脳部から「早く何とかしろ」とか言われまくって怒り心頭、「じゃあ、こっちに来てやってみろ!」とキレたり、ゴミ箱を蹴っ飛ばします。また、原発の現場にいる佐藤浩市さん演じる当直長は電源がダメになったので、手動でバルブを開けて爆発を防ぐしかありません。放射線量が高くなる中、二人ひと組になってバルブの所まで行くのですが、これが「決死隊」と名付けられていて、しかもここで「オレが行きます!」「いや、若い奴はダメだ!」「僕に行かせてください!」などというやり取りがあり、完全に僕は「特攻隊」を思い出してしまいました。「事実に基づく」とあるので、本当に「決死隊」だったのかもしれません。早くやらないと、このままではこの国がダメになる!という思いから、命を賭けたのかもしれません。しかし、ここは役者たちも大熱演、感動のシーンになっているのは危ういものを感じます。「お国のために」というフレーズと容易に入れ替えることのできると思えてしまうのです。放射線量がオーバーし、途中で引き返してきた石井正則さんと小倉久寛さんが「すみません! すみません!」と号泣しながら責任を果たせなかったことを謝るのは、まるで「特攻」に失敗したかのようでした。ひとり、若い所員が「俺たち、ここにいても何もできないのに、ここに残っている意味はあるんですか」と異議を言うのですが、佐藤浩市さんの原発所員としての「誇り」みたいな説得でコロッと納得してしまうし……。俳優たちが肺活量一杯に熱演すればするほど、何だか、この命を賭けた行為を美化しているように見えてしまうのでした。

しかも、結局、何故さらなる爆発が起こらなかったかはいまだに分かっていないそうで、ある意味「奇跡」なのです。つまり、彼らが原発に残ったことは、あえていえば「ムダ死に」になった可能性もあったかもしれないってこと!? 無事、佐藤浩市さんや吉岡秀隆さんが避難所に戻ってくると、泉谷しげるさんなど避難民の方たちが感謝の最敬礼するんですが、誰一人「原発」を非難する人はいないのです。震災から2年後に亡くなる渡辺謙さんの残した言葉は「我々は自然を甘く見ていた……10メートル以上の津波は来ないだろうと過信していた……」というもの。

あれあれ……と思いながら、映画は終わり、最後に出てきたテロップにビックリ仰天。「そして、2020年、東京五輪が開催される。その聖火は福島から始まる」だって! 何じゃこりゃ~。「復興五輪」なんてどっかにすっ飛んでしまっている現状、いまだに5万人もの人が避難して戻れていない、汚染水の貯水が限界を越えて海に流すかとか、問題が山積になっている福島は置き去りにされていて、多くの人は「東京五輪」なんか望んでいないとききます。この映画の製作者たちよ、福島の方たちに、この映画が見せられますか?被災地、被災民に寄り添うどころか、結局は「東京五輪」の提灯を持って、復興は済んだように見せたい連中に忖度してるだけ。「震災」を利用して、権力側に向いた映画を作るとはタチが悪すぎます。唖然としながらエンドロールを見ると、原作者はあの人だし、協賛に「読売新聞」、「産経新聞」が名前を連ねていました。そういうことなんですね。 (ジャッピー!編集長)

 

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『みな殺しの拳銃』と『河内ぞろ どけち虫』とそのリメイク

このところ当ブログで紹介している池袋・新文芸坐の特集上映「追悼・宍戸錠 日活アクションを縦断した男」、本日は『みな殺しの拳銃』(1967 長谷部安春監督)と『殺しの烙印』1967 鈴木清順監督)というハードボイルド2本立てです! 『殺しの烙印』については、当ブログ2019年1月28日「ランキングをめぐる映画『殺しの烙印』」をお読みください。

『みな殺しの拳銃』は、宍戸錠さん扮する暴力団員を長男とする三兄弟が大組織から離脱し、その報復を受けるノワール・アクションですが、錠さんの弟を演じるのが藤竜也さん、岡崎二朗さんで、このアンサンブルが素晴らしいです。次男の藤竜也さんはちょっとヤンチャで突っ走るタイプで、組織に刃向かって暴れ、復讐に訪れた敵たちに囲まれ壮絶な死をとげます。このシーン、まさに「蜂の巣」という感じで藤さんの「死の舞踏」が印象に残ります。岡崎さん演じる三男はカタギで、ボクサーを目指してジムで練習を重ねていますが、組織の連中に嫌がらせを受けリンチにあったりします。こんな状況で、怒りを抑えていた錠さんがついに組織と対決するクライマックス、埋立地?の荒涼とした風景の中での大銃撃戦が忘れられません。

宍戸錠さんが長男の三兄弟といえば『河内ぞろ どけち虫』(1964 舛田利雄監督)もそうでした。こちらは、長男・錠さん、次男が川地民夫さん、三男が山内賢さんという顔ぶれで、『みな殺しの拳銃』とは180度違って今東光さん原作のコテコテの関西テイストのコメディ・タッチのアクション映画です。父親(伊藤雄之助さん)が亡くなり、その財産を三兄弟が奪い合うというガメツイ男たちの欲にまみれた姿が笑えました。勝新太郎さんの『悪名』シリーズみたいなテイストですが、錠さん、けっこう合っていたなあ。スタイリッシュなハードボイルドもやれば、ダボシャツに腹巻き姿も似合ってしまうんですから錠さんというのもすごい幅のある役者です。『河内ぞろ』はシリーズ化されて3本ぐらい作品があったと思います。それにしても。伊藤雄之助さんが父親で、宍戸錠さん、川地民夫さん、山内賢さんが三人の息子って、遺伝子どうなってるんだろう。そういえば、同じ1964年の日活映画『若草物語』(1964 森永健次郎監督)では、伊藤雄之助さんが父親で4人の娘が芦川いづみさん、浅丘ルリ子さん、吉永小百合さん、和泉雅子さんでした。これも父親に1ミリも似ていない4姉妹でした。(当ブログ20191211日「『若草物語』と『四つの恋の物語』」参照)

面白いのは、同じ今東光さんの原作を後年、東映でリメイクしており、『ゾロ目の三兄弟』(1972 山下耕作監督)というタイトルで公開されました。この作品で長男を演じたのが小林旭さん! これが東映初出演作になる旭さん、かつて延々とライバル役だった錠さんが演じた役に扮したのでした。こちらの次男は田中邦衛さん、三男が渡瀬恒彦さんで、この三兄弟も似ていないですねえ。映画は、この3人が同じ女(土田早苗さん)に惚れたり、派手なケンカを繰り返しながら、悪い親分(河津清三郎さん)をやっつけるというものですが、とにかくハチャメチャなエネルギーにあふれた娯楽作でした。旭さん、邦衛さん、渡瀬さんの三兄弟って濃すぎます!

『みな殺しの拳銃』は今日これから1150分から本日1回目の上映です。お時間ある方は是非!  (ジャッピー!編集長)

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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
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