オックスは、タイガースやテンプターズなどより遅れて1968年にデビュー、すでにGSブームが起こっている最中に「ガール・フレンド」「ダンシング・セブンティーン」「スワンの涙」とたて続けにヒットを飛ばし、貴公子的なコスチュームで人気を博したGSです。
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ヴォーカルの野口ヒデトさんは、高校生の頃から歌手になりたくて、多くのGSの登竜門と言われた大阪の有名なジャズ喫茶・ナンバ一番に出入りするうちにチャンスをつかみます。「木村幸弘とバックボーン」というグループにヴォーカルで入りますが、ナンバ一番での活動と並行して梅田コマとかナンバ花月などで、漫画トリオのバックバンドをしていたのです。 漫画トリオといえば、横山ノック、フック、パンチ(のちの上岡龍太郎さん)のトリオで、「パンパカパーン!今週のハイライト!」というキメ台詞で時事漫才をやっていましたが、舞台ではトリオが唄っているときにツッコミをしていたそうです。野口さんが、途中から洗面器を持ってノックさんの頭を叩いたりとかしていたそうですから、オックスで ♪君の素敵な~ブラックコート……とちょっとハスキーな声で唄っていたイメージとはだいぶ違っていたわけです。このバックボーン時代から既に「テル・ミー」を歌ってステージを転げまわっていたそうで、それを見たオックスのリーダーが野口さんを勧誘したのです。「喜劇人祭り」とかで1ヶ月ぐらい梅田コマに出ているとき、休憩時間にナンバ一番に行ってオックスを見た野口さんは、オルガンを弾いていた赤松愛さんを「女の人だと思った」そうです。
こうして野口さんを迎えたオックスは、スプートニクスのツアー公演の前座に起用され、楽器を壊したり転げまくり、終いにステージから落ちて失神したのだそうです。この時にスプートニクスのメンバーに「お前らはザ・フーに劣らずグレイトだ!」と言われ、のちの「失神」パフォーマンスになったのです。ちなみに、当時野口さんはザ・フーを知らなかったそうです。
一躍、アイドルとなった彼らですが、次第に人気は下降し1971年には解散となります。野口さんは、五木ひろしさんや八代亜紀さんを輩出した日本テレビ「全日本歌謡選手権」(審査員には先頃亡くなった船村徹さんもいました)に出場し、見事10週勝ち抜き、「真木ひでと」と改名、演歌歌手として再出発しました。ヒットした「雨の東京」はいい曲でした!  お笑いからアイドルGS、そして演歌と人生の変遷を経たわけです。
オックスはアイドル的人気がありましたが、デビューが遅れたこともあり主演映画は作られませんでした。和田アキ子さんが主演した「女番長 野良猫ロック」(1970 長谷部安春監督)の中に、ゴーゴー喫茶で演奏しているシーンがあります。ただ、赤松愛さんはその前年脱退しているので、キーボードは田浦幸さん(のちの夏夕介さん)となっています。    (ジャッピー!編集長)
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