砲弾型柵2
橋の焼け跡
 近頃近所(深川木場界隈)を歩いていて、戦争の臭いをかいじゃいました。
当ブログは明るい昭和を照らし出すことがひとつの柱ですが、戦争もあったのでちょいとその痕跡についてもキープ イン タッチします。
 上図写真の上側は戦前に建立された国旗掲揚台(町内ごとぐらいにあった)です。その囲いが砲弾型です
昭和13年建立と刻んでありました。砲弾とはグッと戦時色を感じました。時はあたかも日支事変さなかで国家プロパガンダのもと大東亜共栄の意気にいきんでいたのでしょうか。ある意味その時は意気に燃え、明るい戦前昭和だったのでしょう。
さぞや一億みーんな活躍するんだからねてな具合で。
 そいで、下の写真は橋柱です。何やら黒ずんでいます。私めの子供の頃もそうでした。
東京大空襲時についた煤けです。焼夷弾の威力火力か幾星霜経った今でも黒ずみは失せません。
流石にその旗先遥か上空にB29があっては一時の高揚感はへこんできていたでしょう。
 ちなみに大空襲時には祖父と叔母が木場にいました。木場ゆえに木なのでいち早く焼夷弾は降ってきたそうです。
只、祖父は関東大震災の経験があり、火の周り具合を察知し叔母とともにほうほうの体ながら逃げ延びました。大学生だった父親は目黒の碑文谷に疎開しており、ああ、うちのほうで綺麗な花火でもやっているみたいだなあと眺めていたそうです。ああ呑気すぎるなあ。
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