今年ももう3ヶ月が経とうとしています。まったく早いものです。今年ここまで亡くなった方を追悼していきましょう。
1月7日に亡くなったのが青山ミチさんです。images (31)
歌手として活躍された青山さんですが、どうしても覚せい剤使用で逮捕といったことの記憶がまず浮かんでしまいます。
1949年生まれの青山さんは、お父さんが在日米軍兵士のハーフ。たしか戦後の混血児歌手第一号と言われていたと思います。今だったら、ハーフ・タレントっていうのがひとつのポジションを得て、人気もありますが、この当時は、進駐軍が残していった子供といった不幸なイメージだったのです。また実際に偏見も強く、混血児ゆえにいじめられたり、辛い思いをしていた人が多かったのです。たしか、青山さんんもアメリカに帰ってしまった父親を捜すみたいな話題が女性週刊誌に載っていたように記憶しています。
子供の頃からジャズ喫茶などで唄っていて実力を認められ、まだ中学生でデビュー、「ミッチー音頭」という曲が有名です。 たしか倍賞千恵子さん主演の「下町の太陽」(1963 山田洋次監督)に出て唄っている姿が見れると思います。日本語歌詞をつけたカヴァー・ポップスの時代、「ヴァケイション」なんかも唄っていましたが、ライバルと言われた弘田三枝子さんよりも声量があって、リズム感抜群の歌声はやはり日本人とは違うのかなあと感じさせました。エイミー・ジャクソンさんと競作となった「涙の太陽」(のちに安西マリアさんがカヴァーし大ヒット)を出すなど人気がありましたが、まだ10代で覚せい剤使用で逮捕されます。そのときお蔵入りになった曲が、少しあとのGS時代になって、ヴィレッジ・シンガーズによって「亜麻色の髪の乙女」となって登場します。 さらにこの曲は島谷ひとみさんによってカヴァーされますが、幻の元祖は青山ミチさんだったのです。
その後、「野良猫ロック」シリーズの第4作「野良猫ロック マシンアニマル」(1970 長谷部安春監督)に青山さんが出演しています。横浜のバーで弾き語りを見せるシーンがあります。「恋のブルース」 という曲なんですが、その唄いっぷりが印象に残ります。何というか、ドスのきいたアレサ・フランクリンみたいな聴く人を圧倒するものがあります。堂々たる大人の歌唱という感じですが、考えてみると、この時まだ青山さんは21歳なんです。子供のときにスターになって、覚せい剤事件があったりの浮き沈みといった人生経験が滲み出ていたのかもしれません。
たしか、役もバーのマダムという感じで、見た目も21歳とは思えない人生の酸いも甘いもかみ分けたような貫禄がありました。「下町の太陽」のときから何十年も経ったかのように感じてしまいます。
70年代に入ってから、万引き事件や、覚せい剤使用などで何度か逮捕され、芸能界の表舞台から姿を消してしまいましたが、そのパンチのきいた歌唱は日本にもっとも早く現れたソウル・シンガーといってもいいでしょう。青山ミチさんのご冥福を心よりお祈りいたします。     (ジャッピー!編集長)
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