「女番長 野良猫ロック」(1970 長谷部安春監督)では、ボクシングの八百長が成立しなかった瞬間にそれぞれの思惑を持った登場人物のバックが突然原色になったり、時間経過を示す文字がグリーンやピンクの画面で明滅したり、「野良猫ロック セックスハンター」(1970 長谷部安春監督)では、藤竜也さんが岡崎二朗さんを撃つシーンの左右にスプリット処理した画面が有名です。たしか、「野良猫ロック マシンアニマル」(1970 長谷部安春監督)にも上下にスプリットした横移動シーンがありましたし、細かいカットバックなどもありました。長谷部監督がこうして技巧を凝らしていたのは鈴木清順監督の影響かな?と以前このブログで書いた(2月27日「地下道のカー・チェイス」参照)のは、長谷部監督は「くたばれ悪党ども 探偵事務所23」(1963 鈴木清順監督)や「野獣の青春」(1963 鈴木清順監督)などに助監督でついているからです。
「くたばれ悪党ども 探偵事務所23」は、宍戸錠さんが清順作品に初主演した作品で、クラブで唄ったり、チャールストンを踊ったりとノリノリです。
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地下室に監禁された錠さんが天井に向けてマシンガンを撃ちまくり、アスファルトをぶち抜いて(!)外の警察に知らせるという派手な見せ場があります。続く「野獣の青春」は、同じく大藪春彦さんの原作によるハードボイルド映画ですが、いわゆる「清順美学」の起点になった作品として語られることが多いです。たしかに、窓の外に突如現れる黄色い砂塵、モノクロに浮かぶ赤い椿、m_31104423140635B15D
青く塗られた部屋など原色を大胆に配した色彩に目を奪われます。のちに「刺青一代」(1965 鈴木清順監督)で高橋英樹さんが次々に襖を開けると広がる原色の空間やら、「肉体の門」(1964 鈴木清順監督)の4人の女の色分けc0061299_9441986
(←今、話題の「ラ・ラ・ランド」(2016 デイミアン・チャゼル監督)に引用されてます)などに発展するわけですが、こうした清順美学といわれるものが突如「野獣の青春」で開花したというわけではないと僕は思うのです。
「勝利をわが手に 港の乾杯」(1956 鈴木清太郎監督)でデビュー(1958年に清順に改名)。以後、歌謡映画、ギャングもの、和田浩治さん主演の「小僧アクション」など、ずっといわゆるB面映画を撮り続けてでいた清順監督がその一作一作を作っていく過程で、何とか観る人の目をひくように、楽しませるようにと工夫していくうちにだんだん「凝った」ことをするようになったのではないでしょうか。「あてがいぶち」の企画を何とかしようと知恵を絞り、ベストを尽くしてきた集積が「清順美学」となったのだと思います。
ですから、「野獣の青春」以前の作品にすでに「清順美学」の胎動はあったはずだし、かつての各映画会社がそれぞれの撮影所で量産していた時代、その広い裾野の中で、職人として技を磨き、試行錯誤するうちに「作家性」が生まれたのではないでしょうか。長谷部監督もどこまで影響を受けたかはわかりませんが、清順監督の現場にいて何かしら受け継いだのだと思います。こうして各映画会社の個性やカラーが作られていったのです。日本映画のレベルが高かったわけです。
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鈴木清順監督のご冥福を心よりお祈り申し上げます。      (ジャッピー!編集長)
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