先週の土、日にフジテレビでスペシャル・ドラマとして松嶋奈々子さん主演で「女の勲章」を放映していました。71index
近頃、僕はテレビドラマをほとんど観ないので、これも観ていませんが、京マチ子さん主演の映画はもちろん観ております。「女の勲章」(1961 吉村公三郎監督)は京さん演じるデザイナーと、下剋上を狙う弟子たちの女同士の争いがめっぽう面白い作品ですが、この作品は田宮二郎さんの出世作として知られています。onnanokunshyou02
京さんのブレーンとして辣腕をふるう一方、3人の弟子たち(若尾文子さん、叶順子さん、中村玉緒さん)とも次々に関係を持ち、のし上がって行く役です。大先輩の京さんとのベッド・シーンも堂々と演じた田宮さんは銀縁メガネをかけ、女性を利用するクールな野心家にピッタリはまり、注目されました。
1955年にスポニチ主催の「ミスターニッポン・コンテスト」で優勝し、モデルとなった田宮さんが大映に入社したのが1957年ですから、この「女の勲章」まで5年近く、目立った活躍はありませんでした。添え物映画の主演はあったものの、ほとんどがその他大勢の大部屋俳優みたいな感じでした。当初、本名の「柴田吾郎」で出演していた田宮さんは端役ばかりなので、俳優を辞めて実業家になろうかと思ったそうです。大阪生まれ、京都育ちの田宮さんは、住友系財閥の大番頭で有名な方だった祖父を尊敬していたといいますし、学習院大学に入学した頃は外交官志望だったといいますから、元々俳優というより、実業家とかグローバルな志向があったのだと思います。
のちに、「不信のとき」(1968 今井正監督)のポスター序列でもめて大映を解雇された田宮さんは自分のプロダクション「田宮企画」を立ち上げます。「日本のハワード・ヒューズを目指す」と言って映画製作など手掛けますが成功しませんでした。日英合作で「イエロー・ドッグ」(1977 テレンス・ドノヴァン監督)を製作、自ら主演しますが興行的に不発、多額の借金を背負います。そんな田宮さんに怪しい人物が近づいてきたのでしょう。田宮さんを追い出したあと倒産した大映の元の東京撮影所の土地を買収して最新型の貸しスタジオを建設するなんて事業計画が出て、高額融資に手を出していったようです。このあたりの生々しい話は「田宮二郎、壮絶! いざ帰りなん、映画黄金の刻へ」(著・升本喜年 清流出版)に詳しいです。
出世作「女の勲章」と同じく山崎豊子さん原作「白い巨塔」(1966 山本薩夫監督)の「財前五郎」はまぎれもない田宮さんの当たり役です。テレビでも演じようと山崎さんに直接願い出て、1978年に連続ドラマとして放映されます。その第一回放映直前に田宮さんの「M資金」に関する記事が週刊誌に載ります。そして、田宮さんは追いつめられ精神的に不安定になりながらも、財前を演じきり映画版では描かれなかった「財前の死」を撮影し、あと放映2回を残した1978年暮れに自らの命を絶ったのです。まだ、43歳という若さです。まるで、この野心に満ちた医師役と現実の田宮さんが重なるかのように思えた死です。 607527c49e17cad09e2b36da05096bb8
   (ジャッピー!編集長)   

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