昨日、8月29日は藤田敏八監督のご命日でした。当ブログの8月27日に最後の作品「リボルバー」(1988 藤田敏八監督)のことを書きましたが、ラスト、警官を辞めてタクシー運転手になっている沢田研二さんの乗務員証が一瞬映ります。それに記載されている資格取得日が「昭和63年8月29日」となっています! もちろん偶然でしょうが、あとから見ると不思議なものを感じます。この映画の9年後の8月29日に藤田監督は亡くなります。
その8月27日の当ブログに貼っていただいた「八月の濡れた砂」(1971 藤田敏八監督)のスチール写真をご覧ください。
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中心に沖雅也さんが映っていますが、映画には出ていません。当初、主役の「清」役にキャステイングされていましたが、冒頭、早朝の浜辺をバイクで走るシーンを撮影中、転倒してケガして降板となってしまったのです。急遽代わりの俳優をオーディションということになり、広瀬昌助さんになったのです。面接して即決、翌日には撮影に入ったそうです。当時、広瀬さんは25歳でしたが、童顔なので高校生役にも違和感なく、ちょっとオドオドしたどこにでもいそうな感じがこの「清」の役柄に実によく合っていました。結果的には、スターぽくカッコいい沖雅也さんよりも良かったように思います。
「清」の相棒で不良少年の「健一郎」を演じた村野武範さんは広瀬さんよりひとつ上の26歳でした。今でこそ「青春映画の伝説的な名作」となっている「八月の濡れた砂」ですが封切当時は当たらず、藤田監督が初日に出掛けたらほんの数人しかお客がいなくて、そのうちの一人は村野さんだったといいます。ずっと後に、旅番組のレポーターで村野さんが温泉につかると、村野さんは気持ちよさそうに「八月の濡れた砂」のメロディをハミングしていたことがあったそうですから、初の主役ということで相当な思い入れがあったのでしょう。
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「健一郎」の母親の愛人役を演じたのが渡辺文雄さん。晩年に俳優としても活躍した藤田敏八さんは東大で演劇サークルに入っていましたが、そのサークルを結成したのが渡辺さんです。後輩の藤田さんは「猫背で姿勢が悪く役者の器じゃない」と、音響効果の担当にさせられます。そして、ある芝居で使う渡辺さんが調達してきた当時超貴重品のテープレコーダーを壊してしまい、渡辺さんは激怒、以後「藤田に機械を触らせるな!」と通達が出たといいます。サークルを主宰する渡辺さんに相当しごかれた藤田さん、監督と俳優として再会したこの映画ではどんな風に渡辺さんを演出したでしょうか。o0350016210259663663
  
「八月の濡れた砂」は、新文芸坐で開催中の「没後20年・藤田敏八/あの夏の光と影は~二十年目の八月」にて、明日8月31日に上映です。  (ジャッピー!編集長)
20170827

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