昨日の当ブログにも書きましたが、「クライマックス・シリーズ」のおかげで「ペナントレース」の意味がよくわからなくなってしまいました。ペナントレースを制したが「クライマックス・シリーズ」で敗退して「日本シリーズ」に出れない場合、「シーズン優勝」の記録には残るわけです。今年だったら、「2017年度セントラル・リーグ優勝」はカープとして記されるわけです。しかし、かりにベイスターズが日本シリーズでホークスに勝ったとしたら、「2017年度日本一」はベイスターズとして「各年度日本シリーズ優勝球団」の表に載るわけです。こうなると、「ペナントレース」と「日本シリーズ」は全く別もの、違う大会ということになります。何だかなー(←阿藤海さん調)という感じです。
古い話ですが、1992年に野村克也監督率いるスワローズがセ・リーグ優勝して、日本シリーズでライオンズと対戦しました。森昌彦監督が率いる西武は、当時圧倒的な強さを誇り、特に森監督就任の1986年から1988年までパ・リーグ3連覇、日本シリーズも制し、1989年は近鉄バッファローズに屈しペナントをのがしましたが、1990年から1992年までまた日本一になりました。mig (3)
つまり、7年間で3連覇を2回、6度も日本一になったのです。まさに黄金時代といってよいでしょう。そんな西武ライオンズに立ち向かい敗れたスワローズは、のくやしさが相当にあったのでしょう。その翌年1993年のキャンプに入ったときから「打倒・ライオンズ」を目標に練習に取り組んだと当時キャッチャーの古田敦也さんがおっしゃっていました。春のキャンプから、秋の「日本シリーズ」で勝てるように、ライオンズに負けないチーム力をつけようと取り組むわけですから、何としても「ペナントレース」を制するんだと意気込みも違ってくるし、レベルも高くなります。そして、スワローズは見事にセ・リーグ連覇を果たして、当然のようにパ・リーグを制したライオンズと2年連続の対決となり、死闘の末、リベンジし、ノムさんが胴上げされたのです。
つまり、「ペナントレース」というものが「日本シリーズ」出場をかけたもので、それを目指して長いシーズンを戦い、制した1チームが「日本シリーズ」という舞台に立つ価値があるのです。今の方式だと、「ペナントレース」は「クライマックス・シリーズ」出場をかけた戦いで、そこを制しても「アドヴァンテージの1勝」にしかならないのです。キャンプから始まる長いシーズンで一番の結果を出して報われないんじゃあ、「ペナントレース」の意味もなくなるし、「日本シリーズ」の価値も下がるだけではないですかねえ。    (ジャッピー!編集長)
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