ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2016年08月

まだ上だけを向いていきますか

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7月7日に亡くなった永六輔さんのお別れの会が昨日開かれ、その模様が新聞にも出ていました。昨日、この欄で紹介した「喜劇 駅前弁当」(1961 久松静児監督)に坂本九がクリーニング屋か何かで出ていて「あの娘の名前はなんてんかな」を唄うシーンがありましたが、これも勿論、永六輔作詞・中村八大作曲のいわゆる六・八・九トリオの楽曲です。そして、この曲をB面にリリースされたのが、ご存知「上を向いて歩こう」であります。ヒットの真っ最中に製作されたのが、「上を向いて歩こう」(1962 舛田利雄監督)。公開時、同時上映は「銀座の恋の物語」(蔵原惟繕監督)だから、映画では「上を向いて歩こう」の方がB面か。いや、舛田+蔵原だから両A面かな。少年院から脱走、当たり屋を試みたら、逆にその車の運送会社に拾われ、持ち前の明るさで信頼され新しいトラックまで買ってもらう九と、そのトラックを自分の借金返済のために売り飛ばそうとする浜田光夫の二人がぶつかり合いますが、周囲の理解と愛情で更生していくというちょっと社会派もまぶした青春ストーリーです。ラストは駒沢オリンピック競技場で、出演者全員が「上を向いて歩こう」を大合唱! 東京オリンピックを2年後に控え、できたばかりのスタジアムで若い希望と情熱あふれた大団円です。そして翌1963年には九ちゃんの「上を向いて歩こう」は「SUKIYAKI」というタイトルでアメリカで大ヒット、何とビルボード誌6月15日から29日まで3週連続1位となったのです。さらに翌年に東京オリンピックと、まさに高度成長、上昇気流にのった日本でした。時は経って、若者がなかなか就職できないし、またデフレだとか貧困、格差の拡大が広がる現在の日本、あの頃のオリンピックとは違うコンセプトになってしかるべきなのに、膨れ上がる予算……  (ジャッピー!編集長)
下をむいて歩こう

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駅弁とハーモニカ

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今年は台風が多いですね。東北地方に上陸の恐れがあるそうなので、どうぞお気をつけください。交通機関がストップして足止めを食っている方もいらっしゃるでしょう。「喜劇 駅前弁当」(1961 久松静児監督)は24作も続いた「駅前」シリーズの第3作目。弁当屋を切り盛りする未亡人の淡島千景をめぐって、森繁と伴淳が張り合い、淡島の弟を演じたフランキーと共に絶妙の掛け合いを見せるのはいつもの通り。映画の終盤、本土直撃の台風のため、東海道線が停車してしまい、列車泊となった乗客たちのために大量の弁当の注文が入り、全員総出で弁当作りに奮闘するのです。この注文を出すのが、後に任侠映画で憎々しげな悪役でお馴染みの天津敏、淡島に弁当屋の拡張のため融資を持ち掛け、淡島をモノにしようとする詐欺師がアチャコ、アチャコを接待するために呼ばれるお座敷ストリッパーに三原葉子(!)と楽しい顔ぶれです。結局、淡島は銀行員の加東大介と結ばれます。「大番」シリーズ(1957~1958 千葉泰樹監督)ではギューちゃん(加東大介)に尽くすばかりのおまきさん(淡島千景)の思いが成就したように感じてニヤリです。冒頭に森繁と伴淳が浜松駅ホームで弁当売りするシーンがありますが、今ではめったにない光景ですね。列車の窓から駅弁とお茶を買ってなんてところに旅情がありましたが、今じゃだいたい窓が開かないからなあ! ちなみに、うなぎ弁当は150円です。また、この映画、浜松が舞台なだけに、ヤマハのハーモニカまで売っているのです。 0000000158_01_Ekimae_02_09
 (ジャッピー!編集長)
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「あの人」そっくり

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リオ五輪の閉会式、安倍首相がサプライズ登場したが、ちょっと危ういものを感じますねえ。スポーツは政治から独立すべきじゃないでしょうか。マリオに扮しているのにヒゲをつけなかったのは、つけると「あの人」に似ちゃうからですかね?映画で「あの人」そっくりだったのは、「チャップリンの独裁者」(1940 チャールズ・チャップリン監督)のチャップリン。同い年(チャップリンの4日後に生まれたのが「あの人」)の独裁者を地球儀の風船をもて遊ぶ有名なシーンなどで徹底的に皮肉っています。1940年、「あの人」の政権が最盛期のときに製作したのだからすごい!日本では戦後、1960年にようやく公開)されました。もう一本、チャップリンが直截的に反戦メッセージを放ったのが、「チャップリンの殺人狂時代」(1947 チャールズ・チャップリン監督)。こちらは1952年に日本公開されていて、翌年の日本映画に引用されています。「ひろしま」(1953 関川秀雄監督)は、原爆投下直後の広島の地獄のような惨状をリアルに描き、GHQから「反米的」と見られるのをビビッた大手映画会社から配給を拒否されたという力作です。この映画の中で、被爆した青年が工場に勤めるのですが、しばらくして辞めてしまうのです。元の先生が「どうして?」と問いただすと、青年は「殺人狂時代」という映画を観たら、そのラストで「一人を殺せば悪党で、百万人だったら英雄だ」というセリフがあったと語り、「うちの工場は砲弾を作っているんです。また戦場で憎くもない相手と殺し合ったり、罪もない人の上に爆弾が落とされるのは嫌なんです」と訴えます。朝鮮戦争、日本の逆コースへの不安に覆われた時代、チャップリンの映画が警鐘を鳴らしていたのです。今も、そういう映画の力が必要な時代になっている気がします。  (ジャッピー!編集長)
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オリンピックの顔と顔

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リオデジャネイロ・オリンピックが終わり、TV局は「リオの次はサッカーWカップ」とか言ってるけど、オリンピックの次はパラリンピックだろ!と突っ込みたくなります。まあ、TV局にとっては視聴率にしか関心がないんでしょうね。
ともかく4年後は東京五輪です。昭和39年の東京オリンピックの公式記録映画が「東京オリンピック」(1965 市川崑監督)です。images
公開当時、記録か芸術かで賛否両論あった作品です。たしかに、冒頭の鉄球がビルに打ちつけられて、オリンピックのために街を改造(破壊)する様から始まり、けっこう競技と関係ないカットもあります。工事現場の人、会場警備に当たる人や販売員、そして観客……歓喜だけでなく、醒めていたり、所在無げであったり……名もなき庶民の顔、物言わぬ表情がとても印象的。競技シーンも、スポーツ的に決定的瞬間というよりは、スタート前の選手の緊張、試合が終わったあとの孤独感といったものに焦点があたっている感じです。ただひとり参加したチャドの黒人選手へ時間を割いていたり。国家的大イベントを俯瞰によるパノラマとして捉えるのでなく、パノラマの細部に近づいていく視点、僕はけっこう好きですね。市川監督というと、その技巧が強調されることが多いですが、「この映画では人間を描く。スポーツを描くよりも人間を表現する」と語っていたというし、やはり、人間にすごく興味があった監督なのだなあと。あと、個人的なことで言うと、当時、新宿に住んでいた僕は母に連れられて甲州街道の沿道にマラソンを観に行ったのです。だから、この映画に映し出される街の風景、人々の顔に、自分が生きた時代の空気みたいなものを懐かしく感じるのです。 (ジャッピー!編集長)
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力道山と三田アナ

三田アナと力道山
 力道山と日テレの三田アナウンサーはつながりがあります。
 力道山は戦後空襲で廃墟となった日本橋浜町明治座を再建した新田新作氏を大のタニマチとしていました。
新田氏とともにお金をだし明治座再興に加わったのが、三田アナのおじい様三田政吉氏です。
人形町で料亭 玄冶店(げんやだな)濱田家を経営していました。春日八郎さんの大ヒット曲「お富さん」の歌詞にもでてくる♪げんやぁだなぁです。(昔むかし幕府の御典医岡本玄冶のお屋敷があったそうです)
 新田氏が明治座の社長でしたが、50歳そこそこで早世したので三田氏が後をうけました。
 現明治座の社長は三田アナのお父様です。濱田家も営んでいます。
 稼ぐのは三田です。
                         (ハピイ氏橋)

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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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