ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2016年10月

1970年の光と影

昨日、一昨日の2日間、「太陽の塔」の内部見学会が行われ、抽選に当たった1300人が見学したとニュースに出ていました。「太陽の塔」、「芸術は爆発だ!」で有名な岡本太郎さんが作った、1970年の大阪万国博覧会のシンボルとなったタワーです。46年もたっているから耐震性など、改修工事をするそうです。万博から46年……ずいぶん長い時間が流れました。当時、貧しい母子家庭の小学生だった僕はもちろん大阪まで行くなんてことは出来ず、少年サンデーとかの特集記事で、太陽の塔やら各パビリオンの写真を見て想像するだけでした。
万博が印象的な映画というと、「家族」(1970 山田洋次監督)img_1
があります。九州は長崎から、北海道の開拓部落へ向かう家族5人の姿を映すロード・ムービーの名作です。電車を乗り継ぐ長い旅、ドキュメンタリータッチで映し出された風景に当時の日本の実相が見えてきます。大阪で主人公一家は万博会場に行くのですが、詰めかけた群衆の喧騒の中でオロオロしてしまいます。まさに高度経済成長の象徴である万博の華やかさと、その繁栄の陰で押しつぶされる市井の人々が見事にあらわされています。この一家は、長崎の炭鉱の先行きが危うくなり故郷を捨てざるを得なかったわけで、日本の産業構造、経済がドラスティックに変換した時期に多くの人たちがそのあおりを受けて、家族の生活を守ろうと苦闘していたのだと思います。そういった懸命に働き、必死に生きた名も無き人々があって経済発展をとげた日本は今、本当にあの頃夢見たような国になっているのでしょうか……
映画は東京で赤ちゃんを亡くしたり、苦労の末、ようやく北海道中標津に到着します。直後、おじいちゃん(笠智衆)が亡くなりますが、夫婦(井川比佐志、倍賞千恵子)には新しい命が誕生するというラストには次の世代への希望といったメッセージを感じます。山田洋次監督は寅さんばかりじゃなく、実はロード・ムービーの名手で「幸福の黄色いハンカチ」(1977)、「十五才・学校Ⅳ」(2000)などがあります。
聞くところによると、大阪はまた万博の招致活動をしているのですね。1964東京五輪~1970大阪万博と同じ流れを作ろうとしているようです。しかし、あの頃の日本は経済成長のど真ん中にあって「国の宣伝」をする意味はあったと思いますが、今の日本は何を求めているのでしょうか。原発事故による避難民が15万もいて、格差社会が進行している国で、オリンピック~万博って必要なんですかねえ。いったい、日本をどうしたいんでしょう。
(ジャッピー!編集長)
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世界で一番アホな街

昨日、土曜の夜とあって、渋谷はハロウィンで遅くまで賑わっていたようです。しかし、いつ頃からこんなに盛り上がるようになったのですかね。2年前だったか、仕事の帰りに渋谷に行こうと電車に乗ったのです。僕の場合、寄り道するのは、「映画館に行く」ということで、その日も見逃したくない映画を渋谷でやっていたのです。新宿で乗り換えして山手線に乗ったら周りはゾンビだらけ。そこで、ハロウィンの日だったのに気付いたのですが、前の席に座っているのも、隣の吊り革につかまっているのも、みんな不気味なメイクをした人々ばかり、普通にスーツを着ているのが僕だけという状況。そして渋谷で一斉に降りたのですが、もうホームは満杯、隅の方でゴソゴソと着替えている人とかもいて混乱状態で、改札までたどり着けない。これは、たとえ駅を出てもまともに歩けないだろうから上映開始時間には間に合いそうもない……という判断をして、僕は泣く泣く映画を諦めてそのまま帰宅したのです。そんな怨みというわけでもないですが、あのコスプレして騒ぎまくる狂態、日本はどうなってしまったのだ……という思いにとらわれます。だいたい、ハロウィンの本来の意味も関係なく、ただ騒げる機会があれば何でもいいという感じ、国民をアホな状態にして不平不満をそらすために国家権力が絵図を描いているのかとも思ってしまいます。
「美わしき歳月」(1955 小林正樹監督)は、152908_detailImage1
東京の片隅で祖母と花屋を営む桜子(久我美子)と戦死した兄の友人たちとの交流を描いた好篇です。敗戦から10年、ここにも戦争の傷を未だ引きずりながら生きる市井の人の暮らしがあります。桜子の祖母は交通事故(未遂?)に合い、その車に乗っていた老紳士が病院に連れていってくれたことがきっかけで親しくなります。祖母と老紳士を演じるのは、田村秋子さんと小沢栄太郎さんですが、この二人が茶飲み友達としていい感じ(老いらくの恋未満)で微笑ましいのです。小沢さんは桜子も気に入り自分の息子と結婚させたいと願って、デートをセッティングします。時はクリスマス、キャバレーのホールでダンスする桜子たち、周りは赤い帽子をかぶった若者たちが大騒ぎ。その光景を見ながら、田村さんが「この人たち、何が楽しいんでしょうねえ」と言うと、小沢さんが「さあ…楽しいことがないからこうしてるんでしょう」と答えます。
テレビのニュース番組で映し出されるハロウィンの狂騒にまみれた街を見て、そのシーンを思い出しました。いつの世もこういうことは繰り返されていくのでしょう。そして、僕はこの映画の田村さん、小沢さんの側になっていて、結局……僕も年老いたということですかね。   (ジャッピー!編集長)




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ラストシーンは断崖で

『ゼロの焦点』1
高千穂ひづるさんは「ゼロの焦点」(1961 野村芳太郎監督)と「背徳のメス」(1961 野村芳太郎監督)の演技で1961年度ブルーリボン助演女優賞を受賞されました。
「ゼロの焦点」は昭和の人気作家・松本清張の代表作の映画化で、結婚したばかりの夫が出張に行ったまま帰って来ず、金沢で死体となって発見される……というミステリで、まだ戦争の傷跡、戦後の混乱が事件の根底に関わってきます。考えてみれば、昭和36年、高度経済成長期に向かっているとはいえ、敗戦からまだ15~16年しか経っていないのです。日本には戦争が引き起こした影の部分がまだまだそこら中に残っていたのです。
失踪した夫の足跡を追う妻に久我美子さんが扮し、有馬稲子さん、高千穂さんの3人の女優の共演です。事件の真相が明らかになるラストは、能登金剛の断崖、突風が吹きすさぶ中で、久我さんと高千穂さんが対峙するシーンです。お二人とも小柄で細身の体型なので岩の上に立っているのがやっとという感じだったそうで、アップやバストショットとか撮るときには体の下をスタッフに押さえていてもらったということです。「あのときは着物だったから、裾は乱れるし、突風で凧みたいに空に舞い上がってしまいそうだったの」と語っておられます。こうして撮られたシーンは、のちに二時間ドラマのサスペンスもののプロトタイプになったのです。CMでもパロディになるほど、サスペンス→結末→断崖というのは観る人に刻み込まれたのですが、その始点は「ゼロの焦点」にあったのです。
また、当時、運転免許を持っていなかった高千穂さんが車を運転して’(もう時効ですね)、雪の降り積もった吊り橋の所で車を止めるシーンも「下は峡谷だし、スリップしたら橋の真ん中に立っている有馬さんを轢いちゃうし……」とドキドキしたそうです。3人の女優の命がけの熱演が火花を散らしているのです。
高千穂さんは1964年、「月光仮面」「隠密剣士」で知られる大瀬康一さんと結婚なされて、「アッちゃん」のお母さん役などでテレビでも活躍なさったあと、女優を引退、二出川さんが野球界から身をひいたあと専念していた事業を引き継がれました。   (ジャッピー!編集長)
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「俺がルールブックだ」の娘

昨日、このブログで審判のことを話題にしました。プロ野球の名審判といえば、二出川延明さんの名前がまず思い浮かびます。元々は選手として甲子園にも出場、1934年(昭和9年)に創立された大日本東京野球倶楽部に参加、翌年、東京巨人軍となり、アメリカ遠征では副将をつとめています。ちなみに巨人軍の初代背番号1です。
審判に転身、日本プロ野球史上最初の退場者になった苅田久徳選手(東京セネタース)に退場宣告したのが二出川さんです。戦後、2リーグ分裂後はパシフィック・リーグの審判になり、走者のアウト、セーフをめぐり抗議してきた西鉄の三原監督に「俺がルールブックだ!」と言い放ったのは有名です。他にも、明らかにストライクと思えた球をボールと判定され、南海の捕手・野村克也が抗議すると、「今の球は、気持ちが入っていないからボールだ」とピシャリと言ったのです。ノムさん、よほど頭にきたのか、後になってもご自身の著作でこのことを書いておられます。面白いのは、言われた皆川睦夫投手(日本プロ野球で最後の30勝投手、故人)は二出川さんのこの言葉に感銘して、以後、一球入魂を心掛けたといいます。
そんなプロ野球審判のレジェンド(野球殿堂にも入っておられます)、二出川延明さんのひとり娘が高千穂ひづるさんです。宝塚の娘役で活躍され、映画にも東宝の「ホープさん」(1951 山本嘉次郎監督)でデビュー。宝塚を退団後は松竹と契約、本格的に映画女優の道を歩まれます。松竹では時代劇が多く、「ホープさん」のような現代劇に出たいと思い始めた高千穂さんは「現代劇をたくさん作る」という東映に移籍しますが、すぐに中村錦之助、東千代之介などの時代劇が人気を呼び空前の時代劇量産体制になります。高千穂さんもお姫様女優として数多くの作品に出演なされました。その後、また松竹に移籍、喜劇、メロドラマ、ミステリなど役柄を広げていきます。松竹ヌーヴェルヴァーグが登場した1960年には「ろくでなし」(1960 吉田喜重監督)、「乾いた湖」(1960 篠田正浩監督)にも出演しました。そして、もう一本「武士道無残」(1960 森川英太朗監督)があります。森川監督はのちに大島渚の創造社に加わる人で、ヌーヴェル・ヴァーグ風味の異色時代劇ですが、高千穂さんのヌード・シーンがあり、背中側しか映らないのですが、吹き替えでなく、高千穂さんが乳首に絆創膏貼って挑んだのだと前にご本人がトーク・ショーでおっしゃっていました。その後、「にっぽん昆虫記」(1963 今村昌平監督)の主役(結局、左幸子さんが射止めた) を熱望して今村監督と面談したこともあったとか。東映時代のお姫様役から脱し、果敢に役に体当たりしようとする女優魂、これも二出川さんの気骨あふれる遺伝子を受け継いでいるからかもしれません。      (ジャッピー!編集長)
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大鵬の連勝を止めた男

10月23日に元・小結の羽黒岩さんが亡くなったというニュースがありました。羽黒岩ときいてもピンと来ませんでしたが、その前の四股名、戸田と聞くと、横綱・大鵬の連勝を止めた力士だ!と記憶が鮮明に蘇ってきます。何しろ、あの頃の大鵬といったら、負けるなんて考えられなかった無敵ぶりで双葉山の69連勝を破るのは間違いなし!と小学生の僕も思っていたのでした。それが、平幕の力士に負けて45連勝でストップというのだから大事件でした。戸田という本名そのままのシンプルな四股名も強く印象に残りました。
ところが、その一番の写真には戸田が足で払った砂ぼこりが映っていたのです。大鵬よりも先に戸田が土俵を割っていた証拠となって、この一番は「世紀の大誤審」として知られるようになりました。1969年春場所のこの一番がきっかけになって、相撲協会は勝負の判定にビデオ映像の確認を導入することを決定したのです。これが、日本で最初のスポーツへのビデオ判定導入だったのですが、野球やサッカーなど外国産のスポーツではなく、相撲という国技が第一号というのが意外ですね。
そして、いろいろなスポーツで今や「チャレンジ」とか言って、監督がゲームの進行を止めてビデオで確認を要求したり、審判もビデオで確認するなんてことが当たり前になりました。今、熱戦が続いている日本シリーズでも、第二戦、本塁上でのランナーへの捕手のタッチをめぐってビデオ確認で審判の判定が覆ったケースがありましたね。確かに、必死にプレイしている選手やチームのために正確なジャッジをするということは大事でしょう。そのために審判も技量を磨いてほしいと思います。しかし、すべてビデオや機械頼みになってしまうと何だか味気ないものになってしまうような気がします。誤審も含めてスポーツ、と言ったら言い過ぎかもしれませんが、人間がやっているから間違いもある、という寛容さがあっていいと思うのです。だって、スポーツ観戦で呼び起こされる感動というのは、「人間」が力や技を駆使し、できるだけ強く、速く、正確にプレイしようとする姿によるのです。それをロボットがやったって感動する人はそんなにいないでしょう。そして「人間」がやるプレイだからこそ、ミスがあり、失敗があり、ドラマが生まれるのです。審判も人間です。ピッチャーが投げて、本当にこれ以上ないようないい球が来たとします。1ミリはずれていたとしても、その審判をうならせて思わず「ストライク!」と言わせてしまう……そんなことがあっていいんじゃないですかね。
ただ正確であればいいというなら、審判はロボットでいいということになってしまいます。AIの職場導入で管理化されて、気晴らしに野球観戦に来たら、ロボット審判に仕切られる試合を見せられる……そんなことにならないことを願います。
戸田は大鵬の連勝を止めた次の場所でも、今度は横綱・柏戸をやぶりました。これももつれた一番でしたが、今度は導入されたばかりのビデオ映像を参考にされ、勝ちとなりました。戸田の力士人生で金星はこの2つだけでしたが、見事にその名を大相撲の歴史に刻みました。  (ジャッピー!編集長)
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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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