ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2016年11月

「仁義なき戦い」には浅草がよく似合う

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今頃、新文芸坐では「仁義なき戦い」5部作(1973~1974 深作欣二監督)一挙上映、そろそろ第2作「仁義なき戦い 広島死闘篇」(1973 深作欣二監督)が始まる頃でしょうか。僕は過去に今は無き上板東映で第1作から第4作(つまりは笠原和夫脚本ですな)を続けて観たことがありますが、5部作一挙に観たことはなかったので、行きたかったのですが、所用でガマンの子です。この5部作でいちばん観ているのは第3作「仁義なき戦い 代理戦争」(1973 深作欣二監督)かなあ。たぶん14~15回ぐらい観ていると思います。いちばん観た回数が少ないのは「仁義なき戦い 完結篇」(1974 深作欣二監督)で、4~5回でしょうか。5作平均すれば10回ずつぐらい観ているでしょうか。50回ぐらい(それ以外に1980年の「仁義なき戦い 総集篇」も2回観ています。こちらは4部までの編集版)。だけど、第1作公開からもう43年経っているからお好きな方は100回や200回はご覧になっていることでしょう。何回観ても面白さが褪せないエヴァーグリーンな作品です。
上記の上板東映の他に、新宿昭和館、文芸坐、三百人劇場、ラピュタ阿佐ヶ谷、シネマ・ヴェーラ、新文芸坐などいろいろな映画館で観ました。とりわけ、今は無い浅草名画座では毎年9月ぐらいになると、この5作を他の作品と組み合わせて週替わりで5週間かけていて、よく足を運びました。文太さんや千葉真一さん、旭さん、梅宮さん、北大路さんの似顔絵が入ったカードを使ったスタンプラリー(5作完走するとタダ券がもらえた)もあったりして、浅草の晩夏から秋の風物詩?だったのです。そしてなんと言っても、その佇まい(浅草名画座は浅草中映の地下でした)、場内の雰囲気が映画によく合っていました。裏切られ、惨めに殺され、不毛な抗争に振り回される男たちに思いを馳せながら、夜になってすっかり周囲の店が閉まった六区の通りをトボトボ歩いて帰るときの寂寥と孤独感。これは今どきのキレイなシネコンでは味わえない感触ですねえ。
それでも、2008年に渋谷のシネマ・ヴェーラで「70年代深作欣二特集」をやったときに「仁義なき戦い 代理戦争」と「仁義なき戦い 頂上作戦」(1974 深作欣二監督)の2本立てを観に行ったら、制服姿の高校生2人連れを見かけ、「日本の若者も捨てたもんじゃない」と思ったことがありました。さらに時代はすすみ、映画館よりもDVDやブルーレイで観る人が多くなっている昨今です。新しい世代が新しい観方で「仁義なき戦い」シリーズを観ていくのだろうと「ワシらの時代もしまいで」と小林旭さん演じる武田のセリフを独り言つしかありません。
ちなみに浅草名画座「仁義なき戦い」スタンプラリー・カード、文太さんの似顔絵の横には「ようきたのう」と書いてありました。      (ジャッピー!編集長)
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「トラック野郎」これぞ娯楽映画だ!

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ハピイさんがお友だちのN井くんと観られたのは、マドンナがあべ静江さんだったというので、シリーズ第2作「トラック野郎 爆走一番星」(1975 鈴木則文監督)ですね。製作予定の作品が流れてしまって、その穴を埋めるために急遽、則文監督に話がきて3週間足らずで撮影された「トラック野郎 御意見無用」(1975 鈴木則文監督)は夏休み興行が終わった8月30日に公開。会社の方も「穴埋め」作品にあまり期待をしていなかったのでしょう。ところが観客がどっと押し寄せる大ヒット、すぐにシリーズ化が決定され、「トラック野郎 爆走一番星」は堂々のお正月映画になりました。ライバルとされる「男はつらいよ」シリーズの第1作(1969 山田洋次監督)が先に放映されていたテレビ版のリメイクというので観客動員を不安視した松竹が、8月27日に公開したのに似ています。(テレビ版のストーリーのストックがあった寅さんの方はさらに短いインタバルで製作、第2作「続 男はつらいよ」(1969 山田洋次監督)は2ヶ月後の11月15日に公開されてます!)
そんな「トラック野郎 爆走一番星」、ドライブインのトイレに駆け込み、「紙がない!」と騒ぐ桃さん(文太)にチリ紙を差し出してくれるのが、アルバイトしている女子大生のあべ静江さん。ここでカッコつけてトイレを我慢した桃さんが河川敷で用を足すのが、ジョナサン(愛川欽也)の勘違いから加茂さくらの桃さんへの片思いへの伏線になります。もちろん、桃さんはあべ静江さんに首ったけ。「太宰治が好きなの」というあべさんに、桃さんが言う「ダザイ、僕も好きです。あれは美味いですよね!」という台詞、その後、ドライブインで「太宰治全集」(ちなみにこの全集は則文監督の私物)をどーんと積み上げ、なぜか学ラン姿で読書にいそしむ桃さんに大爆笑! それに積載量オーバーのトラック野郎たちを取り締まる台貫場の係官だったジョナサンの過去、その恨みで突っかかってくるライバル・ボルサリーノ(田中邦衛)とのワッパ対決、由利徹、笑福亭鶴光、ラビット関根(役名は堀釜太郎!)といった豪華な爆笑ゲスト陣。そして、幼い姉弟のために、出稼ぎの父親を除夜の鐘までに送り届けるラストに感涙……。笑って、泣いて、アクションがあって、これだけ盛り込んで96分!という、もう娯楽映画のお手本みたいな映画ですね。
東映京都撮影所出身の則文監督の「泣く」「笑う」「(手に汗)握る」という「娯楽映画三原則」をふまえた演出、「この作品が当たらなかったら役者辞めるよ」とまで言った文太さんの力の入れようが最高のシリーズを生み出したのです!
文太さんの命日(11月28日)が近づいてきました。明日、池袋・新文芸坐では「仁義なき戦い」5部作(1973~1974 深作欣二監督)を一挙上映! 昼の部は9時40分開場・10時00分開映(19時40分終映)、オールナイトは20時20分開場・20時40分開映(翌6時20分終映)です。体力に自信のある方は文太さんの三回忌を是非!
(ジャッピー!編集長)
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東映フライヤーズの生みの親はマキノ光雄だった!?

東映フライヤーズの話題にのっかります。
終戦直後、1946年に誕生した「東京セネタース」がすぐに経営に行き詰まり、東急電鉄へ売却。1947年に「東急フライヤーズ」としてスタートしましたが、翌年、1948年に「急映フライヤーズ」となります。急映の「映」とは大映の「映」であります。1947年に社長に昇格した永田“ラッパ”雅一さんは野球好きであり、映画への宣伝効果もあるとソロバンをはじいて、まずノンプロを作ってプロ野球への進出の機会をうかがっていました。1948年1月に日本野球連盟に参入を申請するも、球団数を奇数になってしまうなどの理由で却下されます。そして発足間もなくて赤字経営に苦しむ東急フライヤーズに資本参加して念願を叶えたのです。
しかし、ラッパさんがそれで満足するはずもなく、あくまで「自分の球団」を持ちたかったのです。おまけに、選手の中にも東急派と大映派が生まれ、内紛が起こる始末。(主力選手は大映派が多かったらしい) 翌年1949年にはラッパさんは、経営難の「金星スターズ」を買収。「大映スターズ」としてついに単独オーナーとなったのです。1950年に2リーグに分裂し、「大映スターズ」はパシフィック・リーグに所属となり、Aクラスを確保し健闘します。映画の方も「羅生門」(1950 黒澤明監督)がヴェネチア映画祭で金獅子賞を獲ったのを皮切りに「雨月物語」(1953)や「山椒太夫」(1954)といった巨匠・溝口健二監督作品でもヴェネチア映画祭で入賞するなどブイブイ言わせて、ラッパさんもドヤ顔だったことでしょう。
一方、たった1年で「東急」に戻ったフライヤーズは1954年から東映フライヤーズとなります。元々、東映は東京横浜電鉄(東急の前身)の傘下である東横映画と製作部門の大泉映画、配給部門の東京映画配給が統合されて生まれたので、東急とは縁があります。東急の五島慶太さんは1953年の「ひめゆりの塔」(1953 今井正監督)のメガ・ヒットを見て、フライヤーズの経営を東映にまかせても大丈夫と決断したそうです。「東映フライヤーズ」の誕生は「ひめゆりの塔」によるということは、レッド・パージされた今井の起用に反対する周囲の声を押し切って「まわりからゴチャゴチャ言うてきても、全部はねたる。オレの目的はいい映画を撮ることなんや。右も左もあるかい、大日本映画党じゃい!」と言ったマキノ光雄が東映フライヤーズの生みの親ということですね。(この項、当ブログの8月12日分を参照) 「ひめゆりの塔」の映画化はその2年前に大映で出ていたが見送られていたというのも因縁です。
東映社長・大川博さんには、大映のラッパさんへの対抗心がかなりあったそうで、1962年の優勝時には背番号100のユニホームではしゃいでいましたね。大川さんは1958年にはパ・リーグ総裁に就任するし。ラッパさんは1988年に野球殿堂入りしている(映画人では唯一)し、おふたりはプロ野球の発展に欠かせない人でした。
(ジャッピー!編集長)
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日本ハムファイターズ優勝・・・東映フライヤーズもお忘れずに

東映フライヤーズ イラスト
  今年は日ハムがプロ野球日本一になりました。
 で、思いだしたのが東映フライヤーズです。日ハムの前身です。昭和47年までありました。
 親会社の東映があたかも任侠ヒロイン藤純子さんの引退に歩調を合わせるかのように
 不動産パチンコ関係の日拓に身売りしました。のち日本ハムへと親会社は変遷しました。
  東映はもともと東急の五島さんが戦後設立(寄せ集めた)した映画会社です。人材的には満州映画協会の残党を引き受けました。ハードは東急、ソフトは満映っていうような感じですか。
  中村(萬屋)錦之助さんの笛吹童子をピーヒャラ第一声に時代劇で大儲けしました。そこで、親会社のプロ野球団東急フライヤーズを引き受けるのです。パリーグ優勝日本シリーズ優勝したのが昭和37年。プロ野球最速の噂が今だに語り継がれる尾崎投手(大谷みたいな)、江戸っ子投手土橋や”喝”張本、三塁打王 毒島とか多士済々のナインが活躍しました。
 個性的かつ奔放な選手が多く、「暴れん坊」と称されました。
 川上さんに巨人軍監督をゆずった後の水原さんを監督にむかえたり、放任主義の西鉄野武士大下弘さんも監督に据えたりしました。
 夕刊新聞広告(TV欄下)に「映画は東映、野球も東映」のキャッチとともに任侠映画の宣伝も平然と載っていたのをたびたび見た記憶があります。
  ところで、中学高校の同級生のN井君が大の東映野球ファンでした。よく後楽園球場(東映の本拠地、巨人と折半)に観に行っていました。
 「西鉄の池永が伸びあがるように跳ねて反って投げている」「昨日のロッテの若手の村田の球はめっぽう速いと思ったが朝刊では球威が無かったと書かれていたが・・・」「張本は守備は悪いが、ミートするのは抜群」とか
”自”他チームの選手パフォーマンスを、身振り手振り、瞼の録画中継をしてくれました。
 TV中継ではパリーグの試合はあまり放送されないので、話がいつも新鮮でした。
 ただ同じ東映でも”映画”の話はけっして聞くことはありませんでした。
 そのN井君と しばらくして高校のおわりの頃、「トラック野郎」を観に行きました。ヒロインはあべ静江だったか。ともあれN井君はその”東映”映画にいたく感動していました。やがてこのシリーズの大ファンになってゆきました。
 授業中でもこそこそと今度は瞼の映画実況をしていました。
 「野球は東映、映画も東映だな」と思いました。
                             (ハピイ氏橋)
 




 
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すっきりお品書き、こんもり盛り

宮古食堂お品書き
  この秋、気温もまだ30度超えする 宮古島(沖縄県八重山諸島)で出会ったメニュウです。
宮古食堂という飯屋さんです。
 これ以上簡潔なお品書きはなかなか都会では見当たりません。
 そばは蕎麦ではありません。沖縄そばです。
 ”そば”以外は品切れでした。然らば”そば大”を頼みました。御覧のとおり400円です。
てんこもりでした。大き目どんぶりにいっぱいいっぱいで肉もごろごろはいっていました。
 他の品の様子も気になりましたので同行のネイテイブさんに聞くところ、かつ丼は以下の
イラストの如くです。
 宮古食堂かつ丼
 ちなみに、ソーキ汁も満々と汁とソーキ(豚肉煮込み)がたたえ らえたもので、それにご飯
をチェイスするのだそうです。
 焼きそばはケッチャップ味付けっぽいのだそうです。勿論、量も右へならえです。
 焼き飯もチャーハンとかピラフとか言わないのが、ちょいと郷愁を誘います。
 つまるところ、メニュウは軽量級、コンテンツは重量級としか言い様がなく南の島(台湾の台北より緯度は
南です)を飛び立ちました。
                 (ハピイ氏橋)
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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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