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昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

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あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2017年02月

女剣劇のエロチシズム

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丹下左膳には何と女性が演じた作品があります。「女左膳 濡れ燕片手斬り」(1969 安田公義監督)です。主演は安田道代さん。安田さんが演じたヒロインの名前は「お錦」ですが、隻眼隻手、左手一本で刀を振るうのでまさに女左膳であります。安田さんは右利きなので、左の殺陣のために撮影前に猛特訓したそうです。
「濡れ燕」という名刀を差し出さなかったため藩主に父親を殺され、自身も右眼と右腕を斬られてしまったお錦を、そんな経緯を知らずただ藩主の命令で「濡れ燕」を奪おうとするのが本郷功次郎さんです。さらにこの藩主(小池朝雄さん)が悪い奴で老中の座を狙うという陰謀も絡んだりします。老中の座を射止めるために、絶大な権限を持つ僧正に献上されかけた娘をお錦が救う場面では、敵の男たちに囲まれても父の形見の剣でバッサバッサと斬り捨てていく姿が決まっています。ただ、本郷さんは凄腕の青年剣士で、お錦危うし!という場面には浪人風の剣客がどこからともなく助っ人として登場します。演じているのが長門勇さんで、この人らしくユーモラスなキャラなので、この辺は「緋牡丹博徒」シリーズ(1968~1972)における熊虎親分(若山富三郎さん)の影響があるかもしれません。この長門さんの意外な正体も明かされ、最後は悪玉は一掃される痛快時代劇ですが、やはり女性が立ち廻りをして、しかも不具者ということで、どうしても観る者には倒錯的なエロスを感じさせてしまう部分があると思います。そもそも、浅草とかでやっていた女剣劇(浅香光代さんが有名)なども、立ち廻りの際に裾がチラッとまくれたりというエロチシズムが人気を集めた一要素だったと言われていますから、おそらく大映上層部にもそういった狙いがあったのではないかと思います。
この作品が封切られた1969年というと大映も経営難で青息吐息です。この年のラインアップを見ると、安田さんの「秘録おんな寺」(1969 田中徳三監督)、渥美マリさんの「いそぎんちゃく」(1969 弓削太郎監督)他にも「ある女子高校医の記録 失神」(1969 弓削太郎監督)「ある見習い看護婦の記録 赤い制服」(1969 臼坂礼次郎監督)なんてタイトルがゴロゴロ並んでいます。ちなみにこの「女左膳 濡れ燕片手斬り」の併映作は、前に当ブログで紹介した雷蔵作品を江波さんでリメイクした「女殺し屋 牝犬」(1969 井上芳夫監督)でした。映画会社が興行不振に陥ると、どうしたってエログロ路線に傾斜するのは、かつての新東宝の例をあげるまでもありません。
シリーズ化されることもなく1本で終わった「女左膳」の次に安田さんが主演したのは、劇画が原作の「笹笛お紋」(1969 田中徳三監督)で、着流しの女左膳に対してこちらは裾をからげて短い股引?を露出したいわゆる股旅スタイルです。ほとんど当時はやったミニ・スカートという感じで明らかに男性観客狙いでしょう。たしか、テレビでも大信田礼子さんがそんな恰好で脚線美を売りにした「旅がらす くれないお仙」という時代劇がありました。
(ジャッピー!編集長)
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文太さん、幻の丹下左膳

丹下左膳といえば、菅原文太さんで映画化しようという話もあったのです。1975年から始まった「トラック野郎」シリーズも、第10作「トラック野郎 故郷特急便」(1979 鈴木則文監督)で終了となったあとのことです。まだまだ勢いのある中での終了ということもあり、「トラック野郎」のチームで文太さんの新しい主演シリーズを作ろう!と機運が盛り上がり、そこで生まれた企画が「丹下左膳」だったのです。
現代劇が主流の東映東京撮影所で新しい時代劇を!と何人かの関係者が極秘に進めていきました。その中のひとりが、宣伝マン・関根忠郎さんです。時代劇黄金時代から、任侠映画、そして実録路線と東映のポスターに踊った名コピーを作り続けた有名な惹句師です。「仁義なき戦い」シリーズ(1973~1974 深作欣二監督)でいえば、「殺れい! 殺ったれい! 拳銃が焼きつくまで撃て!」とか「盃は騙し合いの道具ではなかった筈だ…!」「今夜9時、この街は血と銃弾にまみれる!」など。僕が印象に残っているのは渡哲也さん主演の「仁義の墓場」(1975 深作欣二監督)の「カラスが啄む仁義の死骸!」です。死骸に「むくろ」とルビをふって作品に漂う妖気をうまく醸し出しているなあと思ったものです。
そんな関根さんも加わって、企画が通る前に文太さんの「丹下左膳」ポスターを作ってしまったのです。制作が決まっていない映画のポスターを作るなんてことはありえないことですが、会社の上層部にアピールしようと作ってしまったのです。(だから世間には出回らず、関根忠郎さんの著書「関根忠郎の映画惹句術」徳間書店発行 の中で公開されました)_SX344_BO1,204,203,200_
 ある日の夜中に撮影所が寝静まった頃、文太さんとカメラマンなど少数のスタッフがこっそり集まってゲリラ的に写真を撮ったのだそうです。文太さんも非常にのっていたということで、左膳の衣装をつけ、左手に持った刀の紐を口にくわえた姿がキマっています!
そこに関根さんのコピーが入っています。それは、「隻眼隻手、おぼろ月夜にうつる影 姓は丹下、名は左膳……と 大見得きりてェところだが そこは文太、昔ながらの剣戟ものに おさまりかえる了見は これっぽっちもありゃしねェ!」というもの。今までと違うものを作ろうという気概が見えるじゃないですか!どんな新しい左膳映画が出来るかワクワクさせる惹句です。文太さんが左膳で、鈴木則文監督なら絶対に面白いに決まっています。
結果的には岡田茂さんの「今どき、こんなもん」の一言で企画はボツになってしまいます。ああ、これが実現していたら、ヒットして文太=左膳がシリーズ化、「柳生一族の陰謀」(1978 深作欣二監督)に始まる京都撮影所の時代劇復興と連動して大きな流れを作ったのでは……と見果てぬ夢に酔うのでした。
(ジャッピー!編集長)


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右腕・左膳から、左膳エピソード・ゼロまで

一昨日、2月19日の当ブログで、元々は左利きだったのを活かして松方さんには丹下左膳を演じてもらいたかった……と書きました。隻眼隻手の異形の剣士はいろいろな役者が演じていますが、やはり左手一本の立ち廻りというのは、時代劇に慣れた俳優でもどうしたって難しいと思います。片手で体のバランスをとるのも難しい上、利き腕(右腕)じゃない方で刀を振る、しかも強く見えなければならないというのは大変なことです。戦後、左膳といったら大友柳太朗さんですが、走るシーンで思わず無いはずの右手を出してしまったなんて愛すべきエピソードもありますし、「丹下左膳」(1963 内川清一郎監督)での丹波哲郎さんに至っては、「左腕では迫力ある立ち廻りが出来ない」と言って、何と左腕がない丹下左膳に変えて、右腕で刀を振ったのでした。
しかし、右腕左膳は邪道だと言うよりは、このように自在にヴァリエーションができるというのが、時代劇の面白さではないかと思います。だいたい、「新版大岡政談」(1928 伊藤大輔監督)に登場し、大河内傅次郎の当たり役となった丹下左膳は虚無的でニヒルな剣士で、伊藤監督のトーキー第1作「丹下左膳」(1933)で爆発的人気を博したのですが、伊藤監督のピンチヒッターで撮った「丹下左膳餘話 百萬両の壺」(1935 山中貞雄監督)ダウンロード50
は同じ大河内さんが左膳を演じながら、矢場の女将の尻に敷かれ、いつもゴロゴロしているゆるーいキャラクターで、百萬両の壺も血で血を洗う激闘による争奪戦でもなんでもなく、古道具屋に売ってしまったり、ちょび安が中に金魚を入れて飼ったりと、矢場の近所だけで展開するのです。この小市民ホームコメディ調丹下左膳に、原作者の林不忘さんは激怒し、タイトルに「餘話」とつけて納得してもらったほどですが、これは山中監督の才気が迸る名作として今も光彩を放ち続けているのです。
逆に戦後の大友さんは明朗豪放な柄を活かした左膳像でしたが、5本あるシリーズの最終作「丹下左膳 乾雲坤竜の巻」(1962 加藤泰監督)では、命をかけて尽くした主君に裏切られ、復讐の鬼になる悲愴な剣士となり、それまでの4作とは全く違う雰囲気です。面白いのは、この作品では左膳は両眼・両腕ある姿で登場、斬り合いで右眼・右腕を失うのです。それまでの作品では最初から隻眼隻手の左膳ですから、この加藤泰作品はいわば「丹下左膳・エピソード・ゼロ」なのです。確か、その後、中村錦之助さんが左膳に扮した「丹下左膳 飛燕居合斬り」(1966 五社英雄監督)も隻眼隻手になる経緯が描かれていたと思います。
このように時代劇こそ自由に想像力を投入でき、幅広く物語を紡ぐことが出来ると思うのです。時代劇という鉱脈を廃れさせておいては勿体無いでしょう!      (ジャッピー!編集長)
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松方さん、伝説の剣豪スター・近衛さんを語る

松方弘樹さんの時代劇に対する思いと拘りは、昨年暮れ公開されたドキュメンタリー「時代劇は死なず ちゃんばら美学考」(2016 中島貞夫監督)の中でもうかがえます。
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この作品は、中島監督自身が案内人となって、日本映画誕生の地・京都から、映画の歴史、とりわけ時代劇の発展と魅力を中心に振り返るというものです。日本映画の父・マキノ省三さん(中島監督の師匠筋にあたるマキノ雅弘監督の御父上)が、自分の撮影所を作り、単に「舞台劇」を映したものでなく映画的演出、映画のリアルな演技を必要とする時代劇を量産していきます。そうして生まれたスターが目玉の松ちゃんこと尾上松之助さんです。さらに阪東妻三郎さん、片岡千恵蔵さん、市川右太衛門さん、嵐寛寿郎さんなどのスターが登場、また、関東大震災で東京から撮影所が移ってきたこともあり、京都は日本のハリウッドと呼ばれたのです。敗戦でGHQから封建的時代劇、チャンバラが禁止された時期を経て、東映を中心に時代劇が隆盛をほこり、絢爛豪華な衣装、刀、小道具など、そしてもちろん殺陣師、斬られ役といった芸が受け継がれて数々の名作が生まれたのです。
中島さんが鈴木一誌さん、山根貞男さん、筒井清忠さんにインタビューするのですが、「最高のチャンバラ・スターは?」という質問に3人全員が名前をあげたのが、近衛十四郎さんです。山根さんは「近衛さんは構えるだけで全身が刀になってしまう」とその迫力を語っています。
続いて松方さんが証言者として登場、「立ち廻りにかける親父の気迫はもの凄かった。共演作では、本番になると親父は本当に柳生十兵衛になっていて、追いこまれてしまって自分がテストで覚えた段取りがすべて頭から飛んでしまった」と語ります。「座頭市血煙り街道」(1967 三隅研次監督)20151204135205
は、ラストで対決する近衛さんと勝新太郎さんがリハーサルなし、お互いの「手」を知らぬままの本気勝負で撮影したので有名ですが、松方さんは「さすがの勝さんも親父に押されていた」と語ります。「鳴門秘帖」(1961 内出好吉監督)での鶴田浩二さんも逃げまくっていたとのことです。
そんな近衛さんの血をひいている松方さんですから、時代劇、殺陣に対する思い入れは深いのです。立ち廻りは「からみ」の人との呼吸が大事なので、京都剣会の人とやると、間合いがわかっているから良い立ち廻りができるのだと語っています。リメイク版「十三人の刺客」(2010 三池崇史監督)では、13人対200人の死闘というクライマックスで立ち廻りが出来るのが5人ぐらいだから苦労したということです。「静」がないと「動」が活きないのに、殺陣が動きすぎるんだということも熱く語る松方さん。映像に登場する最後の姿になってしまいました。近衛さんのことを話す松方さん、実にいい顔していたなあ。    (ジャッピー!編集長)

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時代劇を愛した松方さん

先日発売されたばかりの「無冠の男 松方弘樹伝」(松方弘樹 伊藤彰彦・著 講談社)ダウンロード (37)
は、父・近衛十四郎さんと母・水川八重子さんの長男として生まれた松方さんの幼少期から、東映京都に入社、時代劇、現代劇、実録路線、ご自身でプロデューサーや監督をつとめたり……と映画へのこだわりを持ち続けた役者人生を忌憚なく述べていて、とても興味深い一冊です。
松方さんは「東映城の暴れん坊」として、「東映城のプリンス」北大路欣也さんと次世代時代劇スター・コンビで売り出されましたが、実は松方さんは時代劇をやるには大きなハンディキャップがありました。それは松方さんが元々、左利きだったということです。昔の武士には左利きはいなかったそうで、みんな右利きに矯正されていたそうです。「赤穂浪士」(1961 松田定次監督)で大石主税を演じたときに松田監督から「右でやらないと、オーソドックスな時代劇はできないよ」と言われて、松方さんは猛特訓を始めます。これは大変だったと思います。野球でもスイッチヒッターになるなんていうと猛練習をしていますね。
東映京都の「剣会」のメンバーの人たちに声をかけて、毎日昼休みと夕方休みに殺陣の稽古に付き合ってもらったといいます。必死に血のにじむような努力をして何とか右で振れるようになって、今度は東千代之介さんなど先輩俳優と立ち廻りの稽古をすると、その速さに追い付かず、さらに稽古を重ねたということです。松方さんといえば、若い頃からやんちゃで、豪快な遊びっぷり(この本にもいくつかのエピソードが紹介されています)で語られることも多いですが、自分の芸のためにものすごい努力を重ねておられたのです。
また、時代劇をやるには、立ち廻りだけでなく、馬に乗れなければならないので撮影所裏の馬場でお尻の皮が擦り切れるほど乗馬の練習をしたそうです。そういえば、クリント・イーストウッドさんが「許されざる者」(1992)を撮った時に、「これが最後の西部劇になる。馬に乗れる者がいないから、もう西部劇は作らない」と言ったことがありました。
これは日本映画界も同様で、松方さんは、時代劇の所作や技術など伝統が継承されていないことに危惧を感じていらっしゃいます。松方さんは、衣装ひとつにしても、片岡千恵蔵さん、中村錦之助さん、大川橋蔵さんなどと共演したときのものが記憶の引き出しに入っていて衣装合わせで註文をするそうで、「俳優にとって大事なのは勉強と記憶だ」とおっしゃっています。リメイク版「十三人の刺客」(2010 三池崇史監督)では松方さんの殺陣シーンとなると、他の俳優たちがぞろぞろ見に来たという逸話がありますが、「現在は立ち廻りも乗馬も訓練していない人がやっているから、僕が目立つだけで、昔の俳優なら当たり前のことです」と言っておられます。
時代劇をこよなく愛した松方さん、元来の左利きということを活かして「丹下左膳」なんか演じてほしかったなあ……と思います。      (ジャッピー!編集長)
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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
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映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
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