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昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2017年05月

浦山桐郎監督と吉永小百合さん

昨日の当ブログに書いたように「キューポラのある街」(1962 浦山桐郎監督)は、浦山さんが監督昇進して第1作ということで相当な思い入れで撮影に入りました。浦山さんの故郷は兵庫県相生市ですが、かつては鋳物工場があり、キューポラの煙突が4本そびえていたそうです。子供時代を過ごした町への思いもあって、早船ちよさんの「キューポラのある街」を原作に選んだのかもしれません。c100_33urayama
また、相生は戦争中は海軍の掃海艇などを造って隆盛を誇っていたそうで、朝鮮人労働者が多く、彼らの子供たちと仲良くしていた浦山さんにとって、「キューポラのある街」に描かれた朝鮮人の友だちとの交流も映画にしたいと思った理由です。「この原作をやりたい」と言ったとき、プロデューサーは「会社は朝鮮人の部分を切れというかもしれないよ。五社ではタブーだからね」と忠告しましたが、浦山さんは強く主張して企画が通ったということです。
そんな思いの監督デビュー作ですから、演出にも全力投球です。浦山監督の演出は厳しく、吉永さんが荒川土手を全速力で走るシーンも何回もテストを繰り返し、病み上がりの吉永さんは貧血で倒れるほどだったといいます。翌年、浦山監督の第2作「非行少女」(1963 浦山桐郎監督)で主演の和泉雅子さんも、浦山監督にしごかれ、撮影中毎日、日記に「ウラヤマ、殺す」と綴っていたといいます。b76c7e1b0499d1d2afd6d096285877a7

そんな浦山演出に食らいつき、吉永さんは見事な演技を見せ、ブルーリボン賞の主演女優賞を獲得するなど脚光を浴びました。浦山作品には、その後も「青春の門」(1975 浦山桐郎監督)やアニメ「竜の子太郎」(1979 浦山桐郎監督)の声などに起用されます。そして、吉永さん主演のNHKのドラマが好評で映画化された「夢千代日記」(1985 浦山桐郎監督)9d0d83e918782ae5ac1748a6d82beac2
で久しぶりの吉永さんを演出することになります。ところが、撮影現場では衝突します。被爆者の夢千代が亡くなるシーンで「原爆を呪って大声で泣きながら死んでほしい」と要求する浦山さんに対し、吉永さんは「夢千代はそんな女じゃありません。私は泣きません」と言って拒否します。他にも「ピカが怖い」という台詞も浦山監督は「ピカが憎い」と言ってくれと要求しますが、吉永さんは「言えません」と譲りません。吉永さんはNHKでずっと演じてきたので「夢千代」は自分の役という自負があったでしょう。
一方、浦山監督にしたら、吉永さんの女優の基礎を作ったのは自分だという思いがあったでしょう。何だか自分が裏切られたような気持ちになったかもしれません。結局は吉永さんや製作サイドに押し切られ、彼にとっては満足のいく作品にはなりませんでした。そして、これが浦山監督の最後の作品となってしまいます。吉永さんに「まず、貧乏とはどういうことか考えてごらん」と問いかけて始まった監督人生は、吉永さんとの衝突で幕を閉じたわけですが、それは自分の意見をしっかり通す女優に成長したのだと考えれば感慨深いものがあるでしょう。101117yume04

(ジャッピー!編集長)
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「キューポラのある街」のジュン

今日の朝ドラ「ひよっこ」で、みね子(有村架純さん)たちが勤める「向島電機」の倒産が発表されました。ドラマは現在、昭和40年11月という時期になっており、前年1964年(昭和39年)の東京オリンピックの好景気の反動で、ガクッと不況になったのが背景としてあります。今、2020年の東京オリンピックを見越して、ホテルをガンガン建てたり、いろいろ盛り上がっている(?)企業もあるようですが、オリンピックが終わったあとの反動がコワいですね。ちゃんと、その辺を考えているのでしょうか。
「ひよっこ」でみね子たちの仕事は、トランジスタ・ラジオの製造ですが、「キューポラのある街で」(1962 浦山桐郎監督)で、吉永小百合さん演じるジュンが中学を出て、夜間高校に行きながら勤めることになるのも、たしかラジオの工場だったような記憶があります。_SX940_
ジュンが就職前に工場見学して、当時では近代的に見える工場に驚くシーンがあったかと思います。この映画は、まさに東京オリンピックの前ですから、工場生産も右肩上がりでガンガン伸びていた頃ですね。そんな風にオリンピックを契機に高度経済成長の波にのった日本ですが、急激な変化は当然歪みを生み出します。この「キューポラのある街」でいえば、小さな鋳物工場(「キューポラ」というのは銑鉄炉のことです)の集まった街に大企業が進出してきて統合しようとします。おかげで、ジュンのお父さん(東野英次郎さん)のような、ベテランの職人はクビになって仕事を失います。東野さんは荒れてすっかり飲んだくれてしまいます。コンビニやチェーン店が増殖して昔からの個人商店が姿を消していく現在によく似た構図です。
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働き手を失い、ジュンは修学旅行も行けないし、高校進学も難しくなってしまいます。(それで、前述したように定時制に通いながら工場で働くことになるのです) ジュンの役は会社の意向で吉永さんに決まったのですが、この作品が監督デビュー作となる浦山監督は、それまで今村昌平作品の助監督で忙しかったので吉永さん(すでに20本以上の映画に出ていた)のことを知らなかったそうです。それで、ともかく吉永さんと会ってみると、お嬢さんぽいので、まず「貧乏というのはどういうことか考えてごらん」と言ったそうです。
浦山さんの危惧に反して、吉永さんは熱演。クランクイン直前に盲腸炎で入院、病み上がりだったのですが根性を見せ、粘ることで有名な浦山監督の演出に見事に応えたのです。僕は特に「サユリスト」というわけではないですが、たしかにこの映画の吉永さんは、ジュンという役を生きているというか、キューポラのある街に生きるジュンの息遣いまで聞こえてくるように感じられました。
あと、ジュンの弟(市川好朗さん)image003 (1)
の朝鮮人の友だち・三吉が帰国運動で北朝鮮に帰るシーンがあります。あれから55年、三吉ももう70歳近いですが、今も彼の地で暮らしているのでしょうか。あの時、祖国の生活を夢見て北へ帰った人々は元気で暮らしているのでしょうか。今日もミサイルが発射されましたが、そんなことも考えてしまいました。     (ジャッピー!編集長)
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ロボット審判の日も近い?

当ブログ5月24日の続きです。今朝、「サンデー・モーニング」を観ていたら、スポーツ・コーナーでご意見番の張本勲さんが、申告制の敬遠(1球も投げなくていい)に対して批判していました。ハリさんも「新庄選手が敬遠球を打った」例をあげ、そういう面白みがなくなるとおっしゃっていました。
アメリカで実施されている「申告制敬遠」は、試合時間の短縮が目的とのことですが、たった4球投げるのに時間なんて大してかからないと思います。そんなに時間短縮をしたければ、「リプレイ検証」なんてやめるべきだと思いますね。アピールを受けて、いちいちビデオでプレーを見直してなんて試合の流れを止めることの方がよっぽど時間のムダだと思います。だいたい、アンパイアがいるのに機械で検証するなんて、アンパイアの権威はどうなるんでしょう。機械が上位で、アンパイアはその下僕ということになってしまいます。昔、二出川延明さんが「俺がルールブックだ!」と名言を発しましたが、これじゃあ、「ビデオ映像がルールブックだ」となってしまいます。show_img
(二出川さんの娘が高千穂ひづるさん。当ブログ昨年10月28日「俺がルールブックだ!の娘」を参照)
機械が最終決定するんだから……と、審判のモチベーションが下がり、技量が落ちてしまうのではないかと心配です。それに、人間がプレイし、人間が裁くところに味があると思うのです。人間だから、ファジーな所は当然あるでしょう。ストライク、ボールの判定だって、アンパイアによって癖があり、「あの審判は高めに厳しいぞ」とか「今日はボール半分広くとってくれる」という特徴を捕手が察知して配球を工夫し、ピッチャーもそれに応じて投球術を磨く……そうして高度なレベルにあがっていくのだと思います。言葉は悪いですが、審判を騙せるような技術を習得することもプロフェッショナルなのではないかなあ。
子どもの頃に見たシーンなのでよく覚えていますが、1969年の日本シリーズ、巨人VS阪急の第4戦、4回裏の巨人の攻撃、無死一、三塁のチャンスで、4番長嶋選手が三振した瞬間、3塁ランナー・土井選手と1塁ランナー・王選手がダブル・スチールを敢行。岡村捕手がガッチリとブロックして、セカンドの山口選手の送球を受け土井選手にタッチ、アウトと思われましたが、審判の判定はセーフ。怒った岡村捕手は審判に手を出し、退場となってしまいました。「危険球退場」を除けば、長い日本シリーズの歴史上、唯一の退場劇です。それだけ、岡村捕手はアウトという確信があったのでしょう。しかし、翌朝の新聞に載った写真は土井選手の足がブロックのわずかなスキをついてホームベースを踏んでいたことを見事にとらえていました。多くの人にセーフと見えていた瞬間でしたが、審判の方はしっかりと見ていたのです! こんな高度な「人間」の技術を持った審判をしっかり育てて権威を持ってもらうことが大事です。
このままいくと、審判は全てロボットが行うようになり、野球は「機械文明のドレイとなった人間」の象徴となってしまうのではないかと懸念されます。会社でロボットにこき使われ、日々の憂さを晴らしに野球観戦に来れば、ロボットに支配された試合を観る……そんなブラックなSFのような事態が現実になるのではと危惧しています。
(ジャッピー!編集長)
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ストーンズ、そしてタイガースが

コンサート活動をやめたビートルズがスタジオにこもり、架空のバンドのショーを模したレコードを作る。この発想がすごい「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」ですが、ジャケットも有名ですね。Bindex
時代もジャンルも超えた各界の有名人が散りばめられ(それぞれの人の関係者に許可をとるのが大変だったとか)、中央にカラフルなミリタリー・ルックを身につけたビートルズ=サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド、そしてその横には、「かつての」ビートルズ自身もいるという凝りよう。まるで、過去の自分たちを葬り全く新しいスタートなんだといわんばかりで、本当に意欲作なんだなあと思わせるものです。(ちなみにこのミリタリー・ルックがGSの衣装に影響を与えました)
このジャケットの右端に置かれているテンプルちゃん(シャーリー・テンプル)の人形にかけられたジャンパーには「WELCOME THE ROLLING STONES」と書かれていますが、このビートルズのコンセプト・アルバムにいち早く反応したのが、まさにローリング・ストーンズでした。1967年末にリリースされた「ゼア・サタニック・マジェスティーズ・リクエスト」のジャケットも、indexR
「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」と同じくマイケル・クーパーさんが手がけ、さらにサイケ感が増量しています。内容もそれまでのストーンズとはガラッと変わり、サウンド・エフェクトを駆使したもので、魔王の宮殿を訪れる「魔王讃歌」を1曲目に置き、地獄めぐりのように別世界に連れていかれるような展開、、B面最後は「オン・ウィズ・ザ・ショウ」というクロージングぽい曲で締めるというところも完全に「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の影響を感じさせます。
他のアーティストにも「コンセプト・アルバム」の影響は広がりました。中には、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を聴いて衝撃を受け、製作中だった「スマイル」の完成を断念したビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンさんみたいな例もありました。ブライアンさんは「ラバー・ソウル」に触発されて名アルバム「ペット・サウンズ」
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を作り、それが「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」に影響を与えるなど、ビートルズと刺激しあっていました。
さて、日本では何といってもタイガースの「ヒューマン・ルネッサンス」(1968年12月リリース)
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がGSのコンセプト・アルバムの最高峰でしょう。当ブログの2月7日「GSエキサイティング⑥」にきたかたさんも書いておられますが、アルバム・タイトル通り、平和の希求、人間性回帰といったテーマが貫かれています。「光ある世界」の軽やかながら格調ある曲が1曲目にふさわしく、「生命のカンタータ」、トッポ(加橋かつみさん)作の「730日の朝」、タロー(森本太郎さん)作の「青い鳥」と続く曲順が絶品であります!B面の「朝に別れのほほえみを」から始まり、戦場に息子を送り出した母を描いた「忘れかけた子守唄」(名曲です!)、ファズ全開の「割れた地球」、そして最後の曲「廃墟の鳩」で ♪生きることの喜びを~今こそ知る~人はみな~と、メッセージを届ける作り、何と意欲的なアルバムなんでしょうか。加橋さんがタイガースを脱退するときに「ヒューマン・ルネッサンス」だけが満足いく仕事だったと語っているほどです。「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が日本の音楽界にもたらした最高の名盤といっていいでしょう。    (ジャッピー!編集長)
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シングル・ヒットとは別物、コンセプト・アルバム

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ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の登場というのは、本当に画期的なものだったと思います。かつて、アルバムといえば、ヒットしたシングル曲を寄せ集めたものか、ヒット曲にとりあえずカヴァー曲などをつけて曲数を埋めたようなものでした。それが、シングル曲(この当時で言えば、「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」+「ペニー・レイン」)を入れず、1枚のアルバムをトータルに聴けるものとして製作したのですから、当時のレコード業界の常識を覆したものだと思います。
ビートルズは、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」以前にも「ラバー・ソウル」「リボルバー」といったアルバムに「恋を抱きしめよう」+「デイ・トリッパ―」とか「ペイパーバック・ライター」+「レイン」といったヒット・シングル曲を入れずにアルバムのカラーを重視したものを作っていました。「ラバー・ソウル」はソウルフルなサウンドが特徴的だったし、ダウンロード (80)
さらに「リボルバー」は社会的背景が見える歌詞、そして何よりも、サウンド・エフェクトを用いたり実験的な要素が増え、それらはステージでの演奏を前提にしないものだったのです。ダウンロード (81)
実際、1966年8月のサンフランシスコ公演を最後にビートルズはいっさいのライヴをやめてしまうのです。(武道館における日本公演はちょうどその2か月前)
そんな風に「ラバー・ソウル」「リボルバー」で、トータルなアルバムとしての独自性を打ち出したビートルズでしたが、それまでアメリカで販売権を持っていたキャピトル・レコードは、「リリースする枚数を増やそう」と考え、彼らのオリジナル・アルバムを再編集して発売していました。ビートルズのオリジナル・アルバムはだいたい14曲入っていたのですが、キャピタル盤はだいたい11曲。浮いた曲で別のアルバムを作ったりのいわば「薄ーいウイスキーを何杯も売る」ような作戦だったのです。この「ラバー・ソウル」「リボルバー」の2枚もバラバラに解体してシングル曲や「ヘルプ!」のB面に収められていた曲も動員して「ラバー・ソウル」「イエスタデイ・アンド・トゥデイ」「リボルバー」の3枚に仕立て上げます。「ラバー・ソウル」「リボルバー」もタイトルはそのままですが、オリジナル盤とは全く異なるものとなってアメリカでリリースされます。「イエスタデイ・アンド・トゥデイ」の有名な「ブッチャー・カヴァー」は、自分たちのアルバムを‟切り刻んだ”キャピトル・レコードへの痛烈な皮肉だったという見方もあります。
そこで、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」は、架空のバンドのショーという設定を作り、オープニング、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」から、エンディング「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(リプライズ)」、そしてアンコールという設定の「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」という曲順で、‟切り刻まれる”ことが出来ない「コンセプト・アルバム」を完成させたのです。「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」から「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」へのつなぎ、つづく「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」へと、流れるような展開、本当に1枚通して聴いて1つの作品
という印象があります。ロック・ミュージックが、アートとして認知される嚆矢となったし、「コンセプト・アルバム」という点で、他のアーティストにも影響を与えました。
その「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のリリースから50年。じっくり聴き直してみたいですね。    (ジャッピー!編集長)
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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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