ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2017年08月

日本縦断・競輪場の旅

「競輪上人行状記」(1963 西村昭五郎監督)、「人間に賭けるな」(1964 前田満州夫監督)と、競輪をモチーフにした傑作を2本紹介しましたので、引き続き「競輪」ネタの映画を。
今年没後20年を迎える藤田敏八監督の最後の作品になってしまった「リボルバー」(1988 藤田敏八監督)です。
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先頃、直木賞を受賞した佐藤正午さんの同名小説が原作の群像劇です。鹿児島県の巡査が拳銃を奪われてしまい、それが何人かの手に渡っていくのを巡査(クビになるので元・巡査だが)が追うというサスペンスであり、ロードムービーの側面もある作品です。
公園でボンヤリしていて頭を殴られ拳銃を奪われるというドジな巡査を演じるのが沢田研二さんです。8
ジュリーが冴えない男に扮するというのが面白いところで、それまでジュリーが多く演じてきたスターならではの役柄、特に「太陽を盗んだ男」(1979 長谷川和彦監督)や、テレビの「悪魔のようなあいつ」などでアウトロー側だったのが、この映画ではしがない警察官で、退職したあとはホステスのヒモみたいになっていてダラッとした感じです。冒頭の海水浴場のシーンでは、中年太りした体をさらけ出しています。このあたりからジュリーは、自然体な「沢田研二」として味が出てきたように思います。
映画は、拳銃を奪ったサラリーマン(小林克也さん)がゴミ箱に捨て、それを拾った高校生が自分をボコボコにしたヤクザ(山田辰夫さん)に復讐するため、札幌まで追っていきます。それを知ったジュリーがさらに追っていくという展開です。(この後にさらに意外な人物に拳銃が渡ります) この追跡劇の本筋とは別に、二人の男が全国の競輪場のある所を辿るのですが、柄本明さんと尾美としのりさんが演じるこの二人のギャンブル旅行、車券が当たれば豪勢に、はずしたらボロい簡易旅館に泊まったりして何とも気ままで羨ましくなります。僕は競輪はやらないけど、野球が好きなので札幌ドームから福岡ヤフオクドームまで全国の野球場観戦の旅とかしてみたいと思ったりしたものですが、人生の迷子になってしまった今、叶わぬ夢となってます。
さて、バラバラに散らばったような人物たちが札幌に集まり収束する(ここで柄本さん&尾美さんコンビが関わります)ストーリーをさばいた藤田敏八監督の演出手腕が見事です。「八月の濡れた砂」(1971 藤田敏八監督)binhati_convert_20100829095921
、「八月はエロスの匂い」(1972 藤田敏八監督)を代表作とする藤田監督のご命日は8月29日です。それに合わせて本日から、池袋・新文芸坐で「没後20年・藤田敏八/あの夏の光と影は~20年目の八月」(←タイトルは僕がつけました!)という特集が始まりました。「リボルバー」は明日、上映です。 toshiya-fujita_main
 (ジャッピー!編集長)
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渡辺美佐子さん、もう1本の賭ける女

西村昭五郎監督デビュー作にして傑作、「競輪上人行状記」(1963 西村昭五郎監督)のラスト近く、お寺の権利書を取り戻そうと、小沢昭一さんが最後の大勝負に挑みます。そのとき、競輪場の観客席の隣りの席に座っている女が異様な恰好をしているのです。渡辺美佐子さんが演じるその女は、椅子にロープで自分を縛り付けているのです。小沢さんが恐る恐る尋ねると、「こうしていないと他のレースをやりたくなっちゃうのよ……」と答えるとんでもない女で、小沢さんが「2-4」に賭け、渡辺さんは「4-2」(42=死に番です!)にすべてを突っ込みます。出番は少ないですが、妖気が漂うような渡辺さんの存在感が強い印象を残します。
渡辺美佐子さんが同様の役で主演した隠れた傑作が「人間に賭けるな」(1964年 前田満州夫監督)です。
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原作は「競輪上人行状記」と同じ寺内大吉さん。この方は実際にギャンブル依存症になった経験があるので、その「賭け」にハマる人間の描き方が凄まじいです。サラリーマンの藤村有弘さんが外回りの途中、競輪場で偶然出会うのが渡辺美佐子さんです。会社の金まで使いこんでしまった藤村さんは、渡辺さんが賭け続ける選手(川地民夫さん)に賭け、大当たり、何とか会社の金に穴をあけないで済みます。凝りて競輪はやめようと誓った藤村さんですが、渡辺さんにもう一度会いたくなり競輪場に足を運びます。インチキ外国語でアクション映画のコメディ・リリーフみたいな役が多かった藤村さんが気の弱い普通の男をシリアスに演じていていい味を出しています。
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渡辺さんは、実は服役中のヤクザの親分の女房なんですが、川地選手に入れ込み、競輪開催地を追っかけては賭け続けます。引きずられていく藤村さんに「あたしが怖くないのかい。いい度胸してるよ」と言う渡辺さんの凄艶なオーラはただごとじゃないですよ! 地方競輪場に行き、二人で泊まる安宿でシュミーズ姿で狂ったように踊るシーンなど、渡辺美佐子さん34歳の大熱演! 
映画の冒頭、藤村さんが住む団地の描写があります。横移動で映し出されると、どの部屋も同じような食事をし同じようなテレビを見ています。藤村さんの「この公団アパートってやつは画一的で好きになれない……」というナレーションが入ります。高度経済成長の中で、安定はしているけれど「生きる実感」を失ってしまった日常へのアンチを表現しているようです。(藤村さんが勤めているのがアメリカ資本のシェーバーの会社というのも暗喩的) 
渡辺さんの台詞には「いいかい、人に賭けるってことは命がけってことよ」というのもありました。ヒリヒリするような生の瞬間を「とことん賭ける」という行為の中に見いだしているかのようです。最後、藤村さんは破滅の手前で踏みとどまりますが、渡辺さんの「賭ける」執念はとどまりません。日活映画ですが、脚本は田村孟さんと森川英太郎さんという「創造社」チームですから異色です。そういえば、「悦楽」(1965 大島渚監督)も「金でしか快楽を得られない現代は“棺の中の悦楽”にすぎない」というテーマが通底しているように思います。   (ジャッピー!編集長)

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西村昭五郎監督のデビュー作は大傑作

日活ロマン・ポルノ最多登板を誇る西村昭五郎監督ですから、様々なジャンルの作品を撮っています「ポルノは週刊誌みたいなもので、そのときそのときに客が何に興味を持っているのかでやっていくんですよ。自分のカラーを出しちゃうと時代の変化が早いからダメになっちゃいますね」と持論を語っていて、独自の作家性を押し出さず何でもこなす職人監督の姿勢がうかがえます。
そんな西村監督が「唯一、自分のカラーが出た」というのがデビュー作の「競輪上人行状記」(1963 西村昭五郎監督)であります。
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脚本は今村昌平さん。この年は「にっぽん昆虫記」(1963 今村昌平監督)が初のキネ旬ベスト1に輝き、翌年には傑作「赤い殺意」(1964 今村昌平監督)を撮るなど、もう脂ののりきった時期の今村さんの脚本ですから、人間臭さが満載のエネルギッシュな重喜劇です。
実家のお寺を継ぐのを嫌って教師になった春道(小沢昭一さん)が主人公。春道は、家出した教え子の女の子を連れ戻し仕事を世話しますが、その子が金を盗んでしまい、その弁償もあり、ふと競輪に行き車券を買います。すると何と万車券! このビギナーズ・ラックが運命を狂わせていきます。住職の父(加藤嘉さん)が勝手に学校に退職届を出してしまい、キレた春道は競輪にのめり込み貯金も使い果たしてしまいます。しかし、父の遺言で、亡くなった兄の奥さん(南田洋子さん)と結婚できるとなった春道は心を入れ替え、お坊さんの資格試験(?)にも熱心に取り組みます。
ところが、南田さんの息子(春道の甥ッ子)が実は兄の子ではなく、何と加藤嘉さんの子と分かります。春道は憧れの兄嫁が自分の父とデキていたと知って荒れ狂い、南田さんを追い出し、またも競輪に狂い出します。(このあたりの小沢さんの演技は特筆ものです!) 借金が膨れ上がり、ついには寺の権利書も奪われ、最後は予想屋になってしまいます。
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必死にもがきながら深みにはまっていく人間の業というか、愚かさや弱さを描くという点でまさに今村印の物語です(キャストも今村色が濃厚ですね)が、西村さんの演出は、今村映画ほど粘っこくはなく、スローモーション(レースのシーン!)や、望遠カメラで捉えたラストなど技巧を凝らしています。この辺は、西村さんが助監督についていた中平康さんの影響かもしれません。今村ワールドを軽妙な味で描いたまぎれもない傑作ですが、公開当時は観客不入りで以後2年あまり干されてしまいます。監督復帰後は、歌謡映画、アクション、青春映画など雑多なジャンルのプログラム・ピクチャーを撮るようになります。結果的には、この経験がのちのロマン・ポルノ路線で活きるわけです。    (ジャッピー!編集長)
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ロマン・ポルノのアルチザン、西村昭五郎監督

僕もかつて「神代監督の新作だ」とか「名画座で田中登の特集をやっている」なんて感じで「映画作家」の名前で観たりしていました。日活ロマン・ポルノのベスト10とかを選べば、どうしたってその上位を神代辰巳監督や田中登監督、あるいは曽根中生監督、小沼勝監督などの作品が占めると思います。しかし、そういった映画史に残るような傑作、秀作が生まれたのは、昨日の当ブログで書いたように、ロマン・ポルノという路線の基本線を支えた西村昭五郎監督などの作品があったからこそです。定食メニューがあるからこそ、ちょっと違った味の料理が出せるわけなんです。そんな定食メニューを一定の水準を保ちながら作り続けるというのは大変な職人芸だと思うのです。実際、監督の名前を意識せず、何気なく入った映画館で観たあと、なかなか面白かったなあと思ったものが西村監督の作品だったということはけっこうあったように思います。
それまで干されている時期もあったりした西村さんはロマン・ポルノのトップバッターに指名され、とにかく仕事ができることが嬉しかったと言います。で、何をやろうか考えて、その頃テレビのワイドショーで擦りガラスの衝立の向こう(←ありましたねえ。音声も変えたりして)で、主婦が不倫を告白するのを見て、「これだ」と思ったそうです。そうして「団地妻 昼下がりの情事」(1971 西村昭五郎監督)が新体制の幕を開けたのです。
ロマン・ポルノの創成期、低予算と、10分に1度のセックス・シーンを入れるという以外、制約がなく題材、内容も自由だったといいます。西村さんは子供の頃、病弱で療養のため学校も2年遅れたそうです。医者からも「15歳まで生きたら儲けもの」と言われた西村さんは生きていることがおまけみたいに感じていたのかもしれません。「何の定見もなく、元来こうしなければならないというのがない」という「作家性のない」資質がプログラム・ピクチャーに合っていたのでしょう。プロデューサーが次々に持ってくる企画を「何でもやります」と引き受け、「団地妻」からコメディ・タッチのもの、ホラー風味、SMもの……とロマン・ポルノ体制のペースメーカーとして84本ものロマン・ポルノ作品(歴代最多)を監督したのです。
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オールラウンドに安定した成果を残した西村監督、まさに「職人」ですね。   (ジャッピー!編集長)
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追悼・西村昭五郎監督

日活の監督として活躍された西村昭五郎さんが8月1日に亡くなりました。87歳(昭和5年生まれなので昭五郎です)でした。
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西村監督といえば、1971年11月、日活ロマン・ポルノ路線の第1作「団地妻 昼下がりの情事」(1971 西村昭五郎監督)で知られています。
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新聞の訃報記事の見出しも多くが「ロマン・ポルノ第1号監督」と書かれていますね。映画が斜陽になり、1970年には同じく経営難に苦しむ大映と配給系統を合併して「ダイニチ映配」としたものの好転せず、翌1971年、大映は倒産、瀕死状態の日活は「ロマン・ポルノ」に路線変更します。映画黄金時代から長らく続いた5社体制が崩壊した激動の年だったのです。
アクションや青春ものを主としていた日活の大転換ですから、作る側も戸惑います。多くのベテラン監督が去ったあと、西村さんがトップバッターとなったのは、旧・日活で既に14本もの監督作を撮っていたからです。「団地妻 昼下がりの情事」の併映作「色暦大奥秘話」(1971 林功監督)を撮った林監督は前年「ハレンチ学園 タックル・キッスの巻」(1970 林功監督)でデビューしたばかりですし、_RI_SX200_
会社も手探りの中、低予算のロマン・ポルノですから、それまでプログラム・ピクチャーを多く撮っていた西村監督に「ロマン・ポルノ」のスタンダードを期待したのだと思います。
そして以後は、続々と若手の監督が昇進し、「ロマン・ポルノ」という枠の中で意欲的に作品を
発表していきます。「わいせつ」ということで摘発を受けたりもしましたが、70年代初頭の学園闘争の残り火があった時代です。「表現の自由」を抑圧する権力への抵抗という風潮も味方したかもしれません。結果、ロマン・ポルノ路線は大ヒットとなり、日活は90億円(!)もの借金を全部返し、立ち直るのでした。
日活ロマン・ポルノというと、まず神代辰巳監督や田中登監督、あるいは小沼勝監督などの名前をあげる人が多いかもしれません。101043135_24L
しかし、そういった作家性の強い、あるいは芸術的に評価されている監督が個性を発揮して際立つことができたのも、「普通の」というか、スタンダードがあったからこそでしょう。そんな意味からも、西村昭五郎監督こそがロマン・ポルノの文字通りの先導者であり、最大の功労者であると思います。それはつまり、日活再建の功労者ということでもあります。
日活ロマン・ポルノ最多監督作を誇る西村昭五郎監督のご冥福を心よりお祈りいたします。
(ジャッピー!編集長)
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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
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映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
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