ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2018年02月

1968年の映画1~「新宿そだち」

今から50年前「1968年」といえば、「サイケ」「ハレンチ」「昭和元禄」といったワードが踊った時代でありました。そんな時代の空気をたっぷり感じられる映画を紹介します。「新宿そだち」(1968 長谷和夫監督)です。
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当時ヒットしていた大木英夫&津山洋子のデュエット・ソングにあやかった歌謡映画です。♪女なんてさ~女なんてさ、嫌いと思ってみても という唄い出しで2番は♪男なんてさ~ と交互に唄う曲で覚えている方も多いでしょう。(僕も口ずさめます!)

映画は、新宿のバーに集まる当時の奔放な女の子たちの生態、その彼女たちを利用しようとする大人たちとの攻防がメインです。主演の松岡きつこさんが扮するのはスリ。じいちゃん(大矢市次郎さん)の言いつけを守らずノボルにたぶらかされてまたスリをはたらきます。川津祐介さん演じるノボルは何かといえば女の子のオッパイをさわる軽い男で、職業は「ボディ・ペインター」。モデルの体にサイケな彩色をするのがこの時代ぽいですが、裏ではヤクザに通じてモデルに売春させているような奴です。ノボルに連れていかれたのがレズビアン・バーで、ここのママのパトロンが金子信雄さん。のちの山守親分のようなスケベ演技を見せますが、特筆すべきは「二刀流」で、バーテンの高橋長英さんにも手をつけているのです! 「やだわ、男同士なんて不潔!」と言われると「何言ってんだ! 今はそういう時代なんだ!」とドヤ顔で開き直る金子さんに爆笑です。この映画のキーワードというか頻発されるフレーズが「ハプニングしてるゥ!」で、セックスも含め何でもありの時代のムードはよく表れています。大木英夫さんと津山洋子さんもバーテンとホステスの役で出演されていますが、こんな風に錯綜し乱れるバーの人間関係に「何が何だか分からないねー」「でもママについていきましょうよ」と言い、何の脈絡もなく「新宿そだち」を歌唱します。
本作の他の出演者は、カルーセル麻紀さん、応蘭芳さん、荒井千津子さん、山本紀彦さん、桜井浩子さんなどなかなか濃いメンバーが揃います。この作品の1年前まで「ウルトラマン」のフジ隊員をやっていた桜井浩子さんが脱いでいるのも注目ですが、最も脱ぎまくっているのが藤田憲子さんです。きつこさんとのレズ・シーン、金子信雄さんに体を売るシーン、「私はフリーセックスよ。でもちゃんとお金はいただくわ」なんてドライな台詞もありました。この藤田憲子さんは後に「貴ノ花」と結婚され二児をもうけますが、親方夫人から不倫騒動と波乱万丈の人生を歩みます。そして時は流れ、今、息子は相撲協会内でハプニングを起こしています。   (ジャッピー!編集長)
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半世紀前にタイムトンネル 若者文化爆発の1968年プロローグ

2018年がスタートして、平昌冬季オリンピックも終了して、パラリンピックの開幕ですが、
この辺でハッピー昭和クラブ定番の50年前タイムトンネルに入ってみたいと思います。
今から半世紀前の1968年は、タイトルにもありますように、まさに若者文化百花繚乱、
音楽も文学も映画もアートも社会問題もデッドヒートした年でした。22973001351

洋楽では、ビートルズを中心としたブリティシュロック系が円熟期を迎えていました。mig (1)

サイケデリックロックもピークを迎え、アートの世界もその影響が色濃く、それは日本のファッション界にも影響されていました。
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日本の音楽業界は、グループサウンズ全盛時代。
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ですが、この年フォーククルセダーズは、発売放送禁止になった「イムジン河」を発表して、アングラ旋風を巻き起こし、フォークの第一期世代が、若者達から強い支持をうけました。ダウンロード (44)

学生運動も活発で、大学はほとんどロックアウト状態でした。
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ベトナム戦争は泥沼化して、世界では反戦歌が歌われ、日本の若者も、反戦を唱えました。キング牧師が暗殺されて、人種差別問題が大きく揺れ動きました。
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戦争が終わってから生まれた世代が、丁度10代~20代に成長して、自分たちで自由に物事を考えて行動して、そしてこんなムーブメントが生まれたと思うのですが、次回、音楽あたりから、フォーカスしてゆきたいと思います。乞うご期待。
ちゃんちゃこ43 きたかたよしろう
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僕の雑誌好きの原点、手作り「プロ野球ブック」

「平昌オリンピック」も閉会式を迎え、熱戦の幕をおろしました。報道も「終わった」感が濃厚ですが、このあと、「平昌パラリンピック」があります。メディアには「オリンピック」と同じ扱いで取り上げて盛り上げてほしいと思います。
昨日の当ブログで1972年「札幌オリンピック」を熱心に観て「マイ・スクラップブック」を作っていたという話を書きました。それより前には、僕は自分で「プロ野球ブック」を作っていました。とにかくプロ野球が大好きで、新聞のスポーツ欄の「野球」の記事は隅々まで読んでいました。あと、銭湯にスポーツ新聞が置いてあったので熱心に読み込み、風呂に入っているより新聞を読んでいる時間の方が長かったくらいでした! そして、読むだけでは飽き足らず、自分ひとりで「プロ野球」の雑誌をつくるに至りました。大学ノートに新聞記事を切り抜いたのを貼っていたのですが、そのうちそれに自分の文章をつけたりして「編集」するようになりました。今ぐらいの時期だと、僕は行ってもないのにキャンプ情報などから分析し、「今年の新戦力」とか「このトレードはどちらが得したか」みたいなことを調子にのって書いていました。僕はその頃から「アンチ・ジャイアンツ」なので、記事にもだいぶ反映されていたと思います。弱いチームのことを書くことが多かったかなあ。ちょうど、「黒い霧事件」があり、西鉄ライオンズの選手が永久追放になったり、出場停止になった頃で「今こそ、西鉄の若手選手にチャンス」みたいなことを書いたのを覚えています。なので、当時、投げまくっていた東尾修投手や河原明投手がよく登場していました。
他には、鳥好きな友だちと「とりブック」という野鳥の雑誌も手作りしていたし、僕の「雑誌好き」の原点ですね。それが高じて、映画好きになって「ジャッピー!」という雑誌に参加するに至ったのは当然の帰結だったのでしょう。そういえば、ハピイさんも「プロレスマガジン」という個人誌を作っておられたのですね。(←当ブログ2015年11月16日参照) 僕も当時の「プロ野球ブック」をとっておけばよかったなあ……と後悔しきりです。   (ジャッピー!編集長)
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「札幌オリンピック」で応援したアルペン娘

一昨日の当ブログで、「札幌オリンピック」で初めて知ったウインタースポーツが多く興味を持ったということを書きました。(「バイアスロン」など、射撃で的をはずすとペナルティでコースを1周余計に回ったりするのが学校で怒られて「校庭を走って来い!」と言われているみたいで何だか面白かったし、ボブスレーやリュージュが猛スピードで滑走していくのは、ジェットコースターにも乗れない怖がりの僕には驚異的だったり……)あとは「距離」とか30キロとか50キロとか延々と雪の中をスキーで歩き(?)続けるという競技とか観ていると、そういった、当時の子どもだった僕にとって野球やサッカーといったスポーツに比べれば「マイナー」と思えた競技、日本と遠く離れた国でそういった競技にかけて毎日練習している選手がいる……という考えてみれば当たり前のことに感動したりしたのです。小さい頃、北欧の童話や児童文学を読むのが好きだった僕は、それらの国の長い冬の間、黙々とノルディックの練習している光景が幼い心に浮かんだのです。夏季オリンピックだと、どうしてもアメリカや中国といった大国がメダルを大量にとりますが、冬季だとノルウェーやスウェーデンといった国が活躍するのも新鮮でした。
そんなわけで、1972年「札幌オリンピック」は熱心にテレビにかじりついて観ていたのですが、このとき僕が猛烈に応援したのが女子アルペンスキーのナディヒ選手です。スイスの選手で、当時10代で高校生ぐらいだったかと思います。年齢が近く親近感があったのと、とにかく滑りっぷりが豪快でカッコよく、予選で観たとたんファンになって応援していました!img_history_03
 当時「滑降」「回転」「大回転」と3種目あったうち、2種目で金メダルをとったと記憶しています。ソバカスの多い顔で「美女」というよりは親しみのある女の子という感じでした。この「札幌オリンピック」ではフィギュアスケートで尻もちをついたジャネット・リン選手が人気者になり(ハピイさんはジャネット・リンさんのサインをお持ちですね。羨ましい!
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 当ブログ2016年8月23日「映画いろいろ」を参照)、五輪後はカルピスのCMとかに出ていましたが、僕はひそかにナディヒ選手をアイドルにしていました! そして、新聞記事を切り抜いて「マイ・スクラップブック」を作ったりしたのでした。「虹と雪のバラード」が流れた「札幌オリンピック」から46年、僕が憧れたナディヒ選手はお元気に暮らしているでしょうか。 (ジャッピー!編集長)
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笑いと感動のボブスレー映画「クール・ランニング」

昨日の「平昌オリンピック」、女子カーリング準決勝は土壇場で日本が同点に追いつき延長戦まで粘りましたが、最後は韓国の一投が決まり勝利をかざりました。試合を決めたショットを投じた「メガネ先輩」こと金ウンジョンさん、氷の状態やストーンの位置を読む真剣な眼差し、姿がカッコよくて予選のときから僕はファンになっていました。
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明日の決勝戦でもいいゲームをして金メダルをとってほしいです。この韓国チームは5人のメンバー中4人が同じ女子高の出身、金ウンジョンさんが仲間を集めて作ったのが始まりだといいますから、昨日の当ブログで紹介した「シムソンズ」(2006 佐藤祐市監督)と同じような経緯です。まさに韓国版「シムソンズ」という感じです。
「シムソンズ」以外に、冬季スポーツで実在するチームをモデルにした映画といえば、やはり有名なのが「クール・ランニング」(1993 ジョン・タートルループ監督)です。133348_01
日本公開は1994年なので、「リレハンメル冬季五輪」が開かれた年です。映画のモデルとなった「ジャマイカのボブスレー・チーム」は1988年「カルガリー冬季五輪」に出場し、ウインタースポーツに縁のなかった南国の選手ということで話題になっていましたね。ジャマイカといえば、今やボルト選手で有名ですが、たしかこの映画の主人公も元々陸上選手で、五輪出場選手の選考レースでアクシデントに巻き込まれ落ちてしまいます。オリンピックに出ることをあきらめきれず、たまたま知った「ボブスレー」で出場しようと決心。何とかメンバーを集め、ド素人というか雪など見たこともない面々が奮闘するのですが、悲壮感はなく、陽気でどこか楽天的なところがやはりジャマイカという感じで、音楽は当然レゲエ。ジョニー・ナッシュさんの4週連続全米ナンバー1ヒット「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」をジミー・クリフさんが唄っています。
この映画も封切のとき以来観ていないのでだいぶ忘れていますが、メンバーが寒さに慣れるために冷凍庫に入って特訓?images (40)
するシーンがあったのははっきり覚えています。僕は「日本郵政」の荷物が集まってくる巨大なセンターでアルバイトをしていたことがあり、そこでチルドや冷凍便に詰めるアイスパックが置いてある零下25度の冷凍室で地獄のような作業をしているときに、「『クール・ランニング』にこんな場面があったなあ」と思い出したのでした。  

(ジャッピー!編集長)
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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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