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昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2018年06月

「若い狼」、「秋立ちぬ」、夏木陽介さんと東京の風景

昨日の当ブログで書いたように、星由里子さんが初めてのキス・シーンで涙を流した「若い狼」(1961 恩地日出夫監督)ですが、「勝手にしやがれ」(1959 ジャン=リュック・ゴダール監督)などヌーヴェルヴァーグの影響を受けたのでしょう、ロケを多用して隠し撮りを駆使していました。映画の後半に夏木陽介さんが中学校時代の恩師(小栗一也さん)が入院している病院にお見舞いに行くくだりで新宿が映し出されます。ミラノ座(もう無くなってしまいました……)の前や、伊勢丹の屋上などが登場します。今みたいに背の高いビルがないので広々と見渡せるのです。通りには都電も走っていて、今と比べるとかなりノンビリした感じです。
夏木陽介さんの出演作で、このように昔の東京の風景が楽しめるのが「秋立ちぬ」(1960 成瀬巳喜男監督)です。
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上映時間79分という小品ながら、味わい深い作品で僕の超フェイバリットであります。田舎から出てきた少年(大沢健三郎さん)が、母(乙羽信子さん)が料亭に勤めるので親戚の八百屋にあずけられるのですが、この八百屋があるのが銀座。今ではこういう個人商店を見かけることのない銀座、家も物干し台があったり、昭和の作りです。劇中の季節は夏で、夏木さん演じる八百屋の息子がちょっと涼みに行こうと、イトコの大沢くんをバイクの後ろに乗っけて高速を走るシーンがありました。ent1801190011-p2
この時代、庶民の家にはクーラーなんてありませんでしたから、こうして涼をとっていたわけです。このシーンを思い出したのが、20年ぐらい前かなあ、僕がヴェトナム旅行したときです。ホテルのまわりの道はバイクがたくさん走っていて、ガイドの人に聞いたら「涼むためにただ走っているんですよ」ということだったのです。どこに行くということもなく、回遊魚のようにバイクでぐるぐる走って涼んでいたのです。当時のヴェトナムは高級ホテルが建っていて、インフラも進んでいる一方、長屋みたいな地区もあって「普請中」の国という感じでした。「秋立ちぬ」の東京オリンピック以前の東京の雰囲気もこうだったのかなあと想像しました。
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また、カブト虫を探したいという大沢少年のために、夏木さん(実に気のいい兄貴分という役がピッタリでした)がやはりバイクに乗せて、多摩川に連れて行きます。そして、夏木さん「暑いなあ」と、服を脱いで川に入って泳ぐのです!ごく普通の行動のようで、まわりは田園風景だし、この「東京」の風景にも今から見ると信じられません。
(ジャッピー!編集長)
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「若い狼」星由里子さん、涙のキス・シーン

昨日の当ブログで紹介した「若い狼」(1961 恩地日出夫監督)で、少年院あがりの主人公を演じた夏木陽介さんは、初期の頃はこういったワルっぽい役が多かったように思います。初主演の「青春白書 大人には分らない」(1958 須川栄三監督)も反抗的な青年役でしたが、大学生でバンドをやったりバイクを乗り回したりというキャラクターで、ブルジョワのお坊ちゃんという感じで「太陽族」的でした。「若い狼」は貧しい境遇の不良少年でしたが、やはりどこか品があり純朴さがありました。そういうところが後に「先生」役にフィットしたと思います。
一方、このとき星由里子さん、16歳。当ブログ6月21日に書いたように、1958年の東宝「ミス・シンデレラ娘」コンテストで優勝、翌年「すずかけの散歩道」(1959 堀川弘通監督)でデビューしました。司葉子さん、森雅之さん主演のこの映画で助監督をつとめたのが恩地さん。恩地さんは子役の面倒を見る係で、毎日粘り強く演技指導をしたのです。その子役の中にまだ13歳の星さんがいたのです。ちなみに、他の子役に、その年に「愛と希望の街」(1959 大島渚監督)に出演する富永ユキさんもいました。そして「若い狼」のときは高校生になった星さんを起用し、星さんは精華学園女子高校の制服のまま撮影所に通っていました。
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この映画では恋人役の夏木陽介さんと星さんのキス・シーンがあるのですが、星さんは「本当に唇を合わせなくてもいいような撮り方ができませんか」と恩地監督に頼んでいました。当時の16歳といえばまだまだ純情な頃ですから気持ちは分かります。しかし、数日後、監督室で星さんが恩地さんを待っていました。そして、星さんは思い切ったように「いいんです。私、決心しました」と一言、そのとき恩地さんを見つめる目にじわっと涙がにじんでいたそうです。恩地さんもかつて一から演技指導した13歳の少女だった星さんがすごい決意でしたことに感激、頭を下げて部屋を出ていこうとする星さんの肩を抱きしめたい衝動を抑えながら「がんばれよ!」と言ったのでした。一方、恩地監督は夏木さんには「本番では、勢いで本当にキスしてくれ」と指示を出していました。そのキス・シーンは本番一発OK、星さんはカットがかかって、また涙を流したのだそうです。こうした星さんに、のちの「千曲川絶唱」(1967 豊田四郎監督)や「颱風とざくろ」(1967 須川栄三監督)で見せた女優魂の萌芽を感じますね。  (ジャッピー!編集長)
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夏木陽介さんと星由里子さん、「若い狼」

今年亡くなった夏木陽介さんと星由里子さんの共演作で僕が大好きな作品があります。「若い狼」(1961 恩地日出夫監督)です。
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これは恩地日出夫さんの監督デビュー作で脚本もご自身で書かれています。当時の東宝では、少し前に作家の石原慎太郎さんに監督作を撮らせるというので、東宝の助監督やスタッフたちが猛反発、紛糾していました。このことについては当ブログ2017年11月22日、23日に書いていますが、「若い獣」(1958 石原慎太郎監督)製作の引き換えに藤本真澄プロデューサーは「これからは大いに若手助監督を登用し、年間二人は監督に昇進させる」と約束します。その方針もあって、助監督室で作った雑誌に載せた恩地さんの「どぶねずみ」というシナリオが藤本さんの目にとまり、27歳で監督昇進が決まったのです。
「若い狼」と改題されましたが、原題の「どぶねずみ」のように社会の底辺でもがき蠢く青春を描いています。映画は夏木陽介さんと田中邦衛さんが少年院を出所するシーンから始まります。松村達雄さん演じる所長は「少年院出身だからって恥じるな。胸をはって明るく生きていけよ」と言って送り出します。しかし、物語はそういうご都合的なハッピーな展開にはなりません。夏木さんはいったん田舎に帰りますが、炭坑が閉鎖され寂れていて仕事もありません。恋人だった星由里子さんが上京していると聞き、夏木さんも東京に行きます。再会した星さんはすっかりズべ公になってしまっていますが、ともかく二人で暮らそうと仕事を探します。しかし、少年院を出ていることで、働きたくても雇ってくれる所はありません。一緒に出所した田中邦衛さんもヤクザになっています。夏木さんも結局は悪い仲間に入っていくことになります。夏木さんが中学時代の先生に向かって「みんな、口ではうまいこと言いやがるんだ!堂々と胸をはって生きろってな!」と言うのが悲痛です。また、星さんが夏木さんのことを相談したヤクザが「そいつに会わせてくれ。フフッ……俺も3年前、少年院あがりさ。ヤクザにだけはなるなよと言いたかっただけさ、こうなっちまった俺が言うんだから間違いねえ」と言うのも印象的です。
このヤクザは、皮肉にも組織に利用された夏木さんに刺されて死んでしまいます。夏木さんはまた刑務所に送られ、独房で泣き叫ぶシーンで映画は終わります。真面目に働いて出直そうと思っていた夏木さんは、冒頭の出所からわずか3~4日のうちにまた罪を犯してしまうのです。恩地さんは学生運動をやっていたこともあり、社会に対しての怒りに満ちた堂々のデビュー作でした!  (ジャッピー!編集長)
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追悼・夏木陽介さん ~青春ドラマの元祖

当ブログで、一昨日に書いた「颱風とざくろ」(1967 須川栄三監督)は「でっかい太陽」(1967 松森健監督)、さらに昨日紹介した「父子草」(1967 丸山誠治監督)は「燃えろ!太陽」(1967 松森健監督)と、それぞれ夏木陽介さんが「由木真介」という熱血教師で主演した作品と二本立てでした。その夏木陽介さんも今年の1月14日に81歳で亡くなりました。お歳をとられても、ダンディーで若々しかったので訃報を聞いたときは驚きました。img_6_m

夏木さんといえば、上にあげたような学園ドラマの若い教師というイメージがやはり強いです。その元になったのは、1965年秋から日本テレビで放映が開始された「青春とはなんだ」です。img_0

石原慎太郎原作で、アメリカ帰りの若い教師が田舎町の高校に赴任してきて、古い因習や保守的な周囲とぶつかりながら、生徒たちにラグビーを教え交流していくというものです。まあ現代版「坊ちゃん」という感じですが、元々、原作は主人公の「野々村健介」という英語教師は弟の裕次郎さんをイメージして書かれたそうで、石原裕次郎さん主演で日活が映画化したのも当然です。「青春とはなんだ」(1964 舛田利雄監督)は7月に公開されました。夏木さんのTVドラマの方は後発となったのですが、夏木さんはプロデューサーから「原作は読むな。裕ちゃんの映画も観るな」と言われたそうで、真っ白な状態で自分の「野々村健介」として役に入れたのが良かったのでしょう。夏木陽介さんの熱血教師ぶりが見事にハマって大人気ドラマとなりました。原作のネタが尽きて、途中からはオリジナルのストーリーを作らなければならなくなったほどで、約1年放映されました。驚くべきは、TVドラマの最終回の撮影が終わって中一日に映画版の撮影が始まったということです。ドラマのダイジェスト的なものをもう一度あらためて撮影、11月13日に最終回放映、その1か月後、12月17日には映画版を「これが青春だ!」(1966 松森健監督)というタイトルで公開したのですから、すごいスピードです。人気のあったTVの余韻が冷めないうちという意図だったのだと思います。先行した裕次郎版があったのでタイトルを変えたのですが、これは次のTVドラマのタイトル(ただし「これが青春だ」とビックリ・マークなし)となっていて、やはり夏木さん主演で作られる予定だったのですが夏木さんに「なつかしき笛や太鼓」(1967 木下恵介監督)のオファーが入り、スケジュールがとれず断念、代わって竜雷太さんが主演、以後、東宝テレビの学園青春ドラマは新人の登竜門のようになり、続いていきます。冒頭に書いた「でっかい太陽」「燃えろ!太陽」はスポーツがラグビーからサッカーに変わりますが、ドラマと雰囲気は同じなので、結果的に夏木さんの熱血教師はTVから映画に移った形になったのです。覚えているのは、この2本には酒井和歌子さんが高校生役で出ておられていて、のちに「飛び出せ!青春」では村野武範さんの同僚の先生役になっていてちょっと感慨深かったです。
以後の学園青春ドラマのルーツとして、爽やかに先生役を演じられ、他にも色々な作品で楽しませてくれた夏木陽介さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。 (ジャッピー!編集長)
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1967年の星由里子さん、もう1本の名作「父子草」

昨日、一昨日と当ブログで紹介した1967年2月公開「千曲川絶唱」(1967豊田四郎監督)、9月公開「颱風とざくろ」(1967 須川栄三監督)に続いて、この年の星由里子さんはもう1本、良い作品に出演されています。
12月に公開された「父子草」(1967 丸山誠治監督)です。当ブログでは2016年8月5日に「寅さん去って20年」というタイトルで書いておりますが、主演は渥美清さん。佐渡出身で各地の飯場を渡り歩いている土方の役の渥美さんは初期の寅さんのような粗暴な男です。淡路恵子さんが出している屋台のおでん屋の常連で、このお二人の掛け合いが絶品。渥美さんが「ババア!」を連発すれば、淡路さんも「何だい、佐渡のオケラ野郎」「カバみたいな目しやがって」「佐渡のゲタ!」と言いたい放題です。ダウンロードawaji
ある日、酒の入っている渥美さんはこの屋台で出会った浪人生の石立鉄男さんにからみ、ケンカになります。「親のすねかじりのくせに」「生っちろい手しやがって」と言ってからむ、そんな出会いでしたが、石立さんが夜勤のバイトしながら大学目指して頑張っているのを知ると、「3月にお前が大学に受かったらお前の勝ち、落ちたらオレの勝ちだ」と、不器用な言い方で応援するようになります。冬になり、他の飯場で稼いだ金を淡路さんに預けて「あの若いのにうまいもの食わせてやってくれ」と頼んだりします。実は渥美さんには悲しい過去があり、石立さんを息子のように思えて無償の応援をするのですが、屋台のおかみも赤の他人の渥美さんや石立さんを気にかけ、その人情のあたたかさにグッときます。この映画の淡路さん、本当に素晴らしい好演です! そして、もう一人、石立さんを応援しているのが星由里子さんです。
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和菓子屋さん(だったかな?)の娘で時々石立さんにお団子を差し入れたりします。夜、小学校の警備員のバイトをしている石立さんのところにやって来るシーンがありました。夜の学校のプールサイド、「初夏って大好き」と言って水に足を浸した星さん、真面目な石立さんがバイト中であることを気にして「ここは学校だよ。しかも夜で男と女がイチャイチャしているように見えるよ」と言うと、「じゃイチャイチャしちゃおう」と、こまっしゃくれたことを言うのが超かわいかった! この夜のプールサイド、忘れられない美しいシーンです!  他人を気にかけ、片隅で一所懸命に頑張っている人を自然に応援できる、そんな人と人のつながり、人情が良き昭和を思い出させます。脚本は木下恵介さんで、観る者を幸福感でいっぱいにする本当の名作です。見事に演じられた渥美清さん、淡路恵子さん、石立鉄男さん、そして星由里子さんと皆、亡くなってしまいました。   (ジャッピー!編集長)
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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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