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昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2018年07月

名和宏さんは日活時代劇スターになっていたかも

昨日の当ブログで書いたように、第1期ニューフェイスで日活に入社した名和宏さんは3年後には松竹に移籍、さらにフリーになるわけですが、もし石原裕次郎さんが日活に入っていなかったらどうなっていたでしょう。「地底の歌」(1956 野口博志監督)で堂々主役をはったように、主演のローテーションをまかされるスターとなっていたかもしれません。あるいは小林旭さんの映画における宍戸錠さんのように主演スターのライバル役となっていたかもしれません。初期の日活では時代劇も作られていて(実際、製作再開した日活の第1作は「国定忠治」(1954 滝沢英輔監督)でした)、名和さんも何本か主演しています。僕もさすがにこれらの名和さん主演の「日活時代劇」は観ておりませんが、当ブログ2018年1月15、16日に紹介した三國連太郎さん主演「江戸一寸の虫」(1955 滝沢英輔監督)に名和さんが脇役で出ておられたのは記憶にあります。移籍した松竹でも名和さんは時代劇で期待されたようです。僕は名和さん主演の「呪いの笛」(1958 酒井辰雄監督)という怪談ものを観たことがあります。
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名和さんの実家は能のお師匠さんで名和さんも小さい頃からずっと能を習っていたので和服の着方や所作は板についたものがあったのでしょう。年月が流れ、東映ポルノ作品に出るようになっても時代劇の名和さんは一味違うものがあったと思います。「徳川セックス禁止令 色情大名」(1972 鈴木則文監督)の名和さんなんて、チョンマゲは似合うし本当に二枚目で貫禄もありまさにお殿様という感じでした。
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もし、あのとき「日活時代劇」が続いていたら、東映の錦之助、日活の名和と並び称された可能性だってあったと夢想します。しかし、現実には裕次郎映画の国民的ヒットで日活は青春・アクション路線に一気に舵をとって時代劇は作られなくなったのでした。ひとつの会社のカラーを一変させてしまうのだからやはり裕ちゃんというのは大した人だったわけです。
しかし、スターにはなれなかったからこそ、名和さんは種々のジャンルで数々の映画に出て映画ファンを楽しませてくれたのです。「座頭市兇状旅」(1963 田中徳三)では国定忠治を演じ、「大魔神逆襲」(1966 森一生監督)のような特撮、日活ムードアクションからニューアクション、東映では任侠映画の最高峰「博奕打ち 総長賭博」(1968 山下耕作監督)における名演もあり、ポルノ、実録路線と幅広くスクリーンで活躍されたのでした。  (ジャッピー!編集長)
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名和宏さんと石原裕次郎さん

昨日の当ブログで書いたように名和宏さんというと東映というイメージが強いですが、映画俳優としてのスタートは製作を再開した日活です。1954年(昭和29年)に行われた第1期ニューフェイス審査に合格、同期には宍戸錠さんがいます。錠さんと名和さんはともに日本大学芸術学部演劇科3年生でした。もちろん錠さんも頬を膨らませる前ですし、名和さんも主役のはれる二枚目俳優として期待されたと思います。
「若いお巡りさん」(1956 森永健次郎監督)という当時のヒット曲を使った歌謡映画では、名和さん、錠さんはタイトル通りの若いお巡りさんの役でダブル主演していました。たしか、安部徹さんも同僚のお巡りさんで出ていましたから、あとになると「悪」の方にまわるメンツが交番勤務していたわけです。
前に何かで読んだことがありますが、石原慎太郎さんが裕次郎さんを日活に売り込もうとしたら、既にいる名和さんが裕次郎さんに似ているので同じようなのはいらないと一度は断られたそうです。その後、「太陽の季節」(1956 古川卓巳監督)に原作者の弟ということもあってチラッと出て以来、日活映画に出ることになります。名和さんと裕次郎さんは「地底の歌」(1956 野口博志監督)で共演します。
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主演は名和さんで渡世人の役で菅井一郎さんのイカサマ賭博師の情婦(山根寿子)への恋情に苦しむ役でした。のちに同じ原作をリメイクした「関東無宿」(1963 鈴木清順監督)が、清順調の映像で有名になります。名和さんが演じた役を小林旭さん、菅井さんの役は伊藤雄之助さん、山根さんの役は伊藤弘子さんで、小皿に入れた醤油を使ったイカサマの場面など清順タッチが活かされました。山根さんの弟役を演じたのがデビュー間もない裕次郎さんでした。(清順版では平田大三郎さんが演じました)裕ちゃんは翌1957年「俺は待ってるぜ」(1957 蔵原惟繕監督)「嵐を呼ぶ男」(1957 井上梅次監督)とヒット作を連発、逆に名和さんは松竹に移籍することになります。
さらにフリーになった名和さんは各社の映画に主に悪役で出るようになります。日活作品にも何本も出ており、当ブログ7月23日で紹介した「無頼非情」(1968 江崎実生監督)にも出ていましたね。(もちろん悪玉) 印象に残っているのが「黄金の野郎ども」(1967 江崎実生監督)です。67122311
裕次郎さん主演の暗黒街もので、敵方の悪玉が名和宏さんです。昔、裕ちゃんの恋人だった女(真理明美さん)を情婦にしていて、裕ちゃんは真理さんの部屋にやってきて、そこにいた名和さんを激しく痛めつけるシーンがありました。裕ちゃんの映画にしてはかなり激しい暴力で記憶に残っています。初期日活でスター候補だった名和さんと、結果的に名和さんを追い落とす形になった裕ちゃんが10年あまりの時を経て主役と悪玉として対峙したのです。ちなみにこの映画には裕次郎さんを兄の仇としてつけ狙う役で宍戸錠さんも出ていました。名和さんと日活第1期ニューフェイス同期生だった錠さんも頬をふくらませ、すっかり主役のライバルや悪役という立ち位置を確立していたのです。裕次郎さん、名和さん、錠さん、それぞれに流れた10年という月日を考えると何か感慨深いものがありました。 (ジャッピー!編集長)


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追悼・名和宏さん さらば竿師段平

昨日の当ブログで紹介した「いい湯だな全員集合」(1969 渡辺祐介監督)は北海道の洞爺湖温泉が舞台でしたが、「温泉」の映画といえば、「温泉みみず芸者」(1971 鈴木則文監督)「温泉スッポン芸者」(1972 鈴木則文監督)を忘れてはいけません。この両作で「竿師段平」という強烈なキャラクターを演じた名和宏さんが今年の6月26日に85歳で亡くなりました。C2itQK_VQAANMb4
新国劇の実在の殺陣師を描いた芝居「殺陣師段平」(マキノ雅弘監督で2回映画化もされました)をもじった「竿師段平」というのは、無限精流の総帥という性豪で、門下生を率いて温泉街に現れ、芸者たちをヒイヒイ言わせ、引き抜いてしまうという人物です。この荒唐無稽で思わず笑っちゃうような役を、名和宏さんは大真面目に演じ、ある意味感動的ですらあります。「温泉みみず芸者」は池玲子さんと杉本美樹さんという当時の東映のピンキー路線の2トップが姉妹役を演じ、母(松井康子さん)が借金を作り温泉芸者になって家計を助けるというストーリーです。c0065426_227877
この母娘は先祖が「タコつぼ」漁を考案した
「多湖」家の末裔で、そのご利益か代々女性は「タコつぼ」のような名器の持ち主なのです。この母娘3人が段平たち3人と「セックス3番勝負」に挑むというのがクライマックスです。クレージーでデタラメな展開なのでテレてやるとシラけるところですが、名和さんが真面目に演じるので面白いんです! 
続く「温泉スッポン芸者」は杉本美樹さん主演です。女子大生の杉本さんが、亡くなった姉のあとを継いで温泉街で芸者になる話で、現代っ子の杉本さんが芸者姿でバイクを乗り回す姿がかっこいいです。BsLq8AsCQAEGb9h
前作「みみず芸者」とは別個の話ですが、「スッポン芸者」として噂になった杉本さんの所に「竿師段平」がやって来て対決という流れは同じです。ここでも名和さん、大真面目に「千本突き」とか必殺の性技を繰り出します! 
名和さんは他にも「徳川セックス禁止令 色情大名」(1972 鈴木則文監督)
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「エロ将軍と二十一人の愛妾」(1972 鈴木則文監督)
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「好色元禄㊙物語」(1975 関本郁夫監督)など、東映のポルノ路線の常連となり、映画を締めていました。名和さんも「もう開き直っちゃって。そういう人間の有り様を演じた方がヤクザ映画よりもよっぽどリアルじゃないかという気持ちがありましたね」と語っておられます。1954年日活第1期ニューフェイスから長い映画キャリアで数々の役を演じられた名和宏さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。  (ジャッピー!編集長)
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生田悦子さん「いい湯だな全員集合‼」のミヨちゃん

生田悦子さんは、「欽ドン! 良い子悪い子普通の子」に出演することになって最初の収録のとき、うまく行かず、丸々一回分やり直したそうです。松竹で喜劇映画に出演の経験があったとはいえ、生田さんはマドンナ的な役を演じることが多く、いわゆるコメディエンヌという感じではなかったので苦労されたと思います。特に「欽ドン!」では欽ちゃんのアドリブや鋭い突っ込みも多かったでしょうから、映画の撮影とは勝手が違います。また、とても真面目な性格でらしたそうですから、コントの前も一所懸命に練習していたと聞きます。
昨日の当ブログでは「喜劇 男の子守唄」(1972 前田陽一監督)を紹介しましたが、生田さんはドリフターズの映画にも出ておられます。「いい湯だな 全員集合‼」(1969 渡辺祐介監督)です。drifters03
オープニングは5人組の銀行強盗が隣りのトルコ風呂から穴を開けて侵入するシーンです。この犯人に間違えられたドリフの5人の指名手配写真が並ぶタイトルバックが凝ってます。刑事の犬塚弘さんが冤罪と知られたくないのでわざと脱獄させ5人はシャバに出ますが、もうマトモに生きることができません。昔、世話になった三木のり平さんの元で「悪行」修業を受けたりします。三木さんが大物ぶって「戦後の3大怪事件を知ってるか、帝銀事件、松川事件、八海事件だ。ありゃあ、この俺様が……」などと言うのが笑えます。冒頭のドリフの誤認逮捕が5人の運命を狂わせた展開は、もしかすると「冤罪」に対する抗議のメッセージがこめられているのかもしれません。(脚本には森崎東さんが加わっています)
5人は殺し屋として北海道の洞爺湖温泉に派遣されます。ここでは芸者置屋の上田吉二郎さんと大旅館の木暮実千代さんが対立しており、ドリフの5人は木暮さんに雇われ上田さんを殺すはずが、木暮さんの娘(これを演じるのが生田悦子さん)に一目惚れ、木暮さんを殺して生田さんの婿になろうと企みます。電動マッサージ椅子に高電流を流して「電気椅子」にして殺そうとしますが失敗したり、ドタバタが続きます。そして何と!5人は木暮さんの生き別れた息子たちということが分かります。驚きの展開ですが、かつて木暮さんが出られた「瞼の母」(1962 加藤泰監督)を思い出してニヤリとさせられます。
生田さんは上田さんの息子と恋仲(親同士が対立しているから「ロミオとジュリエット」ですね)で、ドリフの面々は当然フラれます。生田さんの役名は「美代子」で、劇中「ミヨちゃん」の歌も流れます。ちなみに本作の次のドリフ映画は「ミヨちゃんのためなら全員集合‼」(1969 渡辺祐介監督)で、2c394f73-d8da-484e-a8f7-bfd8c720e7ca
こちらでミヨちゃんを演じたのは倍賞美津子さんでした。「喜劇 男の子守唄」で共演するお二人が「ミヨちゃん」のバトンをつないでいました。「ミヨちゃんのためなら全員集合‼」については、当ブログ2017年8月21日「ドリフの公害映画、色とりどりの煙」に書きましでご参照ください。 (ジャッピー!編集長)
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追悼・生田悦子さん 「喜劇 男の子守唄」で婦警役

昨日の当ブログで昨年末に亡くなった真屋順子さんについて書きました。映画やドラマでは幸薄そうな役が多かった真屋さんを「欽ちゃんのどこまでやるの!?」に起用、人気者とした萩本欽一さんのキャスティング、プロデューサー感覚が素晴らしいですね。同じく、欽ちゃんが自身のお笑い番組に起用した女優・生田悦子さんが先日、7月15日に亡くなりました。
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虚血性心不全とのことです。前日も普通に過ごしていたといいますし、何といってもまだ71歳という若さですから残念でなりません。
「欽ドン! 良い子悪い子普通の子」に出演された生田さんは、それまでやったことのないコントに挑戦することに戸惑ったそうですが、松居直美さん、小柳みゆきさんと組んだ「よせなべトリオ」は人気を呼び、レコードも出したりしました。
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コント番組は未体験ゾーンだった生田さんですが、松竹出身ということで喜劇映画には何本か出演されています。コント55号の映画にも出ていましたが、「欽ドン」が始まる前、欽ちゃんは忘れていて「初めまして」と挨拶、生田さんに「あら、映画で恋人役やったわよ」と言われたそうです。
僕が印象に残っているのは「喜劇 男の子守唄」(1972 前田陽一監督)です。主演のフランキー堺さんはかつての戦災孤児、自分が恩を受けた娼婦の子供と暮しています。昼間はチンドン屋、夜はホストクラブに勤め(笑)男手ひとつで育てているフランキーさんですが、周りは「ちゃんとした教育をうけさせなさい」と子どもを引き離そうとします。また、フランキーさんの隣りに住むホステス(倍賞美津子さん)などは男ときれるため子持ちのフリをするため「子供を貸してくれ」と言ってきます。それに対して、フランキーさんが「冗談じゃねえ、そんなことに子供を貸せるか! オレは児童憲章どおりにちゃんと育てているんでえ!」と啖呵をきって断ります。その一方では、成金のミヤコ蝶々さんに子供を引き取られそうになると、フランキーさんは「俺には実は女房がいて……」と嘘をついてかわそうとして、婦人警官に「一日ママ」を引き受けてもらいます。この婦警を演じるのが生田悦子さん。16
生田さんに惚れているフランキーさんは引き受けてもらい大喜び、うまくすれば「本当のママ」になってくれるかもと夢想しますが、「一日ママ」はドタきゃんされます。仕方なく、倍賞さんに「一日ママ」を頼むと、そこに都合のついた生田さんが来て鉢合わせになるドタバタが面白かったです。グラマーでワイルドなキャラの倍賞さんと、スレンダーで真面目な感じの生田さんが対照的で、婦警さんという役もピッタリでした。もちろん、劇中のフランキーさんは生田さんにあっさりフラれます。 (ジャッピー!編集長)
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きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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