ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2018年08月

「水を買う」ことについての雑感

昨日の当ブログで、昭和の懐かしい言葉「鉄管ビール」を取り上げましたが、僕が子どもだった頃は「水を飲む」といえば水道から出てくるものを飲むのが当たり前でした。蛇口をひねり、コップに注いで、あるいは蛇口に口を近づけて直接ゴクゴクと。誰にとってもそれが普通でありました。imagesmizu
それが今では、スーパー、、コンビニ、自販機で「水」が売ってる世の中になりました。いったい、いつ頃からこうなったのですかね? 少なくとも僕が初めて日常的に「水」が売っているのに気づいたのは、社会人になってだいぶ経ってからでした。
昔もミネラルウォーターというものは存在していましたが、それはどこか高級なバーやスナックでホステスが水割りを作るときに使うもの、という認識しかなく、日常とはかなり遠い存在でした。それが今や、いろんな種類の「水」が売っており、「飲み水」というと「売られている商品」というのが定着しているようです。平成世代なんかは、生まれたときから「水=買うもの」と普通に思っているかもしれませんね。そんなに「水道水」がまずいとも思えないし、衛生面でみても昔よりクリーンだと思うのに……結局、資本主義が進行して「売るもの」を作り出しているのだろうな。健康や不純物への意識を過敏にさせて「水」を買わせる。何かしらの価値をでっちあげてモノを売る。したり顔で「やっぱりヴォルヴィックは喉ごしが違うなあ」とか、「エヴィアンしか飲まないことにしてるんだ」とか言ってる人とか見ると、何だかなあ~と思います。
というわけで、僕は「水」を買ったことがほとんどありません。海外に行ったときぐらいです。お腹を壊しやすいタチなので現地の水道水はやっぱり避けました。そういえば、昔、夏に林間学校とか行くと、しおりの注意事項に「生水は飲まないこと」と書いてあり、宿でも「一度沸かした水」がヤカンに入れて置いてあったりしたなあ。でも「飲まないこと」とか書かれると、かえって飲んでみたくなるのが子どもってやつで、こっそり蛇口からちょこっと口に含んだ「ナマミズ」が妙に冷たかったのを覚えています。 
images mizu2
 (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

昭和の言葉「鉄管ビール」

昨日の当ブログで「万引き家族」(2018 是枝裕和監督)に触れ、昔、僕の子どもの頃は自分の家も周りの友だちが住んでいた家もあんなものだったなあということを書きました。もちろん、立派な大きい家に住んでクーラーがあって……なんて家はめったになく、そういう家は「お大尽」と呼ばれていました。すると、映画でリリー・フランキーさんたち家族(ニセ家族?)が住んでいる家の貧困が際立つのは、社会全体が豊かになっているかというと、そんなことはないわけで、希望が持てない「どんづまり」にある今の方が切実といえるでしょう。0000022

ともかく、あの頃だってエアコンなしで過ごしていたんだから……と思いながら、今も扇風機のみで暮らしている僕ですが、やはり昔とは暑さのレベルが違いますねえ。今日あたりはわりと過ごしやすかったですが、7月から今月始めにかけての暑さは本当に「災害レベル」でした。テレビの天気予報で「無理せず室内ではエアコンを使ってください」とか言っていたけれど、僕みたいに扇風機しかない人はどうしたらいいんじゃい!と言いたくなります。今の世では完全にマイノリティというわけですか。
あと、「喉が渇いたなと感じる前に水を飲むようにしてください」と熱中症予防の注意もよく聞きました。これは空いたペットボトルに水を入れたものを冷蔵庫に切れないようにして頻繁に飲んでいましたので、足がつったりはしませんでした。もちろん水道の水です。昔はよく蛇口から出る水を直接飲んでもじゅうぶん冷たくて「鉄管ビール」とか呼んだりしました。「喉が渇いたからサイダー買ってよ」とか言うと、親が「鉄管ビールでも飲んでな」という風な会話があったのが懐かしいです。tap
今じゃ全く聞かれない言葉になってしまいました。そういえば「熱中症」という言葉も僕の子どもの頃はなかったなあ。だいたい、「日射病」でしたかね。「日射病になるから帽子かぶりなさい」というように。ちなみに広辞苑をひいてみたら「日射病」は「熱中症の一種」とありました。また、「鉄管ビール」は「水道の水のことをふざけていう語」と出ていました。今のところ生き残ってますが、いつか、広辞苑から消える日も来るかもしれませんね……。 (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

「万引き家族」で思い出す我が子供時代の家

当ブログ8月11日にも書きましたが、新文芸坐で開催された「吉永小百合さんトークショー」で、吉永さんは「キューポラのある街」(1962 浦山桐郎監督)が貧困という問題を扱っていることから、「少年」(1969 大島渚監督)、「万引き家族」(2018 是枝裕和監督)も引き合いに出されました。僕もその少し前に「万引き家族」を観ていたので、トークを聴きながら思い出しました。
昨日の当ブログで「昭和の風景」について触れましたが、この「万引き家族」は現在=平成日本を描いている作品ですが、樹木希林さんやリリー・フランキーさんたちが住んでいる家の佇まいが昭和ぽい匂いがしました。
34756606_242694119646697_6003662555166277632_n
ゴチャゴチャと雑然とした部屋、ゴロゴロしている人を足でまたぎ、押入れの中にもぐる子供……何だか僕が子どものとき住んでいた家を思い出してしまいました。父と兄を相次いで亡くすまで、4人家族の僕の家は6畳ひとつと小さい納戸があっただけでした。父方の祖母が住む戦後すぐ建てたというバラックのような家にむりやり二階を増築したので、床はかしいでいるわ、階段はハシゴといった方がいいような急角度でした。
「万引き家族」の家も扇風機だけでエアコンはないようで、窓を全開にしていましたが、僕の家も扇風機だけで、夏は窓を開け放していたので、密集した隣りの家なんか丸見え状態だったなあ。そんな家で、父が小さな工場の作業員で得るわずかな給料で親子4人肩を寄せ合って生きていたのです。いつかは大きな家に住みたいと思っていました(当時の僕の趣味?は住宅広告の間取り図を切り抜いてて集めて夢想することでした)が、それでも幸せを感じていたような気がします。「万引き家族」の中に、「夏はそうめんだなあ」と食べたり、トウモロコシをゆでたり、コロッケを買ってきたりという生活描写が出てきましたが、まさにあんな感じで日々のささやかな営みが愛おしく感じるのです。そして、それはウチだけじゃなく、周りの友だちの家もだいたい似たり寄ったりでした。狭いアパート、ガタピシする部屋を間借りして、贅沢せず何とかやっている人がほとんどでした。だけど、そこには人の汗や体臭とともにぬくもりがあったなあと。o1007052814164940846

「万引き家族」の松岡茉優さんの実家もそうでしたが、最近のドラマとかに出てくる家やマンションはスッキリ綺麗なものが多いのにいつも違和感を覚えていました。全く自分とかけ離れた別世界のような感触があってドラマに入っていけないこともよくありました。
「万引き家族」を僕は近所のシネコンで観たのですが、いつもガラガラの映画館(今年、某作品を観たら観客が僕一人のときが一度ありました)が、カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを獲得したこともあって、かなりの席が埋まっていました。現代の貧困を観終えて、人々は階下のスーパーで何不自由なく買い物して、家に帰ってエアコンつけて快適な団らんのひとときをおくるのでしょうか。僕はというと、現在も扇風機のみで過ごし、毎日、百均で買った5束100円を1束ゆでてそうめんをすすっております。   (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

映画はタイムマシーン

先週金曜日に新文芸坐で「吉永小百合さんトークショー」を観に行ったとき、僕の並びの座席に二人連れの初老の男性が座っていました。インタバルの時間に聞くともなしに会話が耳に入ってきました。一本目の「キューポラのある街」(1962 浦山桐郎監督)の上映が終わったときに「いやあ、懐かしいなあ、川口の街。あそこにたしか……」などと地元についての細かい話をしておられましたから、おそらく当時、川口にお住まいだったか、お勤め先があった方のようでした。そのあとも川口の思い出話をされていましたから、この「キューポラのある街」がお二人を一気に若い頃に引き戻したようです。ダウンロードkyu

このように、昔の映画を観ることはストーリーだけじゃなく、そのフィルムに焼き付けられた風景を見てその頃に暮らしていた自分を思い出し、懐かしむ愉しみがあると思います。そういった一種のタイムマシーンの役割があると思います。だからといって、「ALWAYS 三丁目の夕日」(2005 山崎貴監督)のような作品はどうかというと、ちょっと違うんです。たしかにVFXを駆使して下町の風景を再現し、小道具なども懐かしいものを揃えたりして昭和33年を再現していましたが、やはりあくまで「再現」であり作られた2005年から見た過去なのです。うまく言えませんが、いくらCGで建設中の東京タワーを見せても、そこには2005年の空気が流れていると感じるのです。imagesyuuhi

昔の映画には、当たり前ですが、その映画が撮られている時点での「リアル」な時間が流れています。0004_tatara_05_img04
その質感が、映し出される風景とともにしっかりとフィルムに定着しているのです。その映画が撮られたとき、ああ、僕も東京の片隅に生きて同じ時代を過ごしていたんだなあという感覚。ロケ場面で知っている場所がでると、あの街並みの中を僕も歩いたのだという感覚。そして、その当時の自分や周囲のことを思い出す……まさにタイムマシーンではないでしょうか。
imagesyupora
imagessannchou

僕は映画なら何でも観る「入れ食い」状態ですが、特にこだわるのが「自分が生まれた年」以降に作られた日本映画で、一時は「全て観る!」という無謀な目標を立てていたこともあります。(実際にはとても無理と悟りました……)
「キューポラのある街」を観ておられたお二人も、しばし1962年の川口の街にタイムスリップしたことでしょう。この日の上映では、ロビイに「新藤兼人平和映画祭」の実行委員会の方々が川口の街の「当時」と「現在」の写真を何点か展示していて、まるで変ってしまった風景に本当に時の流れを感じました。写真もそうですが、失われた風景を映し出した映画は本当に資料的にも貴重なものだと思います。
(ジャッピー!編集長)


にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

吉永小百合さんトークショーで話したこと

昨日、8月10日(金)、新文芸坐に行きました。毎年この時期に開催している「新藤兼人平和映画祭」、今回が第7回で、昨日は「キューポラのある街」(1962 浦山桐郎監督)、「北の桜守」(2018 滝田洋二郎監督)の2本の上映のあと、吉永小百合さんのトークショーがありました。場内な満員、既に前日までに前売りで全席が売り切れ、当日券はなしという状況でした。20180805_shindo

一昨日の当ブログでも書きましたが、「キューポラのある街」で貧しさの中でもひたむきにに生きるジュンと、演じた吉永さんが一体化した感じで、この吉永さん=ジュンに感情移入しない人はいないんじゃないかと思います。
ダウンロードku-pora
トークショーの中で吉永さんが、この作品を観た永六輔さんに「もう、あなた、女優やめなさい」と言われたというエピソードを紹介していました。永さんはあまりに感動して「もうこれ以上のものは出来ないだろう」という思いで言ったようだとのこと。吉永さんにとっても「とても大きい存在の映画」と語っておられました。また、「貧困」の中の家族を扱っている映画ということで、吉永さんは「少年」(1969 大島渚監督)、「万引き家族」(2018 是枝裕和監督)をあげておられました。しっかり最近の映画も観ておられるところ、やっぱり「映画人」なんだなあと嬉しくなりました。
続く「北の桜守」、樺太から引き揚げ、女手ひとつで必死に子供を育てた女性を吉永さんが演じました。吉永さんの役は「テツ」という名前なんですが、これは吉永さんの母方のおばあさんの名前で、吉永さんが18~19歳のとき、よくお弁当を作って持たせてくれたそうです。今回の映画は「おにぎり」が重要なモチーフということもあって、吉永さんが脚本の那須真知子さんに「テツ」という名前を提案したのです。それほど、思い入れのある作品だとのことです。昭和20年8月15日の敗戦のあとも、樺太からの引揚げ船が爆撃を受けて多くの犠牲者が出るといった悲劇があったそうで、吉永さんは現地の人から話を聞いて衝撃を受けたそうです。かつて吉永さんは「対馬丸」(戦時中、沖縄から本土に向かう学童疎開船。アメリカの潜水艦に攻撃され沈没)のことを映画にしようと思ったことがありましたが実現できなかったので、今回はそのリベンジという思いもあったかもしれません。
吉永さんは「あゝひめゆりの塔」(1968 舛田利雄監督)の思い出も語りながら、ダウンロードhime
亡くなった翁長雄志知事のお名前もあげ、沖縄への思い、平和への願いを話されました。昭和20年生まれの吉永さんは「戦後」と同い年ということもあって、「‟戦後”を大事にしたい、絶対に未来まで続かせたい」とおっしゃり、「そのためには、黙っていてはダメなんです。みんなが思っていることを口にしてみんなで平和を作っていくことが大事」と訴えられました。独裁者にモノも言えずヒラメになって忖度したり、強面の「歴史の男」に長らく言いなりになっていたり……今の日本にとって大事なメッセージだと思います。
(ジャッピー!編集長)

にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!
昭和お宝品評会

NEW!!お宝をご紹介いただけるメンバーを募集中です!
投稿へのコメントもお待ちしております!

きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
記事検索
ギャラリー
  • 「人生ゲーム」と「上級国民」
  • 今も昔も国策の名のもとに……『ある町の高い煙突』
  • 今も昔も国策の名のもとに……『ある町の高い煙突』
  •  「落語家たちの戦争」8月12日12時~13時55分BSフジ放送
  • 小池一夫先生原作「エロス」と「ヴァイオレンス」
  • 横並び社会と「麻雀放浪記2020」のパンフレット
動画配信
上を向いて歩こう
関根忠郎の映画惹句術
看護婦さんの生活と信条
懐かしの昭和の物語 壱
懐かしの昭和の物語 弐
懐かしの昭和の物語 参
  • ライブドアブログ