ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2018年10月

ジャンルを横断する吉田拓郎さんの偉大さ

昨日の当ブログで書いたように、僕が毎週楽しみにしているラジオ番組「吉田拓郎のラジオでナイト」は高校時代のテープまで発掘放送してくれるなど、拓郎さんの音楽ルーツから現在に至るまでを語っていてとても興味深い内容です。拓郎さんが「眠る前に聴いている」とおっしゃるご自身の i-pod に入っている曲のジャンルの広さ(ロックから演歌、ムード歌謡、イージーリスニングなど)も驚かされますが、いろいろなタイプの音楽からの影響をご自身の曲作りにも活かしす貪欲さが、長年第一線で活躍しておられる秘訣なのだとあらためて思います。
吉田拓郎さんといえば、フォーク・スタイルで登場し、その「字余り」の作風から、ボブ・ディランさんのフォロワーと呼ばれました。これは間違いではなく、当時、拓郎さんはディランさんの特にそのメロディに魅かれていて、ディランさんの曲の影響を受けた曲が数多くあります。当ブログ2016年10月13日「たくろう経由ディラン行き」で書いたように、ディランさんの「ハッティ・キャロルの寂しい死」のメロディに日本語詞をのせた「準ちゃんが吉田拓郎に与えた偉大なる影響」という曲もありますし、デビュー曲の「イメージの詩」がディランさんの「廃墟の街」のリフから生まれたのも有名です。
他にも「春だったね」が「メンフィス・ブルース・アゲイン」にインスパイアされているなど、ディランさんのメロディの影響は色濃く出ています。(番組の中で明かされましたが、何と「ザ・バンド」と競演が実現寸前だったそうです。実現していたら「吉田拓郎&ザ・バンド」です!)
しかし、拓郎さんがフォーク・シンガーで世に出る前、広島で大学生だった頃、組んでいた「ダウンタウンズ」というバンドはロック編成で、R&B寄りの曲を好んでいたそうです。ダウンロードtaku
「ラジオでナイト」でもオーティス・レディングさんについて語ったり、先日アレサ・フランクリンさんが亡くなったときも追悼で曲をかけてくれました。バンド時代は米軍基地で演奏していたそうですから、タイミングが違ったらフォークでなくR&Bバンドのフロントとしてデビューして、まったく違う音楽キャリアになっていたかもしれません。番組の中では「この曲はフィル・スペクターの線を狙ってみた」「アレンジをこう工夫した」など、ご自身の曲作り、録音の裏話を披露されていますが、拓郎さんの様々な音楽を取り入れる雑食的な姿勢がいろいろなアイデアを生み出すのでしょう。そして、アイドルから演歌歌手まで多様なジャンルのオファーに応える作曲家としても活躍できるのでしょう。
昔、「フォーライフ・レコード」が設立された頃、拓郎さんの深夜放送(「オールナイト・ニッポン」だったかな?)に、ゲストで小室等さん、泉谷しげるさん、井上陽水さんが集まり「フォーライフ」メンバー勢ぞろいの回があって、泉谷さんが「俺は拓郎の作る曲はすごいと思う。歌詞は陽水だけどな」と言っていたのを40年以上たった今でも妙に覚えています。  (ジャッピー!編集長)
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吉田拓郎さんの「ラジオでナイト」が超面白い!

このところ、当ブログで「村上RADIO」、「吉田拓郎のラジオでナイト」とラジオ番組のことを書いています。元々、ラジオが好きなのですが、最近はテレビに「観たい」気になる番組がほとんどないこともあって、もっぱらラジオ・デイズです。一昨日も書きましたが、中でも「吉田拓郎のラジオでナイト」は一番楽しみにしている番組です。
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70歳を超えた拓郎さんものびのびとトークしているし、60分というのがちょうどいいサイズです。2017年4月に始まって、僕は1回も欠かさず耳を傾けています。
吉田拓郎さんは1970年代から80年代初め頃まで深夜放送をやっていて、TBS「パック・イン・ミュージック」、文化放送「セイ!ヤング」、ニッポン放送「オールナイト・ニッポン」すべてでD.J.をつとめています。そんな拓郎さんですから、この「ラジオでナイト」がスタートするとき、レギュラー番組を持つのは最後と位置づけ、「最終章はやっぱりラジオで締めくくりたい。ラジオは僕にとってとても大事な青春です」とおっしゃっていました。番組は、リスナーからの手紙、メールを読んだり、拓郎さんの日常なども話されますが、自分が作り、関わってきた音楽についての話が多いのもファンとしては嬉しいです。スタジオにはギターを持ってこられて時々、鳴らします。また、生歌を披露したときも何回かありました。
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そして、この番組では拓郎さんが自宅から発掘した「レア音源」テープをかけてくれることがあるのがファンとしては聞き逃がせないのです! 今までの放送で特に印象に残っているのが、拓郎さんが広島の高校生だったときに、演劇部(だったかな?)の女子と一緒にデュエットした「ヘイ・ポーラ」や拓郎さんの作った曲をやはり同級生の女子が唄ったテープです。50年以上昔、まだプロでも何でもない高校生の唄、それでもどこか拓郎さんの原点みたいなものがあるような感じで貴重な音源でした。他にも大学生時代に組んでいたアマチュア・バンド「ダウンタウンズ」で拓郎さんがオルガンを演奏した「青い影」のカヴァーなどもかかったり、未発表曲や既発曲のデモ・テープ、録音のときの裏話など興味深いお話がいろいろ聴けるのです。
「村上RADIO」で村上春樹さんがご自身の i-pod に入っている曲をかけましたが、拓郎さんもi-podに好きな曲を入れていて毎日寝る前に聴いているそうで、それを番組スタート時から「マイ・フェイヴァリット・ソング」というコーナーで披露していました。これがヴァラエティ豊かで、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」の次の週が、橋幸夫さんの「潮来笠」だったり、パーシー・フェイスの「夏の日の恋」がかかるかと思えば三波春夫さんの「大利根無情」がかかったり、その幅広い音楽の好みがまた面白いのです。  (ジャッピー!編集長)
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偉大なメロディ・メイカー、吉田拓郎さん

昨日の当ブログで書きましたが、吉田拓郎さんがD.J.をつとめる「ラジオでナイト」で「吉田拓郎が他の人に提供した曲ベスト10」のリスナー投票の結果が発表されました。もちろん、他にも良い曲がいっぱいありますから、とても10曲では収まらないと思います。
1位の「やさしい悪魔」を歌ったキャンディーズに提供した曲では「アン・ドゥ・トロワ」も良かったですね。両曲とも、キャンディーズのラスト・シングル「微笑がえし」の歌詞の中に盛り込まれました。10位のトランザム「ああ青春」は、主演コンビの松田優作さんと中村雅俊さんが対照的な性格のコンビで面白かった刑事ドラマ「俺たちの勲章」の主題歌、5位「いつか街で会ったなら」は雅俊さんが唄う挿入歌でした。この「俺たちの勲章」と同じ1975年にやはりドラマの主題歌だったものに山田パンダさんが歌った「風の街」があります。「あこがれ共同隊」というドラマで、西城秀樹さんや桜田淳子さんなど当時のアイドル歌手が出ていました。劇中、喫茶店のマスター役で出ていた山田さんのため拓郎さんが書いた曲で、これも良い曲だったなあ。「風の街」とは原宿のことで、♪表参道、原宿は~懐かしすぎる友だちや、人に言えない悲しみすら~風が運んでしまう街~とすぐに口ずさめます。西城秀樹さんといえば「聖・少女」という曲が拓郎さんの曲で、松本隆さんの歌詞ともマッチしてこれも好きな曲です。

いわゆる歌謡曲の世界に拓郎さんが提供した曲で、僕が初めて聴いたのは由紀さおりさんが唄った「ルームライト」だったと思います。字余りの歌詞でまさに「フォーク・シンガー・よしだたくろう」の曲調は当時の歌謡番組ではやはり異色という感じで、歌唱力のある由紀さんでないと歌いこなせないだろうなあと思ったものです。歌詞は「不倫」を描いていて、一場面を切り取ったようなものでこれも画期的でした。この作詞を手掛けた岡本おさみさんと組んで作った「襟裳岬」(森進一さん)は大ヒット、ついにレコード大賞を受賞。「ラジオでナイト」で拓郎さんはレコード大賞授賞式に何を着ていこうかと悩んだあげくGパンで行ったと話されていました。
拓郎さんの曲はメロディがいいのは勿論ですが、ちょっと聴いただけで分かる「拓郎調」と呼べるオリジナリティがあるところがスゴイです。他に僕が好きな曲に、東映の女優だった松平純子さんの歌った「両国橋」、「かぐや姫」のちょっとコミカルな(歌詞・伊勢正三さん)「僕は何をやってもだめな男です」があります。あまり目立たない曲ですが、どちらも「拓郎印」が刻印されているような、まさに拓郎メロディなので機会があったらお聴きになってください。
  (ジャッピー!編集長)
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村上春樹さんと吉田拓郎さん、秋の夜長のラジオ

一昨日の当ブログに書きましたが、21日(日)19時、FM東京「村上RADIO」で、村上春樹さんが冒頭、アレサ・フランクリンさんの逝去にふれ、アレサさん唄う「マイ・ウェイ」をかけてくれました。8月5日に放送された「村上RADIO」の第1回でもチラッとかけていましたが、今回はフルでした。
この初回の放送、小説の中におびただしい音楽、曲名をあげる村上さんがどんな選曲をするか楽しみでラジオをつけました。村上さんは「いつも i-pod で音楽を聴きながら走っている」と、7台もの i-pod を満杯にしていることを話されました。その中から「棚からひとつかみ」ならぬ「 i-pod からひとつかみ」という感じで選んだ曲をかけられました。カヴァー・ヴァージョンがお好きとのことで、多くがカヴァー曲で、聴いたことのないマニアックなものもあり、さすがという感じでした。アレサさんの「マイ・ウェイ」ももちろんフランク・シナトラさんのカヴァー曲です。(僕は「アレサ・フランクリン レア&アンリリースド・レコーディングス」という2枚組のレア・トラックを集めたCDを持っているので、これは聴いたことがありました)2回とも村上さんの落ち着いた声が聴きやすく、リラックスできる番組でした。

僕が欠かさず聴いているラジオ番組に吉田拓郎さんがD.J.をつとめる「ラジオでナイト」(ニッポン放送・日曜23:30~)があり、「村上RADIO」第2回と同じ21日の放送では、かねてからリスナー投票を集めていた「吉田拓郎が他の人に提供した曲ベスト10」の発表がありました。僕はこれも大変楽しみにしていました。結果は(以下、敬称略)、10位「ああ青春」(トランザム)、9位「歌ってよ夕陽の歌を」(森山良子)、8位「ああ、グッと」(近藤真彦)、7位「襟裳岬」(森進一)、6位「メランコリー」(梓みちよ)、5位「いつか街で会ったなら」(中村雅俊)、4位「我が良き友よ」(かまやつひろし)、3位「たどり着いたらいつも雨降り」(モップス)、2位「風になりたい」(川村ゆうこ)、1位「やさしい悪魔」(キャンディーズ)でした。僕はこの中でマッチの曲だけ知らなかったのですが、他の曲は即座に口ずさめます。本当に拓郎さんというのはすごいメロディー・メイカーであるとあらためて思いました。僕が知らなかったマッチの「ああ、グッと」は多くのリスナーも知らなかったようで毎回の放送の中間経過では票が伸びなかったのですが、拓郎さんがお気に入りなのか番組内でかけたり猛プッシュ、見事8位に入り拓郎さんも満足そうでした。
この日曜日は「カヴァー曲」と「他の人への提供曲」をラジオで楽しんだ秋の夜でした。
(ジャッピー!編集長)
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アレサさんのカヴァー曲にみる「希望」へのメッセージ

昨日の当ブログで書きましたが、僕はエリック・クラプトンさんが1曲レコーディングに参加しているのというので友人が貸してくれた「レディ・ソウル」(1968年リリース)を聴いてアレサ・フランクリンのパワフルな歌唱にノックアウトされました。そして、続けて「レディ・ソウル」前後のアルバムも聴きました。必殺の「リスペクト」で始まる「貴方だけを愛して」(1967年リリース)、41oUF7kj8nL._CR0,3,500,500_UX175


何と「サティスファクション」のカヴァーで始まる「アレサ・アライヴズ」(1967年リリース)、61DSXbq9FUL._SX355_
「シンク」で始まる「アレサ・ナウ」(1968年リリース)
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とガツンとやられるA面1曲目を配していて「レディ・ソウル」を含めたこの4枚は本当によく聴きました。
「サティスファクション」もそうですが、アレサさんはカヴァーに白人のロックを取り上げることも多く、昨日も当ブログで紹介した「レディ・ソウル」に入っている「ナチュラル・ウーマン」「グルーヴィン」、「アレサ・アライヴズ」には「96粒の涙」(オリジナルは「?&ミステリアンズ」のナンバー1ヒット)、1970年リリースのアルバム「ジス・ガール」では「エリナー・リグビー」「レット・イット・ビー」といったビートルズ・ナンバー、ザ・バンドの「ザ・ウェイト」も取り上げています。ダウンロードdisuga-ru
アルバム・タイトル曲もバート・バカラックさんの「ジス・ガイ」の歌詞を変えたものです。こうしたカヴァーは白人の音楽ファンも取り込もうというレコード会社の戦略、あるいは1960年代後半という時代的な空気ももちろんあったと思いますが、同時にそういった人種の壁を越えようというアレサさんの思いがあったと感じるのです。というのは、これらのアルバムには黒人としてのメッセージ性の強い楽曲も入っていて、例えば「貴方だけを愛して」のB面ラストではサム・クックさんの「チェンジ・イズ・ゴナ・カム」(←クックさんがボブ・ディランさんの「風に吹かれて」に触発されて作った曲)を唄っていますし、
昨日書いたように僕が聴いて感涙した「ピープル・ゲット・レディ」はカーティス・メイフィールドさんが「公民権運動」をモチーフに書いた曲のカヴァーで「信念を持って乗りこめば約束の地に行ける。しかし、希望を失った人を乗せる場所はない」という内容です。
「リスペクト」のように、男社会に対するアンチのような内容に変えた曲も含めて、アレサさんには社会的なテーマが内包されている曲は多いですが、アレサさんの歌唱は決して「愚痴っぽくならず」、黒人であること、女性であることを肯定的に受け止め、生きることを訴えかけていたように思えるのです。黒人も白人もなく、自分らしく生きることを礼賛しているような。だから、多くの人の心を揺さぶったのでしょう。バラク・オバマ前大統領は、アレサさんの葬儀で「歌声を通して、アレサは何億人もの立場が弱い人、虐げられた人、そして少しだけ愛が欲しい人に力を与え、鼓舞したのです」と弔辞を述べられました。まさにその通りです!
   (ジャッピー!編集長)
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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
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