ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2018年11月

沢島忠監督による「水戸黄門」エピソード・ゼロ

「第10回船堀映画祭」での沢島忠監督の追悼企画でいらした「芸能座」の依田豊隆さんのトークによれば、沢島監督が生前、最後に撮りたいと熱望した「忠臣蔵」、キャストには北大路欣也さん、松方弘樹さんを考えていたとのことです。(松方さんの方が監督より先に亡くなってしまいました……)東映で培った時代劇の伝統を残されたかったのだと思います。
その北大路さん、松方さんのお二人が売り出し中の頃に沢島監督がお撮りになったのが「水戸黄門 助さん格さん大暴れ」(1961 沢島忠監督)です。「水戸黄門」といえば、この人!月形龍之介さんですが、その月形黄門シリーズの最終作にして、黄門様と助さん・格さんの出会いを描いた、いわば「水戸黄門エピソード・ゼロ」であります。お二人を助さん・格さんに配し、脚本は増村保造作品などでお馴染みの白坂依志夫さんを起用して新機軸を狙ったのです。
画面からはみ出さんばかりの大きな文字でタイトルが出たあと、フンドシ一丁の助三郎(松方さん)と格之進(北大路さん)が相撲をとっていて、汗だらけの体を洗うように海に飛び込みます。一気に駆け抜ける若さあふれる冒頭はもうアイドル映画です。二人は気のいい若者で、農家のおじいさんが草刈りしているのを見て、手伝いをします。このおじいさんは実は黄門様(月形さん)なのですが、この時点で二人は知りません。城内では若手の登用試験があり、次席家老のドラ息子(こういう役はやっぱり菅貫太郎さん!)は前もって試験問題を不正に入手し合格。それどころか助さん格さんがカンニングをしていたとウソをつくので、会場で二人は大暴れ、謹慎になってしまいます。そこへ「お呼び出し」があり、「お手討」かと覚悟して白装束で伺うと、何とあの農家のおじいさん。黄門様直々の裁定で二人は合格、晴れて黄門様の付き人になるのです。 
何でも当時、日大で不正入試事件があって、それをストーリーに取り入れたそうですが、他にも昭和36年当時の世相を風刺している場面、科白が続々と出てきます。黄門様が自分の畑で作った野菜を手渡し「これは農薬なんぞ入っておらんぞ」と言ったり、落語家や講談師が「お犬様」を蹴っ飛ばして捕まっていたり、庶民も苦しむ綱吉の独裁に「政治の貧困というやつじゃな」と言ったりします。ラストは、助さん・格さんたちがたくさんの犬を連れて柳沢吉保(小沢栄太郎さん)の屋敷に殴り込み、柳沢がたまらず部下に「かまわぬ!斬れ!」というと、二人が「おっ、てめえ、お犬様を斬るってのかい!自分で出したお達しを自分で破るのか!」と言うのが痛快でした。
また、菅さんが偉い家老(岡田英次さん)の所に行き「合格」を嘆願に行く場面、岡田さんは「馬鹿者!」と一喝し出ていきますが、部下の花沢徳衛さんがあっさりと「小判が底に入った饅頭」を受け取り、試験問題の写しを置いていきます。別室で岡田家老「いいか、金を受け取ったのもお前、問題を渡したのもお前だぞ」と言い含めます。いざとなったら責任をとらされるのは部下という姿勢、今の時代も「秘書がやったこと」というお決まりの逃げ口上、悪い奴のやり口は変わりませんねえ。
そういった風刺とスピーディーな立ち廻りに加え、助さんと渡辺マリさん、格さんと北条喜久さん、二組のカップルがブランコに乗ったり、黄門様の若き日の恋まで語られロマンチックな面も楽しく、さすがは沢島時代劇!であります。  (ジャッピー!編集長)

にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

追悼・沢島忠監督 「船堀映画祭」で「ひばり捕物帖・かんざし小判」を

昨日の当ブログで書いたように、11月11日(日)「第10回船堀映画祭」に行ってきました。目黒祐樹さんの活弁&トークショーを楽しんだ後、タワーホール地下の「船堀シネパル」に移動、「ひばり捕物帖・かんざし小判」(1958 沢島忠監督)を観ました。
kanzashi-koban
今年の1月27日に91歳で亡くなった沢島忠監督の追悼上映です。沢島監督はこの「船堀映画祭」には今まで3回もゲストでいらしています。ダウンロードsawamura
昨年もトークショーに車椅子で来られていました。そんな深い縁もあっての追悼上映で、ゲストには東映の惹句師で知られる関根忠郎さんが予定されていましたが、体調を崩し入院されたとのことで欠席。代役で「芸能座」の代表・依田豊隆さんがトークをされました。依田さんは、沢島監督が東映を退社後に設立した「コマ・プロダクション」の社長をつとめられた方で、舞台演出に軸足を置いた沢島さんを支えていました。その依田さんによると、沢島監督の創作意欲はすごくて、最後に「忠臣蔵」を撮りたいと熱望されていたそうです。「春秋忠臣蔵」とタイトルも決め、キャストも考えていたとのこと。しかし、今は映画会社もテレビ局も、お金のかかる時代劇は敬遠しがち。周りの人が「難しいですよ」と言うと、沢島監督、真顔で「そうか、じゃあワシは宝くじ買うわ! それで当てて映画撮るわ」とおっしゃったそうです。そういえば、前に読んだ「沢島忠全仕事」(ワイズ出版)のロング・インタビューで、「『忠臣蔵』撮りたくて映画界に入ったようなもの」と語っていましたから、本当に沢島監督の「初心」だったのだなあと思いました。と同時に、何とか撮ってほしかったなあと残念に思います。依田さんも、監督が最後まで「時代劇はどうなっていくんだ……」と心配していたと語り、そんな沢島さんの思いを遺言のように考えているとおっしゃっていました。
東映時代劇全盛期には「忠臣蔵」というと会社のトップ監督が演出するものだったので、まだ若手だった沢島さんにはまわってきませんでしたが、監督昇進2作目の「江戸の名物男 一心太助」(1958 沢島忠監督)で、仲の良かった中村錦之助さんの「ふだんの姿を出したい」と、それまでの格調や品格のある正調時代劇の殻を破る「青春時代劇」を作りあげます。
B03000008659
美空ひばりさんのお母さん・加藤喜美枝さんも「一心太助」を観て気に入り、「かんざし小判」の監督は沢島さんでと指名。監督3作目となった本作も、ミュージカル調の場面やひばりさんの立ち廻りなど躍動感あふれる画面でまさに沢島映画の真骨頂でした! 以後も若々しく、誰もが楽しめる作品を連打し「時代劇のヌーヴェルヴァーグ」と言われた沢島忠監督のご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

第10回船堀映画祭で、目黒祐樹さんが活動弁士を!

昨日の日曜日、「船堀映画祭」に行ってきました。毎年この時期に行われる「船堀映画祭」、今年で第10回を迎えました。地元の方々の手作り感が楽しく、僕も毎回訪れています。DoUPk33V4AAzYCq
(当ブログでも、2016年11月6日「船堀映画祭に行ってきました」、2017年11月12日「船堀映画祭で中真千子さんトークショー」と書いています。ご参照ください) 天気にも恵まれ、船堀駅前の広場ではアカペラのデュオ、マジックなどの出しものもあり、1日目の土曜日に「ブルース・ブラザーズ」(1980 ジョン・ランディス監督)が上映されたこともあって、並んだ露店にはベル―シ&エイクロイドのコスプレした人もいたりでお祭り気分を楽しみました。また、今年もハピイさんのイラストによるポスターが何枚も展示され、会場に彩りを加えていました。
今回楽しみにしていたのが「血煙り高田馬場」(1937 稲垣浩・マキノ雅弘監督)の活弁上映です。ダウンロードtikemuri
弁士をつとめるのが目黒祐樹さん! 目黒さんは若い頃に、お父上とお母上(近衛十四郎さんと水川八重子さん)の共演した無声映画を鑑賞したのがきっかけで「活弁」に魅せられ、いつかは勉強しようと思っていたそうです。忙しさでなかなか出来なかったのが、ようやく10年ぐらい前に弟子入りして「弁士」の修業を始めたとのこと。「まだまだ未熟で」とおっしゃていましたが、素晴らしかった! 俳優として長いキャリアがあるとはいえ、画面に映る役者に合わせ、しかも何人もの科白をひとりで語り分ける「活動弁士」というのはまた別の難しさがあります。それをこれだけ見事にこなされるとは、相当な努力を重ねられたと思います。年齢を重ねても、新しいことに挑戦する目黒さんの姿勢に、僕を含めて会場にいた人たちに大いに勇気を与えてくれました。
弁士をつとめられた後、目黒さんのトークがありました。何年か前に仕事で津川雅彦さんとご一緒したときに、今、弁士の勉強をしていてマキノ監督の作品をやらせていただいてますと挨拶したら、津川さんが「やる時はどこにいても必ず飛んで行って観に行くよ」とおっしゃったそうです。津川さんが亡くなってしまい、間に合わなかったのが無念と涙を浮かべておられましたが、「きっと天から降りてきて会場のどこかでニコニコして観ておられると思う」とおっしゃいました。また、本作の主演・阪東妻三郎さんのご子息、田村高廣さんにもとても可愛がってもらった思い出なども語られました。
この作品の殺陣は、それまでの時代劇と違って「熱いトタン屋根の上の猫」のように飛び跳ねる感じでとマキノ監督が演出をつけ、阪妻さんもそれに応え、軽快で躍動感あふれるの立ち回りを見せたという話も紹介され、目黒さんが映画の先人たちへのリスペクトを強くお持ちなことが感じられました。DoehcI0W0AE-e34

「関東」と「関西」の活弁の違いなど、興味深い話もあり、とても充実した上映+トークショーでした。来年公開される、周防正行監督による「活弁」を題材とした映画にも目黒さんがちょこっと出られているそうですから、今から楽しみです。 (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」と「ドリーム」

昨日の当ブログで書いたインタビューのこともあって、僕もすっかり大坂なおみさんのファンになりました。僕は今までテニスにはほとんど興味がなかったので、テニス史上、知っている選手はわずかしかいません。顔と名前が一致するのは、女子では、ナブラチロワ選手、クリス・エバート選手、ヒンギス選手、シャラポワ選手ぐらい。ウィリアムズ姉妹はセリーナ、ヴィーナスの区別がつかない……といった有り様です。あとは伊達公子さん、杉山愛さん、沢松奈生子さん……といった日本人選手。そんな僕でも知っていた女子テニス・プレイヤーの映画がありました。ビリー・ジーン・キングさんを主人公に描いた「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」(2017 ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス監督)です。
ダウンロードbatori
1970年代初め、「キング夫人」と新聞などの表記が多かったこの人は、メガネが特徴的だったこともあって、スポーツ・ニュースなどでよく見かけていて、さしてテニスに興味がなかった僕でも知っていました。それだけスーパースターだったということですね。映画ではエマ・ストーンさんがキング夫人を演じています。うーん、あんまり似てないかなあ……。
ダウンロードking

8月にこの映画を観たので、細かいことを忘れてしまいましたが、キング夫人がチャンピオンだった当時、女子大会の賞金が男子に比べてものすごく低くて、その「格差」「不平等」を訴え「女子テニス協会」を設立する……というものです。それに対し、男子テニスの元チャンピオンのボビー・リッグスさんが「男の力」を見せつけようと試合を申し込むのです。年齢は離れているとはいえ、男女が同じ土俵で勝負をするというこの試合、そういえばあったなあ!と思い出しました。当時、何だか「話題作りのお遊び」みたいなものかと思っていたので、こういう切実な背景があったのを映画を観て初めて知りました。
昨年は「ドリーム」(2017 セオドア・メルフィ監督)という、ロケット打ち上げに多大な貢献をしたNASAの3人の黒人女性を描いた実話の映画もありました。
images (10)
人種や性別で正当な評価を受けにくかった時代、人を描くものがアメリカ映画に多いのは、やはりトランプ大統領のマイノリティに対する態度へのアンチなのでしょう。一方、日本では医大が入試で初めから「女子を排除」していても、学生の大きなデモも起こらず、「女性活躍社会」とうたいながら女性閣僚ひとりという政権です。おまけに、そのひとりが炎上して、「全員野球内閣」も彼女ひとりでスリーアウト状態。どこが「適材適所」なんでしょう。本当に優秀な女性が能力を存分に発揮できる社会になってほしいものです。  
「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」は14日(水)より池袋新文芸坐で上映されますからお時間ある方は是非!   (ジャッピー!編集長)

にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

大坂なおみさんの名言「私は私」

テニス全米オープン優勝で今年の顔となった大坂なおみさんが、お父さんの母国ハイチを訪問、大歓迎を受けたというニュースを見ました。思い出したのが、優勝後に来日したときの記者会見です。記者が「あなたの日米それぞれの文化のつながりは?」みたいなことを訊いたのですが、大坂さんは「父はハイチ人です。私はニューヨークでハイチ系の家庭で育ちました。母は日本人なので日本文化とも共に育ちました。アメリカで暮らしたのでアメリカ文化も持っています」と答えました。images (8)
そもそも記者側がハナから「日本、アメリカ」しか念頭にないような訊き方をしているのが何だかな~という感じですが、きちんとまず「ハイチ」家系であることを述べて返す大坂さん、見事なリターン・ショットだと思うし、続けて「私は私としか思っていないので、アイデンティティについて深く考えたことはないわ」と言われたのが印象的でした。「流行語大賞」に「なおみ節」がノミネートされましたが、単にちょっと片言の日本語で天然なことを言うというレベルではなく、例えばこの「私は私」をノミネートしてほしかったと僕は思います。国籍や人種でなく、自分を育んだ家庭や文化を区別なく尊重して「私」になったという思いを感じます。これこそ今の時代、大事なことではないかと思うのです。
また、優勝した後のインタビューでの大坂選手の言葉に「日本人らしい謙虚さ」みたいな捉え方もされていましたが、これも違うでしょう。アメリカ人だって控えめな人や、謙虚な人はいるし、日本人でも謙虚じゃない人もいます。大坂さんの取材でよく出る松岡修造さんがいい例ですね。でも、大坂選手に「日本人らしさ」を重ねたくなる人の気持ちも分からないではありません。何しろ、ここ最近の日本がひどいですからねえ。「パワハラ」や「奈良判定」「悪質タックル」と今年のスポーツ界に続出した「いばっている」連中、「違うだろー!」と秘書をボコる議員、「文書改ざん」が起きても辞任もせず居座る大臣、そして国民を「こんな人たち」呼ばわりする首相……と、「謙虚」とは何万光年も離れた輩が多すぎます! こんな連中ばかり見せられると、大坂なおみさんの受け答えが爽やかに思えて「日本人はこうあってほしい」と思うのも当然かもしれません。
本当に、こういった(特に政治家、官僚の)劣化が、ここ数年加速度的に進行しています。僕が思うに、高倉健さんが亡くなった2014年以降、特にひどくなった気がするのです。健さんが数々の映画で演じてきた「謙虚で、曲がったことをしない、弱き者を助ける」日本人のキャラクターが遠くなってしまったのでしょうか。ああ、健さん、よみがえって、今「威張りちらしている」悪い連中を叩き斬ってください! 本日は高倉健さんの命日なので、そんな妄想を浮かべています。images (9)
(ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!
きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
記事検索
ギャラリー
  • 追悼・沢島忠監督 「船堀映画祭」で「ひばり捕物帖・かんざし小判」を
  • 追悼・沢島忠監督 「船堀映画祭」で「ひばり捕物帖・かんざし小判」を
  • 追悼・沢島忠監督 「船堀映画祭」で「ひばり捕物帖・かんざし小判」を
  • 第10回船堀映画祭で、目黒祐樹さんが活動弁士を!
  • 第10回船堀映画祭で、目黒祐樹さんが活動弁士を!
  • 第10回船堀映画祭で、目黒祐樹さんが活動弁士を!
動画配信
自分史記念日倶楽部

あなたの自分史はドラマに満ち溢れています。自分の記念日にそんな自分史ドラマを映像に残してみませんか?

>>詳しくはこちら

上を向いて歩こう
関根忠郎の映画惹句術
看護婦さんの生活と信条
懐かしの昭和の物語 壱
懐かしの昭和の物語 弐
懐かしの昭和の物語 参
  • ライブドアブログ