ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2018年12月

追悼・金子兜太さん

今年の2月20日に俳人の金子兜太さんが98歳で亡くなられました。金子さんは大正8年生まれで、個人的なことになりますが僕の父も同じ大正8年生まれで、僕はとうに父親の年齢を越えてしまいましたが、「ああ、生きていれば父も98歳かあ……」と久しぶりに早くに亡くなった父親の無念などに思い至ったりしました。年の瀬の孤独な時間、ちょっと感傷的になってしまいました。
俳句にはあまり詳しくないのですが、金子兜太さんはご自身が従軍された経験から戦争の虚しさを発信し続けており、その関連の文章を読むことがありました。僕の父も戦争に行っており、(足の甲に弾が貫通した傷跡がありました)子どもの頃に戦争の話を聞いていたので、その辺もやはり父の記憶と重なったりしたのかもしれません。
金子さんは秩父に育ち、恐慌で繭の値段が下がり村が貧困に陥ったのを目の当たりにして「戦争すれば自分たちの生活が豊かになる」と思い、「身体を張って」という意気で戦争に行きます。当時多かった典型的な軍国少年でした。しかし、戦局が悪化し、金子さんがいたトラック諸島には補給が途絶えます。食糧が来ないので、現地でイモなど作りますが、収穫されたものは軍人、兵隊に優先的に配られ、工員など民間人への配給は少なく、餓死者がゴロゴロと出ます。また、武器の補給もないので、自前で手榴弾を作ることになり、その実験で腕が吹っ飛んだり命を失った人もたくさんいたそうです。一方、指揮する士官・将校などは自分たちが無事に内地に帰ることしか考えていないような状況で、本当にエゴイスティックな雰囲気だったそうです。そんな光景を目にして「こんなひどいことをする戦争は間違っている」と思い、痩せ衰えて死んでいった仲間たちのためにも「無事に日本に帰ったら戦争のない世の中をどういう形でも志したい」と決意するのです。トラック諸島で一年半、捕虜生活を送り、去る時に作った句が有名な「水脈(みお)の果て 炎天の墓碑を 置きて去る」です。まさに金子さんのその後の俳人人生の原点になっています。
僕は前に金子さんと菅原文太さんの対談を読んだことがあり、文太さんが「秩父困民党」の話を出して、「太平洋戦争と重なる」部分について語ったり示唆に富むものでした。文太さんが「金子さんは筋金入りの反骨だ」と言い、反戦の旗を振り続けていきましょうと締めていました。その文太さんが亡くなり、今年、金子さんも亡くなった日本はアメリカからバンバン兵器を購入、空母も作り、明らかに戦争が廊下の角に待っている状況になってしまっています……。金子兜太さんの書による「アベ政治を許さない」というプラカードを掲げ続けるしかありません。
戦場を肌で体験した方として貴重なメッセージを語り継いでこられた金子兜太さんのご冥福を心よりお祈りいたします。(ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

スクリーンから別れの挨拶

「日刊スポーツ映画大賞」で樹木希林さんが「助演女優賞」を受賞され、28日に行われた授賞式ではお孫さんのUTAさんが代わってで表彰を受けました。また、その前には「報知映画賞」でも樹木さんは「助演女優賞」を獲得、こちらの授賞式では娘の内田也哉子さんが代理で登壇されました。也哉子さんは「母だったらきっと『死人に賞をあげるなんて物好きねえ。で、賞金いくらくれるの?』と言うでしょう」と希林さんの真似を交えてスピーチをされました。顔も似ていますが、まさに希林さんの口調がそっくりでした。「万引き家族」(2018 是枝裕和監督)の他に「日日是好日」(2018 大森立爾監督)、「モリのいる場所」(2018 沖田修一監督)と大活躍でしたから、この後、発表されるいくつかの映画賞でも「助演女優賞」部門は樹木さんが独占しそうですね。
「万引き家族」(←この映画については当ブログ8月18、19日もご覧ください)で印象的だったのは、疑似家族が海水浴に行くシーンで、希林さんが浜辺で楽しむ家族たちを見ながら、何か呟くところです。口だけ動かしていて声がはっきりしていないのですが、「ありがとうございました」と言ってるようでした。劇中では希林さんの役はこの後亡くなってしまう設定なのですが、何だか現実でも全身ガンでもう長くないと悟った希林さんが観客やスタッフ、共演者に向けて呟いたように見えました。あとで是枝監督のインタビュー記事を読んでみたらこの呟きは脚本にはなく、希林さんのアドリブだったそうで、是枝監督も撮ったあとで確認して気がついたそうですから、やはり希林さん自身の感謝の気持ちがこめられていたのでしょう。
僕はこのシーンを観たときに、高倉健さんの遺作となった「あなたへ」(2012 降旗康男監督)を思い出しました。この作品の中で健さんが写真館のウィンドウにグータッチしながら「ありがとう」と呟くシーンです。既に病気にかかっておられた健さん、もしかしたら観客含め自らの映画人生で関わった人たちに感謝を伝えようとしていたのではと思ったのです。
また、10月に大杉漣さん最後の主演作「教誨師」(2018 佐向大監督)を観たのですが、この映画のラスト、車から降り真っ直ぐ正面を向く大杉さんをしばらく映し出し、そのあと「教誨師」とタイトルが出て大杉さんはゆっくり後ろを向いて立ち去っていくのです。これが何だかまるで別れを告げているように見えたのです。大杉さんは2月に急逝だったから「お別れ」の意識はもちろんなかったで、観るこちら側がそう思ってしまうだけなんですが……。しかし、その役者さんがこの世になくなっても、こうしてスクリーンに姿や声が残り、観ている私たちに何かを伝えることが出来るのだということをあらためて感じたのでした。 (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

追悼・さくらももこさん

今年の8月15日に漫画家のさくらももこさんが亡くなりました。53歳という若さですから、まったく残念でなりません。西城秀樹さんのファンで知られ、「ちびまる子ちゃん」のエンディング曲「走れ正直者」を歌唱した秀樹さんが亡くなったときにコメントを出しておられたのに……。訃報を聞いたときはまさかと驚きました。
さくらももこさんといえば、その「ちびまる子ちゃん」ですが、アニメ化される前、僕はけっこう早い時期から知っていました。いや、別に「りぼん」を愛読していたわけではなく、当時、教師をやっていた僕に担任しているクラスの女生徒が単行本の第1巻を貸してくれたのです。僕は「いや、少女漫画は読まないから」と断ったんですが、「これ、少女マンガじゃないし、絶対、先生(←僕のこと)だったら面白がるから! だまされたと思って読んで!」と言い張るので、渋々借りて読んでみたら面白かったのです。さくらさんの方が僕より年下ですが、そこに描かれる「昭和」の子供たちのあれこれが自分にも思い当たったり、クスッと笑えるエッセイ風のマンガで、貸してくれたMさんに感謝したのです。そのクラスを担任していたのは1980年代半ばくらいだったから、まだ「昭和」だったかなあ。今振り返ると、あの頃は自分の教師生活でもまだ「昭和」ぽい生徒との関わりができて、僕の人生の黄金時代でもあったかなと思います。その後はどんどん進学校化して「成果主義」とかいろいろ何だか息苦しくなって……。
それはともかく、その後「ちびまる子ちゃん」はアニメ化され大人気となります。「まる子」役のTARAKOさんの声もピッタリはまり、主題歌の「おどるポンポコリン」も大ヒット、作詞されたさくらさんもレコード大賞作詞賞を受賞しました。さくらさんの「歌」に対する思いが炸裂したのが、映画の「ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌」(1992 須田裕美子、芝山努監督)です。さくらさん脚本の本作、ミュージカル風な場面が時にシュール、時にメルヘンチックで映像的にもインパクトがありました。登場する楽曲も大瀧詠一さんの「1969年のドラッグレース」や細野晴臣さんの「はらいそ」などに加えて、何と笠置シヅ子さんの「買物ブギ」を選ぶセンス!(この「買物ブギ」のシーンは必見です!) 
この映画のテーマは「絶対に忘れない。ずっと忘れない」というものだったと記憶していますが、これはまさに、さくらももこさんの資質だったと思います。子どもの頃の風景や心情を忘れず、出会い別れた人への思いが「ちびまる子ちゃん」の根幹にあると感じます。そんな記憶を大切にし、伝えてくれたさくらももこさんのご冥福を心よりお祈りいたします。 (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

追悼・角替和枝さん

今年の10月27日に女優の角替和枝さんが亡くなりました。
ダウンロードtunogae
まだ64歳という若さですし、最近も「リングサイド・ストーリー」(2017 武正晴監督)や「犬猿」(2018 吉田恵輔監督)など、ちょこちょこ映画で元気な姿を見たばかりだったので驚きました。
角替さんはその多くが脇役ですが、威勢の良い元気なおばちゃんといった役がわりと多く、チラッと出るだけでも映画のいいスパイスになっていたと思います。僕の印象では大林宣彦監督の作品によく出ていた印象で、初めて「あ、出てる」と思ったのは「異人たちの夏」(1988 大林宣彦監督)(←この映画については当ブログ2016年8月16日をご参照ください)ですが、映画出演のキャリアはもっと古く、「ヒポクラテスたち」(1980 大森一樹監督)に既に出ています。どの役で出たのか覚えていないのですが……この医大生の青春を描いた映画には柄本明さんが医大生の一人で出演していますから、このあたりで出会って結婚されたのでしょうか。それとも、角替さんは既に「東京乾電池」に入っておられたのか、僕は演劇に詳しくないのでちょっとさだかでないのですが、角替さんはたしか元は「つかこうへい」さんの所にいたと記憶しています。
柄本さんとの間には3人のお子さんがおられて、長女の柄本かのこさんは映画関係のお仕事されています。(よくスタッフの中にお名前を見かけます)そして、長男の柄本佑さん、次男の柄本時生さんは俳優として大活躍されています。ジャッピー!25号では佑さんにインタビューを行っていて、子どもの頃から映画を観まくっていた佑くんが「ポルノ映画」まで観ていることに、父の明さんが「いくつだって関係ない。観た方がいいものは観た方がいいんだから」と放任だったのに対し「でも、うちの母ちゃんは、『一応決まっているから、18歳までは』というんで、一応、和枝さんには内緒で」というエピソードを紹介してくれました。
その佑さんと結婚されたのが、奥田瑛二さんの娘・安藤サクラさんです。サクラさんは現在、朝ドラ「まんぷく」のヒロインとして好演してますが、お子さんを産んだばかりのサクラさんはオファーに対し逡巡したそうです。そんなサクラさんに、角替さんは「やらないなら、一生仕事やめな!」と強い調子でサクラさんの背中を押したそうです。今日の放送でも、劇中「国への訴えを取り下げない」と意地になる夫(長谷川博己さん)に福子(安藤サクラさん)が説得するシーンがありました。何だか、サクラさん自分を励ました角替さんを思い出しながら演技をされているんじゃないか……という風に思いました。今後の展開でも、福子が夫や家族を支えることが多いでしょうが、そこには角替さんの肝っ玉母さんぶりが投影されているかもしれません。
多くの作品に出演され味のあるキャラクターで楽しませてくれた角替和枝さんのご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

追悼・バート・レイノルズさん

今年の9月6日に俳優のバート・レイノルズさんが亡くなりました。burt-reynolds_ec
82歳です。頑健な体でヌードを披露したり、セックス・シンボルと言われていましたから82歳のバートさんというのは想像できませんが、誰でも歳をとるのだという当たり前のことを思い知らされました。
バート・レイノルズさんといえば、まず思い出すのは、何といっても「ロンゲスト・ヤード」(1974 ロバート・アルドリッチ監督)です。
20180907032421
(←当ブログ2018年5月31日もご参照ください)バートさん自身、大学でアメフトをやっていたのでまさにハマリ役でした。ロバート・アルドリッチ監督お得意のスプリット画面を駆使した試合シーンも良かったなあ! (スプリット画面の名手は、日本では長谷部安春監督です)僕はこの映画を友だちと今はなき「渋谷全線座」に観に行きました。大きなキャパの名画座でまさに昭和の映画館という感じでした。
観た映画館の記憶とシンクロするのか、バートさんは外国人ですが僕の中では「昭和の」俳優というイメージです。まぎれもなく「スター」なんだけど、スマートというより何だか泥臭い感じ。その後もカトリーヌ・ドヌーブさんと共演の「ハッスル」(1975 ロバート・アルドリッチ監督)とか、「トランザム7000」(1977 ハル・ニーダム監督)などを観ました。しかし、1980年代後半あたりになると、バートさんのマッチョな魅力は時代に合わなくなってきたのでしょう、だんだん作品も小粒なものになっていきます。僕が最後に観たバートさん主演作は「マローン」(1987 ハーレイ・コークリス監督)で、これは「池袋ジョイシネマ」で観ましたがお客さんの入りは淋しいものでした。p9983_p_v8_aa

公開作も少なくなり、私生活でも借金で訴訟起されたり、低迷したバートさんが過去の人になりかけた頃、ポルノ業界を舞台にした「ブギ―・ナイツ」(1997 ポール・トーマス・アンダーソン監督)に出演。ポルノ映画製作者を演じたバートさん、ゴールデングローブ賞の最優秀助演男優賞を受賞するのです! 
DmcBfILVsAA_gpk
それまで最低映画を表彰する「ゴールデン・ラズベリー賞」のノミネート常連だった(1994年度には受賞)バートさん、見事に復活したのです。僕は、バートさんの出世作である「脱出」(1971 ジョン・ブアマン監督)の中で、バートさんの「機械も組織もいつかはダメになるんだ。問題は誰が自力で生き残れるかだ」という科白を思い出したのでした。
精悍な男を演じて多くの映画で楽しませてくれたバート・レイノルズさんのご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!
昭和お宝品評会

NEW!!お宝をご紹介いただけるメンバーを募集中です!
投稿へのコメントもお待ちしております!

きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
記事検索
ギャラリー
  • 小池一夫先生原作「エロス」と「ヴァイオレンス」
  • 横並び社会と「麻雀放浪記2020」のパンフレット
  • 横並び社会と「麻雀放浪記2020」のパンフレット
  • みんな真似した「月光仮面」(大瀬康一さん)
  • 追悼・兼高かおるさん 「遠く」を夢見たテレビっ子の頃
  • みんな何処に行ってしまうのだろうか
動画配信
上を向いて歩こう
関根忠郎の映画惹句術
看護婦さんの生活と信条
懐かしの昭和の物語 壱
懐かしの昭和の物語 弐
懐かしの昭和の物語 参
  • ライブドアブログ