ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2018年12月

追悼・ソンドラ・ロックさん イーストウッド映画のヒロイン

今年の11月3日に、女優のソンドラ・ロックさんが亡くなりました。最近はスクリーンで見かけることがなくなっていましたが、まだ74歳、早すぎます。
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ソンドラ・ロックさんといえば、やはりクリント・イーストウッドさん作品への出演があげられます。初めて登場したのが「アウトロー」(1976 クリント・イーストウッド監督)ですが、PrsOutlawJoseyWales03

何と言っても、続いてヒロインとして起用された「ガントレット」(1977 クリント・イーストウッド監督)です! ここからイーストウッドさんとは私生活でもパートナーとなったと伝えられますが、本当に良かったのです!
ソンドラさん演じる娼婦と、刑事(イーストウッドさん)が逃亡を続けるうちに、始めは反発しあいながらソンドラさんの心根のピュアな部分に惹かれ、心を通わせていく……というツンデレ・ロードムービーですが、これはソンドラさんに当て書きしたのかと思うほど、ソンドラさんにキャラクターがピッタリはまっていて、これじゃあイーストウッドさんならずとも惚れてしまう!という役どころでした。ダウンロードgan
特に、「このチンポコ野郎!」とか口汚くののしる一方で、ようやく逃れたモーテルの一室でソンドラさんが母親に長距離電話するシーンなんか本当に感動的でした。イーストウッドさんに「だれもかばってなんかいないわ。自分をかばっているだけよ……」と言うところなんかも、しっかり「自分」を持ち自立していて、それでいて心を許した男にはどこまでも信じてついていく……ラストの銃弾でボコボコ、穴だらけになったバス、イーストウッドさんを抱きしめ「あたいを残して死んじまったら承知しないから!」と言うソンドラさん、これぞ本当の聖女!に見えました。
とにかく、この作品を観ると、イーストウッドさんがソンドラさんに惚れきっていて熱々なんだということが伝わってきます。以後の作品に欠かさぬ存在となり、イーストウッド映画に大きな貢献をします。神代辰巳さんの映画で「女は気が強いのにかぎる。よう尽くしよる……」という科白があったのをちょっと思い出したりします。
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気は強く生意気、じゃじゃ馬なキャラクターは、「ガントレット」の次の「ブロンコ・ビリー」(1980 クリント・イーストウッド監督)でも続き、ソンドラさんのイメージは確立しましたが、ソンドラさんの映画デビュー作「愛すれど心さびしく」(1968 ロバート・エリス・ミラー監督)で多感な少女を演じた初々しさも忘れられません。
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のちにイーストウッドさんとは別れ、慰謝料問題で泥仕合となってしまいますが、ソンドラさんは監督作も何本か撮ったりしていますので、イーストウッドさんの影響は大きかったのでしょう。もっと活躍てほしかったです。(一方、90歳近いイーストウッドさんは来年も監督作があるとか。しかも今度は主演も兼ねているとか。超人です!)多くの映画で魅了してくれたソンドラ・ロックさんのご冥福を
心よりお祈りします。  (ジャッピー!編集長)

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追悼・輪島大士さん さらば黄金の左

今年の10月8日、輪島博(元・横綱、輪島大士)さんが亡くなりました。70歳という若さですから残念でたまりません。
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僕は昭和の少年の多分にもれず相撲が好きで、よく友だちと所かまわず相撲をとったりしました。(最近は相撲をとってる子供を見なくなりましたねえ)一度、友だちのN君と四つ相撲になり、吊りをかまそうとしてN君のズボンのループ(ベルトを通す所)がブチブチ~と千切れてしまったことがありました。N君、ごめん。僕は右利きですが、どういうわけか左からの投げが得意だったので、そんなこともあって「輪島」関は大好きな力士でした。
日本大学から相撲界に入り、幕下付け出しでデビュー、あれよあれよと昇進していき、曲げを結う髪が伸びるのが追い付かなかったのを覚えています。
当時、まだ学士出身の相撲取りも珍しかったと思います。輪島のライバルが東京農大出身の「長浜」関で、のちに「豊山」関と改名しました。「輪島」関は本名のまま横綱になりましたが、これは初土俵から3年半というスピード記録だったので四股名を考えるタイミングもなかったとか、子供の頃から「輪島」でサインをしていたので変えたくないのだとか言われていました。ともかく、そうして第54代横綱となり、「黄金の左」を炸裂させ一時代を築きます。
外車を乗り回したり、当時、マワシは紺や紫といったダークな色が多い時代に「金色」のマワシをつけていたり、新世代の相撲取りという感じが新鮮な魅力でした。
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他には「高見山」関がオレンジ色のマワシをつけていたぐらいか。(そういえば、「輪島」関はよく「高見山」関に負けていた記憶があります)

次の第55代横綱「北の湖」関とは毎場所のように優勝争いをして「輪湖時代」と呼ばれましたが、「北の湖」関のブスッとしてふてぶてしく昔風の力士という雰囲気と風貌と「輪島」関のスマートな現代風タイプのコントラストも良かったです。ああ、昭和のあの頃の相撲、本当に面白かったなあ!
引退後、その奔放さから、金銭トラブル(親方株を借金の担保にしていた)で花籠部屋をつぶしてしまったり、相撲界から去ってプロレスに入ったりと順風ではありませんでしたが、迫力ある「左下手投げ」で僕らを熱狂させ、土俵を盛り上げてくれた輪島大士さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
(ジャッピー!編集長)

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「キャント・スタンド・ルージング・ユー」から「見つめていたい」へ

一昨日の当ブログで、「ポリス」がデビューから2作続けて「放送禁止」をくらった話を書きました。ファースト・シングルの「ロクサーヌ」は街に立つ娼婦のことを歌っているためにBBCからダメ出しされましたが、セカンド・シングル「キャント・スタンド・ルージング・ユー」は「自殺」を扱っているからです。
歌詞は一人称で語られていて、恋心を抱いている女の子につれなくされている辛い思いに満ちています。君に送った手紙が送り返されてきた、貸したレコードは傷だらけになっていた、とかなり冷たくされている様子が綴られ、サビでは「キャント・スタンド・ルージング・ユー」=「君を失うなんて我慢できない」と繰り返し歌われます。そして、とうとう you'll be sorry when I'm dead and this guilt will be on your head  I guess you'd call it suicide と続きます。「僕が死んだと聞いたら、君だって後悔するよ。自殺だということが君の頭に罪の意識がこびりつかせる」というわけです。
もし、人生相談なんかに来たら、「早まるなよ。そんな冷たい女のことは忘れて……」と回答したくなるような状況ですが、周りが見えなくなっているとそんなアドバイスは通じないかもしれません。
この思いつめ方、のちの大ヒット「見つめていたい」にも通じるものがありますね。1983年、ビルボードで8週連続1位を独走、「見つめていたい」の原題は、Every Breath You Take で、「君が息をするたび」という意味ですが、歌詞は「君が動くたび」「君が約束を破るたび」「君が歩くたび」……僕は君を見つめている……と、愛する人がちょっとした動きものがさず遠くから見つめているという内容です。 収録されたアルバム「シンクロニシティ」を僕も購入して聴いたとき、あ「キャント・スタンド・ルージング・ユー」と直結してる!と感じました。ちなみに、作者のスティングさんは「見つめていたい」について、「これは嫉妬の歌だ」と語っています。
この曲、実に綺麗に韻を踏んでいる(もう完璧です!)ので、僕は教師時代によく教材として使用しました。その時、生徒たちの感想は「これってストーカーみたいで怖い……」というものが多かったです。 (ジャッピー編集長)
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三上真一郎さんと「仁義なき戦い」

14日の当ブログで、今年7月に亡くなった三上真一郎さんが「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」の渦中にあった頃のことを書きました。やがて、映画も斜陽となり、三上さんは松竹を退社、他の映画会社の作品にも出て活躍の場を広げます。
「仁義なき戦い」(1973~1974)シリーズにも三上さんは出演されます。東映実録路線の幕を開いた9第1作「仁義なき戦い」(173 深作欣二監督)には「新開宇一」役を演じます。images (1)
復員兵や食いつめ者といった若者たちが集まり、戦後の焼け跡から発生した暴力団ですが、その中の一人です。組織が膨張する中で、内部抗争が始まり、松方弘樹さん演じる「坂井鉄也」と対立、最後は駅のホームで刺殺されます。(このシーンはゲリラ撮影で迫力あったなあ)
また、第4作「仁義なき戦い 頂上作戦」(1974 深作欣二監督)では「川田英光」という役で強い印象を残します。
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打算的なヤクザで、代理戦争の最中、どっちにつくか曖昧な態度をとり、自分の子分(というかまだバッジもないようなチンピラ)の小倉一郎さんを唆して松方弘樹さんを殺させます。小倉さんは原爆スラムに住む貧しい若者で、松方さんに可愛がられて信用を得ています。そこを利用して、三上さんが小倉さんに囁くのです。この名科白「ここらで男にならんと、二度と舞台はまわってこんど」は、個人的にも僕が30年以上勤めた会社を辞めるか迷っていたときに浮かんだ言葉でした。E4BB81E7BEA9E3818BE3828BE3819FEFBC9CE38282EFBC9E-thumbnail2
(詳しくは当ブログ2016年11月28日「仁義なき戦いは人生の金言集」をご覧ください)僕も失業して今も貧困に陥っていますが、小倉さんも松方さんを撃って逮捕、無期懲役になってしまいます。ともかく、この三上さんが悪魔の囁きを発するシーン、記憶に残る名場面でした。
劇中、松方さんが「あの川田というのはクセのある男じゃから……」と言うシーンがありましたが、その通り、「ぬらりひょん」みたいな役を三上さんは見事に演じていました。かつての松竹青春スターもこのとき33歳、挫折や屈託、人生経験が役者としての深みを増したのでしょう。かつて師匠の小津安二郎さんに「真公は50歳になったらいい役者になるぞ」と言われた三上さん、その予言よりもだいぶ早く、味のある演技を見せてくれました。  (ジャッピー!編集長)
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1978年、「ポリス」は何故「パンク」に扱われたか

当ブログ11月15日に、きたかたさんも書いておられますが、1978年にデビューした「ポリス」は当時、「パンク・ロック」のジャンルとみなされていました。「パンク・ロック」といえば、当ブログ12月5日に取り上げた「セックス・ピストルズ」のような、テクニックよりも若者のフラストレーションの爆発的衝動が前面に出るような、ある種、素人っぽさもその特徴である部分が含まれると思います。
そういう意味では「ポリス」は「パンク・ロック」とはかなり遠い位置にいるバンドだと思います。ギターのアンディ・サマーズさん
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は既に1960年代には、「アニマルズ」「ソフト・マシーン」といった著名なバンドに参加していたし、ドラムのスチュワート・コープランドさんはアメリカから1974年に渡英、プログレ・バンド「カーヴド・エアー」に在籍していました。
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そしてベースのスティングさんは教師をやりながら、元々はジャズ・コンボで活動していました。(そういうルーツがあるので、「ポリス」解散後、スティングさんの初ソロ・アルバム「ブルー・タートルの夢」は一流ジャズ・ミュージシャンを集めて作られました)
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このように、3人とも「ポリス」結成以前にそれぞれプロとしてのキャリアがあり、幅広い音楽性を備えていたのです。それは、レゲエやアフリカン・ビートを取り入れたファースト・アルバム「アウトランドス・ダムール」を聴けばすぐに分かります。かなりのテクニシャンが集まってスタートしたので、いわゆる「パンク・ロック」とは出自が違うのです。
では、なぜ「パンク・ロック」と括られてしまったかというと、当時のロック・シーンにはなかった音像を持っていたことと、その過激性があったと思います。「アウトランドス・ダムール」からシングル・カットされた「ロクサーヌ」は売春婦を描いた歌詞(♪もう金のために街に立たないでくれ 他の奴らと君をシェアしたくない)のためにいきなり放送禁止をくらってしまいます。0-110209-05
それに憤ったスティングさんはBBCを攻撃するポスターを作ると、BBC側は今度はセカンド・シングルの「キャント・スタンド・ルージング・ユー」の歌詞が「自殺」を扱っていると「放送禁止」にします。
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こうして、前代未聞、デビューからシングル2曲続けて「放送禁止」になったことと、放送局への反撃キャンペーンをしたことで「ポリス」は「体制」へのアンチという「パンク・ロック」のイメージをまとったのかもしれません。
 
 (ジャッピー!編集長)
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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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