ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2019年04月

平成元年に「池袋」で観た映画いくつか



今日で「平成」も終わり。「令和」になると、「昭和」は二つ前の時代になるわけですから、昔、僕なんかが子どもの頃、「明治」の人がえらく古い人に思えたのと同じで、「昭和人」というとえらく昔の人種という風に見られるのでしょうか。何だか、急に歳をとったように感じてしまいます。
思えば、「平成」は何だかアッという間で、自分の中では「新しい」時代という感じなのですが、30年4か月ぐらいあったから、それなりの長さがあったわけですねえ。
僕は「平成元年」(1989年)、どんな映画を観ていたか、マイ記録を振り返ってみます。たくさん観ることが主眼だったので「名画座」通いをしていたので、「文芸坐」「文芸坐2」「新宿昭和館」なんかはもうレギュラー・メンバーでした。お金がなかったので封切作品は数は減りますが、どこで観ていたかというと、東武東上線沿線に住む者として、当然ながら「池袋」がホームグラウンドになっていました。よく行ったのが、駅から豊島区役所方面に明治通りを進む左側にあった、「池袋スカラ座」「池袋日勝」「日勝文化」「日勝地下」です。ここの跡地は現在「ヤマダ電機」が建っていますが、その一大型家電量販店ビルの一角にストリップの「ミカド劇場」がまだ残っていて、何だか盲腸のようです。「その男、凶暴につき」(1989 北野武監督)は8月25日に「日勝文化」で観ています。お世辞にもキレイな映画館とは言えませんでしたが、たけし監督デビュー作のバイオレンスなムードに何だかよく合っていたなあ。
その並び、手前にあった「池袋東急」もよく行った映画館です。ここはビルに建て替えた後も最上階(7階かな?)に入って営業を続けていましたが、今はもう閉館しています。ここでは「黒い雨」(1989 今村昌平監督)とか「メジャーリーグ」(1989 デビッド・ワード監督)、「バットマン」(1989 ティム・バートン監督)なんてのもここで観ました。今や舛添要一さん似になってしまったマイケル・キートンさん版です。サンシャイン通りにあった「池袋東宝」「池袋ジョイシネマ1」「池袋ジョイシネマ2」は、よく招待券が当たり行きました。「裸の銃を持つ男」(1989 デヴィッド・ズッカー監督)で大笑いし、「ワンダとダイヤと優しい奴ら」(1989 チャールズ・クライトン監督)、宮本輝さん原作の「花の降る午後」(1989 大森一樹監督)なども観ました。ここは現在「HUMAXシネマ」となって6館(だったかな?)と増えています。その向い側にあった「テアトルダイヤ」では、筒井康隆さん原作の「文学賞殺人事件 大いなる助走」(1989 鈴木則文監督)を観たなあ。佐藤浩市さんはまだ若手俳優でした。
シネコンの走りといっていい「シネマサンシャイン」(ここは以前は「池袋東映」でした)では、「ダイ・ハード」(1989 ジョン・マクティアナン監督)に興奮しました。この映画、僕は名画座でも追いかけてこの年に3回も観たのです。そして、平成元年だったこの年の7月9日、「シネマサンシャイン1番館」にて、まさに「愛と平成の色男」(1989 森田芳光監督)を観たのでした。このときは石田純一さんが東尾修投手の娘さんと結婚するなんて誰も(いや、本人も)思っていなかったでしょう。併映は「バカヤロー!2 幸せになりたい。」(1989 成田裕介監督他)でした。30年経ち、映画館も消えたり、違う風景になったり、いろんな映画が通りすぎていきました。そして、「平成」も幕をおろします。 (ジャッピー!編集長)
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横並び社会と「麻雀放浪記2020」のパンフレット

噂の真相 2000.9 表紙

噂の真相 絶対安全Dランキング

このところ、当ブログで岡留安則さんのことを取り上げています。岡留さんが編集発行人だった「噂の眞相」は2004年月3月をもって休刊となりました。(ちなみに2000年9月号の「絶対安全Dランキング」にはハピイさんの名前が載ったことがありました) 
25年間、スキャンダル雑誌として一貫した姿勢でのぞみ、どんな相手に対しても筆をゆるめたことはありませんでした。そのため、雑誌にはつきものの「広告」がほとんどありませんでした。特に、創刊2年目には皇室関係の記事に対して右翼団体が大々的に抗議行動を起こし、それまで「噂の眞相」の誌面に出していた大手広告主は一斉に手を引いたのでした。広告を出している自分たちにも抗議の火の粉が飛んでくることを怖れたのです。収入的には大きな痛手ですが、岡留さんは「このことが結果的にタブーなき雑誌づくりの原動力になった」と語っています。これで、かえって何にも気にせずスキャンダルを追えるし、「噂の眞相」のスタンスが確立できたというわけです。多くの雑誌は、多額の広告料をもらっている代わりに、その広告主にとって都合の悪いことは書けないし、書いても上の方でストップがかかってしまうのです。スキャンダリズムが売りの週刊誌なども、そういった「資本の論理」の中で作られているのです。しかし、「噂の眞相」は、以後、マイナーな出版社とか風俗関係などの広告だけで、全収入のほとんど(9割以上といわれています)が販売収入でまかなえたといいます。本当に「売れて」いた雑誌なのでした。
CMに頼って経営しているテレビは言うまでもなく、昨今の映画が面白くなくなっているのも、大手雑誌のケースと同じですね。。映画というのは、とにかく金がかかりますから「製作委員会」方式がほとんどで、多くの企業が資金を出していますから、作る方はあっちにもこっちにも気をつかわなければなりません。かくして、当たり障りのない作品が続々と生み出されていくわけです。観客よりスポンサーの顔色をうかがって作っているなんてこともあるでしょう。
不祥事を起こした俳優が出ていれば、ともかく「出さない」ことに即決。本当に対応を考えてというよりは、自動的に「お蔵入り」「出演シーンをカット」とスポンサー様対応のマニュアル通り。こうして「横並び」が当たり前になっていきます。本当は、観る選択はお客さんの方にあるのにねえ。観たくない人は観なければいいし、観たい人がいるのに公開中止とかって誰のため?と思えてしまいます。
今回、「麻雀放浪記2020」(2019 白石和彌監督)が、ピエール瀧さんの出演シーンもそのままで公開したのは、そういった風潮に一石を投じたと思います。先日、僕は観に行きました(ごく普通の観客動員でした)が、売り場でパンフレットを立ち読みしたら、ピエール瀧さんの名前はどこにも載っていませんでした。見事なくらいに。急遽、編集し直したのかなあ。パンフレットって基本的にはその映画を観た人が購入して、映画の思い出を反芻するものだと思いますが……せっかく公開するのなら、パンフレットをここまですることないのではと思いました。 (ジャッピー!編集長)
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「噂の眞相」がなくなった後の社会は

一昨日の当ブログ「追悼・岡留安則さん」で書いたように、「噂の眞相」ではタブーも妥協もなく、反権力・反権威スキャンダリズムを貫き通した岡留さん。時には、ふだん仲良くしている人や、「噂の眞相」に寄稿している人にも容赦ありませんでした。その姿勢はブレることありませんから、当然ながら「敵」も多かったと思います。名誉棄損とか訴訟はいつも何件も抱えている状況だったそうですが、その多くは話し合いで解決して、判決くらったこともほとんどないと記憶しています。トラブルをトラブルと思わない強靭なメンタル、その交渉力?というのもスゴイですが、ほとんどの場合、「メンツ」で告訴してくるケースが多いとのことです。
それでも、もちろん大きなトラブルはあり、2000年には右翼団体による襲撃を受けています。皇室に対する記事への抗議にやってきた右翼団体の二人が「謝罪のため1号休刊しろ」と要求したのに応じなかったで、二人組は暴れ出し、殴りかかり包丁まで持ち出したそうです。岡留さんは額と太腿から出血、編集部の部屋の絨毯は真っ赤になったほどです。それでも、岡留さん、警察の事情聴取よりも、約束があるので飲みに行こうとしたそうですから何とまあ! 結局、足が腫れあがり病院に行くことになって「ついでに」四谷署に出向いたそうですが、額を6針、太腿3針縫う全治40日という大ケガを負ったのでした。これは、新聞にも載っていたのでよく覚えています。
この件で「不用意に編集部に通すとは警戒心がなさすぎる」などと批判も起きました。しかし、岡留さんは他人を批判している以上、抗議にも真摯に対応する「オープン」な編集部は当然と思っていたのです。それまで、どんな人物が抗議に来ても「いくら主義、主張が違っても、話せば分かる」という信条を持っていたのですが、自分だけでなく編集部員も暴行を受けたことで、突然の来客に警戒したり、催涙スプレーなどを用意するようになって、「噂の眞相」のあるべき理想の姿を放棄するターニング・ポイントになったと仰っています。
「噂の眞相」は休刊のときも売れていて「黒字」だったといいます。余力を残しての2004年の休刊の理由はひとつではないでしょうが、この事件で、双方向のコミュニケーションをとるための「オープン」な編集部が変容せざるを得なかったことも大きかったかもしれません。また、「個人情報保護法」という、もうひとつの暴力も大きかったように思います。公人の噂すら書くことを封じられた社会は、一方ではSNS等で悪口、ヘイト、バッシングがたれ流されています。まるで、江戸時代に幕政改革で締めつけが厳しくなると、庶民の落書きがそこかしこに増えたみたいな感じです。果たして、どっちが健全な社会なんでしょう。(ジャッピー!編集長) 

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「なつぞら」と「白蛇伝」

朝ドラ「なつぞら」は、先週、酪農をめぐって藤木直人さんと草刈正雄さんが気まずくなったことに悩む「なつ」(広瀬すずさん)が先生に相談したのが切っ掛けで、演劇に出ることになる展開でした。演劇部の顧問である先生を演じるのが、柄本佑さん。「まんぷく」のヒロイン、安藤サクラさんに続いて今度はご亭主が朝ドラに登場です。(今、大河ドラマ「いだてん」には柄本時生さんも出ていますから、柄本・安藤家はNHKに大貢献ですね) この柄本佑先生が書き下ろした台本には頑なな草刈さんを説得するテーマを織り込まれていて、遅れて観に来た草刈さんの心がほどけます。
この劇は「白蛇伝説」をモチーフにしていましたが、これはもちろん、東映動画「白蛇伝」(1958 藪下泰司監督)へのオマージュをこめています。広瀬すずさん演じる「奥原なつ」のモデルは東映動画のアニメーターの草分け、「奥山玲子」さんです(当ブログ4月7日「『なつぞら』と南青山のセレブども」参照)から、当然「白蛇伝」にもすでに関わっています。
少年のときに可愛がっていた白蛇が美女に化身して恋に落ちる……という中国の民話を基にした話は、「白夫人の妖恋」(1956 豊田四郎監督)が池部良さんと山口淑子さんのコンビで映画化しています。円谷英二さんが日本映画史上初めてブルーバック合成を使った特撮もあり、良い映画でした。これが、香港で大ヒットして、香港映画界から東映にアニメ化の要請がきたのが切っ掛けといいます。中国の話の逆輸入ということですね。
しかし、これだけの長篇アニメを作るには人手が足りません。そこで弱小会社だった「日動映画」を丸ごと東映が買収、「東映動画」としてスタート。ほとんど素人のスタッフを育てながら、2年をかけて完成したのが「白蛇伝」で、ここに「奥山玲子」さんは参加していたのです。これから「なつぞら」でどのようにアニメーター創成期が描かれるか楽しみです。たしか、人物の動きを模写するのに実写を撮り、アニメに描くという手間をかけており、ヒロインの動きを当時新人の佐久間良子さんがやったというエピソードを話されていたのを覚えています。また、後になって、「白蛇伝」の何人か(あと、パンダとか)のキャラクターを全て森繫久彌さんと宮城まり子さんが二人だけで声を担当しているのを知ってびっくりしました。
僕も子どもの頃に観た「白蛇伝」、その美しさに魅せられたものです。ディズニー・アニメは観ていましたが、東洋風の絵のタッチ、優しい色使いに一味違うものを感じましたねえ。ディズニーがポップなプラスチックの玩具とすると、「白蛇伝」は「回り灯籠」や「影絵」のような手作り感がありました。人物の顔が東洋風というだけでなく、この「手ざわり」がやはりピッタリくるのです。この時代のアニメというと、座ってみた体育館の匂いとかが蘇ってくるので「郷愁」ポイントが入っているかもしれませんが。
昨今は「スタジオ・ジブリ」作品とか、高度な技術を駆使したアニメが続々と作られて「クール・ジャパン」の象徴ともなっていますが、昭和オヤジの僕にとっては、アニメといえば「白蛇伝」で感じた儚い美しさであり、「こうした豊かなアニメを体験できた子ども時代を過ごせて良かったなあ!」とつくづく思うのです。今日は「昭和の日」なので、そんな感慨に浸るのでした。 (ジャッピー!編集長)

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追悼・岡留安則さん 反権力、反権威を貫いた男

今年の1月31日に、元「噂の眞相」編集長の岡留安則さんが亡くなりました。まだ71歳ですから残念です。1979年創刊の「噂の眞相」、僕は毎号買っていたというコアな読者ではありませんでしたが、興味深い記事があると読んでいました。ザラザラした紙質が、誌面のちょっと怪しい感じにピッタリでした。のちに岡留さんの回想を読んでみると、戦前の「カストリ雑誌」のイメージを意識して、わざとあの紙を使っていたそうです。そもそも誌名の「噂の眞相」は、梶山季之さんが発行していた“マスコミ・文壇ゴシップ誌”「噂」と、戦後すぐの1946年(昭和21年)に創刊された「眞相」のタイトルに由来しています。「眞相」は戦後、乱立したカストリ雑誌の中でももっとも過激なもので、最後は政治家たちに「集団名誉棄損訴訟」を起こされ潰された雑誌です。その精神を引き継いでいるのが、あの紙質にあらわれていたのです。実際は、チープに見えるザラ紙の方が、普通の雑誌が使っていた上質紙より高かったそうですから、いかに拘っていたかが分かります。
軍部による言論統制が解けて、エネルギーを一気に爆発させた「カストリ雑誌」さながら、徹底して権威、権力に対してアンチの姿勢で斬りこんだ雑誌でした。「人はこれをスキャンダル雑誌という」というキャッチフレーズ通り、政界、財界、芸能界に至るまで容赦なく暴露していきました。岡留さんは元々、学生運動をやっていましたが、その頃、多くの一般市民は「関係ないよ」という感じで、自分たちの「運動」が一般社会からは浮いていると感じていたそうです。そこで、自分が市民社会に出ていって亀裂を入れようと思ったそうです。ジャーナリストとして活字で火をすけて、刺激をを与えようと思ったのです。「国家」をターゲットにするというポリシーは当然ですが、芸能人の不倫などのスキャンダルについても、歌手や俳優も公的なメディアを使ってファンに影響力を与えている“権威”という捉え方です。「芸能マスコミで虚像を作られて有名になり、グッズなども売れる。そういう部分では自分の方から宣伝してプライバシーを売っておきながら、都合の悪いことは書かせないという芸能プロの姿勢はおかしい」という発言もしています。とにかく、徹底していて全くブレずに25年間、「噂の眞相」を編集、発行してきたのですからスゴイ! その一貫した姿勢は尊敬に値します。
岡留さんのモットーは「体制が変わろうが、政権が変わろうが、権力は信用できない。常に疑っていないと騙される」というものです。メディア、ジャーナリズムの基本です。ところが今や、メディアは腰が引け、テレビをつけても御用文化人がでかいツラする気持ち悪い社会になってしまいました。
「噂の眞相」休刊後は沖縄に移住していて、そこが終の土地となりました。辺野古の新基地建設など、今も「権力」に蹂躙される地で、口だけ「真摯に受け止め」という独裁政権に憤っていたそうですから、71歳での死去は無念です。岡留安則さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
(ジャッピー!編集長)

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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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