ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2019年06月

ビートルズのカヴァーを集めた「青盤」「赤盤」

昨日の当ブログに書きましたが、これから今日の夜、FM東京でオンエアされる「村上RADIO」第6回がビートルズ特集ということで楽しみです。そういえば、村上春樹さんの『騎士団長殺し』で、主人公が東北を彷徨しているとき、ファミレスに入るとストリングスが演奏する「フール・オン・ザ・ヒル」が流れている場面がありました。主人公は「その曲を実際に作曲したのがジョン・レノンだったかポール・マッカートニーだったか、どちらか思い出せなかった。たぶんレノンだろう。私はそんなどうでもいいことを考えていた。他に何を考えればいいか、わからなかったからだ」と思うのです。「フール・オン・ザ・ヒル」はポールの曲で、村上さんが知らないはずはないし、どうしてこういったモノローグを主人公にさせたのか、何か意図があるのかと読みながら考えてしまいました。ハルキ学者の人たちはすでに解析されているかもしれませんが。
ともかく、この番組では今までオリジナルよりレアなカヴァー。ヴァージョンをかけることが多いので、今回、村上さんがどんなレアものをかけてくれるか期待です。「村上さんのところ」(村上春樹 新潮文庫)の中でも、ジョギング用のi-podに何を入れてますかという読者の質問に「僕はトリビュート・アルバムから抜粋して入れることが多いです。たとえば、オリジナルのビーチ・ボーイズとかビートルズなんか、もう『耳だこ』になっていますよね」と答えていますし。
僕はビートルズ大好き人間でもちろんオリジナル・ファーストで聴いてますが、カヴァーを聴くのも好きで、よく聴くCDが「レノン=マッカートニー・ソングブック」です。青いジャケットの「Vol.1」がR&B、ジャズ・ヴォーカル系、赤いジャケットの「Vol.2」がポップ、ロック、カントリー系のアーティストによるビートルズ・ナンバーを集めたコンピ盤です。かなり前に2枚一緒に買って甲乙つけがたいのですが、「青盤」の方が気に入っているかなあ。特に、エラ・フィッツジェラルドさん、アレサ・フランクリンさん、サラ・ヴォーンさん、チャカ・カーンさんなど黒人女性ヴォーカリストの表現力には圧倒されます。サラ・ヴォーンさんが歌う「フール・オン・ザ・ヒル」、「ゲット・バック」、チャカ・カーンさんがファンク調で歌う「恋を抱きしめよう」など素晴らしすぎです。他にも必殺のレイ・チャールズさんの「レット・イット・ビー」もあるし。「赤盤」にもリンダ・ロンシュタットさん歌う「グッド・ナイト」やエミルー・ハリスさん歌う「ヒア、ゼア、アンド・エヴリホエア」など捨てがたい味がありますが、やや「青盤」の方が分が
いいかな。「赤盤」で面白いのは、「オール・アイヴ・ガット・トゥ・ドゥ」をルイーズ・ゴフィンさんが歌っているヴァージョン。ルイーズさんは、キャロル・キングさんとジェリー・ゴフィンさんの娘さんですが、かつて「チェインズ」などゴフィン=キング作品をカヴァーしたビートルズ、この名コンビ「ゴフィン=キング」のようになりたいと「レノン=マッカートニー」というコンビで曲作りを始めたのは有名な話です。両親を目標にした「レノン=マッカートニー」の曲を、その娘さんがカヴァーするという一周まわった連環であります。
(ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

山本浩二選手の「サイクルヒット」を掛布選手がアシスト

エンゼルスの大谷翔平選手が、6月13日のレイズ戦で「サイクルヒット」を達成しました。メジャーリーグで日本人初です。左投手が苦手と言われてきましたが、それも見事に克服、どんどん進化している感じですね。多くのバッターが海を渡っていますが誰も成し得なかった「サイクルヒット」、あのイチロー選手もあと一歩までいったことは何度もありましたが達成できなかった(イチロー選手の場合は「三塁打」以上に「ホームラン」がネック)のを、メジャー移籍2年目で達成ですから、スゴイ! 今年は手術の影響でシーズン出場は出遅れましたが、バッターに専念しているので相当、数字を残しそうです。
「サイクルヒット」で思い出したのは、1983年、広島カープの山本浩二さんが達成したときです。阪神タイガース戦でした。何でよく覚えているかというと、サードの掛布雅之選手が「ゆるい」タッチをしたからです。山本浩二選手はこの日、ヒット、二塁打、ホームランを打っていて(順番は失念)、残すは「三塁打」だけとなっていました。「サイクルヒット」で一番難しいのはこの「三塁打」であることは言うまでもありません。特に、このとき(1983年)の山本浩二さんは選手としては晩年です。ホームランは30本以上打っていましたが、若い頃は毎年二けた盗塁を決めていた走力も衰えていました。「三塁打」も2、3年なかったと記憶しています。
そして、終盤、これが最終となる打席が回って来て、ライナーで右中間を破ります。山本浩二さんは当然、二塁を回ります。そしてボールが返ってきて、タイミングは「アウト!」という感じでした。しかし、タイガースの三塁を守っていた掛布選手は何だか、ふわーっとした動きでタッチをして「セーフ」になったのです。返球を受けてバシッと走者にタッチするところを、明らかに山本選手の「サイクルヒット」をアシストするようなプレイでした。「プロ野球ニュース」の映像で観たのですが、このプレイの後、掛布選手は山本選手の方に顔を向けてニヤニヤしていました。僕は、それまで掛布選手は好きな方でしたが、この試合ですっかり嫌いな選手になってしまいました。たしか、大差がついていた試合だったと思いますが、それでも全力でプレイを見せるのが「プロ」だと思います。オープン戦でもオールスター戦のようなお祭りでもないんです。公式戦で、敵の手助けをするなんてのはある意味、八百長というか、敗退行為じゃあないかと感じましたね。当時、この掛布選手による「サイクルヒット」補助は話題になり、野球ファンから多くの批判があったと記憶しています。
思えば、このあたりから球界の「仲良し」グループ的なムードが高まってきたような感じがします。他球団の人と自主トレしたり、アドバイスしたり……自分のチームの選手だってライバルだからピリピリていた時代には考えられません。(当ブログ2017年8月10日「江本さんと晩年の米田さん」ご参照ください) 国際大会でナショナル・チーム「侍ジャパン」なんてやっていることもあって、ますます「仲良し」化が進んでしまったように感じます。やはりオリンピックとかは「アマ」でチームを組む方がいいんじゃないかなと思います。 (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

「ビートルズ全213曲のカバー・ベスト10」が興味深い

2か月に一回、FM東京から放送される、村上春樹さんがD.J.をつとめる「村上RADIO」。明日の16日(日)に第6回がオンエアされますが、告知によると「ビートルズ」特集だそうです。この「村上RADIO」は毎回、オリジナル曲ではなくて他のアーティストが取り上げたちょっとひねったマニアックなカヴァーものをかけるので楽しみなのですが、明日も「ビートルズ」のレアなカヴァー・ヴァージョンが聴けるのではないかと今から楽しみであります。
また、最近「ビートルズ全213曲のカバー・ベスト10」(川瀬泰雄・著/ギターマガジン)という興味深い本が出ました。ビートルズの公式レコーディング213曲について、それぞれ他のアーティストがカヴァーしたものからベスト10を選ぶというもので、そのうちベスト3はレコード・ジャケットも紹介しレビューもついています。歌の入ったものだけじゃなく「演奏」ものも入っているとはいえ、「全213曲について」というのがスゴくて、有名曲ではないものも全て網羅しているのです。よくもまあ、これだけ集めて聴いたものだと感心します。だって、『ワイルド・ハニー・パイ』や『レヴォリューション9』とか『ハー・マジェスティ』『ユー・ノウ・マイ・ネーム』なんて曲にカヴァー・ヴァージョンがあるなんて(しかも10曲も!)思ってもいませんでした。1曲だけ、8曲しか集まらない曲(『ディグ・イット』です)があって、213曲×10のパーフェクトにならなかったのが惜しいです! 
金沢明子さんの唄った『イエロー・サブマリン音頭』が『イエロー・サブマリン』カヴァーの1位になっているのにニヤリとさせられます。他にも日本人アーティストだと、森山良子さんの『グッド・ナイト』や竹内まりやさんの『ユア・マザー・シュッド・ノウ』、原田知世さんの『フール・オン・ザ・ヒル』などが1位になっています。珍しいところでは、つのだ☆ひろさんの『プリーズ・プリーズ・ミー』も1位になっていて、これは聴いてみたことないので興味がそそられます!
全213曲ということで、ビートルズがカヴァーした曲のカヴァーという、いわば「孫カヴァー」も対象になっているのも面白いです。例えば、『チェインズ』は1位がキャロル・キングさんとなっていて「あれ、反則では?」と一瞬思ってしまうのですが、キャロル・キングは作曲者でも、『チェインズ』を最初に歌ったオリジナルはクッキーズという解釈です。『カンサス・シティ~ヘイヘイヘイ』も1位が「高中正義&リトル・リチャード」で、これも一瞬「反則?」と思ってしまうのですが、『カンサス・シティ』自体、オリジナルはウィルバート・ハリソンさん(ビルボード誌1959年5月18~25日のナンバー1)のヒット曲で、既にリトル・リチャードさんがカヴァーだったのです。それでも、ビートルズがカヴァーしたのは、「ヘイヘイヘイ」をメドレーでつないだリトル・リチャード盤なので、「リトル・リチャード」単独でなく「高中正義&リトル・リチャード」を持ってきたという所が凝っています。ちなみに2位が「バック・イン・ザ・U.S.S.R」のポール・マッカートニーさんですから、ビートルズをビートルズ・メンバーがソロでレコーディングしたものは対象に入るのですね。そして3位は我がキャロルですから、ベスト3のうちに日本人が2人というか1人と1グループからんでいるわけです。
というわけで、えっ、こんなカヴァーがあったの? とか聴いたことない意外なヴァージョンが多数紹介されていて飽きないです。明日の「村上RADIO」で、この本に出てくるヴァージョンが何曲かオンエアされるかもしれません。  (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

田口淳之介さんと大沢啓二監督の「土下座」

当ブログ6月13日では、スーパー銭湯のアイドル「純烈」のメンバーが不遇の時代に交際女性の貯金を使い込んだ……という話から克美しげるさんの話になりました。落ち目になった克美さんが妻がいながら愛人に金を貢がせ、ソープランドで働かせたあげくカムバックに邪魔になると殺してしまう……。そんな「克美しげる事件」が起こった直後、岡田茂社長の「これもぶちこめ!」と急遽、オムニバス映画の一篇にいれた『戦後猟奇犯罪史』(1976 牧口雄二監督)、まぎれもない「東映」精神の映画です。
この映画の中で、たしか克美しげるさん(劇中では「風見のぼる」)がファンの前で土下座するシーンがありました。
実際、克美しげるさんが「土下座」したかどうか覚えていませんが、最近では、田口淳之介さんが大麻で逮捕され、保釈で出てきて「土下座」していましたね。たくさんのカメラのフラッシュを浴びながら、謝罪の言葉を発し、最後にいきなり土下座しました。僕は、ジャニーズ系アイドルとかに疎いので、この田口淳之介という人は今回初めて知ったのですが、ちょっと異様な感じですね。「パフォーマンス」というか……何だか、自分が映画とかフィクションの中にいるように思っているかのように見えました。逮捕されたときの表情も、何だか現実感がないような印象を受けました。同居していた小嶺麗奈さんの方は、僕の映画好きの友人が熱烈ファンで自身のミニコミ誌(「ジャッピー」のライバル誌?)でロング・インタビューを敢行したり、池袋シネマ・ロサで「小嶺麗奈映画祭」を企画、開催したりで、その関係で僕も何本もデビュー当時から出演映画を観ていますが、現在は表舞台に出ていません。彼女の方は保釈後、マスコミ対応しませんでした。すると、やっぱり田口さんは、芸能界復帰を見越しての「謝罪」の一環として「土下座」が組み込まれていたのかなあ。
あと、「土下座」で思い出したのは、日本ハム・ファイターズの大沢啓二監督です。1994年のシーズン最終戦の試合後、当時の本拠地東京ドームのマウンド付近で、10年ぶりの最下位に終わったことをファンに詫び、土下座したのです。この光景はよく覚えています。前年最後まで優勝争いし2位だったので期待の多かったシーズンに46勝79敗。全球団に負け越しという惨状に終わり、「責任はすべて俺にある。ファンに本当に申し訳ない」という気持ちから出たそうです。これで辞任、以後は監督業はやらないと決めた上ですから、最後に謝っておきたいと「親にも下げたことない」という頭をマウンドの土につけたのでしょう。また、大沢監督は「親分」と呼ばれるような「べらんめえ」調のキャラクターでしたから、まあ自然に受け止められた点はあると思います。
田口さんの「土下座」、誠実な気持ちから出たものとしてもいろいろ「読まれて」しまう時代だし、普通に立ってお辞儀をすれば良かったのにと思います。  (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!

ショーケンと神代辰巳監督

当ブログ6月12日「ショーケンと倉本聰さんの完璧シナリオ」で書いたように、脚本は句読点の「間」まで、一字一句そのまま演じることを要求するので知られる倉本聰さん。その倉本さんの作品『前略おふくろ様』に主演した萩原健一さんは「一回、自分で自分を締めてみよう」とのぞんだそうです。倉本さんはショーケンはアドリブが多いと思っていたそうですが、萩原さんによると「以前から脚本通りにやっていて、アドリブは使っていないんですよ。でも倉本さんの目にはアドリブと映ったんだろうね」と語っていますが、ショーケンが亡くなった今となっては真実は分かりません。
ともかく、当時の萩原健一さんの演技が感覚的で自由な感じだったのは間違いありません。そんなショーケンと抜群の相性を見せたのが神代辰巳監督です。萩原さんがドラマの撮影で地方ロケに行ったとき、たまたま時間が空いて観に行った(三國連太郎さんと一緒に行ったといわれています)『恋人たちは濡れた』(1973 神代辰巳監督)が神代映画との出会いだそうです。印象に残って、その後、東京に戻って『四畳半襖の裏張り』(1973 神代辰巳監督)を観に行ってガツンとやられたそうです。当時、始まって2年目の「日活ロマンポルノ」は、神代さんのように旧日活でくすぶっていた監督や若手が(セックスシーンがあれば、あとは)自由に映画作りのできる環境でした。新体制になって一種ヤケっぱちのパワーがあったのです。
ショーケンの感性が、そんな自由な映画に反応したのでしょう。東宝から『青春の蹉跌』(1974 神代辰巳監督)主演の話が来たとき、即座に「監督を神代さんにやってもらえるなら」と返事をしたのです。このショーケンの指名によって、神代辰巳監督も初めて他社で監督をすることになります。そして、神代組では現場ではアイデアを出し合って撮影をするのが常で、ショーケンも自分からいろいろアイデアを出したそうです。冒頭、ローラースケートはいているのもショーケンがチャップリンの映画から思いついたのだそうです。もっとも有名なのは、例の「エンヤ―トット」もショーケンが考え出したそうです。また、歩きながら鉄柵にふれてカンカンさせ、また戻っていくなんて何気ない動きもショーケンがその場でやったそうです。こういったナマの感性が神代映画の「気分」と見事にマッチしたのです。「エンヤ―トット」は、『白い指の戯れ』(1972 村川透監督。脚本に神代さん参加)や『一条さゆり 濡れた欲情』(1972 神代映辰巳監督)の伊佐山ひろ子さんの「看板逆さ読み」に呼応しますね。
『青春の蹉跌』のヨットのシーンでは、神代監督が「あれだ、『水の中のナイフ』(1962 ロマン・ポランスキー監督)やってみるか」と言い、ショーケンも「お、いいね!」というやり取りがあったといいますから、タッグ一作目から感覚が合い意気投合したのですね。以後、監督・主演コンビを組み、全5本が作られたのです。 (ジャッピー!編集長)
にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ にほんブログ村
おもしろいと思ったら、クリックしてください!
昭和お宝品評会

NEW!!お宝をご紹介いただけるメンバーを募集中です!
投稿へのコメントもお待ちしております!

きたさん
1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
ハピイ氏橋
昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
記事検索
ギャラリー
  • 小池一夫先生原作「エロス」と「ヴァイオレンス」
  • 横並び社会と「麻雀放浪記2020」のパンフレット
  • 横並び社会と「麻雀放浪記2020」のパンフレット
  • みんな真似した「月光仮面」(大瀬康一さん)
  • 追悼・兼高かおるさん 「遠く」を夢見たテレビっ子の頃
  • みんな何処に行ってしまうのだろうか
動画配信
上を向いて歩こう
関根忠郎の映画惹句術
看護婦さんの生活と信条
懐かしの昭和の物語 壱
懐かしの昭和の物語 弐
懐かしの昭和の物語 参
  • ライブドアブログ