ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2019年08月

『なつぞら』と『魔法使いサリー』

ひとつ前のブログで、朝ドラ『なつぞら』に登場した『百獣の王子サム』のモデルになった『狼少年ケン』のことを書きました。劇中でなつ(広瀬すずさん)が手掛けた『魔法少女アニー』のモデルはもちろん『魔法使いサリー』です。「マハリク マハリタ ヤンバラヤンヤンヤン」という、魔法を使うときの呪文はもちろん違いましたが、『なつぞら』の劇中にも呪文を唱えるヒロインの画が出てきましたね。これも東映動画が作ったアニメで、『狼少年ケン』や『風のフジ丸』の後ですね。なぜなら、この2作は白黒だったのに対し、『魔法使いサリー』はカラー放送だったように思うからです。「ように思う」というのはウチは相変わらず「白黒テレビ」で観ていて、画面の隅に「カラー放送」とあるのをちょっと悔しい思いで眺めていたからです。

横山光輝さんの原作マンガは少女向けだったと思いますが、アニメは僕もしっかり観ました。もちろん主題歌はそらで唄えます。♪魔法の国から や~ってきた ちょっとお茶目な女の子~ (こちらも小林亜星さん作曲です)リアルタイムの他、再放送でもずいぶん観たように思います。当時、NET(現・テレビ朝日)で毎年夏休み中は午前中に「夏休みマンガ劇場」みたいな枠でアニメを再放送していたからです。

サリーちゃんがカブ(弟と称していますが実際は家来)と暮らしているのですが、役所や児童相談所は調べに来ないのか、住民票はどうなっているのか、小学校の転入手続きはどうしたのか、あるいはサリーちゃんの親友「よっちゃん」、その父、三つ子の弟が似た顔なのはともかく、亡くなったお母さんの遺影も似た顔なのは何故? 近親婚?とか)だいぶヒネた見方をするようになっていましたが、よく出来たアニメだなあと思っていました。忘れられないのは最終回で、たしか学校が火事か何かで大変なことになってしまうのを、サリーちゃんがついに魔法をみんなの前で使って救うのがクライマックスでした。魔法使いであることがバレてしまい、もう人間界で暮らすことはできなくなってしまいます。けっこう長期間放送されていたので、何だか淋しくなったのを覚えています。「魔法」を使える女の子というのは形を変えながらも、アニメや特撮ものの定番というかキラー・コンテンツになっていきますね。そういう意味でも『魔法使いサリー』は大鉱脈を開いたアニメだったわけです。『なつぞら』ではなつが初めて作画監督するのが『キックジャガー』という設定ですが、たしか、奥山玲子さんが監督した回がいくつかあったと記憶しています。女性作画監督の登場という点でも歴史に残る名作アニメですね。

ちなみに、東武東上線で池袋から7つ目「東武練馬」駅の南口には「サリーちゃん」の画がかかっています。「アニメ発祥の地」という文字も書いてあります。それは、この駅の南口は練馬区(北口側は板橋区です)で、大泉に東映アニメーション株式会社があるからです。 (ジャッピー!編集長)

 

 

 


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『なつぞら』と『狼少年ケン』、『風のフジ丸』

朝ドラ『なつぞら』も残すところ約1か月となりました。早いものです。なつ(広瀬すずさん)もアニメ映画からテレビアニメの方にシフトして活躍しています。初めて手掛けたのが『百獣の王子サム』で、うっかりすると『ジャングル大帝』がモデルのように思ってしまいますが、レオは手塚治虫さんの作品ですから「虫プロ」制作ですね。『百獣の王子サム』のモデルは『狼少年ケン』です。僕は大好きで毎回欠かさず観ていました。当ブログ2018年4月30日「追悼・高畑勲さん」にも書きましたが、家で飼っていた犬に「ケン」という名前をつけていたぐらいです。♪ボボンがボンボン、ボンガボン~ ガッチリつかむぜ太陽 嵐はまた来る~と主題歌(小林亜星さん作曲)も頭にこびりついています。

同時期に放映していた『風のフジ丸』もよく観ていましたね。これも東映動画の作品で、同じNET(現・テレビ朝日)で放送されていました。僕は忍者ものが大好きで「少年サンデー」で横山光輝さんの『伊賀の影丸』、少年マガジンで白土三平さんの『ワタリ』を愛読、兄にいたっては自分で忍者マンガを描いていました。こちらも♪時は戦国 嵐の時代~ でっかい心で生きようぜ~ フジ丸~フジ丸~風~のフジ丸 少年に~んじゃ~ と、しっかり唄えます。そういえば、歌詞に「微塵がくれだ~火炎の術だ~」とあって、のちに『サスケ』を観たとき、サスケの得意の術が「微塵がくれ」だったので、反射的に『風のフジ丸』を思い出したのです。そういえば、『風のフジ丸』は番組の最後に忍法の説明があって、のちの『サスケ』でも時々同じような解説がありました。うろ覚えですが、『風のフジ丸』も白土さんが監修か何かしていたような気がします。

フジ丸は赤ちゃんのときにさらわれ、忍者として訓練されますが、自分を育てたのが悪の組織であると知り、悪だくみを阻止しようと活躍します。『仮面ライダー』でショッカーに改造された本郷猛みたいですし、子どものうちに忍術を仕込まれる点では『あずみ』(2003 北村龍平監督)の上戸彩さんや、忍者じゃないですが『レオン』(1994 リュック・ベンソン監督)のマチルダ(ナタリー・ポートマンさん)なんかも想起されます。

また、『風のフジ丸』は赤ん坊のとき離ればなれになってしまった母を探すという話も入っていましたが、戦争、空襲などで親や子どもを亡くしたりした人が作り手にいたのではないか、そういう方々の思いが反映しているのではないか……と穿った見方でしょうか。『狼少年ケン』は何故ジャングルで動物たちに育てられているのか失念しましたが、こちらも一種の「孤児」ですよね。『なつぞら』のなつさんが戦災孤児だったことを考えると、そういった受難の傷を抱えている人がまだ存在していたと想像できるのです。 (ジャッピー!編集長)


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『男はつらいよ』から50年、渥美清さんと伴淳三郎さん

ひとつ前のブログで書いたように、『男はつらいよ』(1969 山田洋次監督)が公開された1969年8月27日から50年が過ぎました。封切時の併映作は『喜劇 深夜族』(1969 渡辺祐介監督)です。
この映画は、緑魔子さんが父親に隠れて夜、コールガールをやっていて、父親の方は娘に隠れてポン引きをやっているという喜劇で、僕は後年、名画座で緑魔子さんの特集をやっているときに観たのですが、『吹けば飛ぶような男だが』(1968 山田洋次監督)でも好演していた緑魔子さんがいい味を出していました。緑魔子さんの父親を演じたのが伴淳三郎さん。ですから、50年前の今頃、松竹系の映画館では、渥美清さんと伴淳三郎さんの顔が看板に並んでいたのです。
伴淳三郎さんは1924年(大正13年)16歳で風呂屋に住み込んで、下足番、三助などの仕事を経て番台にも座っていました。このときに見聞した人間のナマの姿、本音などがのちに役者になってから役立ったといいます。やがて、新劇の研究所に入ってイプセンやシェイクスピアを学びますが理解が及ばず、実際に舞台にあがりたいと旅回りの一座に入ります。そして、浅草を本拠にする剣劇芝居の一座にもぐり込みます。このときに覚えた立ち回りが、時代劇の巨匠・伊藤大輔監督に認められ、映画に端役で出る一方で殺陣をつけたりしていたそうです。大河内伝次郎さんの当たり役・丹下左膳の殺陣を伴さんがつけたこともあるとか。
渥美清さんの方は終戦後に上野界隈で「テキヤ」をやっていたのが、寅さんの口上の見事な口跡に活きました。1953年(昭和28年)に浅草のストリップ劇場「フランス座」の幕間のコントに出るようになりますが、別のストリップ劇場に出ていた渥美さんが引き抜かれたのは、当時、座長だった八波むと志さんが「日劇ミュージックホール」に引き抜かれる噂があったからです。フランス座としては八波さんの後釜として渥美さんに目をつけたのです。その目論み通り、渥美さんの芸は人気を呼びます。アドリブは当たり前。最初から最後まで大河内伝次郎さんの物真似で台詞を言い、受ける方も阪東妻三郎さんや片岡千恵蔵さんの物真似で返すなどライヴ感が凄まじかったといいます。舞台が終わると渥美さんは、おごってもらおうと、呑み屋の通りを歩き、贔屓にしてくれる客がいないかと店の中をちらっと見るのが習慣になっていました。この動きや表情は『男はつらいよ』で、久々に柴又に帰ってきて、「とらや」をわざと通り過ぎたり、ちらっと覗いたりする場面に活かされています。
こうして、時代は違えども、「浅草」という場所で「芸」の基本をつかんだ伴淳三郎さんと渥美清さんが2本立ての看板に並んでいたわけです。50年前は、まだそういった「浅草演芸」の継承者が大手映画会社のメインをはっていたのです。  (ジャッピー!編集長)
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『男はつらいよ』第1作公開から50年

昨日8月27日に都内で「『男はつらいよ』祝!50周年寅さんファン感謝祭」というイベントが行われたとニュースで観ました。『男はつらいよ』(1969 山田洋次監督)が公開されたのが、1969年の8月27日で、ちょうど50年目ということなのです。昨日は、第1作目『男はつらいよ』が4Kデジタル修復版となって上映されたとのこと。今後は順次、49作品すべて4Kデジタル修復されていくそうですから、今年の12月に公開される50作目!の『男はつらいよ50 おかえり、寅さん』(2019 山田洋次監督)に向けて盛り上がっていきますね。
1969年8月27日の公開ということは、夏休み興行の映画ではなかったということです。ある種、ローテーションの谷間のような時期ですから、テレビ版で人気だった『男はつらいよ』とはいえ、さほど期待がされていなかったのが分かります。当時は「テレビ作品の映画化は当たらない」と思われていましたから、まさか大ヒットするとか、まして渥美清さんの生きておられる間にシリーズ48作も作られ、ギネスブックにも記載されるとは、山田洋次監督も含め、誰も思わなかったでしょう。
1969年夏、『男はつらいよ』の前に松竹が公開したのは、7月23日封切『いい湯だな 全員集合‼』(1969 渡辺祐介監督)&『大激突』(1969 田中康義監督)ですから、ドリフターズとなべおさみさん主演。続く8月9日封切が『水前寺清子とコント55号のワン・ツー・パンチ 三百六十五歩のマーチ』(1969 野村芳太郎監督)&『喜劇 逆転旅行』(1969 瀬川昌治監督)でコント55号とチータ主演作とフランキー堺さんのシリーズもの。そして8月27日の『男はつらいよ』です。もう喜劇の連発です。今じゃあ、多くの映画が「製作委員会」によるものになってしまいましたから、映画会社はほとんどイコール「配給会社」です。こういった「映画会社のカラー」というものが失われてしまいましたね。松竹だけでなく、東映は任侠、続いて実録。日活はアクション、のちにロマンポルノ。というような刷り込みで映画を楽しんできた者としては時代の流れとはいえ、何だか淋しいものです。撮影所が紡いできた伝統も受け継がれてなる中、山田洋次監督がリードした松竹喜劇も、『釣りバカ日誌』シリーズも2009 年に終わり、それから10年、『男はつらいよ』が年末の50作目でファイナルとなると、いよいよ「松竹カラー」も消滅という感じですね。 (ジャッピー!編集長)
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『やぶにらみニッポン』に描かれた五輪前夜の東京と、今

ひとつ前のブログで「ジャニーズ」が登場した映画として『やぶにらみニッポン』(1963 鈴木英夫監督)を取り上げました。宝田明さん演じる週刊誌記者(「週刊ジャパン」という誌名だったかな)が「青い目のニッポン日記」という企画のために、アメリカから来日した博士を連れ回し東京案内する話です。これにはモデルがあって、当時、「週刊新潮」に連載されていた「東京情報」です。書いている「ヤン・デンマン」という人は外国からの特派員記者となっていましたが、山本七平さんが筆名を使って書いていたようです。ともかく、こうした「日本人は外国から見てどう思われているのか」というのは当時からよくある企画ですね。一種の「外国人コンプレックス」だと思いますが、今もこういったテレビ番組が多いですね。「日本に在住する外国人」「外国人に何のために日本に来たか尋ねる」とか。ギャップを楽しく取り上げながら異文化を知るというコンセプトだと思いますが、やはり「コンプレックス」がうっすらと感じられます。
翌年に控えた「東京オリンピック」のために東京は大改造中、映画の中で宝田さんが「オリンピックまでに東京は地下鉄網が張り巡らされている」とドヤ顔で説明しますが、工事は「何度も同じところを掘り返されて」いて、そこら中が掘り返されてジェリー伊藤さんが穴に落っこちてしまいます。すると、「これは電気会社だ」「いや警備会社だ」と責任をたらい回しにするところも日本人の体質を皮肉っています。そういえば、映画の中で悪い代議士上田吉二郎さんが所属するのが「天下たらい回し党」でした。他にも、自称「禅」の研究をしているという放浪外国人(E.H.エリックさん)の名前は「ラフカディオ・イヤーン」、そのガールフレンドの元・戦災孤児が「有金なし子」(若林映子さん)などのネーミングも笑えます。
ともかく、オリンピックの狂騒に煽られ突貫工事で掘り返され、風景を変えてしまった東京。今また繰り返されているわけです。「復興五輪」だったはずなのに、そのコンセプトはどこへやら、結局、東京のインフラ集中、喜ぶのはゼネコンだけか。
その他、何でも「社用」で処理しコールガールで接待したり、「サリドマイド」遊び、「よろめき」というった風俗、公害、流行など当時の日本の断片が散りばめられています。「スーダラ」「無責任」(←この辺は東宝映画ですからね)なんてワードも出てきます。ジェリーさんが「クリスチャンでもないのに教会で結婚するのはおかしい」と主張すると、宝田さんの恋人役の白川由美さんが「現代においては宗教には形式的な価値しかないのよ」と軽く流します。あれから50年以上経って、今や日本は「ハロウィン」でバカ騒ぎしています。
何だか、この映画の頃からちっとも進歩していないように感じますが、ジェリー伊藤さんが演じる博士は「原子物理学者」、映画のラスト、結婚式のシーンで地震が起こって停電となるのですが、今にして思えば何か予見しているような……。  (ジャッピー!編集長)



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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
映画や昭和歌謡に底知れぬ造詣を示す昭和博士
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
独自の目線で昭和の面白さを掘り起こすイラストレーター
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