ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2019年09月

『なつぞら』と高畑勲監督

一昨日の当ブログ「『なつぞら』とTEAM NACS」で、森崎博之さんが出た回のことを取り上げました。柴田農場など酪農農家が共同乳業を作ろうと団結し、十勝支庁に談判に行く回です。ここで、なつ(広瀬すずさん)と一緒に北海道に来ていた坂場一久(中川大志さん)も「実現しましょう!」と声をあげます。普段はおとなしい一久ですが、こういう「組合」や「労働」運動になると俄然張り切ります。この回の他にも、東洋動画の労働環境について積極的に意見を述べたりするシーンもありました。

このような言動を見ると、この「坂場一久」のモデルは高畑勲監督だというのが分かります。昨年の4月5日に亡くなった高畑勲さんについては当ブログ2018年4月30日、5月1日に書いていますが、僕が大変尊敬している監督です。

劇中で一久は東大出のちょっと変わり者キャラで登場しますが、高畑勲さんも東京大学を卒業して東映動画に入社しています。なつのモデルとなった奥山玲子さんより2年あとの入社です。奥山玲子さんの実際の夫は小田部羊一さんで、高畑さんと同期入社です。小田部さんは朝ドラ『なつぞら』のアニメーション時代考証をなさっていました。その『なつぞら』でも描かれていましたが、大変な忙しい作画現場でも、スタッフ皆で話し合い納得いくまで論議を尽くす合議体制で制作していました。早く仕上げてほしい会社からすれば、困ったことです。また、当時盛り上がってきた「労働組合」運動にも積極的に関わり、副委員長をつとめています。

こういった「運動」のリーダー格だった高畑勲さんは会社にとってちょっと厄介だったのかもしれません。『太陽の王子・ホルスの大冒険』(1968 高畑勲監督)の公開のあと、監督から演出助手に降格、以後はテレビ・アニメ中心となります。興収的に良くなかったというのが理由ですが、何か「政治的」な人事という感じもしてしまいます。『太陽の王子・ホルスの大冒険』自体もちょっと「労働運動」への共感を思わせるものだったなあ。(名作であることは間違いありません)

小田部羊一さんが解雇されそうになったときに、高畑さんらが乗り出し会社に解雇撤回させたこともあったそうですから、結束の強いアニメ制作部だったのです。のちには小田部さん、宮崎駿さんとともに東映動画を退社、Aプロへ移籍します。この主力がごっそり移籍する様も貫地谷しほりさんの「マコ・プロ」に置き換えて描かれていましたね。

『なつぞら』に、女性が結婚し出産したら契約社員に切り替えられてしまう話も出てきましたが、奥山玲子さんもこういった問題など「労働運動」に熱心だったそうです。そんな「盟友」だったお二人を、ドラマでは「夫婦」という設定にしたのでしょう。奥山玲子さんは2007年に70歳という若さで亡くなってしまいますが、奥山さんと高畑勲監督が一緒に仕事をした最後の作品が『火垂るの墓』(1988 高畑勲監督)です。『なつぞら』最終回に『火垂るの墓』が出てきたのは、小田部羊一さん&奥山玲子さんご夫婦の同志であり続けた高畑勲さんへのオマージュがこめられていたわけです。  (ジャッピー!編集長)

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100作目『なつぞら』と歴代朝ドラヒロイン出演

昨日の当ブログで朝ドラ『なつぞら』について触れました。語りの内村光良さんは週末の回ではいつも「来週に続けよ」とナレーションしていましたが、最終回では「なつよ、朝ドラよ、101作目に続けよ」というものでした。ちょっと驚きました。「紅白歌合戦」の総合司会などつとめるなどすっかりNHKの顔みたいになったウッチャン、スポークスマンみたいで何だかなあ……。

それはともかく、『なつぞら』は朝ドラ100作目。記念の作品ということで、歴代の朝ドラ・ヒロインがずいぶん出演されていましたね。松嶋奈々子さんや山口智子さん、比嘉愛未さん、貫地谷しほりさんなどの主要キャストだけでなく、特別出演的にちょこちょこと出ておられました。第1作の『娘と私』(1961)に出演されていた北林早苗さんも、なつが少女時代、空襲に追われるシーンに出ておられました。58年ぶりの朝ドラ出演ですから本当に歴史を感じます。60年代の朝ドラ女優は北林さんだけで、70年代が一久さん(中川大志さん)の母親を演じた藤田美保子さん、ラスト近くに千遥(清原果耶さん)のお姑さんを演じた浅茅陽子さん、産婦人科の女医役の田中裕子さんぐらいだったでしょうか。僕が朝ドラを観ていたのもこのあたりの時代まででした。藤田さんがヒロインの『鳩子の海』(1974)は子役の齋藤こず恵さんが話題になりました。浅茅陽子さんの出られた『雲のじゅうたん』(1976)はかなりよく覚えています。飛行機の操縦士を目指すヒロインというのもインパクトがあったし、田中絹代さんがナレーターをつとめ、あの独特のイントネーションの語りが印象に残っています。(田中さんは収録後に倒れ、翌年亡くなります)あと、浅茅陽子さんの父親役の中條静夫さんがいい味を出していました。ちなみに、この1、2年後ぐらいかなあ、テレビ朝日の「土曜ワイド劇場」で岡本喜八監督の『幽霊列車』というミステリーがあって、女子大生役の浅茅さんがヌードを見せるシーンがあって、かなり目に焼き付きました。(あの頃はいい時代だったな……)田中裕子さんは、熊谷真実さんが長谷川町子さんを演じた『マー姉ちゃん』で、熊谷さんの妹役を演じ(たしか実際は田中さんの方が年上)、上手い女優さんだなあと思ったのを覚えています。

田中裕子さんはその後『おしん』(1983)にも出ておられます。国民的ドラマとなり、海外でも放映され話題になった『おしん』ですが僕は観ていません。だから、今回『なつぞら』で安田顕さんの妻を演じた小林綾子さんの子役時代も観ていませんし、以後、80年代以降は朝ドラとは無縁でした。職場が千葉の幕張にあったので、朝5時台に家を出る生活を31年間続けておりましたから、物理的に観ることが出来なかったのです。なので、松嶋奈々子さんや山口智子さんらの朝ドラ時代というのは全く知りません。藤澤恵麻さん(なつと産院で出会う妊婦役)は映画では観ていましたが、朝ドラ女優だったのは知りませんでした! 

時は流れ、最近朝ドラを観るようになったので、『なつぞら』登場の僕が実際観た歴代ヒロインは藤田美保子さん、浅茅陽子さん、田中裕子さんからずっとあいて、次は安藤サクラさん(「大草原の少女ソラ」に声で登場)となるのです。何という「我が朝ドラ空白時代」よ! その間に、かつては新人女優の登竜門だった朝ドラも様変わりしています。尾野真千子さん、安藤サクラさんなど映画でじゅうぶんな実績のある実力派女優がヒロインをつとめたり、広瀬すずさんにしたって若手ですがもう何本も映画に出て活躍しています。次の朝ドラのヒロインも戸田恵梨香さんです。今度はどんなヒロイン像を見せてくれるのでしょうか。  (ジャッピー!編集長)


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『なつぞら』とTEAM NACS

今日、朝ドラ『なつぞら』が最終回を迎えました。なつ(広瀬すずさん)と一久(中川大志さん)が娘・ゆうちゃんと3人で手をつないで、未来に向かっていくという爽やかなエンディングでした。

『なつぞら』については、当ブログでもたびたび取り上げてきました。最初に書いたのは放送1週目、4月7日「『なつぞら』と南青山のセレブども」でしたが、僕は「そのうち大泉洋さんも登場するかも」と書いています。この時点で音尾琢真さん、戸次重幸さん、安田顕さんの3人が出演していたからですが、予想通り出ましたね。今週の水曜日に「大草原の少女ソラ」のスポンサー「ミルコス」社長役でした。大好評のうちに放送終了したねぎらいに来て、なつさんに「あんたがなつさんかい。会いたかったよ。あんたも北海道の開拓者なんだべさ」と言い、乾杯のシーンでは「我が愛する北海道のために」という科白もありました。「ミルコス」は明らかに「カルピス」をモデルにしていますが、カルピス社は北海道で創業されたのではないですから、そこはフィクション。1回だけの特別出演みたいな形でしたが、北海道が重要な舞台となったドラマですから、北海道のスター、大泉洋さんが登場するのは嬉しいキャスティングで、見事に最終週を締めてくれました。

これで『なつぞら』は「TEAM NACS」コンプリートとなったわけですが、レギュラーだった3人(柴田農場の従業員役の音尾さん、山田天陽くんの父親役が戸次さん、安田さんは雪次郎の父親で「雪月」の主人を演じました)に続いて4人目の出演となったリーダーの森崎博之さんも印象的でした。中盤過ぎぐらいだったでしょうか、酪農農家が集まって「十勝共同乳業」の設立のため奔走します。中心になっているのは、開拓者だったおじいちゃん(草刈正雄さん)の次の世代、藤木直人さんら二代目、三代目の人たちです。工場設置の届けを出しに十勝支庁に乗り込みます。なつの演劇部仲間だった富田望生さんなんか「百姓一揆だあ!」と気合を入れています。なつと一緒に来ていた一久も門外漢ながら「実現しましょう!」と鼓舞します。

農協の宇梶剛士さんが「酪農民の誇りをかけて、自分たちの牛で美味しいバターを作ろうとしているんだ!」と訴えるこの場面で、十勝支庁長を演じたのが森崎博之さんです。(ちなみに役名が「大清水洋」でしたから、大泉洋さんの登場はますます期待されましたね)役人として工場設置に反対の立場だった森崎さん、農協や酪農家たちの思いを聞いて、とうとう許可を出します。このとき、「私も十勝や北海道を思う気持ちは誰にも負けないんだ!」と声を大にして言います。熱演でしたし、TEAM NACSという北海道で生まれた演劇ユニットのリーダーとしての思いもこめられているようでした。

奥山玲子さんをモデルに日本のアニメーションの創成期を描くドラマで、北海道でスタートすることで「開拓者」というテーマがくっきりと浮かび上がりましたね。誰かが開拓し、それに続くものがいて、人々に笑顔や感動が運ばれていく……。森崎さんの出られた回が印象に残ったのは、そういった開拓者魂の継承が描かれていたからだし、

おじいちゃんがなつに言う「東京を耕してこい」という名科白も心に残りました。今日の最終回でも、なつが「またこれから私たちの開拓が始まる」というモノローグがありました。脚本が見事で良い朝ドラでした。   (ジャッピー!編集長)

 

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夭折のシンガーソングライター、大塚博堂さんを憶えていますか

ひとつ前の当ブログで書いたように、『卒業』(1967 マイク・二コルズ監督)といえば、ベンジャミン(ダスティン・ホフマンさん)が結婚式場から花嫁(キャサリン・ロスさん)を奪還するラストシーンが超有名です。当時、青春の渦中にいた方なら忘れられない映画になっていると思います。

そんな『卒業』を歌にしたシンガーソングライターがいたのを覚えていますか。大塚博堂さんです。1976年「ダスティン・ホフマンにはなれなかったよ」という曲でデビューしました。今、デビューといいましたが、別の名前で長く活動していた方なので、正確には「大塚博堂」の名前で再デビューということです。シンガーソングライターといっても作曲だけで、作詞はほとんど別の人が書いていたと思います。「ダスティン・ホフマンにはなれなかったよ」も藤公之介さんでした。♪君と一緒に見に行った『卒業』を覚えているかい 花嫁を奪って逃げるラストシーンが心にしみたね~ という歌詞はもう完全に当時の人が『卒業』という映画を観ているのが前提です。それぐらい多くの若者が観て共感した必須の映画だったことが分かります。 続いて、なのに僕は君の結婚式を遠くから眺めるだけで何もできなかったと後悔する今が綴られます。そう、なかなか、あのベンジャミンみたいな行動に移すことは出来ないですよね。グズグズして好きな人との恋や結婚をあきらめた人の方が多いでしょう。そんな「ダスティン・ホフマンにはなれなかった人」の心に刺さる歌です。

また大塚博堂さんが、♪ダスティン・ホフマンになれなかったよ~ というサビを情感たっぷりに歌い上げるのがいいのです。大塚さんはヒゲにサングラスで、フォーク・シンガー風の風貌でしたが、声が良く、シンガーとしての魅力が際立っていました。たしか、音大で声楽やっていたというプロフィールだったと記憶しています。この「ダスティン・ホフマンにはなれなかったよ」は、上に書いた『卒業』がモチーフの歌詞が印象的ですが、実はここは2番の歌詞で、1番は♪テレビの名画劇場で『ジョンとメリー』を観たよ ダスティン・ホフマン主演の行きずりの恋の話さ~ という歌詞です。『ジョンとメリー』(1969 ピーター・イエ―ツ監督)もダスティン・ホフマンさん主演で、ミア・ファローさんとふと出会って結ばれる一夜を描いた映画です。歌詞はまるで昔の僕たちみたいだと続き、そんな君も今は2人の子どもがいるときいたという風に歌われ、2番に続くのです。かつての恋人を忘れられず、出会った頃の思い出に囚われ、今は人妻、母となったと聞き、時の流れの残酷さを受け止める……。ちょっとのちの寺尾聰さんの「ルビーの指環」みたいなテイストが感じられます。そう、大塚博堂さんの音楽は、(当時の日本ではあまりジャンルとして浸透していませんでしたが)AORといっていいと思います。今週のはじめ、23日(月)にNHK-FM「今日は一日、井上陽水三昧」を聴いていたら「、ある時期から陽水さんの楽曲はそれまでなかったAORという路線になった」という話が出てきましたが、1976年再デビューの大塚博堂さんこそ日本のAORの先駆者と思えます。「わかってください」の因幡晃さんなんかもこのあたりに登場したと思います。

残念なのは、大塚博堂さんは1981年に脳出血で亡くなってしまったことです。37歳というあまりにも若すぎる死です。「大塚博堂」としてわずか5年あまりの活動です。生きておられたら、ご自身の歌唱はもちろん、ソングライターとしても活躍したと思います。「シクラメンのかほり」の大ヒットを飛ばした布施明さんも大塚博堂さんの曲を取り上げていましたし、日本のAORシーンを盛り上げてくれたように思います。  (ジャッピー!編集長)

 

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『卒業』と『愛の狩人』

昨日の当ブログで『卒業』(1967 マイク・二コルズ監督)のことを書きました。今年の6月に「角川シネマ有楽町」で観たのですが、同じときに上映していた『小さな恋のメロディ』(1971 ワリス・フセイン監督)同様、中高年の観客(僕も含めて)ばかりでした。

『卒業』といえば、何と言ってもあの「エレーン!」と叫んで花嫁を奪還するラストシーンですが、バスに乗り込んで座席に座ったときの二人のホッとしたような、だけど不安が滲みでる表情が印象的です。初めて観たときから、この表情、自然に出たものか、演技なのか(だとしたら、どういう演出をしたのか)大いに気になったものです。当ブログ2018年3月10日「ポール・サイモンさんと映画~一周回ってマイク・二コルズ監督」にもちょこっと書きましたが、のちにマイク・二コルズ監督が撮った『愛の狩人』(1971 マイク・二コルズ監督)には、学生時代の恋人(キャンディス・バーゲンさん)と結婚し、仕事も順調で経済的にも恵まれているのに時とともに満たされなくなり若い女の子とつきあったりして心の空洞をうめようとする男が主人公です。この男を演じるのが、「サイモン&ガーファンクル」のアート・ガーファンクルさんということもあって、いやでも『卒業』を思い出し、あのバスに乗ったカップルの「その後」みたいに思えて寒々とした思いを抱いたのでした。この映画には、アート・ガーファンクルさんの友人でジャック・ニコルソンさんも出演、こちらも結婚生活は破綻し、あげくは性的不能になってしまう男です。『イージー・ライダー』(1969 デニス・ホッパー監督)に出ていたニコルソンさんが演じていることもあり、こちらはヒッピー世代の成れの果てのように見えてしまいます。アン・マーグレットさん演じるニコルソンさんの妻も含めて、出てくる人が皆、不幸で淋しさを抱え、孤独を埋めようともがき苦しんでいるのです。『卒業』のラストシーンを観ると、この『愛の狩人』の寂寥感も蘇ってきてしまうのです。

マイク・二コルズ監督は、ずっと後には『ハリウッドにくちづけ』(1990 マイク・二コルズ監督)で、キャリー・フィッシャーさんの自伝を映画化しています。キャリーさんは、ポール・サイモンさんと結婚したもののスピード離婚など波瀾万丈の人生でした。(『卒業』から23年、奇しくもまた「サイモン&ガーファンクル」と関わりが……)平穏無事な夫婦生活なんて題材には興味がないのでしょう。思えば、監督デビュー作も『バージニア・ウルフなんかこわくない』(1966 マイク・二コルズ監督)でした! これも2組の夫婦が嫉妬し、ののしり合い、結婚生活の不満、本音をぶつけ合うという密室劇(元は戯曲。マイク・二コルズさんも元はブロードウェイの演出家)でした。2作目が『卒業』。なるほど、デビュー作に原点があるというのはたしかですね。 (ジャッピー!編集長)

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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
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