ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

2020年02月

『県警対組織暴力』と『フォードvsフェラーリ』

ひとつ前の当ブログで書いたように、東映で、撮影所長などを歴任、のちに社長、会長まで上り詰めた岡田茂さんは映画のタイトルを付ける達人で、『県警対組織暴力』(1975 深作欣二監督)は岡田さんがトイレで小便しているときに「降りて来た」と言われています。脚本の笠原和夫さんは何だか怪獣ものみたいなタイトルで安っぽいと反対したそうですが、立場の強い岡田さんに押し切られてしまいました。ちなみにこのお二人、よく衝突していたそうで、笠原和夫さんは岡田さんに浴びせられた罵詈雑言が『仁義なき戦い』シリーズ(19731974 深作欣二監督)を書くときに大いに参考になったというエピソードもあります。(岡田茂さんは広島出身なのです)

たしかに『県警対組織暴力』のような「○○対●●」といった題名は怪獣ものによくありますが、観客にとっては覚えやすいいし、物語の図式も分かるのでキャッチ―ですね。『東京ギャング対香港ギャング』(1964 石井輝男監督)、『博徒対テキ屋』(1964 小沢茂弘監督)、二つのシリーズを合体させた『極道VS不良番長』(1974 山下耕作監督)、『極道VSまむし』(1974 中島貞夫監督)なんてのもありました。東映にはこの手のが多いのも岡田イズムでしょうか。

ただ、『県警対組織暴力』は内容的にはタイトル通りではありません。たしかに暴力団を取り締まるために県警本部も乗り出してきますが、単純な対立図式ではないのです。菅原文太さん扮する叩き上げの刑事は松方弘樹さんの組に肩入れしていますが、もう一つの組(成田三樹夫さんが組長)の方が有利なように捜査が進んでいきます。これは県会議員とかお偉いさんが成田さんの組と癒着しているからで、文太さんの捜査にも横槍が入ったり、松方さんの組をガサ入れする際も何も知らされなかったりします。つまり、警察内部で「闘い」があるわけです。正確に言えば、「梅宮辰夫さん演じるエリート警部補など上層部」対「文太さんら下っ端刑事」というわけです。出自や立場、いろいろな思いが錯綜する複雑な対立なので、脚本の笠原さんが岡田さんのつけたタイトルに文句をつけるのも分からないじゃありません。

そういえば、少し前に『フォードVSフェラーリ』(2019 ジェームズ・マンゴールド監督)という映画を観ました。ストレートに「VS」タイトルですが、原題もFoud v Ferrariですから、ストレートに直訳です。ル・マン24時間耐久レースが舞台の映画で実話に基づいています。僕は車やレースといったものに全く興味がないのですが、この作品は人間ドラマがしっかりしていて、ちょっと60年代、70年代の映画みたいな味があって楽しめました。この映画もタイトル通り、優勝を独占してきたフェラーリの車に挑むフォード社という図式はその通りなんですが、ドラマはむしろフォード社内部の対立、闘いを描いているのです。お偉いスーツ組は「いかにフォードの車の売り上げに結び付けるか」が優先事項で、最初は、実力あるドライバーのクリスチャン・ベールさんを見栄えが良くないと出さなかったり、最後もゴールの見せ方に拘って、ベールさんにひどいことをします。「フォード上層部VS下請け会社ドライバー」というのが正確なところです。この映画を観て、題名と内容から東映脳の僕は『県警対組織暴力』を思い出したのでした。

そういえば、水木しげる先生にも『鬼太郎対悪魔くん』という作品がありました。死んだはずの悪魔くんがその頭脳で地獄を制圧、魔物たちを引き連れ地上に出て来て鬼太郎たち妖怪が迎え撃ちますが、最後は「お互い、正義の味方として手をとりあおう」と和解します。「○○対●●」というのは案外とそのタイトル通りの展開にはならないものです。 (ジャッピー!編集長)

 

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タイトル付けの名人、岡田茂さん

2月23日の当ブログで書いたように、梓みちよさんの歌った「こんにちは赤ちゃん」が『県警対組織暴力』(1975 深作欣二監督)の一場面で流れました。テレビから生まれた大衆文化、市民社会の成熟と暴力団排除の風潮、「時代」というものが重要なテーマになっている映画だけに効果的でした。笠原和夫さんの脚本にすでにあったのか、深作欣二監督の演出によるものなのか分かりませんが、見事な「歌の使い方」でした。

その『県警対組織暴力』というタイトル、たしか、岡田茂東映社長がトイレで小便しているときにふっと思いついたと言われています、「降りてきた」というやつですね。岡田茂さんはタイトル付けの名人と言われ、かつて、『あかさたな』という戯曲を『妾二十一人 ど助平一代』(1969 成澤昌茂監督)というタイトルで映画化しました。「いろは」という実在の牛ナベ屋の創業者を描いた戯曲で、店の名を「あかさたな」に変えていて題名としていたのですが、岡田さんは「インパクトが足りん!」とストレートに『妾二十一人 ど助平一代』としたのです。出演していた佐久間良子さんは自分の出ている映画のタイトルを恥ずかしくて口にできなかったそうです。佐久間さんが東映を離れる一因にもなったとも言われています。(実際には、藤純子さんの台頭や東映の路線変更が大きかったでしょう)

この『妾二十一人 ど助平一代』の応用と言えるのが、1970年代、ポルノ路線も手掛けるようになってからの『エロ将軍と二十一人の愛妾』(1972 鈴木則文監督)です。当初は「将軍と二十一人の愛妾」だったのに、「エロ」をつけろとズバリと提案、その着想と決断の速さ、さすがです。そもそも、こうしたエロチック時代劇の先駆といえる『大奥㊙物語』(1967 中島貞夫監督)で、タイトルに㊙を入れたのも岡田さんのアイデアです。また、岡田さんの好きな漢字に「牝」というのがあり、ここから『二匹の牝犬』(1964 渡辺祐介監督)という作品が生まれヒット、以後、小川真由美さんと緑魔子さんが主演するちょっとエロチックな風俗映画が連打されたのです。東京大学出身のインテリながら、こういった俗っぽい(←褒め言葉です)感性とボキャブラリーを持っているところが只者ではないですねえ。『エロ将軍と二十一人の愛妾』のときも、「エロがあるから客が入る!」と豪語したそうですから、根っからの「興行師」です。

任侠映画路線の契機となった『人生劇場 飛車角』(1963 沢島忠監督)のときは、プロデューサーとして「タイトルに飛車角を入れたい」と、許可を出さない原作者・尾崎士郎の自宅を何度も訪ね説得を重ねたといいいます。映画の顔といえるタイトルに非常にこだわりがあったし、自分のやりたい映画については絶対にそれを通す根性と骨っぽさもあったのですね。そもそも岡田さんが東映に入社して初めて実質的に手掛けたのが『きけ、わだつみの声』(1950 関川秀雄監督)で、周囲は反対したのですが、岡田さん自身も学徒兵だったこともあり、「日本戦没学生の手記」の映画化の企画を通したのでした。結果は劇場の周りを観客が幾重にも並ぶ大ヒットとなり、若き岡田茂さんは感涙したのでした。

その後、東映を引っ張っていったのはあらためて言うまでもないでしょう。普通は、企画会議で脚本を検討して製作に入るのを、ほとんど岡田茂さんの判断で決定していたといいますから、「売れる」勘の鋭いヤマ師的なところがあったのでしょう。今、データとか見積もりとか分析が最優先でしょうから、こういうプロデューサーはいないでしょうねえ。 (ジャッピー!編集長)

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競作!二本の『こんにちは赤ちゃん』

ひとつ前の当ブログで書いたように、梓みちよさんの「こんにちは赤ちゃん」は国民的な大ヒットとなったわけですが、その証拠に映画も競作となったのです。日活の『こんにちは赤ちゃん』(1964 井田探監督)は1964年2月23日封切で、東宝の『こんにちは赤ちゃん』(1964 松林宗恵監督)は約1か月遅れて1964年3月20日に封切られました。日活に先行を許した東宝版ですが、こちらは梓みちよさんが主演されており、同時上映も『続・若い季節』(1964 古澤憲吾監督)ですから、渡辺プロダクション製作のいわば「公認」と呼べます。これに対して日活版の方は原作に永六輔さん、中村八大さんの名前が並びますから、歌の作者による「本家」といえるかもしれません。元々、中村八大さんに子どもが生まれたのを祝して永六輔さんが詞を書いたのが「こんにちは赤ちゃん」だったわけですし。ちなみに日活版の同時上映作は、高橋英樹さん主演の『人生劇場』(1964 舛田利雄監督)ですから、どういう観客層を狙ったのかちょっと謎です。いや、当時は若い人にも『人生劇場』のような物語もアピールしたのかもしれません。

僕は、この2本の『こんにちは赤ちゃん』はどちらもラピュタ阿佐ヶ谷で観たのですが、もちろん内容は全く違います。先行した日活版の方は、数々の日活アクションの舞台になった港街が舞台です。船員が集まるホテルが舞台で、女房に逃げられた川地民夫さんの赤ちゃんを船員仲間みんなで面倒をみるうちに行方不明になってしまったりという騒動など起こります。川地さんの元女房を訪ねに行く、ホテル受付の和泉雅子さんは、恋人の山内賢さんに「私は船員の奥さんになっても赤ちゃんに寂しい思いはさせないわ」と言うのです。そう、この映画、ポスターに吉永小百合さんが大きく出ていますが、吉永さんは特別出演、実質の主演は和泉雅子さんと山内賢さんのコンビです。

ラストは桂小金治さんの奥さんが産気づき、船長が出航を伸ばしてくれたおかげで無事産まれたのを見届け、みんなで「こんにちは赤ちゃん」を大合唱するシーンです。ちょっと『上を向いて歩こう』(1962 舛田利雄監督)のラストを思い出します。(当ブログ2016年8月31日ご参照ください)

一方、梓さんが出た東宝版は、妻を病気で亡くした大学教授(小林桂樹さん)が残された赤ちゃんを抱えて大忙し、困った小林桂樹さんは教え子の梓みちよさんをベビーシッターに雇います。梓さんがボーイフレンド(田辺靖雄さん)の部屋に連れて行き、あやしているところに田辺さんの父親が訪ねてきて、すっかり田辺さんの子ども(つまり自分の孫)だと思いこみ騒動になる……というものでした。梓みちよさんのデュエットのパートナー(当ブログ2月23日「追悼・梓みちよさん」ご参照ください)であるヤッちんがBF役、その父親を演じたのがハナ肇さんですから完全に「ナベプロ」仕様のキャステイングです。松林監督の手慣れた喜劇という感じで楽しめました。すっかり勘違いしたハナさんがデパートに赤ちゃん用品を買いに行き、「赤ちゃんコンクール」で優勝してしまうのですが、この「赤ちゃんコンクール」の場面は『乳母車』(1956 田坂具隆監督)を思い出させます。『乳母車』では石原裕次郎さんが赤ちゃん(姉の新珠三千代さんの子ども)を連れて芦川いづみさん(新珠さんの愛人・宇野重吉さんの娘)とデパートに出掛けると、若夫婦に間違えられて「赤ちゃんコンクール」に出るのです。(たしか、優勝でなかったですが入賞)当時は「赤ちゃんコンクール」というのが、けっこうデパートのイベントとして定着していたんだなあと思いました。 (ジャッピー!編集長)

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「こんにちは赤ちゃん」と『県警対組織暴力』

ふたつ前の当ブログで書いたように、梓みちよさんといえば「こんにちは赤ちゃん」というほどの、国民的大ヒットソングになったわけですが、元々はNHKで放映されていたヴァラエティ・ショー「夢であいましょう」の中の「今月の歌」コーナーで紹介された歌です。このコーナーは永六輔さんと中村八大さんが組んで作った曲を毎月1曲紹介するというもので、もっとも有名なのは坂本九さんが歌った「上を向いて歩こう」でしょうか。他にも、デューク・エイセスの「おさななじみ」、ジェリー藤尾さんの「遠くへ行きたい」なんかもそうですね。「こんにちは赤ちゃん」は中村八大さんに子どもが生まれたのを祝して、永六輔さんが詞を書いたもので、元来は「お父さん」目線の詞だったそうです。これが反響を呼んで、196311月にシングル・レコードが発売されたわけですから、「テレビが生んだヒット」といっていいでしょう。

11月リリースながら、100万枚を超えるヒットとなり、その年の「日本レコード大賞」まで獲得するのですから、いかに日本中に浸透した曲だったかが分かります。1960年に「所得倍増計画」があり、右肩あがりの高度経済成長の勢いが高まり、ちょうど、翌年(1964年)に「東京オリンピック」をひかえ、安定してきた世相に、幸せな家庭を描いた曲がマッチしたのでしょう。また、「テレビが生んだヒット」と前述したように、一般の家庭にテレビが普及しみんなで視聴するという生活スタイルが定着したことも大きい要因ですね。

そんな世相を象徴するように「こんにちは赤ちゃん」が使われた映画があります。『県警対組織暴力』(1975 深作欣二監督)です。当ブログでもおなじみ『仁義なき戦い』シリーズ(19731974 深作欣二監督)を作り上げた、深作監督、脚本の笠原和夫さん、主演の菅原文太さんのトリオが再結集した傑作です。警察とヤクザの癒着や、警察内部のヒエラルキーを描いた作品で、文太さんが刑事を演じるほか、『仁義なき戦い』の出演メンバーの多くが、警察側にキャストされているのも面白いです。また、川谷拓三さんが文太さん&山城新伍さんの刑事に取調室でガチに殴られるシーンの迫真性は語り草になっています。そんなハードな実録路線の東映映画に「こんにちは赤ちゃん」が流れるのは、組の末端のチンピラ一味が潜伏しているアパートに敵の刺客が殴り込み殺害する場面です。そのとき、ちょうどテレビ(いやラジオだったかな)から「こんにちは赤ちゃん」が流れているのです。凄惨なシーンにミスマッチな明朗なメロディ。この対比が見事でした! 

この『県警対組織暴力』の時代背景は昭和38年頃という設定で、これは『仁義なき戦い 頂上作戦』(1974 深作欣二監督)と同じです。生活も安定してきて市民社会が暴力団に厳しい目を向け始めたとともに、「東京オリンピック」を翌年にひかえ、警察も暴力団壊滅に本腰を入れ出した時期であります。そんな「市民社会」の台頭と、その裏では激しい抗争が繰り広げられていたヤクザ社会、それを「こんにちは赤ちゃん」というテレビで大衆の人気をあつめたヒットソングをかぶせて描いたのが『県警対組織暴力』のすごいところです。そういえば、『仁義なき戦い 頂上作戦』で、小倉一郎さんが三上真一郎さんにそそのかされて松方弘樹さんを殺してしまうのも「テレビ」欲しさでした……。

名作『県警対組織暴力』は、現在、池袋・新文芸坐にて開催中の「追悼・梅宮辰夫」特集で、明日24日、上映されます! 梅宮さんは、叩き上げ刑事の文太さんと敵対する「エリート警部補」役で、存在感を発揮されます。是非おいでください。 (ジャッピー!編集長)

 

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梓みちよさん「メランコリー」は拓郎さん自選1位!

ひとつ前の当ブログで書いたように、梓みちよさんが「こんにちは赤ちゃん」のイメージから脱却するのに成功したのが1974年リリースの「二人でお酒を」(作詞・山上路夫さん、作曲・平尾昌晃さん)です。♪うらみっこ、なしで別れましょうね~ こうなったのもお互いのせい~ と大人の恋愛を歌い、見事にヒットチャートに返り咲きました。曲の途中であぐらをかいて歌う「二人でお酒を」は大ヒット。僕も好きな曲でシングル盤を買いました!(今も持っています) 「二人でお酒を」によって、「紅白歌合戦」にもカムバックを果たします。

この翌年だったかなあ、梓さんが「紅白」で、「リリー・マルレーン」を歌われたときがあって、これは名唱でした! 何人もの方が歌っている曲ですが、梓さんの歌の表現は白眉でしたね。当ブログ1月2日にも書きましたが、最近の「紅白」は、ひとつの歌をじっくり聴かせるという構成になっていないので残念。梓さんが出ておられた頃の紅白は良かった……。

「二人でお酒を」に続く「淋しがりや」(作詞・山口洋子さん、作曲・平尾昌晃さん)もいい曲だったなあ。そして、この路線で僕が大好きな曲が「メランコリー」です。♪緑のインクで手紙を書けば~それがさよならの合図になると~誰かが言ってた~ という歌い出しがいいですよねえ。喜多条忠さんの歌詞が素晴らしいし、それに曲をつけた吉田拓郎さんのメロディーが絶品です! 

歌詞に♪それでも乃木坂あたりでは~私はいい女なんだってね~というのがあって、僕は「乃木坂」という地名を初めて覚えたのでした。今やアイドルグループの名前にもなっていますが、東京の田舎者である僕にはいまだに「乃木坂」は未踏の地であります。

それはともかく、TBSラジオでやっていた「吉田拓郎のラジオでナイト」で、拓郎さん自身が「他のアーティストに提供した曲ベスト10」で「メランコリー」を1位にあげていました。1位「メランコリー」、2位「やさしい悪魔」(キャンディーズ)、3位「襟裳岬」(森進一さん)、4位「六本木レイン」(研ナオコさん)、5位「たどり着いたらいつも雨降り」(モップス)、6位「」いつか街で会ったなら」(中村雅俊さん)、7位「ドンファン」(神田広美さん)、8位「ルームライト」(由紀さおりさん)、9位「我が良き友よ」(かまやつひろしさん)、10位「君住む街」(杉田次郎さん)でした。たしか、拓郎さん、「喜多条の詞がいいなー」とおっしゃっていたと記憶しています。多くの曲を提供している中からの1位ですから、拓郎さんにとっても自信作だったんだなあと思いました。

また、リスナーからの投票で「リスナーが選んだ、拓郎さんが他のアーティストに提供した曲ベスト10」の方でも「メランコリー」は6位に入っていました。こちらについては、当ブログ20181023日「村上春樹さんと吉田拓郎さん、秋の夜長のラジオ」に書きましたのでお読みください。

梓みちよさんは、その後も「よろしかったら」(作詞・阿木燿子さん、作曲・筒美京平さん)がCMに使われたりしました。阿木さん&宇崎竜童さんご夫妻の曲や、加藤和彦さんの曲とかもあったと思います。幅広い音楽家たちとコラボして、アダルト・コンテンポラリー的な曲をもっとリリースしてほしかったな。アイドル歌謡や演歌とは違う、AORぽい歌謡ポップスのジャンルを作ってほしかったです。そういう実力があった歌手だったのです。 (ジャッピー!編集長)

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1975年「空飛ぶ鯨」でデビューしたちゃんちゃこのメンバー。デビュー40周年を経て昭和の素敵な時代の歌や出来事を再発見
ジャッピー!編集長
映画雑誌「ジャッピー!」を主宰する編集長
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昭和のあれやこれやをイラストにして解説。
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