「平昌オリンピック」も閉会式を迎え、熱戦の幕をおろしました。報道も「終わった」感が濃厚ですが、このあと、「平昌パラリンピック」があります。メディアには「オリンピック」と同じ扱いで取り上げて盛り上げてほしいと思います。
昨日の当ブログで1972年「札幌オリンピック」を熱心に観て「マイ・スクラップブック」を作っていたという話を書きました。それより前には、僕は自分で「プロ野球ブック」を作っていました。とにかくプロ野球が大好きで、新聞のスポーツ欄の「野球」の記事は隅々まで読んでいました。あと、銭湯にスポーツ新聞が置いてあったので熱心に読み込み、風呂に入っているより新聞を読んでいる時間の方が長かったくらいでした! そして、読むだけでは飽き足らず、自分ひとりで「プロ野球」の雑誌をつくるに至りました。大学ノートに新聞記事を切り抜いたのを貼っていたのですが、そのうちそれに自分の文章をつけたりして「編集」するようになりました。今ぐらいの時期だと、僕は行ってもないのにキャンプ情報などから分析し、「今年の新戦力」とか「このトレードはどちらが得したか」みたいなことを調子にのって書いていました。僕はその頃から「アンチ・ジャイアンツ」なので、記事にもだいぶ反映されていたと思います。弱いチームのことを書くことが多かったかなあ。ちょうど、「黒い霧事件」があり、西鉄ライオンズの選手が永久追放になったり、出場停止になった頃で「今こそ、西鉄の若手選手にチャンス」みたいなことを書いたのを覚えています。なので、当時、投げまくっていた東尾修投手や河原明投手がよく登場していました。
他には、鳥好きな友だちと「とりブック」という野鳥の雑誌も手作りしていたし、僕の「雑誌好き」の原点ですね。それが高じて、映画好きになって「ジャッピー!」という雑誌に参加するに至ったのは当然の帰結だったのでしょう。そういえば、ハピイさんも「プロレスマガジン」という個人誌を作っておられたのですね。(←当ブログ2015年11月16日参照) 僕も当時の「プロ野球ブック」をとっておけばよかったなあ……と後悔しきりです。   (ジャッピー!編集長)
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