本日、4月26日というのは「日本で初のボクシングのタイトルマッチ」が行われた日なんだそうです。1924年(大正13年)当時の「日本拳闘倶楽部」が主催して日比谷公演音楽堂が会場。この試合で日本チャンピオンが決まったのです。今は協会も「日本ボクシングコミッション」という名称となって、皆「ボクシング」と呼んでいますが、僕の子どもの頃、父親なんかは「お、今日はテレビで拳闘があるか」と普通に「拳闘」と呼んでいたなあ。
ボクシングといえば、今月15日のWBCフライ級タイトルマッチで、チャンピオンの比嘉大吾選手が計量で体重オーバーで王座を剥奪されるという事態になりました。(試合もTKOで負けました) その前にもWBCバンタム級タイトルマッチで山中慎介さんが王座奪回を狙ったのですが、チャンピオンのルイス・ネリ選手(メキシコ)が前日計量で2.3キロも超過して王座を剥奪されました。おまけに試合時はさらに増加し1階級以上の体重となっていたそうで、これでは山中選手は勝てません。王座は空位となり、大変しらけた世界戦となってしまいました。計量オーバーなら、その時点でフェアではなくなっているわけですから、試合をやらずに、無条件で相手が王座につくでいいと思うのですが、やはり興行としてテレビ中継も入っているし、大きな金が動いているので「試合」はやらざるを得ないようです。比嘉選手の場合も前の試合から2ヵ月という短いインタバルにムリがあったと思います。これも「興行」の都合ですね。比嘉選手も1回目の計量後、汗も一滴も出なかったといいますから、無理なスケジュールで試合を組んだジムにも責任があると言われても仕方ありません。いずれにしても、日本人の世界チャンピオンで初の軽量オーバーですから残念なことです。比嘉選手には「無期限停止」という重い処分が下されましたが、まだ若いのですからあきらめず頑張ってほしいです。
過酷な減量で思い出すのは「あしたのジョー」の力石徹です。
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ライバルの矢吹丈と戦うために階級を下げるわけですが、力石はウェルター級、一方、ジョーはバンタム級ですから3階級も下なのです!(当時は8階級、今は細かくなって17階級) おそらく10キロ以上減量しなくてはなりません。これはもう狂気の沙汰です。力石はひとり地下牢みたいな部屋で寝起きし、夜中に苦しくて水を飲みたくなるので水道の蛇口を針金で巻いて水が出ないようにしてしまいます。その痩せこけて幽鬼のような表情(マンガですが)は忘れられません。ダウンロード (90)
力石はジョーを倒しますが、試合後に亡くなってしまいます。こんな減量したらムリもありません。
「あしたのジョー」は少年マガジン1968年1月1日号スタート(発売は1967年12月ですが……)ですから、今年、連載50周年です。
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それを記念して「あしたのジョー展」が明後日4月28日から5月6日まで「東京ソラマチ」で開催されます。行ってみたいけど、ゴールデンウイーク真っ只中、混むだろうなあ。  320
(ジャッピー!編集長)
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