日本大学の「悪質タックル事件」、ウチダ前監督とイノウエ元コーチが、関東学生アメリカンフットボール連盟から「除名」処分を受けました。選手に責任をなすりつけるような発言をしていたし、「そのプレイは見てない」という監督の主張も当日の試合の映像から虚偽とされたし、試合後の監督の発言も音声データで残っていたりと証拠が積み上げられていますので当然の処分といえます。
僕は「アメリカンフットボール」には興味がなく、試合を観たこともありません。バート・レイノルズさん主演の「ロンゲスト・ヤード」(1974 ロバート・アルドリッチ監督)や、140132_01
そのリメイク「ミーン・マシーン」(2002 バリー・スコルニック監督)139417_01
を観たことはありますが、全くアメフト自体の知識はありません。ただ、日大アメフト部が「フェニックス」というチーム名であることをニュースで知り、「あっ!」と思い出しました。「マイフェニックス」(1989 西河克己監督)という映画です。今回の事件を報じた新聞を読んでみると、日大は「アメフトの名門」でかつて篠竹監督という名将がおられて黄金時代を築いたとのこと。ウチダ前監督もこの篠竹監督の指導を受けていたとありました。たしか映画で菅原文太さんが老監督を演じていましたが、それが篠竹監督の役だったのだと思います。この映画は、「日本大学創立100周年」を記念して製作されたもので、監督の西河克己さんも「日芸」出身です。(西河さんの時代は、まだ「芸術学部」というのはなくて、「日本大学法文学部芸術科」といったそうです)かなり昔に観たのでうろ覚えですが、文太さん演じる監督は事故か何かでケガをして、杖をついて采配をふるうシーンがあったと思います。主演は宍戸開さんで、もちろんアメフト選手の役です。彼と恋におちるのが富田靖子さん演じる写真家の卵?で、こちらも日大芸術学部写真学科の学生だか、卒業生だかの設定でした。ストーリーはほとんど忘れてしまいましたが、選手の故障などで不調になった「フェニックス」が宍戸さんの活躍で最後は優勝するという感じだったと思います。ともかく、日大全面協力でアメフトの試合シーンなどはかなりの迫力だったような気がします。僕がはっきり覚えているのは、宍戸さんが富田さんの実家に乗り込んで連れ帰りキスするシーンです。
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ちょっと「卒業」(1967 マイク・二コルズ監督)みたいな設定だったので記憶にあるのです。宍戸開さんは映画デビューだったのかなあ、たしか宍戸錠さんも出ておられたと思います。
そんな栄光の「日大アメフト部」もすっかり信頼を失ってしまいましたが、加害者の宮川選手の会見は立派だったと思います。「……真実を明らかにすることが償いの第一歩だと思います。……自分の意志に反することはフットボールに限らずすべてにおいてするべきじゃない……」と真摯に反省の言葉を述べていました。この20歳の若者の誠実さ、「刑事訴追の恐れがあるので……」とか言って真実を語ろうとしないヒラメ官僚たちは少しは見習ったらどうかと言いたいです。  (ジャッピー!編集長)
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