昨日の当ブログで書いたように、今年の「甲子園」で導入された「タイブレーク」方式には大いに違和感を感じるわけです。「いかに塁に出るか」→「塁に出た走者をいかに進めるか」という作戦、戦術の妙に野球の面白さがあるわけで、それをショートカットしていきなり「無死一・二塁」というのはねえ。そこに至るまでの微妙な流れやアヤがドラマがあるんですがねえ。いきなり、結末だけ見せられる映画みたいです。今大会でも済美高校の「逆転満塁サヨナラホームラン」がありましたが、タイブレークではじめからランナー2人置いた設定からとなると「半分、劇的」という感じです。
過去の大会で「延長戦」はリアルに劇的なドラマを生み出しています。僕が今までの人生で甲子園大会を観た中で一番印象に残っているのが、1969年の決勝戦です。そうです、松山商VS三沢の延長18回同点、引き分け再試合となったゲームです。多くの方もあげるレジェンドというべき試合ですが、少年だった僕はこの夏、沼津の親戚の家にあずけられていて典型的な「昭和の夏」をおくりながら観ていたので個人的な記憶とともに思い出されます。井上明投手と太田幸司投手の息詰まる投手戦で0対0のまま入った延長戦。三沢は15回だったか満塁でサヨナラのチャンスがありました。スリーボールから井上投手が投げた一球が外れたように見えました。「押し出し?」と思ったら判定は「ストライク」で僕もテレビの前で「ええーっ!」と叫んだ記憶があります。misawa
最終18回には太田さんが盗塁を試みてアウトになったりと、裏の攻撃だった三沢は押しながらもホームが遠かったのです。もう本当にテレビの前に釘付けでした。こういった勝利と敗北の運命が行ったり来たりする緊迫感ある試合は観られなくなるかもしれません。(今のところ決勝戦では15回まで延長。再試合はタイブレーク採用というルールです)
あの頃、甲子園に出ていた球児たちはずいぶん年上のお兄さんだったわけですが、ずっと「甲子園大会」を観続け、時が流れ、球児たちもいつの間にか年下となり、そして今や、監督にも年下の人が多くなり、選手の親の年代、どころかヘタしたら選手の祖父に近い歳になってしまいました。第100回記念の大会、自分の人生もずいぶん遠い所まで来てしまったなあという感慨にため息をつくばかりです。
 (ジャッピー!編集長)
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