昨日の当ブログで書いたように、「真昼の暗黒」(1956 今井正監督)を製作する際、プロデューサーの山田典吾さんと監督の今井正さんは、「八海事件」裁判がまだ係争中だったこともあり、真相が決定的に分からない→疑わしきは罰せずというスタンスで行こうと決めていました。「真相があいまい」という点で「羅生門」(1950 黒澤明監督)のような映画を想定したのです。そこで脚本家に選んだのが橋本忍さんです。
「羅生門」は橋本さんの脚本が映画化された第一作です。32616191_432679160527493_7180641155145531392_n
応召されたものの結核にかかり兵役免除され療養所にいた橋本さんは、たまたま隣のベッドにいた戦友が映画の本を見てシナリオに興味を持ちました。自分でも書いてみて伊丹万作さんに送り、師事を受けます。(これも戦友に「一番偉い脚本家」ときいて伊丹さんを選んだそうです)伊丹さんは亡くなってしまいますが、伊丹夫人から監督の佐伯清さんを紹介されます。佐伯さんが助監督時代に同じ部屋に住むなど黒澤さんと親しかったこともあり、橋本さんがサラリーマンをしながら芥川龍之介さんの「藪の中」をシナリオ化したものが、黒澤さんの目にとまるのでした。映画一本にするには短いという黒澤さんのアドバイスを受け、同じ芥川原作「羅生門」を付け加え完成します。橋本さんならではの「力技」が既にデビュー作から見られます。そしてヴェネチア国際映画祭でグランプリを獲り、世界の名作となったわけです。
そんな「羅生門」スタイルを想定した山田さん&今井さんでしたが、橋本さんは徹底的な資料読み込みで「絶対無罪」をはっきり打ち出し脚本化したのは昨日の当ブログでも書いたとおりです。拷問を伴う取り調べ、自白の強要などを告発した映画は大ヒット、ついには上映後「無罪判決」を勝ち取ります。
とにかく「執念」をエネルギーにぐんぐん剛速球で押すのが橋本さんの真骨頂ですが、黒澤映画で脚本チームを組んだ小國英雄さんは「七人の侍」(1954 黒澤明監督)20180823160618382764_55b92396ccdf976e12877e1f15d12c4c
で共同執筆したときに橋本さんに「死んだ伊丹に代わってお前に言う。脚本の腕力の強さに関してはお前にかなう者は日本にいないよ。でも腕っぷしが強すぎて無理なシチュエーションや不自然なシチュエーションを作る。成功すればいいが失敗する可能性が遥かに高いよ」と忠告したそうです。
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はからずもその28年後、その予言は当たってしまいます。橋本忍さんが「東宝創立50周年記念作品」として大々的に公開した自身の監督第3作「幻の湖」(1982 橋本忍監督)o0800045014151688735
はご存知のように「日本映画史上最大の怪作」となってしまいます。(伝説のカルト作として人気は高いですが……)橋本さん自身もこの作品が失敗したとき、小國さんの言葉を思い出していたといいます。
明日9月1日(土)より池袋の新文芸坐にて10日間にわたる「追悼・橋本忍」特集上映が開催されます。明日の初日は「幻の湖」と「私は貝になりたい」(1959 橋本忍監督)5d9a67ff
のご自身の監督作2本立てです。是非、おいでください。  (ジャッピー!編集長)
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