昨日の当ブログで書いたように、僕が毎週楽しみにしているラジオ番組「吉田拓郎のラジオでナイト」は高校時代のテープまで発掘放送してくれるなど、拓郎さんの音楽ルーツから現在に至るまでを語っていてとても興味深い内容です。拓郎さんが「眠る前に聴いている」とおっしゃるご自身の i-pod に入っている曲のジャンルの広さ(ロックから演歌、ムード歌謡、イージーリスニングなど)も驚かされますが、いろいろなタイプの音楽からの影響をご自身の曲作りにも活かしす貪欲さが、長年第一線で活躍しておられる秘訣なのだとあらためて思います。
吉田拓郎さんといえば、フォーク・スタイルで登場し、その「字余り」の作風から、ボブ・ディランさんのフォロワーと呼ばれました。これは間違いではなく、当時、拓郎さんはディランさんの特にそのメロディに魅かれていて、ディランさんの曲の影響を受けた曲が数多くあります。当ブログ2016年10月13日「たくろう経由ディラン行き」で書いたように、ディランさんの「ハッティ・キャロルの寂しい死」のメロディに日本語詞をのせた「準ちゃんが吉田拓郎に与えた偉大なる影響」という曲もありますし、デビュー曲の「イメージの詩」がディランさんの「廃墟の街」のリフから生まれたのも有名です。
他にも「春だったね」が「メンフィス・ブルース・アゲイン」にインスパイアされているなど、ディランさんのメロディの影響は色濃く出ています。(番組の中で明かされましたが、何と「ザ・バンド」と競演が実現寸前だったそうです。実現していたら「吉田拓郎&ザ・バンド」です!)
しかし、拓郎さんがフォーク・シンガーで世に出る前、広島で大学生だった頃、組んでいた「ダウンタウンズ」というバンドはロック編成で、R&B寄りの曲を好んでいたそうです。ダウンロードtaku
「ラジオでナイト」でもオーティス・レディングさんについて語ったり、先日アレサ・フランクリンさんが亡くなったときも追悼で曲をかけてくれました。バンド時代は米軍基地で演奏していたそうですから、タイミングが違ったらフォークでなくR&Bバンドのフロントとしてデビューして、まったく違う音楽キャリアになっていたかもしれません。番組の中では「この曲はフィル・スペクターの線を狙ってみた」「アレンジをこう工夫した」など、ご自身の曲作り、録音の裏話を披露されていますが、拓郎さんの様々な音楽を取り入れる雑食的な姿勢がいろいろなアイデアを生み出すのでしょう。そして、アイドルから演歌歌手まで多様なジャンルのオファーに応える作曲家としても活躍できるのでしょう。
昔、「フォーライフ・レコード」が設立された頃、拓郎さんの深夜放送(「オールナイト・ニッポン」だったかな?)に、ゲストで小室等さん、泉谷しげるさん、井上陽水さんが集まり「フォーライフ」メンバー勢ぞろいの回があって、泉谷さんが「俺は拓郎の作る曲はすごいと思う。歌詞は陽水だけどな」と言っていたのを40年以上たった今でも妙に覚えています。  (ジャッピー!編集長)
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