11月15日の当ブログに、きたかたさんが「1978年の洋楽シーン」について書いておられます。この年の洋楽界を席巻したのは「ビー・ジーズ」です。前年の1977年末からヒット曲を連発、次々にチャート1位に送りこみました。ビルボード誌で1977年12月24日付けで1位になった「愛はきらめきの中に」は3週1位、
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次いで「ステイン・アライヴ」が2月4日から4週連続1位となり、ダウンロードsutei
2週あいて3月18日からは「恋のナイトフィーバー」が何と8週連続1位と独走しました。ダウンロードnaito
「ステイン・アライヴ」と「恋のナイトフィーバー」の間の2週も「ビー・ジーズ」のギブ3兄弟のさらに下の弟、アンディ・ギブさんの「愛の面影」ですし、
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「恋のナイトフィーバー」に代わって、5月13日に首位に躍り出たイヴォンヌ・エリマンさん歌う「アイ・キャント・ハヴ・ユー」
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も「ビー・ジーズ」が作った楽曲ですから、21週のうち18週を「ビー・ジーズ」関係の曲が1位を独占したのです! 2月18日から2週は「ステイン・アライヴ」「愛の面影」が1、2位。3月4日には逆転して「愛の面影」が1位、「ステイン・アライヴ」が2位。3月11日には「恋のナイトフィーバー」が2位にあがり「愛の面影」に迫り、3月18日には再び「ステイン・アライヴ」が上昇、5週にわたり「恋のナイトフィーバー」「ステイン・アライヴ」が2トップとなり、4月22日から3週間は「恋のナイトフィーバー」「アイ・キャント・ハヴ・ユー」が1、2位という凄まじさです。特にすごかったのは3月18日のチャートで1位「恋のナイトフィーバー」、2位「ステイン・アライヴ」、3位にサマンサ・サングさん歌う「愛のエモーション」(←これもビー・ジーズ兄弟の作った曲)ダウンロードsamannsa

、5位に「愛の面影」と、トップ5のうち4曲を「ビー・ジーズ」関連が占めたのでした。3月25日には「アイ・キャント・ハヴ・ユー」が上がって、トップ10のうち5曲が「ビー・ジーズ」関連という状況が以後3週続きました。これはもう、かつて「ビートルズ」旋風が吹き荒れ、チャートの1位から5位を独占(1964年4月4日「キャント・バイ・ミー・ラヴ」「ツイスト・アンド・シャウト」「シー・ラヴズ・ユー」「抱きしめたい」「プリーズ・プリーズ・ミー」)して以来の事態で、チャート小僧だった僕にとっては初めてリアルタイムで経験した「大旋風」でした。さらに、この1978年は6月18日からアンディ・ギブさんの「シャドー・ダンシング」が7週連続1位、ダウンロードshadou

8月26日から2週1位を守ったフランキー・ヴァリさんが歌った「グリース」も「ビー・ジーズ」のバリー・ギブさんの作った曲と、完全に「ビー・ジーズ」が制覇した年でした。ダウンロードguri-zu

もちろん、このブームは「サタデー・ナイト・フィーバー」(1977 日本公開は1978年 ジョン・バダム監督)という映画の大ヒットによるもので、ブルーカラーの若者が毎土曜の夜にディスコで踊ることに情熱を燃やすというストーリーのために「ビー・ジーズ」が書いた曲と共に、主演のジョン・トラボルタさんも一躍スターとなったのです。
「グリース」(1978年 ランダル・フレイザー監督)ではオリヴィア・ニュートン=ジョンさんと共演します。こうした「音楽映画」の成功が80年代に繋がっていき、「フラッシュダンス」(1983年 エイドリアン・ライン監督)などヒットを生み出していくのでした。当ブログ10月20日「追悼・アレサ・フランクリンさん」で取り上げた「ブルース・ブラザース」(1980年 ジョン・ランディス監督)などもこの流れから生まれたのかもしれません。 (ジャッピー!編集長)
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