昨日の当ブログで、今年7月に亡くなった三上真一郎さんの著書「巨匠とチンピラ 小津安二郎との日々」を紹介しました。
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俳優になって間もない若き三上さんを小津さんとの交流が綴られ、小津さんの素顔が垣間見えるようです。何と言っても、平易な筆致の中に小津さんに対する敬意と愛情に満ちています。清々しい文章で本当に名著だと思います。後半は小津さんが監督になる前に代用教員をやっていた三重県の飯高町の「オーヅ会」、小津監督ゆかりの「蓼科映画祭」、パリで行われた「小津作品上映会」など、小津さんが亡くなったあとも、その作品に出ていたということで呼ばれたり、訪ねたりした各地のことが書かれています。三上さんが小津監督に「映画界以外の人と出会うことが大事だ」とアドバイスされた(←昨日の当ブログを参照)ように、芸能界以外の人との交流が三上さんにいっそう人としての深みをもたらせたのでしょう。
三上さんは1958年、立教高校在学中に松竹に入社ですから、その2年後に巻き起こった「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」のときはまさにド真ん中の若手俳優だったわけです。実際に「乾いた湖」(1960 篠田正浩監督)主演して「新しい波」にちょこッと乗るのですが、
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三上さんはこの「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」に対してはあまり評価していません。というか、むしろ批判的です。この「巨匠とチンピラ」の中にも一章を使っていますが、もっと強い調子で書いてしているのが、雑誌「映画論叢」に連載されていた役「チンピラ者の万華鏡」の「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」について書いた回で、特に大島渚監督について批判をあらわにしています。「青春残酷物語」(1960 大島渚監督)
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で一躍ヌーヴェル・ヴァーグの旗手になった大島監督が新聞のインタビューに「私の映画を見に来るのは啓蒙されに来る客であって日活のギャング映画を観に来る輩とは違う」と発言したことに三上さんは不遜なものを感じるのです。「啓蒙」とはまるで「自分の作品を観に来る奴は程度の低い奴」とみなしているかのような「上から目線」にカチンときているのです。当時の映画の現場にいた三上さんの実感として映画とは「それぞれの人生を背負った人がスクリーンを見つめ、物語に陶酔したり、腹を抱えて笑ったり、己の人生に重ねて涙したり……」するもので、「啓蒙」するなんて心構えで映画を撮るなんて俺は嫌いだねと大島監督をばっさり斬ります。僕は大島作品も観ますが、この三上さんの意見には賛成です。「啓蒙」で作るとなると、それが右だろうと左だろうと大変危険なものになるのが映画だしね。「新宿昭和館」や「浅草名画座」に通っていた僕としては、映画は大衆娯楽。笑ったり泣いたりハラハラしたりすればいいのであって勉強するために映画館に行くわけでないのです。
この「チンピラ役者の万華鏡」、撮影所や役者の色々な話を歯に衣着せず語っていて面白く、どこかで単行本化してくれないかなあ。 (ジャッピー!編集長)

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