当ブログ11月15日に、きたかたさんも書いておられますが、1978年にデビューした「ポリス」は当時、「パンク・ロック」のジャンルとみなされていました。「パンク・ロック」といえば、当ブログ12月5日に取り上げた「セックス・ピストルズ」のような、テクニックよりも若者のフラストレーションの爆発的衝動が前面に出るような、ある種、素人っぽさもその特徴である部分が含まれると思います。
そういう意味では「ポリス」は「パンク・ロック」とはかなり遠い位置にいるバンドだと思います。ギターのアンディ・サマーズさん
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は既に1960年代には、「アニマルズ」「ソフト・マシーン」といった著名なバンドに参加していたし、ドラムのスチュワート・コープランドさんはアメリカから1974年に渡英、プログレ・バンド「カーヴド・エアー」に在籍していました。
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そしてベースのスティングさんは教師をやりながら、元々はジャズ・コンボで活動していました。(そういうルーツがあるので、「ポリス」解散後、スティングさんの初ソロ・アルバム「ブルー・タートルの夢」は一流ジャズ・ミュージシャンを集めて作られました)
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このように、3人とも「ポリス」結成以前にそれぞれプロとしてのキャリアがあり、幅広い音楽性を備えていたのです。それは、レゲエやアフリカン・ビートを取り入れたファースト・アルバム「アウトランドス・ダムール」を聴けばすぐに分かります。かなりのテクニシャンが集まってスタートしたので、いわゆる「パンク・ロック」とは出自が違うのです。
では、なぜ「パンク・ロック」と括られてしまったかというと、当時のロック・シーンにはなかった音像を持っていたことと、その過激性があったと思います。「アウトランドス・ダムール」からシングル・カットされた「ロクサーヌ」は売春婦を描いた歌詞(♪もう金のために街に立たないでくれ 他の奴らと君をシェアしたくない)のためにいきなり放送禁止をくらってしまいます。0-110209-05
それに憤ったスティングさんはBBCを攻撃するポスターを作ると、BBC側は今度はセカンド・シングルの「キャント・スタンド・ルージング・ユー」の歌詞が「自殺」を扱っていると「放送禁止」にします。
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こうして、前代未聞、デビューからシングル2曲続けて「放送禁止」になったことと、放送局への反撃キャンペーンをしたことで「ポリス」は「体制」へのアンチという「パンク・ロック」のイメージをまとったのかもしれません。
 
 (ジャッピー!編集長)
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