一昨日の当ブログで、今年7月に亡くなった三上真一郎さんが「仁義なき戦い」(1973 深作欣二監督)、「仁義なき戦い 頂上作戦」(1974 深作欣二監督)で好演した話を書きました。「仁義なき戦い」シリーズは勿論、東映の俳優が中心となって製作されていますが、かつては他社に属した役者さんたちが重要な役を演じ、ある種の化学反応を起こしている部分もあります。
松竹青春スターだった三上さんの他にも、第1作には、日活で活躍した川地民夫さん、ダウンロードkawaji
新東宝で菅原文太さんらと「ハンサムタワー」として売り出した高宮敬二さんimages (4)
、大映ニューフェイスだった渚まゆみさんなどが出ていますし、
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シリーズが進むと、大スターとしてオーラを放つ小林旭さんはもちろん、大映出身の成田三樹夫さん、ダウンロードnarita
長谷川明男さん、東宝出身の黒沢年男さん、
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などです。特に、三上さん、黒沢さんなどは青春映画のイメージが強かったせいか、その人が「極道」を演じることに、時の流れと役者としての年輪みたいなものを感じたりします。
そもそも、「仁義なき戦い」シリーズ主演の菅原文太さんは新東宝→松竹を経て東映に入った苦労人です。新東宝が潰れて松竹に移籍したものの、役に恵まれず、くすぶっていました。三上さんは松竹大船にやって来た当時の文太さんの思い出を書いています。新東宝「ハンサムタワー」4人組を松竹が引き取り、
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真っ先に木下恵介さんの目にとまり起用されたのが吉田輝雄さんで、順調に松竹カラーに馴染みます。三上さんとも「秋刀魚の味」(1962 小津安二郎監督)で共演しています。(この時は、まさかのちに石井輝男監督の異常性愛路線のヒーローになるとは誰も思っていなかったでしょう!) 出遅れた文太さんと堀内真直監督の作品で共演した三上さんは、撮影が早く終わった日に飲みに行きます。そこで、文太さん、三上さんを前に「こんな筈じゃなかったんだ! こんなことになるんだったら松竹に来るんじゃなかった! 約束が違う。約束が違うんだ! 松竹は冷たい!」と呻きながら涙を流したそうです。そうして大荒れになって、二人は飲みあかし、朝、気づいたら三上さんの家で沈没していたそうです。起きて、三上さんのお母さんが作った朝ごはんを食べた文太さん、「こんな旨い朝飯、久しぶりに食べました」と丁重にお礼を言ったそうです。
何年かたち、三上さんも松竹を去り東映作品に出演しているとき、撮影所の食堂で文太さんに再会。少しづつ主演も撮るようになって活躍し始めた頃です。言葉を交わし、食堂を出ようとした文太さん、立ち止まり「お袋さん、元気か? よろしく言ってな」と照れたように言ったそうです。辛い時期にふるまってくれた炊きたてのご飯と味噌汁を忘れてなかったのです。良いエピソードです。しばらくして、文太さんは「仁義なき戦い」でブレーク、押しも押されぬ大スターとなるのです。
映画の共演で出会うということだけでも、そこには様々な人生が交差しているのです。
(ジャッピー!編集長)

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