18日の当ブログで、今年の10月に亡くなった元・横綱「輪島」さんのことを書きました。「輪島」関と同時期に人気があったのが元・大関「貴ノ花」関でした。takano_03
のちの若貴兄弟のお父さんですが、その人気は息子たちにも劣らないものがあったと思います。僕が昭和の少年の頃は、友だちとよく「相撲」をとっていたという話も書きましたが、その好敵手?のひとりU君は熱狂的な「貴ノ花」ファンで取り口も左四つ、吊り寄りとか、真似していました。「輪島」関と同じく左下手投げが得意だった僕とはよく熱戦をしたものです。U君の家の隣りにはO君が住んでいて、「相撲」中継の時間になるとU君の家から「貴ノ花~!」と応援する声が聞こえてきたと言ってました。彼らの住んでいたのは、日本でも有数の家の密集地帯で、当時の家の普請は、声や生活音は筒抜けでしたからねえ。
ともかく、それぐらい熱狂的なファンもいた「貴ノ花」関は、1972年「輪島」関と同時に大関昇進。相撲界に新しい風が吹いたという感じでした。たしか、それまで君臨していた横綱「大鵬」関が貴ノ花関に敗れて引退を決心したというのも象徴的でしたね。お二人ともそれまでの相撲取りのイメージを覆す現代的?タイプでしたし、その「カッコ良さ」で子供や若い人にも人気が拡大したのです。お二人は引退後、資生堂の男性化粧品のCMに揃って出たりもしました。これがキマっていたなあ!
貴ノ花さんは幕内で2回優勝しながら(このときのU君、まさに狂喜でした)横綱にはなれませんでしたが、元・女優の奥さん(藤田憲子さんについては当ブログ2018年2月28日をご参照ください)を持ち、「二子山部屋」の親方として後進を育て、息子2人は横綱となりました。しかし、その「若・貴」兄弟は仲違い、憲子夫人とは離婚、そして55歳という若さで亡くなってしまいます。輪島さんも名門「花籠部屋」を潰してしまい、プロレスに転向(あまり活躍できませんでしたね……)、病気で声が出なくなったり……と、波瀾万丈の晩年を送ることになってしまいましたが、お二人が「相撲」の新しい地平を拡げたのは間違いないですね。今、「相撲界」は大揺れですが、やはり「土俵」でいい相撲を見せるしかないと思います。新しい風を吹かすスター力士が出てほしいものです。 (ジャッピー!編集長) 
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