今年の1月5日に兼高かおるさん90歳でお亡くなりになりました。兼高さんといえばもちろん「兼高かおる世界の旅」で世界中を旅していた女性です。テレビを観て子ども心にエキゾチックな感じの方だなあと思っていましたが、のちにインドと日本のハーフと知って納得しました。アメリカ留学経験もあって、どの国に行っても動ずることなくレポートする姿は、ハーフ・タレントがそこら中にいたり、英語に堪能なタレントも多い今とは違う時代、本当に国際派の先頭に立っていた方だと思います。
昭和のテレビっ子だった僕にとっては、兼高かおるさんと聞けば、自動的に「日曜日の午前中」にテレビにかじりついていた時間を思い出します。まず、9時半に日本テレビの「ミユキ野球教室」を欠かさず観ていました。♪ミユキ~ミユキ~服地はミユキ~紳士だったら知っている~服地はミユキと知っている~という歌とともに始まるこの番組で僕のプロ野球知識は広がりました。たしか、そのあと、10時から「ボウリング」の番組をやっていた時期があって、これも何となく観てました。世はボウリング・ブームで友だちの家のボウリング・ゲームで遊んだのを思い出します。(今、桑田佳祐さんがボウリングの歌を唄ってますね)
そしてチャンネルを6番(TBS)に変えて、10時半から「うちのママは世界一」、続いて11時から「兼高かおる世界の旅」という流れで観ていました。兼高さんの番組を観ているころは「外国」は本当に遠い場所で、「海外旅行」なんて庶民には本当に縁のないものでした。そういう目で観ていた「兼高かおる世界の旅」で映し出される風景や風習、文化はとても興味深かったものです。「うちのママは世界一」などアメリカ製のドラマに出てくる「豊かさ」も遠いものだったし、ある意味、テレビが真の意味でテレビの役割をしていた時代だったなあと思います。
今や、何万人も「海外」に行く人がいるし、テレビだけじゃなく色んなメディアで外国の情報が流れ込んでくる時代となりました。僕も大人になってから海外にも行きました。仕事以外で、プライベートでもアメリカに野球を観に行ったり(野茂英雄投手がメジャーにいた頃です)、韓国やタイ、ベトナムにも行きましたが、まさか自分がそういう旅行をするとは子どもの頃は夢にも思っていなかったです。現在は貧困のため「海外旅行」どころじゃないですが、もうあまり「海外」に対する好奇心というかモチベーションがなくなっているのを感じます。年令のせいもあるかもしれませんが、「遠く」がなくなったことも大きいと思います。交通機関はもちろん、
ネットや通信、様々な発達で「海外」は身近になりましたが、それが本当に幸せなことなのかなあ……。手の届かない「遠く」を夢見ていた頃の方が何だか輝いていたように思えるのは単なる郷愁なんでしょうか。
そんな時代にお茶の間に海外、異国の風景、文化を垣間見せてくれた兼高かおるさんのご冥福を心からお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)
兼高かおる

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