昨日の当ブログで、キネマ旬報文化映画ベストワンに輝いた「沖縄スパイ戦史」(2018 三上智恵、大矢英代監督)について書きました。戦時中、少年や民間人を巻き込み、押し付けた「裏の戦争」の実態を炙り出す内容は衝撃的でした。本土から派遣された「陸軍中野学校」出身の工作員たちによって利用されたわけで、いうなれば味方と思っていた「本土」に騙されたのです。さらに、映画の中で語られていたのですが、この「工作員」たちは本土のあちこちの地方にも派遣されていたのです。沖縄戦のあと、本土決戦となっていたら、同じようなことが日本の隅々で行われていたわけです。偽名を使って村に入り込み、追い出し、スパイ疑惑をまき散らし、機密を守るためという大義名分のもと同胞の命を奪う……ということが間違いなく起こっていたでしょう。なぜなら、この「工作員」たちは自分たちが間違ったことをしているとひとつも思ってないからです。昨日も触れましたが、元自衛隊の人が「そういう教育を受けた軍人というものは、いかに作戦を遂行するかだけしか頭にないので、国民を守ろうなんてこれっぽっちも頭にない」と証言していました。それが「戦争」というものだと言われたらそれまでですが、だから「戦争」は悪なのです。「戦争」はそれを始める「上」の一部の人々がいい思いをするためだけに行われるだけで、「権力」が「国民のために」なんて考えるなんてことはないからです。
なんてことを「沖縄スパイ戦史」について考えていたら、ニュースで五輪担当相の失言が報道されました。水泳のエース、池江璃花子さんが「白血病」であることを公表されたのを受けて、五輪担当相が「五輪の盛り上がりが下火になるのではと心配」と言ったのです。このサクラダとかいう人物の個体としての資質ということもあるでしょうが、どの人が大臣になっても似たようなことを言うような気がしますね。結局、「権力」にとっては、「五輪大会」が大事で選手は「駒」ぐらいにしか見えてないのでしょうね。「駒」の生命に思いが至らないのは、「五輪」を「戦争」に置き換えれば明らかです。サクラダは自分の発言について釈明していますが、おそらく心の中では、自分が悪いこと言ったとは少しも思っていないでしょう。「権力」の本質が見えてくる案件です。  (ジャッピー!編集長)
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