2月15日に内田正人さんが亡くなりました。「内田正人」といっても、あの「悪質タックル」を指示した日本大学アメフト部の監督ではありません。同姓同名ですが、「キング・トーンズ」のリーダーだった内田正人さんが82歳で亡くなったのです。
「キング・トーンズ」といえば、「グッド・ナイト・ベイビー」ですね。僕と同世代の方だったら、♪グッドナイト~グッナイ~ベイビー、涙こらえて~今夜は~このまま~お休み、グッドナ~イト と歌えることでしょう。1968年にリリースされ、大ヒットしました。その「グッド・ナイト・ベイビー」でリード・テナーで美しい高音の歌声を聞かせてくれたのが内田正人さんです。後年はよくサングラスをかけていて、ちょっと風貌がレイ・チャールズさんに似ていましたね。
内田正人さんは日本大学在学中にジャズのオーディション番組に出場、そこで審査員だった笈田敏夫さんに「君の声は黒人音楽に合うよ」とアドバイスされ、1958年にグループを結成します。最初はメンバーに女性が一人いたそうですから、イメージとしては「プラターズ」を目指したのでしょうか。(のちに「プラターズ」とは共演することになります) 女性が抜けて男性4人のコーラス・グループ「キング・トーンズ」となり、主に米軍キャンプを回っていました。その1960年代前半、ロカビリーから派生し、いわゆる「カヴァー・ポップス」が流行り「洋楽」的な曲が次々に出されました。(「カヴァー・ポップス」については当ブログ2017年6月11日~6月15日あたりをご参照ください)その流れの中で「キング・トーンズ」はバック・コーラスとして数々のレコーディングに参加しました。いわば、裏方だった「キング・トーンズ」が「グッド・ナイト・ベイビー」でレコード・デビューしたときは10年ものキャリアがあったわけですから実力はじゅうぶんです。僕も初めて聴いたときから魅せられました。「ドゥー・ワップ」のスタイルでヒットを飛ばしたグループとしても初めてで、のちの「シャネルズ(ラッツ&スター)」に先行しています。
「ドゥー・ワップ」といえば山下達郎さんが「オン・ザ・ストリート・コーナー」というアルバム(Vol.1~3)で一人アカペラという形で披露していますが、その山下達郎さんは「キング・トーンズ」に何曲か曲を書いています。セールスが振るわなかった達郎さんがブレイクする萌芽となった「GO AHEAD!」というアルバムに収録された「レッツ・ダンス・ベイビー」は元々、「キング・トーンズ」に提供された曲ですし、「シュガー・ベイブ」時代の「DOWN TOWN」も最初は「キング・トーンズ」用に書かれた曲でした。「キング・トーンズ」は本格派のグループとして、多くのミュージシャンが憧れを持ち、仕事を一緒にすることを望んだようで、極めつけは大瀧詠一さんのプロデュースによる「DOO-WOP! TONIGHT」です! 
素敵な歌声で楽しませてくれた内田正人さんのご冥福を心よりお祈りいたします。(ジャッピー!編集長)
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