樹木希林さんは生前「人生の最後に聴きたい曲は?」との問いに、内田裕也さん歌う「朝日のあたる家」と答えていました。その通り、昨年(2018年)9月の希林さんの葬儀で、式が終わったあと会場に裕也さんの「朝日のあたる家」が流れたとのこと。また、今年のお正月、毎年恒例の「ニューイヤーズ・ワールドロック・フェスティバル」にも車椅子に乗って登場し、1曲目で「朝日のあたる家」を熱唱したそうです。きっと、天国の希林さんに向けて思いをこめて歌ったのだと思います。
「朝日のあたる家」はもちろん「アニマルズ」で有名な楽曲です。原題" House of the Rising Sun"は元々トラディショナルで、ボブ・ディランさんも録音したことのあるフォークソングですが、エリック・バードンさんがソウルフルに歌い、全米ナンバー1になっています。裕也さんはそのカヴァーをしたわけです。
エルヴィス・プレスリーさんに憧れて音楽を始めた内田裕也さんはデビュー時、ロカビリーで登場しています。渡辺プロに所属していたので、1959年には「日劇ウエスタンカーニバル」に出演しています。(当ブログ2018年2月8日「本日はロカビリーの日です!」参照)当時のロカビリー歌手同様、洋楽のカヴァー曲を歌っていたのです。そのまま、渡辺プロにいれば、ロカビリー→カヴァーポップス→歌謡曲という流れを辿ったかもしれませんが、ロック志向を希望した裕也さんはナベプロと衝突(自身がスカウトしたファニーズ=のちのタイガースの扱いで食い違ったという説あり)、フリーになってヨーロッパを放浪します。時は1967年、ロックがよりヘヴィになり、よりアートになり、サイケになった時期です。帰国した裕也さんは「フラワーズ」(←ネーミングにも「時代」の匂いがしますね)を結成、ジミ・ヘンドリックスさん、クリーム、ジェファーソン・エアプレインなど当時の洋楽カヴァーを録音します。ヴォーカルの麻生レミさんはモロ、ジャニス・ジョプリンさんばりの歌いっぷりでした! 
本場のロックに触れた裕也さんは「ロックは日本語でやるとノラない。英語で歌って言葉が判らなくても‟のって”説得できればいい」という主張をしていたのですが、それに対して「日本語でもロックができる」と言ったのが大滝詠一さんです。ちょうど1970年「はっぴいえんど」がファーストアルバムを出した頃、このお二人の論戦が当時話題になりました。アメリカ進出を視野に入れていた裕也さんに対して「でも成功したいという理由でコピーばっかりやっているのは逃げ口上ではないですか」と大滝さん、真正面から切り込みます。けっこう激しく論をぶつけ合いスリリングでした。
僕もロックは英語が当然のように思っていたので、「はっぴいえんど」を初めて聴いたときは驚きました。サウンドだけ聴くと完全に洋楽なのに歌詞は「日本語」しかも「純文学的」なんですから。以後の音楽シーンに多大な影響を与えた名盤であることは間違いないです。そして、その翌年、1971年に裕也さんは「フラワー・トラヴェリン・バンド」を率いて、全曲英語詞、「オリジナル」のみのアルバムを発表します。「SATORI」です。これがすごかった! ハード・ロックにプログレ風味も加わってジョー山中さんのヴォーカルが素晴らしく、知らないで聴くと洋楽と思ってしまうアルバムです。「コピーばかりして」と大滝さんに言われたことに対する裕也さんの解答だったのだと思います。この「SATORI」も歴史的名盤です! 「ロックは英語か、日本語か」お二人の熱い論戦から、切磋琢磨、それぞれのグループが2枚の名盤を生んだのです。裕也さん、天国で大滝さんと再会し、またロック論戦をしているかもしれませんね。そういえば、明日、大滝詠一さん初のライヴ・アルバムが発売です。
(ジャッピー!編集長)

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