一昨日の当ブログ「森雅之さん→ショーケン→高倉健さんへの黒澤明情報」に書いたように、森雅之さんに「黒澤明は、けつめどの穴のシワまで数える男だよ」と教えてもらった若き日の萩原健一さん、実際に「影武者」(1980 黒澤明監督)に出演して、たしかに「森さんがおっしゃっていたのは名言」と思ったのです。
それほど壮絶な経験だった黒澤明監督の現場については、4月2日の当ブログでも取り上げた昨年11月19日TBS番組での堺正章さんとの対談でも話していましたし、本にも書かれています。武田勝頼役の萩原さん、重い甲冑を身につけて最初は一歩歩くのも大変だったそうですが、本物志向の黒澤監督、役者たちが「甲冑が背広のように馴染む」までカメラは回さないと宣言、リハーサルだけで半年かかったそうです。そして、鎧甲をつけたまま、城の石垣の縁に立たされたショーケンに対し、黒澤監督は「もっと前、もっと前に出ろ!」と叫び、少しずつ前に出ても「まだだ~もっと前に出ろ!」と続いたそうです。見かねた助監督が「これ以上いったら萩原さんが落ちます!」と言っても黒澤監督の指示は止まらなかったそうです。甲冑の重さでフラッとそのまま落ちそうになったショーケン、「落ちてケガして入院すれば、しばらくこの狂気の沙汰から離れられる……」とまで頭に浮かんだといいますから、大変です。
クライマックスの合戦(長篠の戦い)の撮影では、監督の思い通りの「雲」になってないと「雲待ち」で一週間カメラを回さず、全員甲冑をつけたまま延々と待機させられたといいます。ようやく撮影になると、何百頭もの馬が一斉に駆け出し、発煙弾が放たれ、ショーケンは「これは何なんだよ、映画の撮影なのか、本当の戦(いくさ)なのか……」という気持ちになったと回想しています。
クランクアップし、黒澤監督に挨拶に行ったショーケン、「握手をしてください」と言うと、黒澤さん「もう一本やってからな。おれともう一本やろう。また5年したらやりたくなるよ」と答えたそうです。さすがのショーケンも身体が硬直し、冷や汗が出たといいます。撮影中、怒鳴りまくられ、無理な要求もされ、ショーケンは何度も「お前は何様だ」と黒澤さんに言いそうになったそうですが、不思議にいろいろ意見を訊いてくることもあったそうなので、黒澤さんはショーケンを評価していたのかもしれません。ショーケンは以後、黒澤監督と仕事をすることはなかったですが、「乱」(1985 黒澤明監督)に出て
いたらどんな役やっていたかなどと夢想してしまいます。  (ジャッピー!編集長)
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