今年の4月20日、作詞家の有馬三恵子さんが自宅で倒れているのを娘さん夫婦が発見、死亡が確認されました。83歳でした。昭和歌謡で育った人間としては、淋しい限りです。
有馬三恵子さんの最初のヒット曲といえば、伊東ゆかりさんが歌った「小指の想い出」(1967)です。♪あなたが噛んだ~小指が痛い~というのは、かなりセクシャルな歌詞です。それまでカヴァー・ポップスのイメージだった伊東さんも、この大ヒットで一気に大人の歌手として定着しました。当時、伊東さんと交際が噂されていたジャイアンツの柴田勲さんはよく、「イサオが噛んだ小指が痛い~」などとヤジられていましたね。(←当ブログ2016年2月16日にハピイさんも書かれております。イラスト付き)その他にも、金井克子さんが歌った「他人の関係」(1973)も、♪逢うときにはいつでも他人の二人、ゆうべはゆうべ、今夜は今夜~と、体だけの刹那的な関係が歌われます。続く歌詞が ♪くすぐるような指で~ほくろの数も一から数え直して~そうよ、初めての顔でまたも燃えるの~ ですから、もう濃厚なSEXシーンが浮かぶようです。この曲が大ヒットしたのは、金井さんの独特な振り付けもありましたが、歌詞にひそむエロスが聴衆を惹きつけた部分が大きいと思うのです。
こういった「大人」のエロティックな歌詞もありましたが、有馬三恵子さんといえば、何といっても南沙織さんの一連の曲です。沖縄でスカウトされた南さん(見い出したのは「ヒデとロザンナ」のマネージャー)には、当初「南陽子」という芸名が用意されていました。それに対し、「沙織」というのを強く主張したのが有馬さんでした。たぶん「陽子」は南国生まれだから陽気なイメージとつけられたのでしょうが(たしかに小麦色の肌で健康的なイメージで売り出されました)、有馬さんはそれだけじゃなく、「哀愁」や「翳り」というものが表現できる歌手だと見抜いて「陽子」に反対したのではないかと思います。
実際、デビュー曲「17才」(1971)以降、ほとんどの歌詞を手掛けた有馬さん、作品を重ねるごとに南さんの成長に合わせるように大人っぽい歌詞を書くようになります。「潮風のメロディ」(1971)、「ともだち」(1972)はまだ少女のイメージを残し、4枚目のシングル「純潔」(1972)は能動的な女性に一歩進んだ感じだし、続く「哀愁のページ」(1972)ではしっとりと ♪さよならするたびに 大人になっていく恋人たち と歌われます。そして、次の「早春の港」(1973)では ♪ふるさと持たないあの人の 心の港になりたいの と優しく包み込むような大人の女性という感じの歌詞です。(この曲は元々はアルバム収録曲で人気が高かったためシングル化)「傷つく世代」(1973)を挟んで「色づく街」(1973)では ♪愛のかけら 抱きしめながら 誰もみんな女になる気がするの さよならはその日のしるしよ と綴られます。名曲です! と、南さんのシングル曲を辿るだけで、有馬さんの歌詞の文学的な美しさも相まって「連作私小説」のように思えるのです。
南さんも1975年以降、ユーミン(まだ荒井由実さんでした)、尾崎亜美さん、落合恵子さん、あるいは男性作家、松本隆さん、つのだ☆ひろさん(漫画家つのだじろうさんの弟ですね)などが作詞した曲を出していきますが、外国曲のカヴァーを除けば実質ラスト・シングルとなった「Ms.」は再び有馬さんが作詞をなされましたから、本当に「南沙織」さんというひとりの歌手として女性としての青春を有馬さんが綴ってきたと言えるでしょう。
美しい日本語と文学的表現で、素晴らしい歌詞をたくさん書かれた有馬三恵子さんのご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)
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