まだ「平成」だった今年の4月11日に漫画家のモンキー・パンチさんが亡くなりました。81歳です。近年は、大学の客員教授や、マンガやアニメの学校の顧問として後進の指導をしていると聞いていましたが、残念です。
モンキー・パンチさんといえば、もちろん「ルパン三世」ですが、「漫画アクション」で初めて読んだとき、まずはそれまでになかった絵柄に目をひきました。それまでの「マンガ」とは異なるアメリカン・コミック調の絵、しかも「モンキー・パンチ」という名前。いったい、どんな人が書いているのだろう?と思いました。「漫画家」といえば、「トキワ荘」的な座り机にねじり鉢巻きで締切に追われている……というイメージを持っていた1960年代後半ですから、まるで違う雰囲気のイラスト的画風に、カタカナの名前。後年、読んだ記事で「当時の編集長に付けられたペン・ネーム」で、その編集長には「どの国籍の人が書いているか分からなくする」という戦略があったそうですから、僕のように感じた人間がいたというのはその狙いが見事に当たったわけです。ちなみに、ご本人は「モンキー・パンチ」という名前に抵抗があったようですが、「ルパン三世」が当たり、改名できなくなったそうです。
そして、絵と同様に、そのストーリーにも目をみはりました。子ども向け雑誌ではなかったせいか、ハードボイルドでちょっとエロチックなまさに大人のコミックという感じでした。当ブログ5月9日にも書きましたが、ルパンを追う「銭形警部」を見たとき、そのヴィジュアルが『ブラック団』(つのだじろう先生)の「ヒゲトラ」刑事を思わせました。ちなみに、モンキー・パンチさんは「トムとジェリー」の大ファンで「ルパンと銭形」の掛け合いは「トムとジェリー」を反映しているそうです。
好評を受けて、日本テレビでアニメ化されます。僕も観ていましたが、この最初のアニメ・シリーズはかなり原作の匂いを再現していました。ところが、視聴率は惨敗で打ち切りとなってしまいます。ずっと後年も、「探偵物語」の企画の際、「ハードボイルド」はお茶の間ではウケないと、主演の松田優作さんがコミカル路線を提案したぐらいですから、まだ、この時代こういった「ハードボイルド」タッチは受け入れられなかったのでしょう。まして日曜日のゴールデンタイムという時間帯、当時は家族、親子そろって観る時間だったのです。「早すぎた」ハードボイルドが再放送で評価が高まったのは有名な話ですが、それで作られた第2シリーズが始まったのは1977年。何と、最初のシリーズが打ち切りになった5年後です。それでも、「ハードボイルド」に危惧もあったのでしょう。かなり、スラップスティック調となった印象があります。ルパンのキャラクターもかなり人の好い感じになっているし、峰不二子も悪女度が薄まったように感じました。子どもも観るアニメという風にターゲットを下げたのでしょう。ルパンの声を担当した山田康雄さんはアドリブも多く、ルパンのキャラクターに大きく影響を与えたこともあるでしょう。結果的にこれが功を奏して、多くの人に愛される「ルパン」となったわけです。
キャラクターがひとり歩きしたり、変化していくということはよくあることですし、実際、アニメ以降はモンキー・パンチさんもルパンを山田さん寄りに描いていたといわれています。しかし、最初の「漫画アクション」連載時のルパンとは別人のようで、僕としてはちょっと複雑な気持ちです。
新しいテイストの漫画を創造し、僕たちを楽しませてくれたモンキー・パンチ先生のご冥福を心よりお祈りいたします。  (ジャッピー!編集長)
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