昨日の当ブログ「追悼・近藤昭仁さん」で、「千葉ロッテ・マリーンズの18連敗」について触れましたが、僕はこの1998年6月13日から7月8日にわたった記録的連敗のうちの1戦をスタンドから観戦しています。
当時、僕の勤務地は「幕張」にあり、職場の近くに「マリン・スタジアム」があり、年に2、3回は観戦に訪れていました。いわばご当地のチームですから、この連敗も気になっていました。仕事が忙しく、土曜日のナイターにようやく出掛けることができました。同僚と一緒に「マリン・スタジアム」に行ったのが7月4日(土)で、「ダイエー・ホークス」戦でした。その前日まで14連敗という状況でしたが、ライトスタンドはマリーンズ・ファンが埋め尽くしていました。マリーンズ・ファンは当時、もっとも熱狂的な応援で知られていましたが、この日はいつも以上の熱い声援で声をからしていました。
この日の試合は2回に2点をとられますが、すぐ裏に2点とって追いつき、3回には2点追加してリードを奪います。いい試合展開ですが、これだけ連敗を続けていると「大丈夫かな……2点のリードでこのまま行くはずないよな……」と思ってしまうのです。戦っている選手もそうだと思いますが、悪い方へ悪い方へと自らを追い詰めてしまうのです。その悪い予感が当たってしまい、7回にリリーフ・ピッチャーが崩れ4点とられ逆に2点のリードを許します。ところが、この日は9回裏に2点とって同点に追いつきます。このときの大歓声はすごかったです! しかし、ここで一挙に逆転、サヨナラ勝ちまで持っていけないのが、連敗中のチームの勝負弱さです。
延長戦に突入し、10回は両軍無得点。11回に入るところで僕たちは球場をあとにしました。もう23時になってしまい、東京に住む僕も埼玉在住の同僚も、終電に間に合わなくなってしまうのです。試合を気にしながら球場の外に出たとたん、「ワァ~」~という悲鳴のような声が球場から聞こえてきました。このときのことは忘れられません。ダイエーが11回表に得点をあげたのです。結局、救援投手が底をつき、磯投手というルーキーが登板し、4点とられて負けてしまいました。新人ピッチャーでは荷が重い場面でした。5時間の熱戦の末、15連敗でパ・リーグのタイ記録となってしまいました。自分たちが球場をあとにした途端に点をとられたので、まるで僕たちが悪い流れを作ったような気持ちになってしまいました。翌日も負けて16連敗で日本タイ記録。そして、7月7日は神戸のオリックス戦で、有名な「七夕の悲劇」(=黒木投手が勝利目前、9回2死に同点ホームランをくらい、結局延長戦で負ける)があり、とうとう17連敗の新記録となってしまいます。8日にも負け、18連敗となってしまったのでした。
15連敗の日、僕が球場を出た直後、ダイエーに飛び出した3ランを放ったのがダイエーの井口選手です。現在、ロッテの監督です。当時のロッテのメンバーで今も現役なのは福浦和也選手ひとりとなりました。(福浦選手は二軍打撃コーチ兼任で、軸足はコーチ業) そして、僕も31年間勤めた職場を去り、それ以来マリン・スタジアムにも足を運んでいません。時は確実に流れて、あの連敗中にスタンドに集まり、同じ時間を過ごした人々それぞれにもいろいろな人生の紆余曲折があったことでしょう。
(ジャッピー!編集長)
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