昨日の当ブログで書いたように、1991年の大河ドラマ『太平記』で新田義貞を演じた萩原健一さんは病気で途中降板、根津甚八さんが代役をつとめます。ちなみにショーケンがこのとき患った右耳うしろの腫瘍は7年後に再発し、当時、監督をやるという話もあったのですが流れてしまいます。
代役をつとめた根津甚八さんのことを、ショーケンは非常に高く買っていて、同時代の俳優で意識した人はいるかという質問に「根津を見たときにはちょっと意識した。いい役者が出てきたなと思った」と発言しています。ショーケンはTBSで放映していた『冬の運動会』(1977)を観て、そう感じたそうです。『冬の運動会』には、根津さんの恋人役でいしだあゆみさんも出ておられましたが、ショーケンとの交際はまだ始まっていないと思います。(ショーケンがいしださんと結婚する切っ掛けとなる『祭りばやしが聞こえる』は1977年の秋スタートです)
この向田邦子さん脚本の名作ドラマ『冬の運動会』については、当ブログ2018年12月9日にも書きましたが、大滝秀治さんと赤木春恵さんが演じる夫婦の家に入り浸る青年が主人公です。本当の家庭には居場所がなく、疑似家族の方が気持ちを開いて自分らしく過ごせるという役を根津さんが好演していました。唐十郎さんの「状況劇場」の看板俳優だった根津さんが、初めてお茶の間で知られるようになった作品ですが、ショーケンもしっかりチェックしていたのはさすがです。ショーケンは、当時出ていた『前略おふくろ様2』(1976年10月~1977年4月)の脚本家・倉本聰さんに「いい俳優がいるんですよ」と教えてあげたそうですが、「君ね、人のこと感心している場合じゃないよ」と言われたそうです。放送時期が重なっている『前略おふくろ様2』の脚本で手いっぱいで、他の番組を観るどころじゃなかったのでしょう。
根津甚八さん主演の『その後の仁義なき戦い』(1979 工藤栄一監督)も元々、ショーケン主演の企画だったのを、『影武者』(1980 黒澤明監督)にかかりっきりになって出られなくなり、根津さんが代わって出演したのです。(工藤監督へのお詫びの気持ちでショーケンはほんのワンシーンだけカメオ出演してます)このとき、『影武者』にまだ決まってない役があるので、ショーケンが根津さんにオーディションをすすめたそうです。根津さんは「やらせてくれるかな」と不安そうだったのを、ショーケンが背中を押し、『影武者』に出演がかないました。
その後、萩原さんが自身で会社を立ち上げ製作にこぎつけた『竜馬を斬った男』(1987 山下耕作監督)では、根津さんを坂本竜馬役で起用しています。根津さんの俳優としての力量を認めていたのだと思います。根津さんが体調不良で俳優引退を発表したときも、ショーケンは「とても残念な話ですね」とコメントしています。今頃、おふたりは天国で演技の話などしておられるかもしれません。(当ブログ2017年1月18日「追悼・根津甚八さん」ご参照ください)  (ジャッピー!編集長)
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